勝手知ったる敵の顔
急遽、次の日は休校に決まった。
フェン・ロロノミアは判断に躊躇いがない。
本来この学院の最高責任者は国王様だけど、フェンは学院に来た段階でここの責任者代行の権利を得ているそうだ。
表立った分かりやすい暴君キャラはアーノルド王子だけど、フェンもこの歳で既に執政慣れしすぎている。
王族の無茶に振り回されることになりそうなノイアちゃんには、強く生き抜いて欲しい。
私も陰ながら支えるから。既に無茶させてしまったし。
宿舎にいるであろう生徒達には、時間を知らせる鐘を手入れするため、という理由で休校になることを通達してもらう。
壊されたとは伝えない。学院の管理者は鐘に異常が起きたことに気付いたと、犯人に告げるのが目的だ。
相手が次の行動に移る前に、私は準備を始めた。
壊された鐘の前で。
フェンに許可をもらって、ここで様子見を決めたのだ。
日が傾いていく中で、私は用意してきたものを鐘の前で組みたてる。
この学院に来てから作った魔術道具の中に、テトラがふざけて作ったものがいくつかある。
物理と実用度を完全に無視し、いくつもの円弧をつないだ形状の黒い剣。
キラナヴェーダの主人公君が持っているスマートな伝説の剣とは違って、敵とかが持っていそうな禍々しい雰囲気のもの。
実戦には使えないけど、威嚇には役立ちそう。
これを魔術の起点に使うことにした。工房の奥に放り込まれていたから、勝手に使っても文句は言われないはず。
黒い剣とその柄に魔石をつなぎとして埋め込んだことで、いかにもな魔術道具が完成した。
犯人は鐘を壊してからそれが発覚するまでの時間を、どのくらいで見積もっていたんだろう。
放課の後は次の朝まで鳴らない仕組みだから、下手したらそれまで誰も気付かなかった。
もしかしたら今晩のうちに外から何かを招くつもりかもしれない。でも、出入り可能なところは、私や警備の人間が封じている。
そうすると、次の行動は何になるだろう。
外から仲間を呼ぶのを諦め王族の暗殺に向かうか、再度妖魔除けの術の基点を破壊するか。
そうさせないために、これから行き場をなくさせてしまう。
そろそろ、生徒達に明日休校になる理由が伝わった頃。
なら、完全に日没を迎える前に。
黒い湾曲した剣を、鐘の前に突き刺す。
簡単にそれが動かないよう固定できたのを確認し、深呼吸する。
剣の柄を両手で握り、認識阻害の術破りを実行に移した。
魔術師でない人間には扱え切れない量の魔力塊は、私の指示を受けて熱に変わる。
それは剣を伝って波のように走り、真円状に広がっていく。
頼むから、学院全域まで届いて。
黒い剣をこのままにしておく限り術の効果は続くけど、届く範囲はギリギリみたいだ。もうちょっと魔石をもらっておくべきだったかな。
魔力の流れを感じ取れる人は、この術にも反応するだろう。
事件とは無関係の人には悪いけど、こっちも仕事量を増やされないために必死なのだ。許して欲しい。苦情は犯人へ。
犯人も、この術がどこで実行されたのか気付くはず。自分の姿が誤魔化せないと分かれば、悪あがきに私に報復しにやってくるかも。
犯人は、現場に戻る。
戻らぬなら戻してみせようホトトギス。
最初からそういうつもりでここに来た。
なので、ノイアちゃんと別行動するためにあの子には生徒の宿舎での警戒をお願いしてある。犯人をここに呼ぶつもりだと言おうものなら、きっとノイアちゃんもついて来てしまうから。
でも、私としてはこれ以上あの子に迷惑をかけたくなかった。
ただでさえ乙女ゲーらしい展開とか、イベントを潰すようなことをしているのだ。
物騒な厄介ごとに巻き込みたくなかった。
生徒と学院の雇われ労働者では、役割が違うし。
私は対人戦闘はしたことがないけど、魔獣狩りには散々行った。今なら身体強化の術で、ある程度の対策は取れる。
ここに来ることをフェンには伝えたから、何かあれば人を寄こしてくれるだろうし。
確かフェンは、そういった状況判断にも長けている。経済大臣のようでいて軍師にも向いた執政者だから、今頃はあちこちに色んな指示を出しているだろう。人手が足りないと、ぼやいていそうだ。
学院内で自分の存在を誤魔化せなくなった犯人は、やがて私の思惑通り屋上に姿を現した。
憤り、鐘の前で杖を構える私に向かって殺意を向ける。
でも、その姿は……。
黒毛混じりの赤い髪に、左頬を裂くような太い傷痕。黒と白が交差した、視覚を狂わす衣装の暗殺者。
この学院の人間ではない、どころか。
「……変幻師、トレマイド……?」
ゲームの中で見たよりも、若い姿。私と同じくらいの歳だった。
私の呟きを聞き取ったのか、相手は動揺する。
「テメェ、何で俺を知ってやがる⁈」
一直線に飛びかかってきた相手を、防護の術で弾き飛ばす。
風による攻撃と、相手の術による熱の壁。
その拮抗を崩すように、トレマイドは距離を詰めてくる。
杖を振るい、風の魔術で横に飛ぶ。
キラナヴェーダというゲームの属性相関は、地水火風の四すくみ。
トレマイドの火の術は、風属性の私には不利だ。
でも、この国では水と風は兄弟属性だから、私にも水の魔術は扱える。
相手の得意技である、熱による蜃気楼。それを水の術で消し飛ばす。姿を隠される前に流してしまえば変幻も何もない。
「クソったれ、何なんだテメェは!」
頭から水をかぶり、トレマイドは悪態をつく。
北の国では、魔術師の扱える属性は一人一つ。そういうことになっている。黒幕は他人の能力を開花させまいとして、魔術の使用には制限が多いように思わせているから。
でも、それをトレマイドに説明するつもりなんかない。
コイツのせいで私の仕事は無駄に増えたし、ゲームで遊んでいるときにも散々苦労させられたのだ。
敵としても、仲間として参戦した後も。最期まで厄介な奴だった。
数度魔術を打ち合って、様子見を止めたらしいトレマイドは最大火力の術の構えを取る。
ごめんね、私はその術を知っているから対抗できるの。
攻撃こそ最大の防御。
術発動の隙を突いて、金槌を横殴りに払う。
ヴェルに言われた通りに。
『遠慮せずに、胴を』
「ガフッ」
私の行動が予想外だったのか、トレマイドはあっさりと吹っ飛んだ。
魔術師が魔術に魔術で対抗するとは限らない。キラナヴェーダの世界でもよくあること。医術師だって杖で殴る。
なのに、大技で見栄を張ろうとするなんて、馬鹿にされたものだ。
コイツは体が頑丈だから、ここで加減はしない。
拘束のために水の術を使ったところで、トレマイドが吐き捨てるように言う。
「殺せよ畜生が」
「そんなことするわけないでしょ」
言うことがいちいち短絡だ。知ってたけど、こうして直接暴言をぶつけられるのは腹が立つ。
「拷問でもするつもりかクソ魔女」
他人を煽るようなことしか言えないのは、昔からだったみたいだ。
それとも、今が一番短気な時期なのか。
「どっちもしない。だって、アンタみたいな人間は、私が殺さなくても勝手に死ぬんだから」
「アァ?」
そうだ。キャラに対して容赦のない展開を強いるあのゲームは、トレマイドの生存も許さなかった。
「アンタみたいな奴はどうせ情けない死にかたをするんだから、私がどうこうする必要なんてないじゃない」
「んだと?!」
敵だった間は主人公君とヒロインちゃんに散々汚い言葉を浴びせたくせに、仲間になったあとは馴れ馴れしくて、都合がよすぎる。
生き残るためなら寝返りでも何でもする奴だから、どうせ主人公君達のことも裏切るだろうと思っていたのに。
トレマイドは、毒の沼に敵を落とすため、自分ごと巻き込んで死んでいった。
「死にたいなら舌でも噛んで勝手にすればいいでしょ。どうせそれもできないくせに」
「テメエ、俺を殺さなかったこと後悔させてやるからな!」
「うるさい。三下らしい台詞しか言えないなら黙ってて」
「クソが!」
何で、よりによってこいつがこの学院に。
キラナヴェーダで遊んでいたときも、コイツが敵から寝返って仲間になるのが理解できなかった。
挙げ句、どうでもいい局面で勝手に死ぬし。そこで自分の命を張る必要なんてなかったのに。
迷惑だけを振りまいていくトレマイド。
あのゲームで遊んで、助けたいと思ったキャラは多くいた。
テトラも、ゴードンさんも、どうにかして生き延びて欲しかった。
針金男だって妹に自我さえ取り戻せれば死なずに済んだ。
人体実験されて寿命を縮める戦い方しかできなかった子も、露骨なまでに武士道に拘った侍も。
みんな助かって欲しかった。
でも、トレマイドだけは、どうでもいいと思ってしまう。
トレマイドは、私が気に入っていたキャラの医術師にも散々暴言を吐いたから。
私はそのことを許せそうにない。今の時間からは未来に当たる話とはいえ。
こんな調子じゃ、コイツに改心なんて望めそうにない。
トレマイドはまだ何かわめいている。
耐えかねて、口に水を流し込んでやろうとしたところで、誰かがやってきた。
慌てて身構えた私は、相手の姿を見て立ち尽くす。
白く透き通ったような髪と瞳に侍女服の、……玻璃の姫。
この人までこの学院に来ていたなんて。
どうしよう、私にこの人の相手は難しい……。
そう思ったところで、彼女は水にむせるトレマイドを確認し、私に向かって口を開く。
「どうやら私が加勢に来る必要はなかったようですね」
え……? 敵ではない?
「申し遅れました。私はイライザ・グレアムの従者で、ガーティと言います。貴方がゲルダ先生ですね」
「貴方が、イライザさんの、従者?」
どうして。
キラナヴェーダのファンから、鬱製造機二号と呼ばれる彼女が。
でも、ガーティと名乗ったこの人は、自意識をしっかりと保っている。
まだ無事なのか。キラナヴェーダのゲーム開始時間が来ていない今は。
玻璃の姫に続いて、学院の警備をしている人達も屋上にやってきた。
もう私も警戒を解いてよさそうだ。
玻璃の姫は、そんな私に優しく言った。
「うちのお嬢様が心配しますから、一人で無理なさらないでくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
そういえばこの人は、本来は気遣いのできる温厚な人だった。
そこを付けこまれ、敵に捕まり自我を奪われてしまう。
そして、キラナヴェーダの中でも最悪の、兄殺しに至る。
針金男ドゥードゥとその妹の殺し合いは、どうにかして止めたかったことだ。
もしかしたら、この人も助けられる可能性があるのでは?
学院の警備員たちに連行されるトレマイドを見送って、ガーティさんは帰って行った。
私もフェンに報告に行かなくては。
多分これで、今回の件は片付いた、はず。
トレマイドがどうしてこの学院にいたのかとか、学院外の誰とどう連絡をつけていたのかは分からないけど……。
どうせアイツのことだから、きっとすぐに白状する。保身だけは得意なのだ。
だから、後のことは全部フェンに任せてしまいたい。
それにしても。
ヴェルから預かった金槌、結局アイツを殴ることに使ってしまった。
武器職人の道具を武器作り以外に使うなんて、やっぱり良くない。帰ってきたら謝らないと。
ヴェルとテトラは、今頃どうしているだろう。
調査中に何もなければいいけど。
明日学院が休みであることは覆らないだろうから、二人が帰ってくるまでに必要なことをまとめておきたい。
そうだ、ノイアちゃんへのお詫びについても考えないと。
乙女ゲームの中のノイアちゃんは、プレイヤーに合わせて誕生日の設定が変えられたから、デフォルト設定がない。
この世界のノイアちゃんの誕生日はいつなのか、聞いておかなくては。
なんて考えて学舎内を移動していると、前方から勢いよく誰かが走ってくる。
アリーシャちゃんだ。
「ゲルダ先生ー!」
私の目の前で急ブレーキをかけるようにして止まると、彼女は勢い込んで言う。
「何で呼んでくれないんですか!」
「……はい?」
「さっきの変な魔術の波、あれゲルダ先生がやってるって、バジリオが!」
ああ、バジリオ君は魔力で人を区別することができたのか。
「変態が出たなら、しばくのに私も呼んでくださいよ!」
……変態……。面倒くさくて関わりたくない奴ではあるけども。
「私は仕事ですから。生徒であるみんなに頼るわけにはいきません」
「そんな! それじゃ、あたし達が魔術の授業を受ける意味がないじゃないですか!」
「あれは貴方達の護身のためのものです」
この子も状況次第では助からないから、無理をさせたくない。
私の言葉に納得できなかったのか、アリーシャちゃんは不満そうに言う。
「先生のこと大事なんですよ、あたし」
臆面なくこうやって言ってのけるアリーシャちゃんの性格に、ゲーム中でも救われたのを思い出す。
「……ありがとう」
そう答えたところで、廊下の向こうからゼイゼイと息をつきながらやってくる海松色の頭の小柄な男子の姿が見えた。バジリオ君だ。
どうやらアリーシャちゃんに置き去りにされてしまっていたようだ。
「おまえは、いつもいつも考え無しに飛び出して……」
「あんたが軟弱すぎるんでしょ!」
アリーシャちゃんとバジリオ君がいつもどおりでほっとした。
無事であって欲しいと思ったゲームの中の人達が、私のことを心配してくれる。
それは少しくすぐったいけど、嬉しかった。
この調子なら、あの二人が帰ってくるまでどうにか耐えられそうだ。