幕間8/防衛都市アセロティリオット
「うちは農家だから家名とか姓名ないけど、ヴェルは?」
「僕の場合は出身の街の名前が姓名になるって聞いたよ」
「何て名前の街?」
「アセロティリオット」
「長いね。ヴェルは名前も長いのに」
「……テトラが育ててる変な植物ほどじゃないよ」
「そーかな」
そんな会話をしたのはずっと前。
母さんがゲルダリアだけを連れて町まで買い物に行ってしまって、僕ら二人は残されたことがあった。
そのときのことを思い出したのは、例の長い名前の街にやって来たから。
調査のために王族と騎士団についてここまで来たけど、案の定ヴェルの機嫌は良くなかった。
騎士団の人達がヴェルのことを警戒してるのも、居心地の悪さの一つ。
第二王子を尊敬している騎士団の人達にとって、この街出身の魔術士は警戒対象みたいだった。
月の属性への唯一の対抗魔術は、ヴェルだけが扱える。
騎士団の人達からすると、自分の主の敵がすぐそばにいる状態だ。ヴェルにそんな意思なんかないのに。
そんな理由で、一緒に調査に来たのに距離を置かれるっていう雰囲気の悪さだ。
いいけど。余計な会話もしなくて済むから。
この街は直進による突破ができないように、建造物が斜めに並んで配置されている。
それに構わず魔獣達が突っ込んだ跡があちこちに残っていた。施設や民家を盾にした甲斐がなくなってしまった惨状に、僕も気分が悪くなる。
こんなの、ヴェルに見せて良かったんだろうか。
様子を盗み見るけど、だんだん顔色が悪くなってる。
これが一週間続くのか。
魔獣は自然繁殖しなくて、誰かが連れてくるか魔術で増やすかしているらしい。
けど、こんなにも街を破壊するだけの数の魔獣って、どう用意するんだ?
そんな手段があるなんて、思いたくなかった。
調査開始から三日目。
ヴェルは知らない人が作った食事は口にしないというか、食べると吐いてしまうから、調査のために支給される携帯糧食にも口をつけなかった。
そんなだから、ゲルダリアが作って持たせてくれたおやつは、僕の分もヴェルに渡した。
支給された食事は王族の人も食べるから、味は悪くない。でも、ヴェルには味覚的なことなんて関係なかった。
母さんが言うには、ヴェルは心因性の摂食障害らしかった。
そのことも、ヴェルはゲルダリアに知られたくないらしい。
ヴェルは、ゲルダリアやうちの母さんが作った物であればちゃんと食べるようになった。食材がどうあれ。
知らない人間や興味のない人間が作ったものだけ、受け付けない。
そんなだから、ヴェルは本人が自作した炭みたいなものでも、知らない人間の作った物よりマシだと言って食べてしまう。
それじゃお腹を壊すし、食材がかわいそうだから止めるんだけど。
金属と同じ要領で食材を加熱するのは止めて欲しい。
昼食を摂りながら、ぼんやりとヴェルが話す。
「今日調べた範囲が、多分うちの工房だよ。見覚えがある」
「それで鍛冶道具を妙に念入りに見てたんだ?」
「毎日あれを使って、父さんの武器作りを手伝ってたんだ」
そう言った後で、ヴェルは自分の荷物を漁り出す。
「急に何?」
「普段使ってる鎚はどうしたかと思って。持って来たような気がしたんだけど」
溜め息しか出ない。
「あれなら出がけにゲルダリアに渡してたじゃん 。不審者が来たらこれで殴れって」
「……そうだっけ?」
「頭大丈夫?」
ついきつい言い方をしてしまった。
「ヴェルさあ、無理しないほうがいいよ」
「……でも、この街には住人しか扱えない機構があったはずだから。僕が帰るわけにはいかないよ」
「へえ」
それで調査続行してぶっ倒れたら、引きずって帰るからな。
ヴェルには、ゲルダリアに話したくないことがいくつかある。摂食障害以外にも。
この国には、王位継承権第一位のアストロジア家じゃなく、他の二家を優位にしたい人がいて、そういう人がヴェルに余計なことを言いにやって来る。
盾の街の復興をしないかって。
そういうお題目で、月蝕の魔術使いの血を絶やすなと暗に言う。アストロジア家の天敵を残しておきたいらしい。ロロノミア家やシルヴァスタ家はアストロジア家の優位に立つことに興味がないのに、貴族達は何故か勝手なことをしている。
街を再興したって、また街の住人が犠牲になるような事件が起きれば、ヴェルが辛いだけ。だからヴェルは当然断った。でも、貴族の方は諦めが悪い。
あまりにしつこい人はエルドル教授が追い返した。
僕は、間が悪くその場に居合わせてしまったことがある。
あのときヴェルは、僕にそれを誰にも話すなと言った。多分、ゲルダリアにそれを知られてしまったらヴェルはまた吐くんじゃないか。そう思うくらい、ヴェルは沈んだ表情をしていた。
その時期のヴェルは、ゲルダリアが貴族出身なのを気にしてずっと悩んでいた。ゲルダリアが貴族としての役割を果たす日が来たら、僕らの立場では会う機会なんてなくなるから。
ヴェルがあれだけ悩んでいるのに、ゲルダリアはヴェルの体調が一時的に悪いだけだと勘違いしていた。呑気過ぎて、ちょっと腹が立った。
でも、その勘違いはヴェルが望んだことだ。そういうことにしておきたかったんだ。
だからゲルダリアは、ヴェルがどっかの貴族から嫌な提案をされてるのを知らない。
ゲルダリアが畑で取れた野菜を厨房の母さんへ届けに行った隙に、ヴェルに言ったことがある。
「うちの母さん、昔は曲芸師の一座に居たんだって。でも扱いが酷かったから、父さんが母さんを連れて逃げて、ここに拾ってもらったんだって言ってた」
「へえ」
「ヴェルも、ゲルダリアと一緒にどっか別の場所に行ったら駄目なの?」
「……僕が良くても。ゲルダリアはどうか分からない。それに、ゲルダリアは魔術を極めたいだろうから」
「なら、それからでもいーじゃん。一人前になったらなおさら逃げやすくなるよ」
「……」
「始祖王も北の国から妖精姫を連れてったんだよね、勝手に」
「北の国とこの国の仲が悪い原因はそれじゃないか。真似するのは流石に……」
そこまで話したところでゲルダリアが戻って来たから、あの話の続きはしたことがない。
調査五日目。
街の中心部にある崩れた家屋の地下に、変な装置があった。
それがヴェルにしか操作できない仕組みの物らしい。
第二王子が動かしていいって言うから、ヴェルはそれを使って街の真上に防御結界を展開した。
赤い光が天高く打ち上がって、この街から王城までを覆うように五重の同心円を描く。
広域の攻撃魔術を防ぐための設備らしい。
魔獣達は地上を駆けて突っ込んで来たから、その設備は今まで役に立てずに眠っていた。
王子が言う。
「これはこの国へ紛れ込んだ不届き者への牽制だ。この国に脅威を持ち込む者が居るのを承知しているという宣告になる」
そんな煽るようなことして大丈夫かな。隣国のジャータカ王って馬鹿って噂じゃなかったっけ。馬鹿は牽制とか遠回しな皮肉とか理解してくれない。
荒れるだろうな……。
僕らが学院に戻るまで、ゲルダリアは無事かな。
何か事件が起きて過防衛とかで捕まってなきゃいいけど。
そんなことを考える僕を余所に、ヴェルが言う。
「この設備は北の国との魔術戦に備えた物であって、ジャータカ王国との有事は想定外なのですが」
その進言に、王子は顔色を変えず答える。
「ああ、それでいい。これからのイシャエヴァ王国との交渉に備えてのことだ」
それ、何かあれば地上戦じゃなくて海を挟んで魔術の撃ち合いになるってことじゃ……。
この国の王城の北側は険しい山岳が続いていて、そこを超えると海がある。
その海の先の大陸が、例のイシャエヴァ王国。
だから、この国は北から人に侵入されることはないんだけど、攻撃用の魔術にそれは関係ないらしい。
あの距離を超えて飛んで来る魔術ってどんなのだよ。
妖精は、もうあの国の人間に力を貸さないって聞いたのに。そんな大仰な魔術が、扱えるのか。
……もう帰りたい。
ここで聞いたこと全部忘れて、畑に埋まりたい。
国家間の面倒くさい話なんて、僕とは無縁であって欲しかったのに。
学院で仕事することなく、三人で旅ができたらこんな話を聞かなくても良かったのに。
けど、今思うと。シャニア姫の予知は、僕らがあの学院で王族に会う前提のようだから。
生き残りたかったら、ちゃんと偉い人たちの話を聞かないといけないんだろうか。
僕が死ぬかもしれない出来事は、まだ迎えていないけど。
学院で過ごすのと、逃げ出すの、どっちが正解なんだろう。




