隣国に取り入るために妖魔狩りを決行します
兄様のためにも暗殺者なんかに屈してはならない、という私の主張に、グレアム家の当主は困惑した。
彼は、娘が兄の死で正常な判断ができなくなっているのではと疑っていたけれど。
不正にも暴力にも屈しなかったユークライドのために、その意見を受け入れてくれた。
我が家が支援していた商人たちは、ジャータカ王国とアストロジア王国の国境沿いの町を発展させてきた。
その町から、互いの国に必要な物と人が流れていく。
それを妨害するというのは、両国に損失をもたらしたいということになる。
だとすると。
やはり、イシャエヴァの国というか、キラナヴェーダの黒幕がこちらの大陸を衰退させようとしているのだろう。
もしかしたら、単純にジャータカ王がお馬鹿だから、自分以外の存在が裕福になるのを許さないだけの可能性もあるけど……。
ジャータカ王国の商人や貴族にも被害が出ているのに対策を講じてこない辺り、ジャータカの現王も酷い。
アストロジアの王族からは、グレアム家の被害に対してお悔やみの言葉をもらったのに。
といっても、あれはほぼ、ユークライド・グレアムというよくできた人間への尊敬と哀悼だった。
ユークライドの功績により、グレアム家は男爵なる下位の爵位でも王族から敬意を払ってもらえたのだ。
「兄様のためにも、我が家はジャータカ王国とこの国のつながりを良い方向へと繋げなくては」
王族同士の仲が悪くても、商業取り引きを行うこと自体は禁じられていないのだし。
せめて国境沿いの住人同士でもうまく協力していければ、商人が被害に遭うことも減らせるはず。
グレアム家の当主の頑張りと、支援している公爵家の計らいで、予定よりも早くジャータカ王国へ行けることになった。
これまでユークライドに頼りすぎたことを反省し、グレアム家の当主は護衛を増やした。
アクションゲームで百人ぐらいまとめて敵をなぎ倒していそうな筋骨隆々の戦士が二人、これからジャータカまで付いてきてくれる。
ユークライドが生きていたら、きっと手合わせをしたがっただろう。
そして、ユークライドに救われたという、双子の兄妹。妖魔狩りのドゥードゥ&ガーティ。
二人はまだ十六歳で狩人の中でも若く、私の護衛を担当してくれるという。
彼らはイシャエヴァの国からジャータカ王国を経由してやって来たらしい。
ドゥードゥはお父様と私に暗い顔で挨拶する。
「俺らは、元々イシャエヴァの暗殺機構から逃げて来たんです。ジャータカ王国で落ち着いて暮らそうと思ったんですが。ジャータカの国も、既にイシャエヴァからの連中に侵食されていて、落ち着いて暮らせなかったんでさぁ。仕方なくアストロジアの国まで来て、そこでユークライド様にお世話になりました」
彼に続いて、妹のガーティも鼻をすするように言う。
「いつかユークライド様に恩返しができるようになろうと、兄貴と話していたばっかりだったんです。暗殺者の組織から逃げてきた裏切り者なんて誰も信用してくれないってのに、あの方は私らにもよくしてくださって。まさか、亡くなるだなんて……」
それから、二人は私が背負う剣を見て言った。
「ユークライド様には恩返しができなかった。だからその代わり、俺たちは旦那様とお嬢様のために仕事をしましょう。ユークライド様に誓って、俺たち二人は、グレアム家を裏切らない」
ドゥードゥとガーティは、ジャータカ王国で暮らす間は妖魔狩りとして生計を立ててきたらしい。
「妖魔には物理攻撃も通るっちゃ通るんですがね。人間は奴らの動きについていけない。なもんで、魔術による身体強化ができないことには手に負えないんですね。ま、ユークライド様にはそんなことは関係無かったようですが。彼は正に超人というやつで」
「だからこそ、あの方が亡くなったのが今でも信じられなくて。彼も人間だったのですね」
二人が代わる代わる話すのを聞きながら、馬車でジャータカ王国へと向かう。
「ユークライド様は魔術が使えないお方でしたが、その剣の効果で魔術的な攻撃は一切受け付けなかった。だから、魔術師相手でも退かずに戦う方でした。見てるこっちがおののくくらいに」
「……兄様が死んだのは、私を庇っていたせいね。恐怖で足がすくんで逃げられなかった私の前から、動こうとしなかった。それで戦い方が制限されてしまったの。私が回復の魔術を使えれば。あるいは、うまく逃げ出せていたら。兄様は助かっていたのに」
「お嬢様……」
私の言葉に、ドゥードゥは黙ってしまう。けど、代わりにガーティが言った。
「それでも、あの方はお嬢様を守り通した。普通はできることじゃないです。私らの悔しさはお嬢様の辛さや無念には届かないかもしれませんが、ユークライド様の敵は討ちたい。だから、旦那様やお嬢様が、私らを雇ってくれたことは、私らにとっての救いなんです」
「そうね、私も、兄様の仇討ちはしたい。でも私は戦えないから、せめて自分の身を守るくらいはできるようになりたいの」
私の言葉に、ガーティは静かにうなずく。
これから二人に護身術を習うことにした。
形見の剣を日常的に背負うだけでも体力作りになると言われたので、四六時中持ち歩く。
そうしてグレアム家の商談がない日には、二人に訓練をしてもらったり、妖魔退治を依頼した。
妖魔は土地が清められていない限りは際限なく湧いて出るというので、重要な商館や町の周囲だけの退治に留めることになったけど。
私にとって重要なのは、今から三年後。
ソーレント家が国賓としてジャータカの祭事に招かれた際、妖魔に狙われないようにすることだから。
それまで、誰にも無理はさせられない。
ジャータカ側の商館で数日お世話になる空き時間に、私は双子と庭に出た。
双剣と飛び道具を扱うドゥードゥに、弩を扱うガーティの二人の戦闘訓練を見届ける。
二人は細身ならではの身のこなしと速度で敵を制圧するそうだ。
「ユークライド様は正面から突っ込んでいくこともありましたがね。あんな手は俺らにはできません。小賢しく立ち回るのが、一番生き残りやすい。お嬢様も、逃げることを最優先と思って鍛えてください」
「ええ、そうです。妙なモノに狙われても、お嬢様が逃げ延びてさえくれれば、後は私と兄貴で片付けますから」
「わかりました。せっかく兄様が助けてくださったのですから、無謀なことは行いません」
餅は餅屋と言うし。
できればグレアム当主の暗殺を指示した奴を殴ってやりたいところだけど、イライザは淑やかに育った子だから、そんな頑丈な体をしていない。
殴ろうものならこっちの手の骨が折れてしまう。
もうちょっと丈夫にならないと。
乙女ゲームの親友役としてのイライザは、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様だった。
でも、残念ながら中に入ってしまったのは、堪え性のない私なのだ。
暴れん坊なお嬢様になってしまっても許して欲しい。
きっとグレアム家の当主は頭を抱えるだろう。でも、ユークライドなら笑って流してくれる。多分。
夜になって、私と一緒の部屋で過ごすことになったガーティと会話する。
ガーティは戦いやすい軽装から、私の侍女のフリをした格好に着替えていた。
美人は何を着ても似合う、という見本のようで、ちょっとうらやましい。
「それにしても、ドゥードゥのしゃべり方って、何だかくせがあるわね。ガーティはそうでもないのに」
私の疑問に、ガーティがくすりと笑う。
「兄貴は下町の人間と混ざって生活していましたから。庶民の日常に混ざらないといけない役目だったんです。私のほうは貴族や王族の付き人に化けて暗殺するよう教育されたので、言葉遣いもそれなりに矯正されましたけどね」
「……二人は、逃げ出すまでは一緒にいられなかったの?」
「ええ。兄貴があの生活に嫌気がさして私を迎えに来るまで、引き離されていました。大方、私らが結託して上の者に反抗しないためだったのでしょうけど。反抗するより、逃げてしまおうと決めたんです」
「……ガーティは、ガーティの悔しさが兄様を失った私には届かないかもしれないと言ったけれど。貴方たちの過去についてだって、私が同情でどうこう言って良いものではないわね。兄様はどうやって貴方たちを助けたの?」
その問いに、ガーティは照明を消した暗い中で微笑む。
「物理的に分かりやすく、そして、精神的に温かく、です。きっと、お嬢様にも想像がつくと思うのですけど」
「……そうね。きっと豪快にやらかしたのね、兄様は」
「ええ、そうです」
悪い言い方をすれば脳筋だけど、それだけでは終わらないのだ、ユークライド・グレアムは。
本当に、亡くしたことが惜しまれる。
ガーティと話をして、笑いながら泣いていた。
ガーティも、ユークライドの話をするときだけ目尻に涙を浮かべている。
「お嬢様と一緒にあの方のお話ができて、本当に良かった。さあ、もうお休みください。明日は、寺院のほうへ向かうのですから、早起きしなくてはいけませんし」
「ありがとう、ガーティ」
彼女は護衛だけでなく、侍女としての仕事も優秀だ。
私はガーティに感謝しながら眠りについた。
そして、うつらうつらしたところで、忘れていたことを思い出した。
元々、王立アストロジア学院というゲームの基礎は、キラナヴェーダのキャラの日常を詳しく掘り下げるスピンオフ作品の予定で。
その企画段階で上がっていたキラナヴェーダのキャラは、メインシナリオ中で死んでしまうキャラばかりだったらしい。
そこで見かけた名前に、ドゥードゥの名前もあった。
同名の別人だと思うのが無理なほど、彼は特徴的な名前をしている。
最初にその説明が書かれた記事を読んだときは他のキャラの名前に気を取られて、ドゥードゥの名前には意識が行かなかったけど。
ゴードン、トレマイド、ドゥードゥ、眠れる獅子三号、粛霜。
その五人? の名前を読んで真っ先に、三号って何だよ、ロボットか。と思ってしまって、その前に記述された名前をうっすらとしか確認していなかった。
でも、あの記事に書かれている通りなら、何年か後にドゥードゥはイシャエヴァの国に戻って、そこで死ぬことになる。
ガーティは、どうなるのだろう。
そのときまで、二人は一緒にいるのだろうか。
せっかく知り合って、二人とユークライドの思い出話ができたのに。
あの双子は、助からない?
……でも。
この国を衰退させようと仕向けているのも、キラナヴェーダの黒幕の仕業で。
ドゥードゥが死ぬかもしれない案件も、やっぱりキラナヴェーダの黒幕の仕業。
なら、どこかで私も、あのゲームの黒幕の悪事を暴きにいかないといけないかもしれない。
双子だって言っていた。ジャータカ王国にも既にイシャエヴァからの暗殺者が入り込んでいるって。
それはつまり、ナクシャ王子が駄目人間に育てられている理由も同じということでは?
ジャータカの王族が駄目人間になっているのも、アストロジア王国が滅亡するのも、全部キラナヴェーダの黒幕のせいかもしれない。
これは、私の手に負える案件だろうか。
とても難しい。
でも、一つ一つ、解決になりそうな要素を見つけていくしかない。
グレアム家の商売なり、双子の妖魔退治なりで名を上げていけば、ジャータカの王族にお目通りが叶って、進言できるような立場になれないだろうか。
目をつむってうなるようにしていると、被ったシーツの上からぽんぽんとあやすようにして軽く撫でられた。
ガーティだ。
きっと彼女は、私がまだユークライドの死で苦しんでいると思っているのだ。
ガーティに負担をかけないように、今日はちゃんと寝なくては。
明日からどう動くのか決めて行こう。




