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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
42/155

犯人探し

 ノイアちゃんと屋上へ向かうと、学院の時刻を知らせる鐘は本当に壊されていた。

 鐘を吊す根元の回転軸を破壊して動かなくしただけでなく、鐘の内側も入念に焼かれて想定通りの音が鳴らないような惨状だ。

 腹が立ったので、私は杖で鐘のあちこちをつついて鳴らしてみた。

 ベコンとかベヨンとか変な鈍い音が鳴って、元の甲高い金属音は出そうにない。

「ここまで破壊するなんて、よっぽど気に入らなかったのか、それとも時間稼ぎがしたかったのね」

 鐘が鳴らないのでは、学院内の時間管理だって手間が増えてしまう。これからどうしよう。

 こんなときにヴェルとテトラが居ないなんて。

 あの二人は金属の加工が得意だから、すぐに直せるはず。

 ……つまり、あの二人と同じことができれば、破壊も簡単だ。

 テトラの超高温の炎と、ヴェルの金属練成に近いことができる魔術師がどこかにいるのだ。

 ノイアちゃんにそう説明すると、彼女は両手を握って考え込みながら言う。

「それが可能な生徒って、魔術の授業で先生達の目に留まりますよね。なら、今まで魔術が使えないフリをしていたのか、もしくは、生徒以外の立場で学院に潜り込んでいる人でしょうか」

「今のところ、私達と同じぐらいの能力の生徒には会っていないから、そうなります」

 王族とその護衛役は例外だけど、彼らがこんなことを起こすとも思えないし。

 何かやらかしそうなアーノルド王子も、ヴェルの故郷の調査に行っているから、犯人候補からは除外される。

「放課の鐘が鳴ってからイライザさんが知らせにくるまで、一時間ぐらい。短時間で鐘を壊せるなら、すぐに逃げれば学院内に潜む必要はないかもしれない。学院の外も調べる必要がありそうです」

「もう外に出ちゃっている可能性もあるんですね……」

「そうです。あの怪談も噂話だから、正確ではないかもしれないし……」

 今まで存在した生徒を無かったことにしてしまうような事件が起きているなら、フェン・ロロノミアが把握しているだろう。

「あ、先生、この鐘はどうしますか?」

「犯人が戻ってきたときに爆破する仕掛けでも仕込んでおきたいところだけど、無関係の人を巻き込んでも困るので、妖魔避けの術だけ重ねておきます」

「ば、ばくは……」

 ノイアちゃんも魔術の素養は人並み以上にあるのと、元は火属性だから、頑張れば鐘を直すだけの炎は出せるかもしれない。

 でもここでそんなことをしている間に、犯人を逃がすのも癪だ。

 遠目からは鐘に異常があるようには見えない。イライザさんはどうやって気付いたんだろう。侍女の人が見つけたのか。

 屋上からあちこちを観察する。

 ここから見える光景はいつも通りだ。

 なら、屋上経由で学院の入り口まで行こう。

 三階建ての校舎の屋上を移動し、風の魔術を使って直に降りるほうが早い。

 説明し、杖を横にして差し出してノイアちゃんにも握ってもらう。

 そして、おっかなびっくりな状態のノイアちゃんと一緒に屋上から飛び降りた。

「ヒィッ」

 ノイアちゃんが軽く怯えたような声を出す。

 ごめんね。拒否されなかったから遠慮なく実行してしまった。

 吹き上げる風のおかげで、問題なく校門前に着地する。

「大丈夫? ノイアさん。無理させてごめんなさい」

「い、いえ……ちょっとビックリしましたけど、平気です」

 ノイアちゃん、いい子なんだけど詐欺とか大丈夫だろうか。付き合わせておいてなんだけど。

 周囲を見回してみるけど、屋上から見下ろしたときと同じく誰もいない。植え込みの陰に何かが隠れている様子もない。

 校門はいつものように閉じられ錠がかかったまま。こじ開けられた様子はない。

 鐘が壊せるならこの錠前だって破壊できる。逃げ出す時間があるのに逃げていないということは、学院内にまだ用があるのだろう。

 相方が消えてしまったのに、一人で片付けたいことがあるのか。

 いやでも、錠や門を壊して逃げた後、元通りに直して何事もなかったかのように振る舞う可能性も……。

 調べながら考え込んでいると、背後から声をかけられた。

「この門に異常はない。あれば、警備の魔術師達に探知できる」

 そう言ったのは、フェン・ロロノミアだった。背後にソラリスもいる。

 いつの間に。

 王族用の通路が学院のあちこちに張り巡らされているとはいえ、行動が速い。

「つまり、不審者はまだ学院内に居るんですね」

「そういうことになる」

 ノイアちゃんが思い出したように言う

「フェン様、あの噂は本当なんですか? 溶けて姿が消えた生徒の情報を、最初から居なかったことに変えたっていう」

「いや。そんな事実はない。創作か、情報伝達がこじれてできあがった噂だろう。念のため、名簿と在学中の生徒が一致するか確認させているが」

「そうなると、噂の発生源はどこになるんでしょう」

「おそらく、学院に出入りする商人だな。物資供給を依頼している者が、最近姿を見せないと聞いている」

 この学院に入るには許可証がいる。それが無くては門の結界に阻まれてしまう。

 許可証を与えられているのは生徒やその従者に、学院で働く人間だけではない。食料や資材を届ける人も数に入っている。

「鐘の音は学院の外にも届くから……」

 私の呟きを、フェンは聞き逃さなかった。

「そういうことだろう。とある商人が学院に荷物を届けようとしたが、途中で鐘の音によって倒れ姿を消した。だが、同行していた人間はそれを自分の幻覚だと思って錯乱し、学院に着いたところで誰かに助けを求めた。そして、その話が生徒に広まり怪談のような扱いになったというところか」 

「では、出入りしている商人とつるんでいる学院内の人間がいたんですね」

 フェンは私とノイアちゃんが考え込むのにかまわず聞いた。

「ところで、鐘が壊れていると報告に来た生徒とその従者は信用できるのか?」

 確かに第一発見者を疑うのは基本ではあるけど……。

 その言葉に、ノイアちゃんが即答する。

「イライザさんが事件を起こすとは思えません」

 それを聞き、フェンは目を細める。

「イライザ・グレアムか……グレアム家の妖魔狩りについては何度も報告があったな」

「フェン様、イライザさんのことをご存知なんですか?」

「彼女の兄は騎士団で功績を挙げていたから、有名だった。今の従者もその縁の者らしい」

 そこまで説明すると、フェンは話を区切る。

「ここでこうしていても埒が明かない。直接本人に話を聞きに行く。君達は、商人が出入りしていた裏口の門番から話を聞いてくれないか。確認が終わり次第、こちらは魔術研究棟に向かう」

 それだけ言うと、こちらの返答を待たずにフェンはソラリスを連れて去っていく。

 校門に妖魔除けの術をかけた後、私達もすぐに裏口へと向かうことにした。



 学院の使用人たちの居場所は、生徒用の宿舎や学舎から離れた場所にある。

 物資を運び入れるための通用門や倉庫もそちら側にあった。

 倉庫の前で荷運びの準備をしている人達に声をかけ、この数日に出入りした人間に普段とは違うことが起きなかったか質問した。

 すると、フェンの予想した通りの事件が起きていたらしい。

 でも、ここで働いている人達は、王族の仕事に差し支えると思って報告しなかったのだとか。

「頭のおかしい人間は王族にひっきりなしに寄ってきますから、ここで働いているとそういうのと遭遇するのは日常的なんですよ」

 ……警備の穴がこんなところに。

 確かに、どこの世界でも王族に近づこうとして嘘をつく人間や、自分も王族だという妄想に憑かれてしまう人間はいる。

 そして、警備の人はそんな人間に悩まされるストレスで判断力が鈍ることがあるらしい。

 人が溶けて消えたと主張した商人は、いつも来る変人奇人を追い払うのと同じ扱いで王都の治療院に送ってしまったのだとか。

 ちょっとかわいそうだ。

「その溶けたらしい商人の身元については分かりませんか……」

「溶けて消えたかどうかは知らんけどね、元々評判の悪い奴だったね。やって来なくなってこっちはせいせいしてるんですわ」

 何でそんなのを雇っていたの……。

「元々はあれと違う、信用できる若いのが来てたんですが、ある日、その若いのの代理だと言ってそいつがやってきたんですよ。仕事中に若いのが逃げ出したとかで。真面目に働いていたあの若いのがそんなことするかい、と皆で言っていたんですが。こっちも学院内の仕事があり確認には行けなかったから」

 失踪者が出てしまっている。

 学院外で犠牲者が出ては、内側にいる私達にはどうにもできない。

「その評判の悪かった商人が、この学院に来て会っていた人ってどのくらいいますか? 知り合いのような人とか」

 そう問うと、倉庫の作業員たちは口々に言う。

「そういや、たまに生徒がここまで来てましたね」

「貴族ばっかのこの学院で、従者や使用人のたまり場に来るモンなんて庶民の出だろうと話しとりましたが」

「今考えたら、あの胡散臭いのと、会っていたかもなあ」

 これも予想通り。内通者がいたようだ。

「どんな生徒でしたか?」

「……どんな?」

「と言われましても、覚えてませんな」

「まるでぱっとしない生徒だったんで、説明しようがないですね」


 結局、生徒の中に犯人候補が居ることが確実になっただけで、まるで絞り込めない。

 倉庫から離れ、念のために裏口の門にも妖魔除けの魔術をかける。

 鐘を壊した犯人が妖魔を学院に招き入れるつもりなら、出入り可能な場所は全部封じておきたい。

 魔術研究棟へ戻る途中にノイアちゃんが言う。

「そういえば私、ソラリスさんから注意されているんです。金環蝕の魔術使いは、北の国の人間には暗殺者の扱いだから、もし侵入者が私を見たら、同類とか対抗勢力の暗殺者と間違えるかもしれないって。それで、ソラリスさんから自分の印象を誤魔化すための術を教えてもらったんですけど。そんな術があるなら、侵入者も同じことをやってますよね」

「認識阻害の術があるのね」

 言われてみれば、倉庫で働く人達の記憶の曖昧さはどこかおかしかった。

 直接警備を任されている立場ではないにせよ、不審な人間に近づく生徒がいるなら注意したっていいのに。

 ソラリスも、そんな魔術を知っているなら私達に説明しておいて欲しかった。

 ソラリスはゲームの設定上、ノイアちゃんしか信用しなかったようだから、フェンに忠誠を誓った現状はまだマシになっているのだろうけど。

 もう少し私達にも協力的になってくれないだろうか。

「その術について教えてもらえますか?」

「はい、確か……」

 ノイアちゃんはソラリスから聞いたとおりに術を再現してくれた。

 淡い光がノイアちゃんを覆う。

「これで、すれ違う程度なら他の人は私に意識が向かなくなるらしいです。直接対面して会話すると効果が切れるそうなんですけど」

「確かに今の私には効いていないけど、魔術耐性のない人には通じるでしょうね」

 これが通用してしまっては、警備の意味が無い。

「その術を解析したいから、少しの間、ノイアさんに触れてもいいかしら」

「分かりました」

 ノイアちゃんが差し出した手を取って、意識を集中する。

 術をかけた本人に抵抗する意思がないため、術の仕組みはあっさりと理解することができた。

「ありがとう、ノイアさん」

「いえ」

 おかげで、術を実行する真逆、強制解除もいけるかもしれない。

「今からその術の解除を試してみます」

「はい」

 私の魔力はノイアちゃんのかけた術の構成を崩すように流れ、軽い音と共に光が弾ける。

 他者に術を砕かれた反動で、ノイアちゃんが身震いした。

「何度も負担をかけてごめんなさい」

「私は大丈夫ですよ」

 そんなことを言ってくれるけど、私なら同じ事はされたくない。後で改めてお詫びをしないと……。

「ノイアさんのおかげで、解決できそうです」

 ただ、広域に認識阻害の強制解除を行うには、魔力をかなり使いそうだ。私一人では限界がある。

 学院内で手当たり次第に人を捕まえて術をかけるわけにもいかないし。



 イライザさんと情報交換を終えたフェンは、魔術研究棟で私とノイアちゃんの報告を静かに聞いた。

 でも、私の差し出す書類には眉をひそめる。

 魔力補助の魔石使用申請書。

 私達が過去に魔石の採掘に行った後、ロロノミア家が国内外で魔石を確保する仕事をしていたはず。

 そう思って書類を出したのだけど。

「……緊急時だ、要請があれば口頭で受け付ける。俺はそんなにも頭が固いと思われているのか?」

 私がお役所仕事に毒されすぎかのように言われるなんて。

「では、用意していただけますか」

「学院に持ち込んでいる分であれば、すぐに出させる」

「お願いします!」

 これで、鐘を壊した犯人を暴き出してやる。私の仕事を増やされる前に。


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