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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
44/155

過去の事件の真相

 学院の休みが明けた次の日。

 トレマイドへの尋問だか拷問だかを済ませたらしいフェンは、朝からソラリスを連れて魔術研究棟にやって来た。

 何事かと思ったら、私がうっかりしていた案件について問われてしまった。

「君は、あの侵入者の名前を知っていたそうだが」

 ……どう誤魔化そう。

 トレマイドは聞き取らなくていいことにばかり耳聡い。

「……相手の自意識過剰か何かによる勘違いだと思いますけど。私はあんな人間とは初対面ですから」

 嘘ではない。この世界に生まれたゲルダリアとしては、トレマイドには初めて会った。

 フェンが私の言葉を信じたのかどうかは分からない。でも、それ以上追求されずに済んだ。

「あの侵入者が明かした情報は、王族には共有するがそれ以外の者へは伏せさせてもらう。悪く思わないで欲しい」

「分かりました」

 仕方ないか。

 どうせトレマイドを使いっぱしりにしている組織なんて、泡沫集団だから知っても役に立たないだろう。

 世界を掌握したい人間は、他国にちょっかいをかけるときは自分が直に運用する組織を使わないから。

 いつでも切り捨てられる末端にしか悪事を任せない。

 黒幕が率いる組織は、イシャエヴァの国の王族におもねる魔術師集団。あれは表立って暗殺者と手を組んだりはしないから、不審がられることなく活動していた。どうにかして悪事を暴いてやれないものかと思うけど、ここに居ては難しい。

 フェンは疲労しているのか、いつもより弱い口調で言う。

「君達魔術師の研究により、この国は開拓と魔獣退治を進めて豊かになった。そして、この学院に通うだけの余裕のある者が年々増えている。それ自体は良いことだろう。ただ、その影響で不審者も出入りしやすくなってしまったな」

 それでソラリスだけでなく、孤児だったアリーシャちゃんやバジリオ君までこの学院に生徒として来ているのか。

 元は貴族と王族のための学院なのに、不良じみた素行の生徒が多いのもそれが理由かもしれない。

 ……乙女ゲームの舞台を、私がじんわり壊している。申し訳なくなってきた。

 ノイアちゃんの薔薇色の学院生活、ちゃんと支えていかないと。

「ところで、鐘の代わりはどうなりましたか?」

 あれがないと時間管理が面倒になる。

「あいにく、代用可能な物がまだ見つかっていない。この状況で外から物と人を入れては更に騒動が起きかねないため、内部にある道具を使うしかない」

 ということは、各講師で人力管理をしないといけない……。

 あと二日の我慢とはいえ、その二日が面倒だから困る。



 テトラが担当していた学院の見回りも、あと二日は私の仕事。

 授業と授業の合間の空き時間に、学舎内を歩いて警戒していく。

 今のところ、トレマイドと組んでいる誰かが侵入してくる様子はなさそうだ。

 私の知らないところで他の警備担当者が問題を解決した可能性はあるけど。その辺りの情報は、フェンからはもらえなかった。

 魔術研究棟に戻ろう。

 そう決めたところで、心療室から声が聞こえた。

 この学院内では生徒の心のケアもちゃんと行っている。

 そして、カウンセリングを受ける子の中には、他の生徒に悩みを知られないよう昼間に訪れる子もいる。

 そこはいつも通りだ。

 でも今日は、女の子が取り乱したかのような声が聞こえた。

「助けてください、このままでは、恩人が、私の恩人の命が、なくなってしまいます!」

 それは、カウンセリングの先生にお願いすることではないような……?

 誰かが危険な目に遭う可能性があるなら、警備を任されている私のところに話がくる流れだろう。なら、手間を省くために私がこのまま話を聞かせてもらったほうが早い。

 戸をノックすると、先ほどの女の子の声は収まってしまった。

「魔術師のゲルダです。学院内の見回り中でして、こちらにも異常がないか確認させてもらえないでしょうか」

 私の言葉に、先ほどとは違う女の人の返事があった。

「どうぞ」

「失礼します」

 心療室の戸を開けて中に入ったところで、向かいに居た白衣の人と目が合った。

 そのコーラルピンクの髪と瞳は……。

「奥も確認していただいてかまいませんから」

 私に向かって穏やかに話すのは、珊瑚の姫。

 キラナヴェーダの中で、操り人形にされていた女の人達のうちの一人。

 この人もこの学院に来ているなんて。ガーティさんだけじゃないのか。

 動きを止めてしまった私に、珊瑚の姫は不思議そうに首をかしげた。

「どうかなさいましたか?」

「……私、この学院で働いて一年になりますけど、貴方とは初めてお会いするので驚いてしまいました……」

 言い訳として苦しいかもしれない。魔術師と心療医は同じ学院の中で働いていても接点はほぼないから。

 でも、相手は私の言葉に納得したようにうなずいた。

「そうでした。はじめまして。私は今月からこの室への配属になったジェリカといいます。これからよろしくお願いしますね」

「はじめまして、ジェリカさん。こちらこそよろしくお願いします」

 彼女のちゃんとした名前を知るのは、これが始めてだ。

 ガーティさん以外の宝玉の姫は、ゲームの中では本名が判明しないままだった。全員例外なく悲しい最後を迎えて、ゲーム製作者というかシナリオ担当者を恨んだものだ。

 ジェリカさんは、巻き毛を揺らしながらおっとりと笑う。

「こちらは生徒のみなさんから聞いて、ゲルダ先生のことを一方的に知っていましたから。初めて会う気がしなくて、つい挨拶が遅れてしまいました」

「……そ、そうなんですか……」

 一体何を言われているんだろう。

 私から生徒達に無茶を言ったことはないはずだけど、学校の先生というのは悪口を言われてしまうものだし、その詳細は聞きたくない。

 それはともかく。

 部屋の中を見回すと、先ほどの声の主であろう女の子が部屋の隅でこちらを見ていた。ベージュの髪にライラック色の瞳のその子は、私の生徒だ。

 彼女は実技の授業でも静かで、常に夢うつつのような表情をしている。箱入りお嬢様らしく、食器より重い物を持ったことがなさそうだ。

 それにしても、何故そんな隅っこに。私が来たから隠れようとしたとか?

 気まずくなったところで、ジェリカさんが言う。

「フロラーナさん、先ほどのお話、ゲルダ先生にも説明しても良いかしら。私では力が足りないかもしれません。協力してもらいましょう?」

 その言葉に、お嬢様はわずかにうなずいてジェリカさんの隣に座る。

 私が向かいの席に座ったのを確認し、ジェリカさんは説明を始めた。

「フロラーナさんは、六年ほど前からずっと同じ夢を視るのだそうです。今まで意味のない夢だと思っていたそうなのですが。最近になって、その夢の内容は実際にあったことではないかと考え直したそうです」

「過去に起きたことを、繰り返し夢に?」

「はい。忌まわしいものからの呼びかけと、そこから救い出してくれる人の夢だそうです」

 ジェリカさんによる要約を聞き、お嬢様はぽつりとつぶやく。

「……ソリュ様」

 彼女は数度深呼吸を繰り返すと、顔を上げる。

 踏ん切りがついたのか、か細い声で話してくれた。


「子供の頃に怖い夢を視て以降、ずっと私の意識は霞がかったかのように曖昧で、儚く消えてしまうものでした。そんな日常を正そうと、学院で心療医の先生にお世話になって気づいたのです。あれは、夢ではありません。何かがやってきて、私の命を奪おうとしていました。そして、それに怯える私に気づき、救ってくださった方がいるのです」


 始祖王の加護で、この国には異形は生まれない。

 でも、この国に入り込む異形や、他の国から異形を連れてくる人間がいるという話は、最近聞いたばかり。

 今まで原因を特定できなかっただけで、この国でも怪異が引き起こす事件は多かったのかもしれない。


「六年前だったと思います。他国からのお客様とこの国の王族の方々を、我が伯爵家の別荘へ招待することになりました。それから数日、私は悪夢にうなされる日が続いたのです。家人や使用人は訪れるお客様への応対で忙しく、誰も私の話を聞いてくれません。そうして一人で庭の隅で泣いていたところで、あるお方が私の様子に気づいてくださいました」


『どうしたんだい、そんなところで一人で泣いて』


「こちらを気遣う明るい声に、私は安心して打ち明けました。夜になると怖い夢を視ると」


『それは良くないね。原因は分かるかい?』


「あのお方の問いかけに、幼い私は分かりません、とだけ答えました。でも、今となっては、はっきり思い出せます。当時の私は、お客様が怖かったのです。北の国からの。あのお客様に挨拶をして以後、影のようなものが這いずって私を追いまわす夢を視るようになりましたから」


『君は他人を悪く言うことができない優しい子だから、正直に話してはくれないね。けれど、君のその優しさに甘んじる輩を見過ごすわけにはいかない。私が代わりに解決しよう。その苦しさは、今日で終わりさ』


「その言葉をいただいたのを最後に、あのお方とは会えなくなってしまいました。悪夢から解放された私は、そのままあのお方のこともどこか遠い出来事のように忘却していったのです。けれど、ジェリカ先生とお話しするうちに、当時のことを少しずつ思い出すようになりました。そして、恩人に感謝の言葉を伝えるべく行方を捜し、耳にしたのです。あのお方は、六年前に北の国の使者を事故死させてしまった咎により幽閉され、第一王子の戴冠に合わせて処刑が決まるそうです。そんなこと、あってはなりません。私はあのお方に、ずっとお礼を言えないままなんて」


 そこまで話すと、フロラーナさんはぽろぽろと涙をこぼし顔を覆う。

 ……酷い話だ。

 北の国からやってきたのは人の姿をした異形で、幼かった彼女はそれに狙われた。そして、彼女を助けた人は、殺人者の烙印を押されたまま死ぬかもしれない。

 この国は、本当にキラナヴェーダという鬱ゲーの延長にあるのだと思い知った。

 どうして乙女ゲーと鬱系RPGでシェアワールドにしようと思ったのか、開発者を問い詰めたい。

 落ち込んだ私に、ジェリカさんが言う。

「魔術師の皆さんは王族の方々と直に交渉を行えるそうですから、ゲルダ先生から、過去の事件について再調査の要請を通してもらえないでしょうか」

「分かりました、伝えておきます」

 六年前のことでは、流石に当時のフェン・ロロノミアにもその事件の裏取りを行う権限はなかっただろう。

 でも、今のあの執政者であれば、国政に関わる情報は逃がさず捜査をしてくれるはずだ。

 二人と細かく話をしている間に、昼休みになった。

 心療室を出たところで、イライザさんとすれ違う。

 イライザさんもカウンセリングを受ける必要があるのかと驚いたけど、ジェリカさんへの挨拶でそうではないと分かった。あの二人は旧知の間柄らしい。

 玻璃の姫の件といい、イライザさんの対人関係はどうなっているのだろう。いつか話を聞いてみたいけど、予定が詰まっている。どの時間を削ろうか。




 放課後、ノイアちゃんとソラリスの魔術訓練の様子を確認に来たフェンに、フロラーナさんの話を説明した。

 そして、フェンは溜め息をついた。

「あの国との交渉の突破口を探しているところで、その情報か。どうしてくれよう」

 六年前の事件でこの国が責められていたのであれば、真相を解明したほうが都合が良いと思うのだけど。

 時間が経ちすぎていて、難しいのか。

 フェンは考え込みながら言う。

「情報提供に感謝する。今からその件の調査をして、北の国から再度 使者を招く計画に間に合うといいのだが」

 あの国から人を招く機会を作るつもりらしい。

 ……そんな展開が起きるなら、王族の三人は一定期間、出払ってしまうのでは。

 ノイアちゃんと攻略対象が接する機会は更に減ってしまう……。

 ただでさえアーノルド王子とイデオンとディーが学院外に出かけてしまっているのに。

 キラナヴェーダのキャラをこの学院に何人も呼びこんでしまっている現状で、ノイアちゃんはどこまで恋愛ゲームらしいイベントを起こせるのか。

 そんなことを考えながら、庭で火の術を扱うノイアちゃんを見る。

 彼女は真剣に魔術と向き合っていた。

 ソラリスも、ノイアちゃんと一緒に自分の扱える魔術を鍛えようとしている。

 前世の友人が、ラスターとノイアちゃんの関係性について何か言っていたような。


『要素が対になっているの。そういう運命なわけ』


 太陽と金環蝕。

 乙女ゲームの主人公であるノイアちゃんと、その弱点に当たる暗殺者のラスター・メイガス。

 今のあの二人は属性が入れ替わってしまった。

 対の関係性ということは、二人同時に太陽の属性へと変わることも、金環蝕の属性に変わることも、ないのかもしれない。

 常にどちらかがどちらかの弱点になる。

 ということは。

 ノイアちゃんの属性を元に戻そうとしたら、ソラリスにも、何かが起きてしまう?

 私としては、ノイアちゃんの髪と目の色を元に戻してあげたいのだけど。

 ノイアちゃんとソラリスの因果が連動しているのであれば、危険かもしれない。

 ソラリスが暗殺者としての名前を捨て、養父から太陽を意味する名前をもらったのであれば、そこはそのままにしてあげたい。

 解決策は、どこかにないだろうか。

 

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