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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
親友役 イライザ編
32/155

想定外の遭遇

 イシャエヴァの国からの暗殺者や魔術師が多く入り込んでいるジャータカに、双子を何度も連れて行くのは申し訳なかったけど、ドゥードゥもガーティもユークライドの敵を討ちたがった。

 だから、妖魔退治の請負業も率先してやってくれた。

 二人がジャータカ内で目立つことで、敵のほうからやってくるかもしれないからだ。


 ジャータカの寺院は、この国の民が助けを求めれば聞き届けはする。でも、妖魔を退治できるだけの人手は足りていないらしい。

 そんなわけで、ドゥードゥとガーティは歓迎された。

 私達はとある寺院の要請で数日ほどそこで宿泊することになった。最近、周辺地域で妖魔による被害が酷いのだそう。

 妖魔にも等級のようなものはあって、生まれた段階なら簡単に退治できるけど、人のいない地域で生まれたものはその地の穢れを吸って育ってしまい、知恵もつけてしまうのだとか。

 退治要請のあった妖魔は、ある程度の知恵をつけて人を食べることに味をしめてしまったらしい。

 黒い靄のような怪異。育ってしまえば目も口も生えて、人を襲う。

 ゲームの中でソーレント姉弟に執着していた妖魔は、目の数がやたら多かったし知能も高かった。かなり時間をかけて育っているみたいだ。

 今考えると、あれだけの大物なら現段階でも目立つのでは。

 ソーレント家がこの国に招かれる時期が来るより先に、見つけ出せるかもしれない。


 双子は妖魔退治の計画を立てた後、私に寺院で待機するように言った。

「この国の寺院には王族も立ち寄ることがあるんで、警備は厳重なんですね。んで、それに加えて近隣の妖魔は俺らが軽く片付けた。これから大物退治に行くにあたっては、お嬢様や旦那様方にはここにいてもらうんが一番安全になります」

 ドゥードゥの説明を聞いて、私は明日は一人で過ごすことに決めた。

 グレアム家の当主と夫人は寺院への寄付の話し合いに行くらしいから、私はその間一人で寺院の中を見て回ろう。

 そんな話をしながら、双子と一緒に武器の手入れをする。

 形見である剣の手入れの仕方も、二人が教えてくれた。

「その剣は、低級の魔術師の術であれば大抵は跳ね返しますからね。背負ってるだけでも意味はありましょう」

 ドゥードゥの言葉にうなずきながら、剣を鞘から引き抜いた。

 錆を防ぐため藍色に焼かれた刀身に、反射の魔術と強度上昇の術が施されているそうだ。

 三人でそれを代わる代わる眺めて、またユークライドとの思い出話をする。


 武器の手入れが終わって、ドゥードゥは骨ばった指でカードのようなものを弄んでいた。

 この世界にもカードゲームがあったらしい。

 彼はカードも飛び道具として扱っているようだ。

「それはどういうものなの?」

「ああ、こりゃあ、イシャエヴァの庶民の札遊びですよ。数が揃ってりゃ占いにも使えるらしいんですが、アストロジアじゃ占いは王族の役割らしいし、貴族も札遊びなんぞせんでしょうから馴染みはないかと」

「そうね、初めて見たわ。ドゥードゥはこれを投げて使うの?」

「えぇそうです。ペラい紙であっても小細工するにゃ便利なもんで。なんならお嬢様も使ってみますかね?」

「私にもうまく扱えるかしら」

「力はいらないんで、毎日繰り返してみりゃいけるやもしれませんね」

 説明しながら、ドゥードゥはカードを五枚ほど渡してくれた。

「 元々この札の束は俺が入手したときから数が欠けてたんで、遊びにも占いにも使えません。持ってって投げる練習に使うといいでしょう」

「試してみるわ、ありがとう」



 次の日。

 天気がよく、青い空に白い半月が浮かぶのが見えた。

 妖魔は湿り気のある環境を好むから、乾いた空気の今日は追い詰めるのに丁度いいらしい。

 双子は準備を済ませ、揚々と寺院を出て行った。

 あの調子なら妖魔退治をこなして無事に帰ってきてくれそう。

 私はまだ妖魔の話を聞くだけで、実際に対面したことがない。退治できるだけの技能は身につけていないし、逃げるのもまだ難しいかもしれない。

 でも、あの二人だけに負担をかけずに、私にも妖魔退治できるようになりたかった。

 グレアム夫妻がこの寺院の責任者と寄付の話をしに奥の建物に入って行ったので、私は一人で寺院の敷地内を見て歩く。

 白く丸い建造物の並びの間に丸い池があり、蓮のような葉がいくつも浮いていた。

 こっちの世界の植物は、私の出身の世界とは微妙に生態も名前も違うので、迂闊に話題に出せずにいる。

 誰かと世間話をするときに備えて、植物や花の名前も調べておかなくてはいけない。私が無教養な金持ちだと思われてはグレアム夫妻に悪い。

 寺院内の散策を終え、池の前の屋根付きの憩い場で時間を潰すことにした。

 椅子に座り、ドゥードゥから渡されたカードを取り出した。

 黒いローブを着た魔術師のような人物が描かれたカードと、蓮のような花が描かれたカード。王冠に剣。

 六角形の硬貨のような絵以外は、アストロジア王国にも存在する物だ。イシャエヴァの国ともそんなに文化差異はないのだろう。

 カードを二本の指でつまんで、投げてみる。

 でも、カードはすぐに翻って地面に落ちた。まっすぐ飛ばすのはやはり難しい。

 気長に地道に繰り返していこう。

 

 集中してカード投げの訓練をしていると、誰かに声をかけられた。

「貴方は、ここで一体何をしている?」

 私と同じ、子供の声。

 振り返って相手を見る。

 私と同じぐらいの背丈で黒髪に褐色の肌をした子がいた。ゆったりとした白の装束で、腰に朱と金の刺繍が施された綿布を巻き付けている。ジャータカでの男性貴族の衣装だ。

 よく見ると、瞳が金の色。

 ……王族だ。

 まさか。

 声が出せずにいる私に、相手は少し首をかしげて言った。

「……その格好はアストロジア王国の者。ということは、私のことは知らないかな? 久々に、名乗ろうか。私は、ナクシャ・ジャータカ」

 そんな気はしていたけれど。

 まさかここで出会うとは思わなかった。

 確かにこの寺院には王族も来ることがあるとは聞いたけど。

 どうしよう。

 何て答えれば。

 とにかく、失礼のないようにしないと。

「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。私は、イライザ・グレアム。本日は我が家の都合でこの寺院にお世話になっております」

 それだけをやっと言う。

 ナクシャ王子はうなずいて、私の名前を小声で復唱する。

 それからそばまで近寄ってきて、こちらの手元を見る。

「先ほどから、貴方が一体何をしているのか気になっていた」

 無邪気にそんなことを言う。

 これは、もしかしてまだ、ナクシャ王子の性根がひん曲がる前……?

「……これは、その、護身術の訓練になります」

 納得してくれるかどうかは分からないけど、他に答えようがない。

 ナクシャ王子はまじまじと私の手を見る。

「触れても良いだろうか?」

「……どうぞ」

 こちらの国でもカードは珍しいのかと思ったけど、ナクシャ王子が手を伸ばしてきて掴んだのは、私の指だった。

「あ、あの?」

 私よりも体温が低い。熱を奪われるような感触に、思わず後ろへ退こうとしたけど、座っている状態なので逃げられない。

「やわらかい手だ。貴方はまだ背中のその剣を扱えないのだね」

 ……さらりと失礼なことを言われている気がするし、初対面の相手の手をつかもうとする辺り、ナクシャ王子には色々不安しかない。

 悪気はないのだろうけど。

「あの、初対面の相手に触れようとするのは、流石に警戒が足りないと思うのですけど……」

「貴方がただの不法者であれば、寺院への滞在など許されないだろう。私が貴方を警戒する必要はない」

 私のことを信用してくれているのはとてもありがたい。でも。

 暗殺者やスパイはそうやって相手を油断させて隙を突くし、ジャータカの現王は彼にとって良い父ではない。

 純朴なうちに、イシャエヴァの国や父親にとって都合の良い情報しか与えられずに育ったのかもしれない。

「……ナクシャ王子。私は確かに貴方を傷つけようなどとは思いません。

けれど、私は、私の家は、その油断から大事な人を亡くしてしまいました。

ですから、貴方にも気を付けて欲しいのです」

 思わずそう言ってしまった。

 これはきっと余計なお世話。

 でも、ナクシャ王子は私の話にうなずいて問いかける。

「何かあったのだね。よければ私にも聞かせて欲しい」

「……」

 ナクシャ王子の父親を悪く言うことにならないよう気をつけながら説明した。

 私の家が国境沿いの商館で暗殺者の襲撃を受けたこと。その襲撃は、アストロジア王国側とジャータカ王国側の両方に損失をもたらしたこと。

 そして、暗殺者の集団は、どちらの国の者でもない可能性があること。

 私の話を、どこまで信用してもらえるかは分からない。

 もしかしたら、既にナクシャ王子は父親の言うことを全て信じ込んでいるかもしれない。

 そうだった場合、私は彼にとって妄言を吐くだけの人間でしかないだろう。

 話し終えたところで、静かに彼の様子を窺う。

 ナクシャ王子は考え込んでいるようで、目を細めて私の手元を見つめたまま。

 いい加減に手を離してもらわないと、落ち着かないのだけど。

 やがて静かに、ナクシャ王子は呟いた。

「父が首にした家庭教師の謎かけによく似ている。騙りは誰によるものか。誰が虚偽の情報を持ち込んだのか」

「……あの?」

「私には、貴方が嘘をついているようには思えない。けれど、貴方の話は私が得た話とは詳細が異なる」

 ああ、やはり彼は既に、現王に都合の良い方向へと育てられ始めているのだ。

 でも、まだ間に合う。

 彼はまだ父親を盲信してはいない。

 私が何を言おうか悩む間に、寺院の僧侶がこちらにやって来た。

「王子、そろそろ中へお戻りください。祈祷の時間になります」

「……そうか」

 ナクシャ王子は名残惜しそうに手を引いて、私の指を解放した。

「イライザ。貴方にまた会えるだろうか?」

「分かりません。けれど、この国がアストロジアの民を受け入れてくれる限りは、私はまたジャータカ王国へと訪れる予定でいます」

「……分かった。それではまたいつか、会えることを願っている」

「光栄です、王子」

 去って行くナクシャ王子を見送りながら、考える。

 父が首にした家庭教師、と言っていた。

 その家庭教師が王子に出した謎かけの話とは、嘘つき探しのクイズのことだろうか。

 情報の食い違いを突き止め誰が嘘つきなのかを明かすという、よくある話。

 その謎かけが、ジャータカ現王には都合が悪かった?

 ナクシャ王子から思考力を奪おうとして、家庭教師を首にした?

 ……これは、どうにかしてナクシャ王子の側に味方を送り込みたいところだけど……。

 この国の王族と意図的な接触が図れるような縁は、グレアム家にはない。

 うちが支援している公爵様も、ジャータカ王国の貴族や王族とは縁が薄いから難しい。

 頑張って交流してほしいとは既に散々伝えているけど、あの公爵様はジャータカ王国に良い印象が無いようで、腰が引けている。

 どうにかその気にさせなくては。

 そんなことを考えるうちに、グレアム夫妻が奥の院から戻ってきた。

 隣国の貴族がわざわざこの国の寺院に寄付したのだから、多少我が家のこの国での扱いが向上しないだろうか。

 あれこれ考えながらあてがわれた部屋に戻る。

 日が落ちる前には、双子も任務を達成して帰って来た。

 妖魔狩りは上手くいったようで、報酬として他の寺院への紹介状をもらえた。

 これがあれば、ジャータカ国内で困ったときに、どこの寺院に行っても身柄を保証してもらえるらしい。

 鈍足ではあるけど、私たちの目標は進んでいる。

 このままジャータカ王国での活動範囲を増やして行こう。焦らずに。



「お嬢様、俺らが出かけている間に何かあったんです? 険しい顔されてますけど」

 寺院を去る際に、ドゥードゥからそんな心配をされてしまった。

「いえ、寺院に滞在している人と話をしていました」

 まさかこの国の王子に遭遇して、グレアム家の事情を説明してしまったなんて言えない。

 グレアム夫妻もこんな話を聞けば驚くだろうし。

 ナクシャ王子は私との再会を願うと言ってくれたけど、あれは社交辞令かもしれないからあまり期待できない。

 でも、もしまた会う機会があるなら。ナクシャ王子のためになる情報も出せるようにならないと。

 ナクシャ王子がこの国の異常事態に気づけるように。

 ジャータカ王国には良い王様が必要で、現王はそうではない。

 そこに気づいてもらえないと、アストロジアの学院でナクシャ王子は味方を捨てることになってしまう。

 力になってくれる人を、自分から切り捨てるようにはなってほしくない。

 あのゲームの中で『迷惑王子』としてキャラ付けされている彼が、私のことを後々まで覚えてくれているかも怪しいけれど。

 諦めるにはまだ早いから。


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