表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
41/155

学院の怪談

 また嫌な夢を視た。

 内容は覚えていないけど、夜中に目が覚めて、妙に落ち着かなかった。嫌な汗を拭って寝なおしたけど、朝になっても気分は良くない。

 ヴェルとテトラが出かけて三日目にして、既に気が滅入っている。

 私はあの二人が側にいてくれたら学院での生活に心配は要らないと思っていたけど、今あの二人はいない。

 あの二人も、出かけた先で大丈夫だろうか。

 調査に出かける前のヴェルと会話したとき、ヴェルの様子がちょっとおかしかった。

 出先でのおやつとして作った焼き菓子の包みを渡したら、ヴェルからは武器作りに使っている金槌を手渡された。


「……これは?」

 普段大事にしている道具なのに、一体どうしたのか。

 そう思っていると、ヴェルは笑顔で妙な事を言い出した。

「不審者が来たら、これで殴るんだよ、ゲルダ。遠慮せずに、胴をね」

「……え……」

「届くのなら首でもいいけど。確実に潰せるように」

「……これ、鍛冶の道具なんじゃ……」

「不審者が来たら、遠慮せずに骨を砕くか喉を潰すかするんだよ」

 会話が成り立たなかった。

 困ってテトラを見ると、テトラはおやつを食べるのに夢中なフリをして助けてくれなかった。テトラにも手に負えないということらしい。


 あのときのことを思い返し、溜め息をつく。

 やっぱり、ヴェルを故郷に行かせないほうが良かったかもしれない。

 一応、言われた通りあの金槌は持ち歩いているけど、武器職人の道具を護身用として使う気にはなれない。

 でも嫌な予感はするから、子供の頃から使っている緑の杖を、これから学院内でも持ち歩くことに決めた。


 警戒してしまったけど、今日もどうにか一日が無事に終わりそうだ。

 昼にいつもどおりアリーシャちゃんとバジリオ君が来て。

 放課後に、ノイアちゃんとソラリスがやってくる。

 ノイアちゃんは普段、シャニア姫と故郷の伯爵様の話ばかりだけど、他に仲良くなりたい相手はいないのだろうか。

 ……誰か、恋している相手とか。

 名前を変えた隠しキャラのソラリスとは、現段階では友好的な同級生でいるようだけど。

 ずっと様子見をしていたけど、魔術師ディーとしてのヴェルヴェディノも、誰かに興味を持ったりはしていない。

 だから、私は今までどおり接している。きっとヴェルも、シャニア姫の占いを気にしていて他に気を回す余裕がないのだ。


 魔術研究の前に二人へお茶を淹れて出すと、ノイアちゃんが言う。

「先生、疲れているみたいですけど、無理しないでくださいね」

 心配させてしまった。

 優しい。ヒロインはこの手のことに察しがいいと相場が決まっているけど、気遣いは嬉しいものだ。

「ありがとう。ノイアさんにはいつも放課後にここに来てもらってばかりでごめんなさい。学生同士で仲良くしたい人もいるでしょうに。ノイアさんの会いたい人を優先してもいいんですよ」

 私の言葉に、何故かノイアちゃんは眉を下げて私の手を取る。

「私、ゲルダ先生に無理しないでくださいって言ってるんです」

「……え?」

「私の会いたい人は、故郷の伯爵様とシャニア姫ですけど、お二人とも強い方なので心配していません。でも、今のゲルダ先生は無理をしているように見えるので。私は、先生が大丈夫になるまでここに来ます」

「……ノイアさん。今の私は情緒不安定だから、貴方やみんなに酷いことを言うかもしれないの」

 流石にゲームの中のゲルダリアほど酷い台詞は思いつかないけど。

 親切にされるとつけ上がるかもしれない、いつか何かをやらかしてしまうかもしれない、という不安だけがある。

「そんなの、疲れているときは誰にでもあることです。気にせずに休んで下さい。二人分の仕事を先生一人に任せるのがそもそもどうかしてるんですよ」

 ノイアちゃんは私に同情的なようだった。

 でも、考えると前任の人は一人で仕事していたみたいだし、ゲーム内でもディーが一人で担当していたはず。

 私達のやりとりに、ソラリスがぼそりと言った。

「ロロノミア様も人手が足りないってぼやいていたから、多少は失敗しても見逃してくれるはず」

 どうやらソラリスなりに気遣ってくれるみたいだ。

「ありがとう、二人とも」

 二人の言葉で少し落ち着いた。

 と、そこで研究棟の魔術探知が反応する。誰かがやってきたみたいだ。

 部屋の外を見ると、タリスが居た。

 外に植わっている食虫植物を見てぎょっとしたけど、すぐにこちらへやってくる。

 そして、室内に私がいるのを確認し、言った。

「ゲルダ先生にお話があります。今よろしいでしょうか」

 その言葉に反発するようなことを言ったのは、意外なことにソラリスだった。

「……俺達、先約でいるけど?」

 見て分からないのかと言いたげなソラリスに、タリスも負けじと答える。

「ええ。それを承知の上で訊いております」

 ……うう、タリス……あの二人が居ない隙を狙って来るのは想像していたけど、今かあ……。

 タリスが少し不機嫌なのに気付いたのか、ノイアちゃんが慌てて言う。

「それ、私達が一緒に聞いてはマズイ話、ですよね……」

「そうですね、先輩。席を外していただけると助かります」

「では、少しの間だけです、タリスさん。私達もゲルダ先生に用があるので!」

 ノイアちゃんがそう念押しして、ソラリスを連れて部屋の外へ出て行く。

 どうやらノイアちゃんとタリスは顔見知りになっていたらしい。どんな出会い方をしたのだろう。

 ソラリスはタリスが安全な生徒なのか疑っていたようだけど、ノイアちゃんの既知だと分かってすぐに警戒を解いた。

 テトラが居ない間の警備はソラリスにも任されているから、過剰反応していたようだ。

 ノイアちゃんとソラリスが庭で魔術訓練を始めたのを見て、タリスは室内に入り戸を閉めた。

「今お茶を淹れますから、そちらの席に座って待っていてください」

「必要ありません。先輩からも手短にと言われてしまいましたから」

 むう。逃がす気がない。

「教室でのことや今の反応を見ると、僕のことを覚えていてくれたんですね、姉さん」

 唐突に本題に入るタリス。

「……それは、当たり前です。家族のことを、簡単に忘れるわけにはいきません」

「それを聞いて安心しました。お父様はずっと、魔術師の施設に出向くたびに面会を拒否されて泣きながら帰ってきましたから。てっきり、姉さんが嫌がっているものだとばかり」

「え……」

 それは初耳なんだけど……。

 あの公爵様が秘めの庭まで来ていたなんて。

「そ、それは行く先を間違えたのではなく?」

 確か、この国には秘めの庭以外にも魔術師が集う組織があったはずだ。

「いえ。第二都市を越えた先の山の麓ですが」

 それは間違いようもなく秘めの庭だ。

 どういうこと? 教授が勝手に面会を拒否していたということ?

「……どうやら、姉さんも知らないみたいですね? お父様が訪れたときはちょうど姉さんが施設にいないときだったそうですけど」

 ああ、そういうことなら……。

「聞いてないわ……遠出することはよくあったし、あの施設の責任者も忙しい人だから、伝達し忘れたのかもしれない」

「姉さんはそこで一体どんな生活をしていたんですか。魔術師が遠出なんて。必要あるんですか?」

「ま、魔術師が全員引きこもりみたいに言わないで……」

 確かにそういう魔術師はいたし、私はこの学院に来ないようにしたかったけど、それは完全に失敗してしまったし……。

「薬や爆弾の調合材料を探しに行ったり、魔獣退治に行くのは珍しくなかったの。それできっと、お父様とすれ違ったんだと思うわ」 

 そう説明すると、タリスは喉がひきつったような声を出す。

「……爆弾? 魔獣退治まで、姉さんが行ったんですか?」

「だって、他に人がいないもの。できる人間が行くしかないでしょう?」

「騎士団を呼べばいいのに……」

「要請が間に合わない地域に住んでいる人達もいたから、しょうがないの」

 タリスは眉を八の字にして何か考え込んでいるようだ。

「……それで姉さんは、学院にも来ているあの魔術師二人とも一緒に仕事をしてきたんですか?」

「そうね。一緒に爆弾を作ったり、武器を造ったり。魔獣退治にも三人で行ったわ」

「そうですか」

 何だか納得していなさそうな声色だ。

 ……邪推でもされているんだろうか。

「私、ちゃんと役に立ってきたんだから。落ちこぼれの魔術師だったわけじゃないから」

 公爵家の権威に頼って一人前になったわけではないことは主張しておかないと。

「そこについては全く心配していませんが」

 じゃあ何なの。

 遺跡巡りの計画をしていたなんて言えば、遊んでいるだけと思われてしまいそう。黙っておくことに決めた。

「……ここまでにしておきましょうか。僕もこれ以上先輩達の邪魔をするつもりはありません」

「そう……」

「姉さんは魔術師としての生活を後悔していないようなので、僕はもう余計なことは問いません。これからこの学院内で、姉さんのことは魔術師として応対すれば良いのですね?」

「そのほうが貴方のためだと思うわ。まだ魔術師に対して偏見がある人もいるらしいから」

 貴族から騎士団に入る人は多くても、魔術師になってしまう人はあまり居ない。居ても、王族に仕えることが殆どだ。

 私みたいにこうやって黒尽くめの魔術師にはなりたがらないだろう。

 タリスは立ち上がって、最後に述べる。

「それでは、姉さん。次は授業で会いましょう。姉さんがそうしたいのであれば、他人のふりでかまいませんから」

「そうね……」

 私が貴族としての役目を捨てて家を出たことで、タリスの苦労も増えたはずなのに、恨み言は何も言わなかった。

 そこを指摘されるんじゃないかと覚悟していたのに。

 部屋を出たタリスは、ノイアちゃんに声をかけ、魔術研究棟から出ていった。

 そこでまた、魔術探知に反応があった。今度は、出入り側とは真逆にある窓からだ。

 不法侵入だろうか。

 杖を引っつかんで窓に駆け寄って、様子をうかがう。

 すると、窓を誰かが叩いた。

「すみません! 誰か居ませんか?!」

 女の子の声だ。

「何かあったのですか?」

 私の質問に、相手は慌てたように言う。

「ゲルダ先生! 大変です、鐘が!」

 誰だろう?

 曇り窓の向こうに映る影は、この学院の制服を着た子に見える。

 鍵を外し窓を開けると、そこには黒髪ポニーテールの女の子が居た。

 この子の姿は知っている。ノイアちゃんの親友という立場になっているはずの子だ。今のところ一緒にいる姿は見なかったけど。

「失礼します!」

 元気よくそう言って、その子は窓から中に入って来た。

 ……こんな突飛な登場をする子だっけ?

「一体どうしたんですか?」

 私が質問したところで、ノイアちゃんとソラリスも部屋に入ってきた。

「イライザさん?」

 ノイアちゃんの言葉に、親友役の少女は振り返る。そして、私とノイアちゃんを交互に見て言う。

「学院の、魔除けの鐘が、壊されました!」

「……え?」



 イライザさんに落ち着くよう促し、全員が席についたところで彼女は説明を始めた。

「私の侍女は妖魔退治の心得がある者なので、数日前にこの学院の鐘に妖魔除けの術が施されたことに気付いたんです。彼女は急にそんな術が施されたことで、警戒を始めました。生徒の従者が立ち入りを禁じられている場所にまで調査に出かけてしまって。そこで怪しい噂を聞いたんです。その調査結果を聞いたばかりの今日、放課を知らせたのを最後に、学院の鐘が壊されてしまいました。発見はついさっきのことなので、まだ学院でその話は出回っていないのですけど。彼女がどうしても気になることがあると言うので、代わりに私が話をしにここへ来ました」

「詳しく聞かせてください」

 ノイアちゃんとソラリスも、静かにイライザさんの話を聞いている。

「私の侍女が言うには、数日前から、一部の生徒の間で怪談話が流れていたらしいんです」

「怪談?」

「医務室の中で錯乱状態になっている生徒が語っていた、という前提で始まる話によると、鐘が鳴って急に苦しみ出した生徒がいて、心配して駆け寄ったら服だけ残して姿を消してしまった。何が起きたのか分からず悲鳴を上げたら、警備員が助けに来たので事情を説明した。するとすぐに宿舎に戻るように言われ、次の日に学舎に来たら、あの消えた生徒は初めから存在しない扱いになっていた。そんな内容の怪談が、この数日の間に急に出回っていたらしいです」

「怪談というには、状況が状況ですね……」

 私はちらりと天井を見上げる。始祖王が友であるジャータカ王との旅で妖魔退治する伝承が描かれていた。

 テトラが鐘に術を施そうと思いついたのは、始祖王の伝承を思い出したからであって、緊急性を感じていたわけではない。けど、その思い付きの行動で事件が起きてしまったらしい。

 イライザさんの侍女に警戒させてしまったのは申し訳ないけど、それは無駄ではなかった?

「私の侍女の推測はこうです。人に化けた妖魔と、その妖魔と組んでこの学院に潜り込んだ人間がいて、妖魔が鐘の音により退治されてしまったので、相方になっている人間が鐘を破壊した。そして、破壊した間に、また同じ手で学院に潜り込もうと計画する妖魔がいるのではないか」

「確かにその推測はありえるでしょうね。でも、始祖王の加護の力に耐えてまで、妖魔がこの国に潜り込む理由はあるのですか?」

 苦行を通り越して拷問のはずでは。

 私の疑問に、イライザさんは視線を落として言う。

「妖魔は若くて明るい人間が好きなので、始祖王の加護で自分の身が削られても、おかまいなしなところがあるんです。火に飛び込む虫と同じですね。人をたぶらかす知能を持つほど成長した妖魔でも、そこは変わりません。好物を見つけたら一直線と言うか……」

「そんな妖魔が、人と組むことがあるんですか?」

 その問いにはソラリスが答える。

「諜報員も暗殺者も、手段は問わない。目的さえ達成できるなら、何でも利用する」

「ソラリスさん?」

 ノイアちゃんのその声かけは、イライザさんがいる前で自分の過去を説明してもいいのかという確認なのだろうけど。

 ソラリスは構わずに話す。

「妖魔による人への執着心は、ろくでなしにとっては都合がいい。あれは、後暗いことに手を染めた人間を餌にはしないから。根城だった場所には妖魔もいて、まだ暗殺の仕事に出る前の子供の中には妖魔に喰われた奴が何人かいた。俺は貴重品扱いだったから、隔離されていたけど」

 その話は後で聞かせてくれても良かったのに。あるいは、フェン・ロロノミアに報告するだけでも。

 ソラリスは、ノイアちゃんが信頼する相手なら警戒しなくていいという判断なんだろうか。タリスのことといい。

 案の定、ソラリスの話にイライザさんは疑わしげな視線を向けている。

「と、とにかく、そういうことなら、対策を採らなくてはいけません。イライザさん、鐘が破壊されたこと、私以外の誰かに報告しましたか」

「まだです、警備の人が見つからなくて」

 それで慌てて短距離移動して窓からやってきたのか……。

「ロロノミア様への報告は、俺が」

 ソラリスはそれだけ言うと、部屋を飛び出して行った。

 魔術による身体強化で駆けて、すぐに姿が見えなくなる。

「あの……今の人、大丈夫なんでしょうか」

 イライザさんの疑問に、ノイアちゃんが答える。

「ソラリスさんは、フェン様に忠誠を誓ったそうなので信用できますよ」

「そ、そう……?」

 私は緑の杖を引っつかんで構え、この魔術研究棟に妖魔除けの術を施した。

 この建物はもともと建材に魔除け素材が練りこんであるけど、念のため。術の重ねがけが有効なら何度でもかけたほうがいい。

「二人の持ち物にも、魔除けをしましょう」

 そう提案すると、イライザさんは首を横に振る。

「私は侍女から護符を持たされているので大丈夫です。彼女が学院内を見回ってくれているので、合流してきますね」

 それだけ言って、イライザさんも部屋を出て行く。

 イライザさん、こういう子だったっけ……?

 私はあのゲームで直接遊んでいないから詳しくはないけど。

 ノイアちゃんも驚いている。

 とにかく、私はノイアちゃんの制服に妖魔除けの術を施した。

「私は壊された鐘の様子を見に行きます。ノイアさんはどうしますか? 安全が確認できるまでここに居てもらっても……」

「いえ、私はゲルダ先生の補佐を任されているので、一緒に行きます!」

「分かりました、ではお願いしますね」

「はい!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ