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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
46/155

数ある分岐点の一つ

 選択肢は三つ。


 今日の午後には、ようやくあの二人が帰ってくる。

 さっさと所用を済ませてしまおう。

 魔術研究棟で、朝食 兼 昼食を用意。鍋に切った野菜を放り込んで煮込み、調味料を入れる。

 ヴェルとテトラが調査中に何を食べているのか分からないけど、ヴェルのことだからちゃんと食事をしていないかも。多めに用意しておこう。

 おやつとお茶も準備して。あとは何が必要だっけ。

 二人がいない間にあったことも資料にまとめておいたし。

 ……数日前に王都の空を覆うようにして光ったあれについて、あの二人は何か知っているだろうか。学院の生徒達が不安がる中で、フェンは心配はいらないと宣言していたから、あれは悪いモノではないらしい。

 考えているうちに、また朝からフェンがやってきた。ソラリスも。

「君にしなければならない話があるのだが、今いいだろうか」

「何でしょう?」

 調査に出ている面々に何か起きたのかと思ったけど、そうではなかった。

(くだん)の侵入者が、君と話したいことがあると言っている。君はどうする? 面会を無理強いはしないが」

「……何故、私なのでしょうか」

 トレマイドのことなんて、完全に忘れていた。

 私の疑問に、フェンはしかめっ面で言う。

「こちらとしてもそれが分からない。ただ、君に対してであれば、明かしても良い情報があると主張している」

「信用できません、それは」

「君の言う通りではあるが。こちらとしては、まだ情報が出るのであれば絞りたいところだ」

 うーん。下っ端のあいつが重要機密みたいなモノを持っているとは思えない……。

 けど、王国の敵にあたる存在の情報が欲しいフェンとしては、確認してほしいのだろう。フェンがトレマイドを完全に雑魚だと判断したのであれば、あいつの提案なんて無視するだろうし。

「分かりました、では、一応聞くだけ聞いてみます。何も期待できませんけど」

 そう答えると、フェンは鷹揚にうなずいた。



 トレマイドが収容されているのは、学院の奥にある従者が寝泊まりする棟。

 その地下は元々備蓄庫で、不審者を拘束するための部屋ではなかったらしい。

 学院への侵入者は本来なら王都の騎士団に引き渡すけど、今回はフェンが直に情報を欲しがったため、学院内で拘束する場所を用意したんだとか。

 貴族王族のための学院に、牢は無いようだ。

 ランタンを手に地下へ行き、わざと灯りを消された中を進む。

 アイツは私以外の人間が来たら何も話さないと主張したらしく、付き添いなしでここに来ることになった。

 でも、フェンには魔術通信用の道具を持たされているから、あちらにトレマイドと私の会話を秘密にすることはできない。

 トレマイドを閉じ込めた倉庫の扉越しに声をかける。

「言われたとおり、アンタを捕まえた魔女が来たわ。話って何?」

 今まで妙に静かだったのに、私が声をかけた途端に奥でガチャガチャと鎖のような音が鳴る。

 もしかして、足音を聞き分けて訪問者の人数でも探っていたんだろうか。

 うなるかのように、トレマイドが言う。

「おまえ、何で俺のこと知ってやがった?」

「……何それ」

「とぼけんなよ! 俺の名前と! 異名を、知ってただろうが!」

 ああ、それを確認したかったのか。でも、そんなこと正直に話せるわけがない。

「知らない。アンタの勘違いじゃないの?」

「クソが!」

「他に用がないなら帰るから」

 対面時にうっかりしていた私が悪いけど、これ以上トレマイドとは話をしたくない。

「待ちやがれ!」

「……何か良い情報でもくれるっていうの?」

「おまえみたいな魔女が、王族の犬でいて満足なのかよ?」

「急に、何?」

 トレマイドにとって、魔術師は暗殺者達と同じ日陰者という認識だからそんな言い草になるのだろう。

 でも、この国の魔術師は国に仕える立場であり、国の伝承にある始祖王を崇拝している。そのため王族に反抗的な者はそうそういない。他の国から来ているトレマイドはそれを知らないから、こうやって私を煽ることに効果があると勘違いしている。

「俺をここから出せば、おまえを『黎明の有翼獅子』の幹部に推薦してやる、だから」

「出すわけないでしょ。私は二度とアンタと会話したくない」

 向こうの発言を遮ってそれだけ告げ、戻ることにした。

 今のはトレマイドにとって取り引きのつもりだったのだろうけど、聞いてなんかやらない。

 それにしても。黎明の有翼獅子、か。

 その組織名は、キラナヴェーダで遊んだときにも聞いた。北の大陸でそれなりに幅を利かせている暗殺組織だ。

 トレマイドは、自分の名前と異名を知っていた私ならその組織の知名度も把握していると思ったのかもしれない。実際そのとおり。

 でも、私としては知らないことにしておきたい。

 ……悪い人にならないため、という名目で公爵家を出てきたのだし。あんな話に耳を貸せるわけがない。

 調査に出る前。ヴェルは、何かあっても私の行動したいよう協力すると言ってくれたけど、それも限度はあるだろう。

 私が今まで大事にしてきた人たちを捨てるような身の振り方をしてしまえば、ヴェルだって呆れるんじゃないだろうか。きっと見限られてしまう。

 そんなのは、絶対に嫌。

 さっきのやりとりは魔術通信でフェンも聞いているから、潜入調査をさせられる可能性もあるのかな。でも、あの誘いに乗ったところで、トレマイドなんかの推薦で幹部になれるとは思えない。良いことなんて何もないだろう。


 魔術研究棟で待っていたフェンに、通信道具を返して言う。

「あの侵入者の言うことは要領を得ないし不愉快なので、もう二度と会いません」

 フェンが私とトレマイドのやりとりで何を考えたかは分からない。でも、私のその意見を受け入れてくれた。



 私が担当する今日の授業も終わり、落ち着かない気分になる。

 帰ってくるあの二人を迎える準備は終わったし、どうしよう。

 学院内でも散歩してみようか。

 この学院に来て最初のうちは、乙女ゲームの舞台を私がうろつくのはよくないと思っていたけど、既にノイアちゃんにも王族にも関わってしまっているし、一番の懸念ごとだったタリスとも会ってしまった。

 再会しても、タリスに執着したくなるような感情は湧いてこない。これなら、大丈夫かもしれない? ゲームシステムらしい何かに、私の精神が影響される心配はなさそう。

 そう考えながら学舎の中庭をうろついていると、背後から声をかけられる。

「姉さん」

 タイミングがいいのか悪いのか。振り返るとタリスがいた。教科書を手にしているので、どこかの授業に向かうところのようだ。

「奇遇ね」

 学院生活が順調なのか、タリスの表情は穏やかだ。

「実はこの前、姉さんに伝え忘れたことがあります」

「どんな話?」

「お父様はまだ、姉さんがうちに帰ってくることを期待していますよ」

 流石にそれは、予想外だった。

「そんなことを言われても……今更、私が貴族社会に戻れはしないでしょう?」

 お父様がよしとしても、他の貴族に対して外聞が悪いことになるだけだ。あの親戚から何を言われるのか分からないし。

 タリスは多少困ったようにうつむく。

「難しいといえば難しいでしょうね。それに、姉さんは魔術師として一人前になったことを誇っていて、それを捨てるつもりはないのでしょう?」

「そう。私は始めから家に帰らないつもりでいたから。期待されても困るの」

「でも、一応伝えておかなくては。僕は、姉さんとここで再会したことを家の者への手紙に書きました。ひょっとしたら、家から姉さん宛てに何かが送られてくるかもしれません」

「流石にそれはないと思うのだけど。私、一度も家族に手紙を送らなかった不義理な娘だから」

 近況報告ぐらいは、と思ったけど、結局一通も出せないままだった。だから、家のみんなにはもう忘れられていると思っていた。

 それでも、タリスは続けた。

「不義理、ですか。貴族社会の慣習や人付き合いを考えればそうでしょうね。けれど、あのお父様にそれは関係ないと思います。これから面倒になるかもしれませんが、頑張って対処してくださいね」

 それだけ話し、タリスは去って行く。

 私が長年家族をほったらかしてしまったこと、やはりタリスは不満なのだろう。そこは申し訳なく思う。

 でも、私の優先順位は既に決まっている。

 あの二人が帰ってきたら、この国が滅亡へ向かわないための対策を打つのだ。

 乙女ゲームらしい展開が潰れているのは、この国の危機が本来よりも早く訪れている可能性があるから。ノイアちゃんのために軌道修正しておかないと。

 アストロジア王国の滅亡とテトラの死亡は、絶対に阻止したい。

 時間のかかるであろうそれを無事に越えてなお、家族が私を忘れないと言うのであれば。謝りには行っておきたい。




 学院の正門前でそわそわしながら待っていると、調査に行っていた面々がやっと帰ってきた。

 それに反応し、門は自動ドアのように開く。

 先頭のアーノルド王子と護衛のイデオンは、付き人たちと一緒に私の目の前を通り過ぎて行った。

 そして。その集団から距離を置くようにして、あの二人がやってくる。

 ヴェルとテトラが中に入ったところで、魔術による感知で門は勝手に閉じた。

「おかえりなさい!」

 私の言葉に、それぞれが反応する。

「ただいま、ゲルダ」

「ただいまー、ゲルダ。あー、やっと帰ってこれたよ」

 一週間ぶりに会う二人は無事でいたようで、笑顔を見せてくれた。

 良かった。怪我をするような出来事はなかったみたいで安心した。今日はゆっくり休んでもらわないと。

「僕、このまま警備員の宿舎に行って報告してくるから、二人は先に魔術研究棟に戻ってて」

 そう言って、テトラは荷物を背負ったまま一人で駆けていく。

 それを見送りながら、ヴェルが言う。

「戻ってくる途中でエルドル教授の使い魔が飛んできて、君宛の手紙を置いていったけど、何か質問とかしてた?」

 手紙を受け取り、そんなことがあったのを思い出した。

「ちょっと、聞きたいことがあったの。後で確認するわ」

「そう。ゲルダは一週間どうだった? 何も異常はない?」

「……それが、色々あって、話すと長くなるの」

 一緒に魔術研究棟に向かいながら、預かっていた金槌を返す。

「はい、これ。ありがとう。うっかり鈍器代わりにしてしまったけど」

「え?」

「ちょうどよく手元にあって、魔術より物理で通してしまったけど。もうしないから」

「それはかまわないけど、君、ちゃんと無事だった?」

 焦ったように聞かれ、慌てて取り繕う。

「私の方は平気だから。私の方は」

 殴った相手がトレマイドでなければ、肋骨が折れて命の危機だっただろう。あいつが頑丈な体質であるおかげで、私は人殺しにならずに済んだ。

 何があったのかを話すと、ヴェルは珍しく怒ったようで、眉間にしわを寄せた。

 そして、低い声で言う。

「そんなことになっていたなら、調査に時間をかけずにすぐ帰れば良かった」

 こうやって心配をかけてしまうから、本当はトレマイドを捕縛するために暴れたことは隠しておきたかった。でも、私が話さなくても、あとでヴェルが調べればすぐにばれてしまうこと。なら、後から追求されるより、今のうちに話しておいたほうがマシだろう。

「私は大丈夫だから。でも、あの調査はヴェルの故郷のことでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「調査の方はどうだったの?」

「順調だったよ。王族が把握していたあの街の設備は、まだ機能するのが分かったし、行った甲斐はあったかな。数日前に王都全域の空が赤くなったのは、あの街からの魔術結界なんだ」

 説明をするヴェルの顔色は、あまりよくない。無理をしているのが分かってしまう。

 トレマイドのせいで仕事が増えなければ、明日だけでもヴェルとテトラには休んでもらえたのに。



 魔術研究棟に戻って落ち着いたところで、ヴェルは用意しておいたスープを食べだした。

 その間に、私は教授から届いた手紙を読む。

 私から教授への質問はこう。 

『もし王国が滅亡に瀕するような危機に見舞われたとき、私達はどうしたらいいでしょう? 教授ならどうしますか?』

 そして、教授からの返事は。

『危機的状況ともなれば王族からの要請が入るでしょうから、そのときは私が解決のために動きます。但し、国難の種類によっては、私の行動が禁じられてしまうことがあります。その場合は、君達に解決を任せるしかありません』

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