第一目標突破と次の難
ジャータカ王国での祭事にはまだ時間がある。
その間に出来ることを探して、私は忙しくあちこちへと出かけていた。
国境を越えて旅をする目的の貴族を対象に、護衛の斡旋や請負も始めたのだ。
私はまだ長剣では戦えないけれど、ドゥードゥが見繕ってくれた細身の片手剣ならどうにか扱えるようになった。
身長も伸びた。筋肉もつけた。
グレアム夫妻は娘の鍛えっぷりに泣いてしまったけど、双子は私を褒めてくれた。
鍛え出してから二年。
低級の妖魔が相手であれば、私も退治に連れて行ってもらえることになった。
この調子で頑張れば、アストロジア王国の貴族が隣国で妖魔に襲われる被害を減らすことができる。
ジャータカ王国は何故か魔獣だけはいないから、妖魔さえ退治できれば大体なんとかなるのだ。
最近は商人が暗殺者に襲われる事件も起きていないようだ。
でもドゥードゥに言わせると、落ち着いたように見せかけて隙を狙っているだけらしい。
「連中も、金にならんことはしません。今立て続けに商人を襲うのは目立つから、一時的に退いているだけでしょう。金持ちはあくどいことをやってるっつー建前で襲ってますが、ありゃ単に暗殺組織にも富が欲しいってだけですんで。国の要人狙い以外はほぼ私怨と金策ですよ。要人狙いの依頼は当然報酬もいいですが組織のハクもつきますからね。あっちはメンツをかけた仕事として扱うことが多い」
「暗殺者でも面子なんて気にするのね。意外だわ」
「暗殺集団は一つじゃないんです。いくつあるのか正確にゃ分かりませんが。あの界隈にも覇権争いがある。そのうちの一部が、ジャータカ王国でうまい汁を吸おうとしてやって来てるってだけですね。組織の構成員も流動的で、ヘマやって別の組織に転がり込む奴も居る。そういう裏切り者は信用されずに大抵が殺されるか追い出されるかするんですが。組織の頭の弱みを握ってる奴は利用価値があるってんであっちこっちを渡り歩けるんです。そうして組織の幹部に上りつめた後に、一部の構成員を引き抜いて新しい組織を作り上げる奴がいる。だから、潰しても潰してもキリが無いんですよ、実際は」
忌ま忌ましそうにそう語った彼に代わり、ガーティが続ける。
「それでも、連中をのさばらせるわけにはいきませんから。せめて、ユークライド様を狙った奴だけでも潰しませんと」
「面倒な話ね。我が家が狙われたのは商人達に肩入れしていたのが原因だから、暗殺者達にとっては金策だったのかしら」
「ユークライド様はアストロジアの騎士団からも一目置かれてましたからね。要人扱いされた可能性はあります」
そう言ったドゥードゥに対して、ガーティはとんでもないことを言った。
「兄貴には区別がつかなかったかもしれないけど、ユークライド様の戦い方からして、あの暗殺指揮はどちらでもないわ。金目当てでも、組織のメンツのためでもない」
「ガーティ?」
「あれは、他人の破滅と悲劇を観察したい人間の仕業です」
きっぱりとそう言ってのけたガーティに、ドゥードゥが目をみはる。
「……もしかして、ガーティ。お前が言ってた、アイツか?」
「そうよ。兄貴が私を連れて逃げ出さなかったら、私は、」
「それはもういい! ……いや、すみません、お嬢様」
急に声を荒らげたことを謝罪するドゥードゥ。
「気にしないで。それより、どういう話なの?」
私の問いかけに、ドゥードゥは言葉に詰まって黙ってしまった。
代わりにガーティが答える。
「商人への襲撃については、ジャータカで組織を拡大してきた連中の仕業だと思います。ただ、ユークライド様が殺されたのは、兄貴と私への揺さぶりが目的だった可能性があります。私たち兄妹の因縁の相手が、イシャエヴァの国からここまでやって来ている。それにお嬢様を巻き込んでしまっているんです」
「因縁の相手?」
「詳しくは言えませんがね。ガーティは、偏執的な奴に気に入られちまってるんで」
「今のところ、被害は全部兄貴に向いてますけどね」
……どういうことだろう。
偏執的と言うと、ストーカーじみた話なんだろうか。サスペンス系のホラーによくあるような?
ガーティの悲しむ顔を見たさに、恩人であるユークライドを殺してしまおう、とかそういう発想だろうか。
……何のゲームだよこの世界は。
あっ鬱ゲーだったわ……。
なるほど、これがキラナヴェーダの世界?
RPGでもストーカー被害に遭うヒロインが多いの?
ガーティがヒロインなのかどうかはまだ不確定だけど。美人だから、そういうことがありえそうで怖い。
ドゥードゥは何が原因でイシャエヴァの国に戻って死んでしまうのか。ずっと疑問だったけど、うっすらと展開が見えた気がした。
乙女ゲームの世界のイライザは、ユークライドが殺されて泣き寝入りしてしまった。だから双子に出会わなかった。 でも、私はイライザとして双子に出会ってしまったから。この兄妹の運命も、どうにかしてあげたい。
「私としては、ガーティが変な人間に狙われているなら放っておけないわ。それが兄様の仇であるなら、余計に」
その言葉に、ドゥードゥが苦虫をかみつぶしたような表情で言う。
「俺としては、お嬢様もガーティも、アイツとは関わらせたくないんですがね……」
「だからって、兄貴一人で無理しても私が困るのよ?」
「そーやってお前が首突っ込んでくるから、向こうの思うツボなんだっての」
何となく分かってきた。
この二人が互いを心配しあう様を、因縁の相手とやらは理解した上で精神攻撃してくるのだ。
「とにかく、お嬢様も気をつけてくださいよ。知らない人間が近づいてきたら、一見まともそうに見えても距離を取るようにしてください。人心掌握に長けた奴なもんで、みんなすぐに騙されちまう。変装が得意な奴だから本来の姿もよく分からんときた。魔術で骨格ごと変えてやがるとしか思えねえ」
「魔術で骨格を変えるなんてことができるのね……」
そんな話をしながら、馬車で移動していた。
今回はまた妖魔退治の依頼を受けて、ジャータカ国内の寺院に向かうのだ。
「暗殺者は妖魔とは遭遇しないものなの? 潰し合ってくれれば楽なのに」
私の言葉に、双子が苦笑する。
アストロジア王国には魔獣が出る。ジャータカ王国には妖魔が出る。
それらと暗殺者達が潰し合ってくれればてっとり早い、と考える私に、ドゥードゥが言う。
「妖魔ってのは、人間の明るい感情に惹かれて湧いて出るモンですからね。暗殺なんぞで生計立ててるような陰気な人間には寄ってきません。俺は足を洗ってから長いし、ガーティは殺しの実践前に組織から逃げている。だから、餌のフリしておびき寄せられますが。潰し合わせるのは無理でしょうねえ」
「明るい感情……。だから、罪のない人が犠牲になるのね」
「その中でも、被害者は若い者が多いです」
ソーレント姉弟が狙われた理由が分かった気がした。
あの二人は真面目な公爵の元で育っている、いい子だったから。
妖魔に憑かれ、怯えて精神をゆがめていく描写はあまり思い出したくない。
そこでふと思いついて、私はドゥードゥに言った。
「妖魔って、愉快犯な人間とやることが似ているのね。罪のない相手を精神的に弱らせて追い詰めていくから」
その言葉に、ドゥードゥは切れ長の目を見開いて、考え込む。
「……どうしたの?」
「いえ、お嬢様の言う通りだなと。愉快犯も妖魔も思考構造がまるで変わらない。……アイツは。ガーティを狙うあれは、人の形をしている妖魔なのか、妖魔の真似した人間なのか分からんなと」
嫌な連想をさせてしまったようだ。
ドゥードゥはそれからずっと、空き時間に何かを考え込んでいるようだった。
因縁の相手とやらへの対策について思案していたのかもしれない。
寺院を拠点として過ごすこと数日。
私の初めての妖魔退治は、双子の援護のおかげでどうにか成功した。
私には魔術が使えないから魔石を用意。ガーティに扱い方を教わって身体強化の術を使う。
そうして一時的に身体能力を上げて、やっと妖魔の行動速度に追いついた。
剣で妖魔の中心の巨大な目を突いて、すぐに退く。
深追いしないよう注意されていたので、妖魔側からこちらに近づくまで手を出さずに様子を見ていた。
……友達が、ホラー系のアクションゲームで遊んでいたのを思い出す。
「敵を引きつけてから細い通路に逃げ込んで、向こうが飛び込んで来るのを待って銃を構えておけばいいんだよ」
「そんな簡単に言うほど、上手く操作できないんだけど」
「だいじょーぶ、慣れればどうにかなるよ。敵は画面から出てこないから怖くないよ」
そんなやりとりを思い出す。
生憎、今戦っているのはイライザと一体化した私なので、何かあれば怪我を負ってしまうし、この世界に銃は無い。
だから、待ち伏せしながら一進一退の慎重な戦い方しかできない。
ドゥードゥやガーティはそれを黙って見守ってくれた。
何度目かの突きでやっと妖魔は力尽きたようで、低いうなり声を上げて霧散していった。
相手が完全に消えたのを確認して、気力が抜ける。転びそうになったのを、ガーティが受け止めてくれた。
「大丈夫でしたか? お嬢様。無理はしていませんか」
「ありがとう。無理したわけじゃないから、平気」
「やあ、良い攻撃でしたよ、お嬢様。今まで頑張って鍛えてきた結果ですね」
ドゥードゥはよく褒めてくれる。褒めて伸ばすのが上手いのだ。
「ありがとう、ドゥードゥの助言が適切だったから私でもどうにかできたわ」
「今日はさっさと戻って休みましょう。寺院の僧侶たちにも、近隣の妖魔は退治できたと報告しないと」
寺院に戻ると、ドゥードゥは一人で奥の間に報告へ行ってしまった。
ガーティと二人であてがわれた部屋へ向かう。
そのときに、寺院のあちこちを観察する。
でも、今回もナクシャ王子はいないようだった。
「お嬢様、寺院に来る度に何かを探しておられますね」
「前に知り合った方がいないかと思って。でも、そううまくいかないわね」
「アストロジアの王族に言われたことを気にしているのですね」
「そうなの。あの話を、この国の信用できる人に伝えられたらと思っているのだけど……再会できそうにないの」
ナクシャ王子の人間性が信用できるのかという問題があるけども。
ソーレント家が呼ばれたあの催しには、確かナクシャ王子も出てくるはずで。
どうにかして私もあの催しに出たかった。
あちこちを巡るうちに、気付けばもう、ジャータカ王国が隣国の王族貴族を招いての祝賀会を行う時期まであと半年ほど。
早くあの妖魔を見つけて退治しないといけない。
双子と一緒に妖魔退治するのも慣れてきたのだから、一番の目的を早く片付けたかった。
必死で情報を集めて、農村地帯で被害を出す妖魔の情報を得た。
ゲームの中のあの妖魔は、アストロジア王国の加護の力でかなり弱体化していた。けど、私たちが見つけた時点では、何人もの子供をさらって成長した状態にあった。
ギョロギョロとした目玉がいくつもうごめいて、あちこちにある口から嫌な音を立てる。
大勢のゲームユーザーを戦慄させた不気味な声で鳴きながら、妖魔は私とガーティを狙って追い回した。
人語を解して思念を飛ばしてくる妖魔にめげそうになったけど、ドゥードゥが用意してきた火薬玉を炸裂させて、どうにか惑わされずに退治した。
用意してきた道具は殆ど消費してしまったけど、全員無事であるならそれでいい。
三人で息をつきながら互いの状態を確認する。
「二人とも大丈夫?」
「お嬢様こそ、どこも怪我とかしてないです?」
「ええ、お嬢様はアレにやけに追い回されてましたからね……」
多分、私が三人の中で一番戦い慣れていないから、それで狙われたんだろう。
弱そうな相手から精神攻撃で追い詰めるのは、どのジャンルでも人外とか悪党の常套手段だから。
「疲れたけど、休めばどうにかなると思うわ……二人のおかげね」
やっと一つ、目標をクリアしたのだ。
二人にはどれだけ感謝してもし足りない。
これで、妖魔に憑かれて周りに当たり散らすようになった少女と、その少女を止められない弟は存在しなくなる。
三人で被害にあった農村に報告にいくと、村の人達は泣いて喜んだ。
私たち、というか主にドゥードゥとガーティにお礼として、その村で作られた小麦粉を大袋で三つもらってしまった。
「……気前いいのはありがたいんですけどね。この量だと馬車に乗りますかね……」
ドゥードゥの懸念通り、馬車馬さんたちは増えた荷物に機嫌を悪くしたようで、帰るのは行きより時間がかかりそうだ。
野盗に追いつかれる様な速度でしか走れないので、慎重に帰る。
鈍足な馬車に揺られて数日。
やっと国境を越えてアストロジア王国側に入ったところで、ガーティが外に何かを見つけた。
「馬車を止めてもらっていいですか?」
「どうしたの?」
「子供がいます。こんな平原に」
「何ですって?」
慌てて御者に馬車を止めてもらう。
本当に子供の姿が見えた。それも二人。
因縁の相手とやらは流石にあんな小さな子供には化けられないのか、馬車から飛び出すガーティをドゥードゥが止めることはなかった。
やがて、ガーティは小さな女の子二人を両脇に抱えて戻ってきた。
五歳か四歳か。そのくらいの年齢の、双子のようだった。
水色の髪に、整った綺麗な顔立ち。見た限りは健康そうだ。
身につけているドレスの生地からして、庶民というより貴族のよう、だけど……。
ガーティは馬車に二人を乗せ、私を紹介する。
「お二人とも、こちらが私の主であるお嬢様です。先ほどと同じように、自分の名前を名乗ってもらってよろしいですか?」
ガーティの言葉に、二人は交互に答えた。
「私はラフィナ」
「私はメローナ」
「初めまして、ラフィナにメローナ。私はイライザと言います。どうかよろしくお願いしますね」
「よろしくイライザ」
「初めましてイライザ」
それなりにしつけられているようで、ちゃんと会話が出来る子達だった。
「二人は、どうしてあんなところにいたんですか?」
「お母様があそこで待っていなさいって言うの」
「いずれお迎えが来るそうなの」
「お迎え?」
思わず私はガーティを見る。
ガーティも困ったように眉を寄せている。
そして、女の子達に言う。
「お迎えが来るまで、私達が貴方たちと一緒に居ます。けれど、あの場所は危険ですから。安全な場所まで行きましょう?」
その言葉に、二人は異議を唱えなかった。
もしかすると、二人も迎えに来るのが誰なのか分かっていないのかもしれない。
再び馬車は走り出す。そのまま国境沿いに一番近い商館へ向かう。
ガーティに二人の世話を任せ、ドゥードゥが私に小声で言う。
「見目麗しい子供があんな辺鄙な場所に置き去りにされるってことは、貴族の私生児ですかね。たまにある話じゃありますが。実際に遭遇するのは初めてです」
「……そうね、あんなところで子供を待たせておくなんておかしいもの」
捨てられてしまった、と考えるしかないだろう。
あんまりな話だ。
もしかしたら、何かに追われて、あの子たちだけ安全な場所に置き去りにした可能性もあるけど。そうならそうで、誰かが保護しないと。あのままあそこで夜を越えさせるわけにはいかない。
ドゥードゥは小声のまま、嫌な予想を続ける。
「……迎えってのは、ジャータカやイシャエヴァからの連中かもしれませんね。貴族は自分の私生児を無かったことにできる。連中は、使いっ走りにちょうどいい人間を確保できる。互いに都合がいい。とはいえ。いつか自分がその子供に命を取られるかもしれないってのに」
暗殺者だか魔術師だかの組織に、私生児を渡してしまう人間がいるらしい。
私の表情を見て、ドゥードゥが慌てて言う。
「こんな気分悪くなる話してすみません、お嬢様。けど、俺らにとって、あの子供達は他人ごとに思えない。できれば、グレアム家で保護するなり、安全そうな孤児院を探すなりしてやってもらえませんか」
つまり、ドゥードゥとガーティも、どこかの貴族の私生児だったかもしれないのか。
「分かったわ。私だってあの子たちを知らん顔で放り出すなんてできないもの。帰ったらお父様とお母様に相談してみます」
目的の妖魔退治を無事終えたことと、ラフィナとメローナに気を取られて、私は忘れていた。
ドゥードゥとガーティが妖魔退治を引き受けてくれたのは、ジャータカ王国で目立って、ユークライドの仇を呼び寄せるのが目的だということ。
ユークライドの仇は、ガーティに執着していること。
ラフィナとメローナを引き取る予定だった相手が、それと同じ存在かもしれない可能性。
そこに気付かず何も対策せずに、そのまま帰ってしまった。




