戦闘イベントは計画的に
秘めの庭に来てから初めての外出だ。
これから数日かけて、魔獣に占拠された菜園で狩りを行うらしい。
現地までの移動はトロッコで行い、他の狩人さんとは現地集合だそうだ。
「おもしろそうね」
呑気にトロッコへ荷物を積み込む私とは違い、ヴェルヴェディノは緊張しているようだった。
自分の浮かれた発言に反省する。
「……大丈夫?」
そう聞くと、ヴェルヴェディノは黙ったままうなずく。
自分で作った剣を抱えると、ヴェルヴェディノはトロッコの隅に座りこんだ。
あらかじめジョンさんから聞いた話では、これから退治しにいく魔獣は毛玉に角が生えた一角玉というらしい。
猫より大きくて動きがすばやく、角が頑丈なため、粗悪な金属で作った剣で近接戦を挑むと武器を壊されてしまうとか。
菜園で爆弾を使うと作物が台無しになってしまうから、専用のお香を焚いて、一角玉たちを菜園の奥からおびきだす。
その後に爆弾でまとめて吹き飛ばし、遠距離から矢で毛玉の部分を射って退治する。
矢で討ち漏らしたときに備えて、近接戦用の丈夫な剣もいくつか作ってきた。
ヴェルヴェディノは近接戦になったときのことを心配しているのかもしれない。
剣を作ったあと、ヴェルヴェディノとジョンさんはその剣の強度と扱いやすさを確認するために剣術訓練をしている。
そうやって念を入れてきたから、大丈夫だと思うんだけど。
トロッコに荷物を積み終わり、ジョンさんが準備完了の確認を済ませ、私達は出発する。
魔術で改良されたらしいトロッコは、想像した以上の速度で草原の上のレールを走る。
速いわりに振動が少なくて、乗り心地が良い。これも魔術による改良だろうか。
身を乗り出さないようにしながら、流れていく景色を眺める。
今回の魔獣討伐はテトラの薬とか菜園の人達の生活がかかっているのだから、浮かれてはいけないと自分に言い聞かせた。
こういう光景はゲームで遊んでいるときに何度も見て憧れたものなので、ついはしゃぎそうになる。
ジョンさんはいつもの柔らかい表情だ。今回の討伐は、道具と人手さえ揃えば楽なものだと言っていたから、ジョンさんや狩人さんたちの指揮どおりに動けばおそらく平気なんだろう。
でも、ヴェルヴェディノは少し顔が青い。故郷のことを思い出しているんだろうか。
気分がまぎれるかどうかは分からないけど、私は二人に話しかける。
「今回討伐に行く魔獣は、怪我の薬とか、栄養剤とか、剣づくりの素材になるんですよね。余裕があったら現地で調合して、狩人さんたちへのお礼にする余裕もあるといいんですけど」
私の言葉に、ジョンさんはいつものように穏やかに答える。
「そうだね。今回は魔獣の数が多いから、秘めの庭に持ち帰る分以外の素材も確保できるだろう。狩人の皆にも薬を贈ることができたら、喜んでもらえると思うよ」
「じゃあ、薬作りを失敗しないようにしなきゃ。私、爆弾より薬作りに使う鍋のほうが破裂してる回数が多いもの」
そう話すと、やっとヴェルヴェディノの表情が変わる。深く息を吸って吐いて、それから言う。
「……大丈夫だよ、ゲルダリア。僕は薬を調合する方面の才能はないけど、君のそれはちゃんと進歩してるって分かるよ」
「あれ? 私、ヴェルヴェディノに薬の調合の練習してること、話したっけ?」
「ミミクルさんから聞かされるんだ。ゲルダリアがよく鍋を台無しにするから、備品の取り寄せが面倒くさいって」
あの備品管理者め……何も無関係のヴェルヴェディノに愚痴らなくてもいいじゃない……。
ふくれっ面をした私を見て、ヴェルヴェディノが苦笑する。
「ミミクルさんが言ってたよ、ゲルダリアの鍋爆発は、自分が薬学に挑んだときのことを思い出すんだって」
「え?」
聞き返した私に、ジョンさんが説明してくれる。
「薬に関する資料は、ほとんどミミクルさんの研究結果だよ。今は材料が足りないのと備品管理を任されたことであの人の研究は進んでいないけれどね。自分以外にも薬の研究をやってくれる子がやってきたので嬉しいと言っていたな」
……なんで他の人相手にデレを発揮してるの。あの人、私にはぼやきしか言わなかったのに。
そんな話をしているうちに、トロッコは草原を抜けて緑の少ない荒れた土地へと出た。
ジョンさんが説明してくれる。
「この地域は人の手で土地を手入れしてやらないと、うまく作物が育たないんだ。だからこの辺り一帯に暮らす人のために菜園を作ったんだけど、荒野の奥の沼地で大量発生した魔獣に占拠されてしまってね。あの魔獣に占拠されてから既に一週間経っている。菜園は荒らされているだろうから、魔獣を退治できても作物のほうは望み薄かもしれない」
それを聞いて、ヴェルヴェディノが怒っているかのように呟く。
「……絶対に退治しなきゃ」
やっぱり、辛い事を思い出しているようだ。無理をしないといいけど。
魔獣の退治作戦の前に、入念に装備の確認をする。
前世の友人に私の好きなRPGで遊んでもらったら、戦闘要素になれていなくて丸裸で敵に突撃してしまったけど。
私は装備無しでの素殴りはできない。
魔術を使うための私の杖は、ジョンさんが新しく作ってくれた。
私の魔術属性に合わせた材質で、緑の木材に銀の魔力誘導の紋が描かれている。私の背丈と変わらない長さの杖だけど、とても軽い。
丈夫な材質なので、いざとなったらこれで毛玉を殴っても大丈夫らしい。
憧れの魔法の杖を手にして、私はとてもテンションが上がってきた。
菜園の管理をしている村の人たちや雇われ狩人さんが揃ったところで、みんなにも武器と爆弾を配布する。
そして、魔獣を呼び寄せる準備が完了し、私の初めてのイベント戦闘が始まった。
はじめて見る魔獣は、思っていたよりかわいくなかった。
RPGの序盤の雑魚敵は、作画コストが低めで絵心のない私でも形をなぞることができるのに。
今回討伐する魔獣は、一角玉という名前のくせに、小さく手も足も生えていた。
その小さい手足でカサカサと高速で移動して、飛びかかってくる。
これは関わりたくない。
角が思った以上に長くて、うかつに近づくと串刺しにされてしまいそう。
菜園が占拠されたのも納得の、面倒くさいヤツだった。
これなら遠慮なく爆弾を投げつけられる。
マスコット系の魔獣だったら退治にためらうかなと心配したけど、完全に杞憂だった。
殺らねば。
菜園から引いた位置で陣を敷いて構えた私達は、誘導用の香によってワサワサとやってきた魔獣たちへ、一斉に爆弾を投げつけた。
軽い炸裂音が連続して響き、毛玉はキィキィ鳴いて転げ回った。
やっぱり、初心者でも作れる爆弾では威力が弱い。
それでも、あの毛玉にはそれなりに効果があったようで、菜園から飛び出してきたときほどの元気はなくなる。
そこから狩人さんたちの合図で、弓を使える人達が一斉掃射。
毛皮を貫通した矢でトドメをさされ、大半の毛玉は動かなくなった。
討ちもらしてこっちに向かってきた奴は、私が風の魔術で吹き飛ばして弱らせて、ヴェルヴェディノが剣で斬った。
狩人さんたちも、ジョンさんの造った頑丈な剣のおかげで、近接戦になっても問題なく退治できたみたい。
動いている毛玉がいなくなったのを確認してから、狩人さんとジョンさんが菜園の中も確認する。
どうやら、無事に全滅させられたらしい。
「よかった、爆弾の数が足りなくて鍋を使うことになるかと思ったけど、心配なかったみたい」
私がそう言うと、ヴェルヴェディノが驚く。
「え、それ、ご飯を作るために持ってきた鍋じゃなかったの……」
「確かにご飯の心配もしてたけど、いざとなったら鍋も爆発させるつもりだったの。でも、狩人さん達とジョンさんのおかげで鍋が犠牲にならなくてすんだわ」
「……そ、そう……」
若干引き気味に言われてしまった。
「と、とにかく、退治した毛玉を材料にする作業! それからご飯!」
そう言って、ジョンさんや狩人さんが魔獣を解体しているところへ交ざりにいく。
それに遅れて、ヴェルヴェディノも付いて来た。
ドロップアイテムの確認は基本。
これが目当てでここにやってきたんだから、魔獣から剥ぎ取れるアイテムは根こそぎ持って帰らなきゃ。
毛玉の肝は薬の材料、毛皮は防具を作る材料、角は武器を作る材料。
お肉にも毒は無いから、食べても大丈夫らしい。あの毛玉にお肉部分があったのか。
これでテトラのための薬は作れるし、ジョンさんやヴェルヴェディノも強い武器を造れる。
魔獣の屍を越えていけ。
必要な分以上に素材があるので、私はその場で鍋を使って薬を調合する。
傷薬と人間用の栄養剤を作って、菜園の管理をしている人や狩人さんたちへのお礼に渡す。
そうしたら、菜園で無事だった果物や苗をもらってしまった。
「あんなに荒らされた後だから、無事だった作物は貴重なのに。本当にもらってもいいんですか?」
ジョンさんも私も驚いたけど、菜園の管理者さんは笑顔でうなずく。
「我々は作物を育てることはできても、薬や武器を造ることはできないから、これをお譲りすることでやっとあなたたちにお礼ができるんですよ。一方的にお世話になるだけでは、我々も居心地が悪い」
なるほど、等価交換?
おまけ報酬になった果物や苗のおかげで、これから秘めの庭で他の物も作れそうだ。
毛玉退治の後、菜園の人達の村で泊まって休んで、次の日に朝イチでトロッコで秘めの庭へと帰宅する。
私は真っ先に鍋を持って畑に行き、ラーラさんに薬を届けた。
「ラーラさん、聞いてください、人用の栄養剤ができたんです!」
挨拶をすっとばしてそう言ってしまった。公爵家にいたなら、礼儀がなっていないと言われただろう。
朝からテンションの高い私を見、農作業を始めようとしていたラーラさんはぽかんとする。
「テトラの栄養剤です! 使ってください!」
そう言うと、ラーラさんはやっと反応した。
「来るなり何を言い出すのかと思えば、あんたって子はもう……そんなにも心配させていたなんて」
ラーラさんはぎこちなく笑う。そして、私が差し出した鍋を受け取ってくれた。
「でも、ありがとう。実はあの子の具合、また悪くなっていって、どうしようかと思ってるところだったから……」
「じゃあ、しばらく私が畑のお仕事しますから! 私じゃ仕事が不完全かもしれないけど、でも、ラーラさんはテトラが良くなるまで側にいてあげてください」
前世の私の妹は、具合が悪いときに家族がついていないと不安がった。テトラも、両親がこの施設のために働いていて側にいないのでは淋しいだろう。
「……ありがとうゲルダリア」
それから毎日は畑でラーラさんの分も仕事をして、エルドル教授の講義を受けて、食堂のご飯も私が調合で作って、薬の研究を次の段階へと進めて。
それからそれから。
「素材が! 足りない!」
思わず叫んでしまう。
また魔獣の退治に行かないと駄目らしい。
しばらくはそんなサイクルの繰り返し。
武器加工の研究棟で、私が爆弾を作るのも日課になってしまった。
テトラの具合が良くなって、畑仕事に戻ってきたラーラさんに言われた。
「そんな、無理しなくてもいいのよ?」
無理はしていない。調合系のゲームで散々やったことを、今になってゲソちゃんでもやっているだけ。
ここに来てから今までの間に、調合の能力も上がっている。魔術も少しずつ上達している。
頑張った成果はちゃんと出ている。
言っても止めない私を見かねたのか、ラーラさんは溜め息をつく。
育った苗から取れた野菜で、ラーラさんは新しいスープを作ってくれた。
「あんたのおかげで野菜が育つのが早くなったのは凄いことなんだから、ちょっとは休んでもいいのに」
「でも、まだ足りないんですよ」
公爵家では、小麦で作った食材が出た。パンとか焼き菓子とか。でも、あれは庶民には出回っていない。
この世界にお米があるのかは分からないけど、小麦は存在するのだ。
私はラーラさんたちにもパンとかお肉とか、もっと良いご飯を食べられるようになって欲しい。
そのためには、半年に一度来るらしい王様の使いの人達に、研究結果を見せて引き換えに要望を出せるようにならないと。
私の魔術師としての生活は、まだ始まったばかり――!
打ち切りではないです。