ゲーム女子会殺人事件
とある友達が、ゲーム関係のイベントのために遠出するという。
聞けば、キラナヴェーダ2というゲームのコラボカフェが開催されるらしく、チケットを確保できたのだとか。
何それうらやましい。
私の好きなゲーム、王立アストロジア学院も、同じ時期に同じ会社から発売されたのに。
そんなイベントが催されたりキャラグッズが発売されたことはない。
これが人気格差というやつか……。
悲しい。
王立アストロジア学院も、キラナヴェーダ並みに人気ゲームだったなら、今頃コラボカフェとかあったのかもしれない。
イデオンがオススメする蒸し芋料理とか、ナクシャ王子の好きなスパイシースープとか、ディーの作るほぼ炭になった戦闘糧食とか。
無いモノを想像するのは心が荒む。
それでも、今月はゲーム雑誌に王立アストロジア学院の特集や開発者インタビューが載るらしい。
私は気をとりなおして雑誌を買って家に帰る。
開発者インタビューに応じたスタッフはふざけた名前のディレクターだった。
要約すると、元々はキラナヴェーダの一作目が好評だったのでスピンオフでも作ろうかという話になり、女性ファン向けにキラナヴェーダの男キャラと交流するゲームを作る案が出た。
でも、それは何度か話を進めるうちに没になってしまった。
シナリオは没になったけど、社内プレゼン用にゲームの基礎は組んでしまったから何かに流用出来ないかと考え、キラナヴェーダの新作とは別に乙女ゲームを作ろうということになる。
そこでキラナヴェーダの一作目で登場させる予定が没になった国の設定を引っ張り出して日の目を見ることになった、らしい。
……どうやらキラナヴェーダの人気が無ければ、私の好きなゲームは作られなかったらしい。
没案の再利用と言われてしまうと、ファンとしては複雑だ。
しかも、キラナヴェーダの世界では、アストロジア王国は滅んでいるという。
キラナヴェーダの黒幕にとっては邪魔な国だから、黒幕によって何度も国難に見舞われて衰退していったのだとか。
乙女ゲームとして王立アストロジア学院を遊んだファンは、ゲームのその後をどう想像しても構わない。でも、キラナヴェーダの世界線では滅んだ国として確定している。
そんな裏話を聞かされても……。
主人公が頑張って攻略対象と結ばれても、その後に結局は王国が滅ぶなんて。
『世界の基礎がキラナヴェーダと地続きなので、どうしても良い未来は迎えられません』
じゃないよ開発者ァ!
私はそういう裏話が聞きたかったわけじゃない。
ゲーム中で頑張って各キャラが心に抱える悩みや問題を解決しても、あの世界には救いがない。
回避策は無かったのかな。
キャラがほぼ病んでいるから、あの面々では王国の滅びを避けるのは難しいだろうか。
王立アストロジア学院の攻略対象は、七人中五人が主人公無しでは精神崩壊を起こして死にそうな状態だから。
フェンとイデオン以外は自力で問題を解決できないため、主人公が寄り添う必要がある。
主人公が選ばなかったキャラは、ゲーム終了から先の時間軸では、王国が存続したとしても死んでいるのだろう。
乙女ゲーとしてクリアが難しいから、途中で飽きて投げ出してしまうプレイヤーも多かった。
面倒くさい拗らせキャラの相手をするより、主人公を無条件に甘やかしてくれるキャラが多いゲームを好む人もいる。
だから、イデオンのルートはそういう人のために存在したのだろう。
でも、イデオンのことが好きな人は、主人公への当たりがキツイ他のキャラのルートは放っておいてしまうから、他のキャラのことは理解してくれない。
私はそこも悲しく思っている。訳ありキャラも理解してあげてほしいのに。
裏表のない分かりやすいキャラを好む人には、興味が持てないのだ。
私は二次元が相手だと拗らせキャラに惹かれてしまうから、ナクシャ王子が一番推しではあるけど、現実で同じ思考回路と性格の人間と恋愛したいかというと、そうではない。この手合いの人間は三次元においては完全にお断りしたい。
二次元と三次元は別だから、と割り切って遊ぶ人はだいたい全キャラ愛でて楽しんでるけど、そうじゃない人には向かないキャラばかり。
フェンは仕事のできる有能な子を好むから、主人公をエリートにする方向で育てるのが好きな人向け。
このルートでの最大の敵はゲーム中での時間管理だ。ちょっとでも主人公の頭脳を強化する機会を逃すとフラグが折れる。
アーノルド王子は俺様暴君キャラに見えるけど、自分の抱える力の強大さと始祖王の伝承を自分に重ねられることを嫌っていて心が荒んでいる。
そして、色々な要因が重なって狂気に染まり、王国を滅ぼそうとして月を降らせてしまう。
月降りの魔術を回避するには、アーノルド王子のルートで彼の心を救済するか、ナクシャ王子のルートでナクシャ王子の考えを改めさせて余計なちょっかいを出させずにおくか、フェンのルートで過去回想を発生させてフェンにアーノルド王子を説得させるか、あるいは、ディーの月蝕魔術で止めるしかない。
イデオンのルートとタリスのルートは、他のルートよりも早く終了する。その後の時間軸でアーノルド王子は月を降らせている可能性が高いし、ラスターのルートに至っては完全に別の次元のアストロジア王国の話になっている。
ラスターのルートでは、アーノルド王子は母国を滅ぼすことを考えていないのだろう。
ただ、暗殺を阻止して捕縛した後のラスターは、ドス黒い感情を隠さず主人公にも殺意を向けるし、仲間になったあともグチグチとやかましい。
けど、それは育った環境のせい。 暗殺者を養成する機関から「貴族王族は庶民を迫害している」と教えられて育ったことが原因だ。
あと、祝福する心を忘れてしまっているから、他人と上手くコミュニケーションが取れない。
そんなラスターにもめげずに相手を続ける主人公は、無理をしすぎではないかと思う。
私が友達なら、そんな人間のケアは王国の偉い人に任せて貴方は放っておいてもいい、と伝えるし、実際にゲーム中でも親友役の少女がそう提案していた。
せっかく王子が王国を滅亡させずにいたのに、結局は主人公は面倒臭い男の相手をするのか、と思ったものだ。
ラスターにも同情の余地は多すぎるため、そこで相手に入れ込むユーザーも多い。
ディーは過去に故郷の街が壊滅した件をずっと引きずっていて、王国のための魔術師でいることを悩んでいる。
王族に対しておもねることを良しとできずに、一人で剣術と魔術を鍛え続けていた。
けれど、主人公が側にいて支えないと、アーノルド王子との一騎打ちに負けて、王国には月が降る。
タリスのシスコンは、姉が異形のせいで死ぬことが決まっていたため。
タリスが十一の歳に一家でジャータカ王国の妖魔に捕まって、姉がタリスだけは助けるように願って身代わりになった。
そのときの記憶が抜け落ちて、タリスの姉には『弟が誰かに連れ去られてしまう』という強迫観念だけが残る。そのため、タリスの姉は弟に近づく存在を男女平等に許さなかった。
でも、実際に連れて行かれてしまうのは姉のほう。ゲーム終盤に妖魔がやってくるから、これを退治できないと詰んでしまう。
タリスのルートだけホラーゲームかと疑うような展開で、心折れた人も多いようだ。
私は友達の趣味につきあわされてホラー耐性ができていたからクリアできたけど、そうじゃない人にはトラウマものの内容だった。
アストロジア王国は妖魔が生きられない土地だというのに、自壊も辞さずに目当ての相手に執着する描写には精神をえぐられそうになる。
主人公の魔術で妖魔を退治した後は、タリスもその姉もようやく落ち着きを取り戻す。
正しく『憑きものが落ちた』少女は、自分の恩人と弟に感謝して二人の未来を祝福するようになり、暖かな結末を迎える。
せっかく良い終わり方をするのに、途中のホラー展開が酷すぎて、クリアする人が減ってしまうのがもったいない。
そして。
私の好きなナクシャ王子のルートは、クリア前に投げ出される率がとても高い。
そのためにナクシャ王子は理解されず、ゲームのファンの中でも彼を嫌う人がいる。
違うのに。
アストロジア王国が滅ぶ決定的な要因扱いをされて、特にアーノルド王子のファンからは酷い言われ方をすることが多い。
でも、ナクシャ王子の情報認識はジャータカ王国の在り方のせいなのに。
父親が人として狂っているのが原因で、ナクシャ王子は偏った情報しか得られずに育った。
そのため、父親の手駒として隣国が滅ぶような言動を繰り返した。
でも、父親がああでなければ、ナクシャ王子もちゃんと隣国と無難に国交を結ぶことを考えたはず。彼の祖父の代はアストロジア王国とジャータカ王国の関係は良好だったのだから。
ゲームをクリアしてナクシャ王子の事情を知った私は、ネットで他のゲームユーザーの感想を読んで回った。
ナクシャ王子のルートに触れようとしない人が多い。ラスターのルートを見るためにクリアしたけどナクシャ王子は無理だったという人も多い。
それは仕方が無い。
私だって、主人公が一番幸せになる相手はイデオンだと思っている。
ナクシャ王子が相手だと、結ばれた後も無駄に苦労すると思う。
父親に人情が備わっていたとしても、ナクシャ王子は駄目人間に育ってしまったのではと疑いたくなる要素はあるのだ。
でも、それはそれとして。
攻略対象が全員同時に幸せになる方法を望んでしまう。
主人公が側に居なくても、全員どうにか無事に生き延びて、幸せになってほしい。
そう思う程に、私はこのゲームのキャラ達に感情移入してしまった。
何の要素が足りていれば、全員が幸せになれるんだろう。
日常の合間に、全員を生存させるための想像を繰り返した。
全員を生存させるIFがどこかにあるはず。
せめて、王国が存続してくれれば。
ゲームの終了後の時間軸で、一体何が起きるのだろう。
全員生存のIF仮想を繰り返すのが苦しくなって、SNSで嘆いたりした。
他のゲームを通じて知り合った、趣味や嗜好が合った人に向かってぼやいたりもした。
そうしたら、普段よくやりとりをしてくれる二人が反応してくれた。
前々から二人とはオフ会をしようという話が出ていたので、リアルで愚痴を聞いてもらえることになった。
ノベルゲームの聖地巡りの後で、三人で宿に泊まって女子会をすることが決まる。
そして、どの宿選びがいいか話し合う内に、もう一人の知り合いが、オススメのホテルを選んでくれた。
「そのホテルにはVRの機材が用意されてるから、うちのサーバのVR空間にも集合できるんだよ。そこに泊まって、三人でうちのサーバにおいでよ。VR空間で推し語りしよ」
そんな提案を出されて、リアルオフ会とバーチャルオフ会の実施が決定した。
オフ会の前日に遠出用の荷物をまとめていると、友達から電話がかかってきた。
「この前借りたゲーム、やっとクリアしたー。あれ面白いね。ずっと笑いまくってた。小説読む気になったの、あのゲームが初めてだわ」
「楽しいでしょ、あれ。明日からゲーム女子会するんだけど、あんたもどう? そのゲームの撮影場所をみんなで回るんだけど」
「あー、それも楽しそうだけど、あたし明日はゾンビ狩るので忙しいからぁー」
電話の向こうから、コントローラーをガチャガチャ鳴らすのが聞こえる。
この子は元々アクションゲームが好きな子で、私の薦めたノベルゲームで遊んでくれたのが例外なところがある。
こっちの趣味に耳を貸してくれたりつきあってくれる良い子だけど、流石にノベルゲームの聖地巡礼には興味がないようだ。
「急な誘いだから仕方ないか、ごめんよ。アンタはゾンビと闘うなり悪魔と踊るなりを楽しんどいて」
「ういー。あんたが聖地巡礼から帰ったら、一緒にゾンビ狩ろうな!」
「いや、私がやると足手まといなだけだから、見てるだけにしとく」
「えー? ロケットランチャー貸すからー」
そんなやりとりを数度繰り返し、電話を切る。
アクションゲームは慣れないけど、こちらの薦めたゲームで遊んでくれたのだから、オフ会から帰ったら友達とゾンビ狩りをしよう。
オフ会の約束をした二人は、普段はRPGが好きな子と、推理系のゲームが好きな子だ。
その二人とノベルゲームの舞台になった街を歩いて回る。
ゲーム中にあったことを思い出したり、あるいは別のゲームの話も混ぜた会話をしたり。
普段遊ぶゲームジャンルは違えども、物事のとらえ方が私と近い二人だったから一緒に歩き回るのは楽しかった。
はしゃいでいるうちに時間はあっさりと過ぎる。
日が暮れた頃に、三人で予約したホテルにチェックイン。
前もって聞いていたとおり、バーチャルオフ会の準備をする。
機材を設定し終わったところで、バーチャルオフ会の時間まで二人に私の話を聞いてもらった。
ドはまりした乙女ゲームに救いがなさすぎてツライ、という話を延々と語ってしまう。
二人は律儀に話を聞いてくれた。とてもありがたい。
そして、私が喋りすぎでベッドに倒れ込んだところで、一人が苦笑しながら言う。
「キラナヴェーダなら一作目も続編も遊んだよ。確かにあのゲームはキャラ死にすぎるんだけど、あれと同じノリの乙女ゲーがあるの?」
「王立アストロジア学院って言うゲームなんだけど」
そう言うと、二人がそれぞれ反応する。
「友人が好きだって言ってたっけ」
「私は知り合いの人から借りましたよー。難しくてほぼ詰んでるんです」
ゲーム会社の規模に合わせて、それなりに認知度はあるようだ。
完全クリアをした人が少ないだけかもしれない。
「友人の話を聞いただけだったから、そんなにも救いのないゲームだとは思わなかったな」
「私は幼馴染みの仲を裂く羽目になるのが無理すぎて、やる気が削げちゃったんですよね……」
やっぱりその人ごとに、感想が違いすぎる。
そういうところを聞くのは私にとっては楽しいのだけども。
「内容のどこかで合わない部分があるなら、無理に遊ばなくてもいいと思う。ただ、私はあのゲームのキャラ達全員同時に救いが欲しいってだけだから」
ファンの人口が増えることにはあまり期待していない。
自分も含め、ファンであってもあのゲームは万人受けしない内容だと思っているし。
「惚れたら負けみたいな話だね」
「特定のキャラに感情移入してしまったら、それは思っちゃいますよね。幸せになって欲しいって」
二人から代わる代わる言われた言葉に、私は激しくうなずいた。
「そーなの。悔しいことに、キャラが好きだから。内容は酷いと思ってるしキャラ性も現実ならお断りするような人格なんだけど、でも二次元キャラだからさー。気に入ってしまった以上は、幸福になってほしくて」
話が堂々巡りしそうになったところで、時間になった。
私たちは、宿泊する部屋に用意されていたVR用のゴーグルを手に取った。
「私これ初めて使うんだけど、大丈夫かな……」
「あ、私もです、VRやったことなくて」
「全員初心者だね。まあ、うまくつながらなかったら謝っとこう」
ちゃんとゴーグルを装着出来ているのか分からなかったし、機材の扱いも未知の世界だったけど、私たちの視界にはそれぞれ用意されたアバターの姿が映る。
「あ、煉瓦造りの部屋の中、に居ます?」
「そうみたい。西洋建築かな」
会話しながら周囲を見回す。
私たちのアバターは全員違う格好をしている。学生服だったり、黒ずくめのローブを来ていたり、白いスーツ姿だったり。
VRオフ会の提案者が、私たちの好みを仮想空間にも反映してくれたらしい。
学園探偵の女子高生と、魔女と、ゾンビ退治を依頼する大統領秘書の格好。
待って、私はゾンビ退治が趣味じゃないんだけど。これ友達の趣味のほう……。
なんて考えていると、その空間の上方に、ウィンドウが表示される。
ウィンドウに映るのは、このVRオフ会を提案した人がSNSでも使っているアバターで、黒い布を被ったようなおばけ。
そして、たまに音声チャットで聞いたことのある声が降ってくる。
『三人とも、ちゃんと指定のホテルからログインしてくれてありがと。普段こうやって他の人と集えることがなかったから、三人が来てくれてすごく嬉しい』
「いーよ、これぐらい」
「VRには前から興味ありましたし」
「体験させてもらえて、こっちもありがとうってとこだから」
私たちのそれぞれの言葉に、相手は嬉しそうに笑う。
でも、いつもの笑い方と、何か違う。
『良かった、これで試したかったことがやっとできるの。私は観察する側になりたいから、自分で実験できなくて』
「……実験?」
思わず聞き返す。
他の二人も、降ってくる声色への違和感に戸惑っている。
この人は、普段こうも意地の悪い笑い方をする人だっただろうか。
『そう、実験。仮想空間での体験が、どこまで現実に影響するのかの実験』
何だか嫌な予感がする。
黙ってゴーグルを外してしまおうとしたけど、さっき固定するときにしっかりと頭に巻き付けてしまったので、うまく外せない。
「ねえ、何をする気なの?」
焦ったように問う声への答えは、とても楽しそうで、常軌を逸していた。
『擬死実験。仮想空間で死んだ時の影響が現実にどう出るか。私も見てみたいの』
言葉と同時に、景色が断崖絶壁の崖に変わってしまった。
どこかで見た景色。
自殺の名所として有名な場所、だったような。
そう思い出したところで、目の前の魔女の姿が消える。
急に景色が変わったせいで、足を踏み外して崖から落ちたのだ。
「待って!」
学園探偵の子が手を伸ばしたけど、間に合わない。
魔女の姿が海の中へ消える。
「何で! どうしてこんな!」
思わず叫ぶ。
どうしてこんな目に遭わされないといけないのか。
崖の上に残った私たち二人に、声が届く。
『どうして怒るの? 仮想空間のことなのに』
「だって今、言ったじゃない! 擬死実験って! 何で勝手にこんなことするの?!」
『みんな、お願いしても嫌がるから。なら勝手にやっちゃうしかないでしょ』
なるほど、今まで一緒にVR空間に集ってくれる人がいないというのは、これが原因か。
「私たちだって、お断りなんだから!」
でも、視界が仮想空間しか映さないせいで、うまくゴーグルが外せない。
崖から落ちた疑似体験のせいか、あの子の声がしない。
部屋の中で気絶しているのかもしれなかった。
焦る私たちに、笑い声が届く。
『ごめんね、手早く済ませるから』
空が曇り雷鳴が轟く。
光の明滅と耳からの衝撃。
頭を揺さぶられるかのような痛みを感じた。
仮想空間で、私たち二人に雷が落ちたのだ。
目の前には、
「どうして、」
呟いて、視界が揺らぐ。
黒く暗い中を落ちる感覚を受けた。
これは仮想体験なのに。
そのはずなのに。
誰も何も言わない。
私の声も出ない。
頭痛が酷い。
吐き気がする。
体の感覚が消えて、
……。
誰かの悲鳴が聞こえた。
「……大丈夫だ」
相手を気遣う声と、震える泣き声。
ここはどこだろう。
私は、帰ったら友達と一緒にゲームする予定なのに、
いつまで目が覚めないのだろう。
「兄様!」
悲鳴が続いている。
金属と金属のぶつかり合う音。
空気が爆ぜるような重い音。
そして。
「……大丈夫だ、イライザ」
掠れた声で、相手を元気づけようとする男の人の声。
視界が再度、明滅する。
目の前に、男の人がいる。
彼は血まみれで膝をつき、剣を支えにして体を起こそうとしていた。
「心配は要らない。連中は全員、俺が片付けた。だから、イライザ……」
思わず目の前の相手に手を伸ばす。
痛みに耐えるかのような歪んだ笑顔で、男の人は告げる。
「あとは、父と母を頼んだぞ」
血だまりの中に倒れる相手を、私は見ているしかできない。
何だこの光景は。
地獄から地獄へ連れてこられたのか。




