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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
親友役 イライザ編
37/155

仇討ち少女に姫役は向かない

 まさかそこまではしないだろう、と思っていたことを全部実行していたジャータカ王。

 来賓を危機に晒してまで、王宮内で妖魔を育てる理由は何? 

 おそらくジャータカ王は問題点を理解できていない。ジャータカの国だけでなく本人

自身も都合よく他者から扱われていることに気付けずにいる。

 王族や貴族の世界にドス黒い感情が渦巻くのはどうにもできないだろう。富と権力が絡んでいる以上は。

 王宮が妖魔を育てるのにうってつけの不浄の場になってしまうことは、避けられない。

 けれど、始祖王アストロジアの場合はそれを憂慮し、対策を採った。

 統治する国土全てに加護を与え清めたのだ。

 そして、現在に至るまで、アストロジア王国にその加護は引き継がれている。導きの王が戴冠することで。

 今になって思い出した。

 アーシェンセルは人の名前ではない。現象の名前だ。

 始祖王の旅を導いた光。それがアーシェンセル。

 ゲーム中でフェンがアーノルド王子を思いとどまらせるために言っていたことだ。

「アーシェンセルと名付けられた第一王子とは違い、アーノルドは人名だ。おまえに求められているのは人としての役割であって、始祖王に帰ってきてもらいたいわけではない」

 アーシェンセル。導きの王。

 ソリュ・ロロノミアから話を聞かされ、私なりに調べられる範囲で情報を得た。

 導きの王が始祖王の加護を維持するための儀式を行うことで、アストロジア王国に異形は生まれず怪異は起こりえない。

 そして。

 始祖王の善き友であったジャータカ王もそれに近い処置を自分の国に施した。

 それが台無しになっているこの現状を、どうしたらいいのか。


 私はソリュから聞かされた話をナクシャ王子と魔術師のおじいさんに話す。

「ジャータカ王国は、王が民のための善政を行えば、始祖王アストロジアの呪いが解けて元に戻ると聞きました。けれど現状がこれでは……」

 自滅による衰退しか見えない。

 始祖王はジャータカ王の子孫に反省して欲しかったのだろうけど、それが望めないのであれば、この国から魔術と加護を奪うのは完全に悪手でしかない。

 罪のない庶民が苦しむだけ。

 おじいさんは、しわしわの顎を撫でながら頷く。

「そうですな。我ら魔術師はこの国の王族の生活を楽にしろとは言われたが、内政には干渉しない決まりだった。律儀にその約定を守り続けた結果がこれです。しかし、妖魔の蔓延る宮殿は流石に捨て置けない。アストロジアの王族とて、始祖王の友の国を滅亡に追い込みたいわけではありませんゆえ」

 私とおじいさんの言葉に、ナクシャ王子は不思議そうな顔をした。

「イライザ。貴方は従者のことだけでなく、そちらも心配するのか」

「当たり前です。我が家は商家ですから。どちらの国の民も健全に裕福になることが我が家の商売に良い影響を出しますので。国家の在り方は重要です」

「貴方は己でそこまで考え行動するのだね。私の父と違って」

「アストロジアでは、身分あるものの行動には責任が伴うので常に意識を払えと言われて育ちます」

 その言葉に、ナクシャ王子は俯いた。

「……私にはその手の教えは与えられていない。おそらく、齢十五で王になった父も。祖父が開祖の廟へ送られて以後、政に関する知恵は私には届かない。私も父も、何かを自分で決めることが許されていない」

「王子……」

 想像していた以上に、ナクシャ王子を取り巻く環境は良くないようだ。

 王様ですら、自発的に意思決定ができていなかったなんて。

 そんな話は私の元の世界でも珍しくはないけれど。どの時代のどこの国にも、お飾りの王様は存在した。

 でも、イシャエヴァ王国から来ている人間に都合よく利用されているのでは見過ごせない。

 王様がお飾りであっても、民も王様も憂いなく生活できるならそれで済む。でも現状はそうではないから。


「父のことも気にかかるが、まずはイライザの従者の居所に目処をつけなくては」

「それについては、そろそろカレッツァが戻ってくるので情報を待ちましょう」

「カレッツァ?」

「ズィーグオと同じ、アストロジアの魔術師だ。今日が終わるまでは、二人とも私の世話係なんだ」

 今日が終わるまでということは、二人はクビにされて王子には味方が側に居なくなってしまう?

 そんな心配をしたところで、扉がノックされた。ナクシャ王子がしたように、二回と三回に分けて音が鳴る。

 それを確認し、おじいさんが扉を開けた。

 そして、黒いローブの魔術師がもう一人入って来た。フードを深く被っているので顔は分からないけど、アゴ骨の形からして男性のようだ。

 私を見て言う。

「おや、王子の探し人は見つかりましたか」

「ああ。彼女はちょうど妖魔に捕縛されかけていた。間に合って良かった」

「そりゃ運が良かったです。食べられずに済んだとしても、精神を破壊された後じゃ回復は並の魔術師では難しいですからね」

 ……え?

 そんな危険な状態だったの、私。

 あと、妖魔に精神破壊されると回復が難しい?

 ゲームの中で、タリスの姉を助けたノイアは、精神状態もすぐに正常に戻してしまっていたけど、あれは凄いことだったのか……。

「気丈な人間ほど、精神破壊されると回復に時間がかかります。妖魔もそれを分かってわざと心の強い者を狙う」

「では、私の従者も早く助けなくては」

 私の言葉にカレッツァさんはうなずいて地図を取り出し、みんなの真ん中に置いた。

 地図の下方を指して説明する。

「連中はこの王宮の封じられた地下を見つけたようで、そこで怪しげな儀式を行ってます。おそらく、伝承の暴虐な王の時代のものだ。アレは魔術での探査でなければ見つからないので、ここ数代の王族も地下の存在は知らないのでは?」

「そもそも、私は暴虐な王の伝承を知らない。この国でそれを伝える者は居ない」

 ナクシャ王子の言葉に、カレッツァさんもおじいさんも顔を見合わせる。

 そして、その話を避けるように続けた。

「この王宮には魔術師でないと発見できない隠し部屋と地下室が多くあります。イシャエヴァからの連中が、そこに隠れ住み余計なことを企んでいるってワケです。あの様子では、数代前の王の時代から潜んでいるかもしれませんよ。完全にアチラさんの陣地として年季の入った魔術式が仕上がってます」

「……数代前?」

 ナクシャ王子が、顔をしかめる。

「お爺様の姉君が、王宮の中で行方不明になり終ぞ見つからなかったと聞く。まさか関係が?」

 不穏な話が増えていく。

「その隠し部屋の場所は、地下のこの位置で間違いないのか?」

「ええ。他の部屋は俺とジイさんで封じて潰しましたんで、しばらくは連中につかえない。ただ、ここだけは魔術結界が強固で、俺とジイさんの二人がかかりじゃ手に負えません」

「ではどうしたら……」

「使い魔を走らせて、客の護衛として来ているアストロジアの魔術師に協力要請を出しました。皆も異常には感づいていたんで、ある程度までは結界をこじ開ける力を分けてくれます」

 そこまで聞いて、ナクシャ王子が言う。

「策があるならば急ごう。父が表に出ているうちに」

 ドゥードゥの様子を見る。まだ苦しそう。連れていくわけにはいかない。

 それとは別にもう一つ、問題がある。

「王子が私達に協力してしまって、立場上困ることになりませんか?」

 私の問いに、彼は目を見開く。そして、苦しそうに言う。

「……私は、父や貴族達の決めごとに背かぬべきなのだろう。だが、貴方が妖魔に捕まっているのを見つけたとき、そんな意識は消えてしまった。それに、妖魔を王宮に呼び込んだのは北の者達が原因だ。父が彼らにとって都合よく在ることで、貴方や貴方の大事な人が犠牲になるなら。私はあの者たちを王宮から排したい」



 ドゥードゥのことは心配だけど、さっきの部屋の方が安全だからと置いて来た。看病をするより元凶を殴るほうが確実だから。

 四人で急いで狭い通路を移動する。

 人避けの魔術のおかげで、邪魔が入ることなく目当ての場所へたどり着いた。

 薄暗く湿気った通路。一見して地下への入り口があるようには見えない。

 魔術師二人の手元が白く光り、八角形と真円が多重になった紋様が浮かび上がる。

 壁から床にかけて赤黒い光が走り、その魔術を跳ね返すかのように熱を発した。

 それが合図だったのか、どこからかネズミやリス、小鳥が勢いよく集まって来てカレッツァさんに触れた。他の魔術師たちの使い魔のようだ。

 カレッツァさんが、低い声で宣言する。

「これは不義を暴き悪虐を退ける(すべ)なり。澱に清めを、貌なきものには始原回帰を!」

 光が弾け、悲鳴のような声が響いた。

 赤黒い光を白の紋様が覆い尽くし、上書きしていく。

 それが収まったあと、薄暗い空間にぽっかりと穴が空いた。

「さあ、行きましょう。今ならあの結界を張った術師たちは弱っている」

 カレッツァさんを先頭にして、私たちは地下へ入った。

 振り返ると、使い魔であろう小動物たちはこちらを見送っている。

 おそらく、入り口を塞がれないように見張ってくれるのだろう。あるいは、協力できるのがここまでなのか。

「ありがとうございます!」

 私は思わず声をかけたけど、向こうに届いたかはわからない。

 無事にガーティを救い出せたら、改めてお礼を言いに行きたい。誰に仕える魔術師なのか後で調べないと。



 階段を下りるごとに、湿気と滴り落ちる水の量が酷くなっていく。

 奥では青い光が揺らめいて反射する。

 水路でもあるのかと考えたところで、視界が開けた。

 天井には発光体が埋められていて明るい。奥に円筒の水槽が七つ並んでいて、五つは液体が満ちた中に人がいた。全員若い女性で、眠っているようだった。

 そのうちの一人はガーティだ。

 思わず駆け出そうとした私を、ナクシャ王子が引き止めた。

「あれを」

 王子が指す先を見ると、水槽の手前に緑色の塊がいて、うめき声をあげていた。

 その塊はかろうじて人のカタチをして、顔を上げ苦悶の表情でこちらを睨む。

「……また……オマエか、邪魔を、するな……」

 その言葉は魔術師の二人に向けたものではなく、私に投げかけられていた。

 もしかして、アイツがガーティを追い回していた奴なのか。

 ドゥードゥの推測どおり、人間じゃなかったらしい。

「貴方の都合なんて知らない。わたしはその人を連れて帰るんだから」

 ガーティだけでなく、他の四人も水槽から出してあげたい。

 カレッツァさんが牽制のように大仰に腕を振って、杖を突きつける。

「十人がかりでの結界破壊と強制浄化に耐えきるなんて、並の妖魔じゃないな。何年生きてんだ?」

 それに答えず、相手はヨロヨロと立ち上がる。

 歪んだ頭蓋骨からのぞく濁った瞳で私を見て、毒をこぼすかのように言った。

「……許しがたい鉄薔薇……宝玉の姫を……我が姫を……瑠璃の姫を連れ去っただけでなく、玻璃の姫を手に入れる邪魔まで……」

「何を言っているの……」

 意味が分からない。

 あまりの異様さに引きそうになった私に、おじいさんが言う。

「北の国の古いおとぎ話に、宝玉を司る七人の姫の物語がありましたな。玻璃姫と瑠璃姫もその中のうちに」

 おとぎ話のお姫様は七人。水槽も七つ。

 嫌なことを察して、私は思わずつぶやく。

「気持ち悪い……」

 率直な本音を漏らしてしまった。

 でも、控えめに言っても、気持ち悪いという感情しかない。

 ガーティは水晶のような綺麗な瞳をしている。だから、玻璃の姫なんて扱いをされてしまった。

 ラフィナとメローナは濃紺のような青い瞳をしている。だから、あの二人は瑠璃の姫という扱いなんだろう。

 自分の好きな物語の登場人物に見立てて、妄想を押し付けるなんて。

 最低だ。

 おじいさんが私に言う。

「異形の相手など、まともにせんでよいのです。耳を貸すだけ損ですし、あれはもう、まともな思考力を残していない」

 おじいさんとカレッツァさんが再度、魔術を使う。

 その行為に触発されたのか、相手は真正面からカレッツァさんへと飛びかかる。

 

 光が炸裂する中で、ナクシャ王子が私の手を引いて走る。

 魔術師と異形の対決の横を駆け抜け、水槽の前までたどり着いた。

 私は水槽を叩く。

「ガーティ、無事?!」

 私の声に、ガーティはピクリと反応した。

 よかった、生きてる。後はここから出してあげるだけ。でも、どうやって。

 今叩いた感触だと、簡単に割れそうにない。

「イライザ、下がって!」

 王子が何かを取り出して、水槽を殴りつける。鈍器も持っていたらしい。

 鈍く重い音を立てながら、水槽にヒビが入っていく。

 やがて水槽は下から砕け、水が流れ出した。ナクシャ王子は水が減ったのを確認し、一思いにかち割った。

 二人でガーティを引っ張り出して、水槽の破片を避けて寝かせた。

 心臓マッサージと人工呼吸のどっちが先かと悩みながらガーティに声をかける。

「ガーティ、しっかりして!」

 頰をペチペチと叩くと、ガーティが身をよじる。水を吐かせたほうがいいかもしれない。

 上体を抱えて横にすると、彼女は咳き込むようにして水を吐いた。

「大丈夫?」

 背中をさすって、彼女が落ち着くのを待つ。

 私がガーティの介抱をしている間に、ナクシャ王子はほかの水槽も割って回っている。

 あの人たちは無事なんだろうか。

 咳と荒い呼吸が収まって、ガーティが声を出す。

「お嬢様……」

「無事で良かったわ、ガーティ」

「ここは一体……?」

「ジャータカ王宮の地下よ」

 まだぐったりしているガーティに、簡潔に状況を説明する。

 耳障りな叫び声と、何かを焼く音が絶え間なく響き、光が散る。

 魔術師の二人は、まだあの異形を退治できていないようだ。

「……お嬢様。兄貴から渡されていた、あの遊び札はありますか?」

「あるけど……まだ動いたり、喋ったりしない方が……」

「あれは普通の水ではなく、人間を生きたまま “保存” する魔術溶液ですから、心配しないでくださいな」

「……そう、なの?」

 じゃあ、ほかの四人も生きているんだ。無事なのはいいけど、そんな溶液が作られていることが怖すぎる。

 私がカードを渡すと、ガーティはそれを額に当てて何かをつぶやく。

 ガーティの妖魔退治の術で、カードがキラキラと輝きはじめる。

「……武器は全部取り上げられてしまいましたけど、あの方達が気を引いてくれているなら、これで十分です。アストロジア王国は妖魔の生まれない国ですから、あの方達は妖魔の弱点を知らないのでしょう。そしてこれは、私がずっと待ち望んだ機会」

 ……ユークライド・グレアムの仇討ち。

 私はガーティが立ち上がろうとするのを支えた。

 二人でゆっくりと歩く。

 おじいさんがそれに気づいて、こちらに向かってうなずいた。

 人と妖魔が混ざり合った緑の異形は、魔術発動のタイミングが遅れたおじいさんを狙い、腕を伸ばして凶器のように振るう。

 そこにカレッツァさんの魔術が炸裂し、異形の足を焼いた。

 ガーティはその隙を逃さず一直線に間合いを詰め、カードを投擲。

 獣の咆哮に似た叫びが上がる。

 異形の背にある閉じた瞼へカードが深く刺さり、そこから形が崩れだす。

 ガーティは静かに言う。

「私はお前を許さない。ずっと。お前の存在と痕跡は全て消してやる、絶対に」

 異形は倒れるようにしてこちらを振り返る。

「……ナゼだ、ハリのヒメ、ワが宝玉」

 往生際の悪い言葉に、背後からナイフが飛ぶ。

「気色悪りぃっつってんだよ、タコが」

 ドゥードゥが、肩で息をしながら立っていた。

 追い討ちをかけられた異形は、苦痛に喘ぐようにして消えていく。

「良かった、ドゥードゥも回復したのね」

 どう見てもまだ安静にするべき状態だけど、無理してここまでやってきたようだ。

 異形の残骸を入念に魔術で焼いて、おじいさんが言う。

「さて、後始末をしましょうか」



 水槽の中で “保存” されていた人たちは、本人たちの説明によると北の国の出身者と、ナクシャ王子が言っていた行方不明の王族だった。

 瞳の色からしておそらく、金の姫、瑪瑙の姫、真珠の姫、珊瑚の姫、なのだろうけど。

 その見立てに意味を感じていたのはあの異形だけなので、そこには触れない。

「お爺様の姉君が、行方知れずになった当時のままの姿で見つかるなんて……」

 頭を抱えるナクシャ王子に、カレッツァさんが軽く提案する。

「発見の手柄を王子のものにして、奴らを告発するなり、王子の王宮内での地位向上に利用できませんかね?」

「それはどうだろうか。父はどうあっても私に権力を与えたがらないだろうし、まして先代の姉が戻ってきたことをよくは思わないのではないか。それに、この国の女性王族はアストロジア王国の王族ほど強い立場にない。彼女を王宮に戻したあと、どこに連れて行かれてしまうかは分からない……」

 王族や貴族の非情な世界。それは国によって事情が違うし、隣国のしがない下位貴族の私では助けを出せそうにない。

 ため息をつきながら、おじいさんが言う。

「お嬢様方の安全のためには、我々が人質を預かるという名目で保護したほうが良いでしょうな。あるいは、この国の者には地下にあったもの全てを隠してしまうか」

 細かく話を聞いていると、少女のうち一人は、イシャエヴァ王国の前時代にあった国の人だった。

 浦島太郎状態というか、時空越えみたいな状況認識になっているから、故郷に帰すのも難しいだろう。

 結局、この地下のことはジャータカの王族や貴族には伝えずに、助けた人達をアストロジア王国まで連れ帰ることになった。

 全員無事だったのに、何だか遣る瀬ない。



 地下から出ると、祝賀会はもう終わりのようで、昼間ほどの賑やかさは無くなっていた。

 使い魔である小動物たちの姿もない。

 人気のない日の当たる場所に出て、私達は一息ついた。

 泣いている少女や女性をなだめながら、ガーティが言う。

「私の強情のせいで、皆さんには迷惑をかけてしまいましたね」

 でも、あの魔除けのレースを持っていた私でもあんな目に遭ったのだ。もしかしたら、魔除けを破壊してまわる人員が祝賀会に潜んでいたのかもしれない。

「全くだな! 次は身内の気遣いを無にすんなよ」

 悪態をつくドゥードゥに、おじいさんが苦笑しながら言う。

「いやしかし、我々は妖魔退治についてまるで甘かったわけですからな。お二人があの場に居て助かりましたよ」

 カレッツァさんは機嫌が悪いドゥードゥの肩をバシバシ叩く。

「すいませんがね、そちらさんにはまだお嬢様方の保護の件で協力してもらうんで、兄妹喧嘩はしばらく先にしてもらいますよ」

「……」

 そんなやり取りを放って、私はナクシャ王子に問いかける。

「王子も、私たちと一緒に来ませんか? このままここに居ては、王子の身も危ないでしょうし」

 その提案に、王子は驚いたようだ。

「……イライザ」

「おじいさんとカレッツァさんがこのまま私たちと共に王宮を出てしまったあと。王子の助けをしてくれる人は、この王宮に居ますか?」

「……それは……。しかし」

 他の皆はこっそり私達のやり取りを聴いている。

「イライザ。貴方のその言葉は、私を案じてのことなのだろうが。私はそこまで悲観していないのだ。ズィーグォとカレッツァのおかげで、北の魔術師達はほぼ行動不能になった。しばらく私にできる範囲で後始末を試みようと思う」

 王子がそう言うのであれば、無理強いはできない。

 そもそも、私みたいな下位貴族には、隣国の王子を捕虜にする名目で連れ帰る権限なんてない。勝手にそんなことをしては私が罪人になってしまう。

 私では、ナクシャ王子の現状を改善してあげられなかった。

「失礼なことを言って申し訳ありません、王子。助けてもらってばかりで、私は貴方に何もできませんでした」

「……イライザ」

 ……私は何のためにここに来たのだったか。

「貴方がこのまま王宮に残られるのであれば。私は、貴方が善き王となる日がくることを望みます」

「難しいことを望むのだね、私に」

「私は貴方に無事であって欲しいだけです。貴方が無事であるためには、民のための王が必要です」

 現王が今すぐにでも改心してくれるならそれでもいいのだけど。

 せめて王子を道具として育てさせるのを止めたかった。

 ナクシャ王子は苦笑する。

「貴方が私を気にかけてくれるのであれば。次に自由に動ける機会を得たとき、真っ先に貴方を探しに行こう」

 やはり普段の彼には、必要以上に行動制限が課せられているのだ。

 私にできたのは、始祖王の呪いを解く方法を伝えるだけ。

 しんみりした私に、ナクシャ王子の顔が近づく。

 何事かと顔を上げると、彼は私の唇に自分の唇を重ねて、……?


 え?


 背後で、キャーと言う楽しそうな歓声が上がる。さっきまで泣いていたはずの珊瑚の姫が、何故だかはしゃぎだした。

 何が起きたのか分からずにいる私に、ナクシャ王子がにっこりと笑いかける。

「さあ、日が落ちる前に、貴方は貴方の場所へ帰るんだ」

 思考が停止した私は、そのままガーティに引きずられて王宮を後にした。




 当てがわれた部屋で我に返った私は、ガックリと肩を落とす。

 ナクシャ王子を紳士にするのは、どうあがいても無理なのだと理解した。

 彼には無事であって欲しいし再会もしたいけれど、先行きには不安しかない。

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