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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
主人公役 ノイア編
26/155

幕間5/テトラ改め魔術師トラングラによる学院警備

 魔法使いは杖を振って魔法を使うものだと思っていたから、秘めの庭で魔術を習いだしたときにヴェルヴェディノの武器研究を知って驚いた。

「魔術師でも剣とか槍とか使うんだ?」

 そう聞いたら、ヴェルは、

「その人ごとに好きなものを使えばいいんじゃないかな」

 と答えた。

 何でもありなのは面白い。

 試せるなら、材料や素材がある限り作ってみればいいんだ。

 僕もジョンさんやヴェルと一緒に魔獣を退治したり、武器の作り方を調べたりした。

 そうして、僕が戦いやすいのは、両手が空いている状態だと気付く。

 魔力誘導の紋や術式を直接手の甲に描くなり、グローブを使うなり、腕輪をつけるなり。そういう手段での魔術強化が僕に向いていた。

 手甲を使うのもアリだったけど、それで学院内をうろつくと生徒たちがビックリするし、攻撃的なのがあからさまだからということで、ここに来てからは日没後にしか装着しない。

 暗殺者がうろついている可能性もあるのに。

 奥の手は隠した方がいいとヴェルに諭されたから、魔獣退治のときに使っていた手甲は分解して懐に入れているけど、非常時にこれを瞬間的に組み立てることができるかは怪しかった。

 もうちょっと物を操る術が上手くなれば解決するかも。

 そんなことを考えながら、今日も学院内の見回りを行う。


 この学院の植木は庭師達からずっと大事に手入れされて長生きをしている。

 長く生きてる木とか植物なら、魔術を使って意思疎通が可能なんじゃないかと色々試したくなる。

 まだ植物に意思や感情があるのかどうかは判明していないけど、直に触れると向こうの感覚が伝わってくるような気がするんだ。

 校舎裏に、立派で背が高く太い幹を持つ常緑樹が植わっている。

 三階建ての校舎よりも伸びていて、樹齢100年を越えるんだとか。

 その木と毎日、対話を試みていた。

 グローブ越しに触れて、直接声をかける。

「今日も異常なし。平穏無事に一日が終わりそう。じゃあ、また明日」

 僕の言葉に、何か反応があるような、ないような。

 上手く感覚が掴めない。

 魔術として植物との対話が確立できそうなのに。

 僕がこうやって植木に声をかけているところを、学院の生徒に見られたことがある。

 頭がおかしいんじゃないかと思われてしまったようだけど、知ったことじゃない。

 意味もなくやっているわけじゃないんだ。

 これは、魔術的な実験。

 最近、ソラリスが暗殺者に関する情報を僕らにも話してくれるようになったついでに、たまに見回りにも僕と一緒に来る。

 そのときも植木に話しかける行為に驚かれてしまったけど。

 魔術的な処理をしているんだと言っておいたら、それ以上は何も言ってこなかった。

 魔術師のやることなんだから、いちいち気にしないでほしい。




 今日も学院の防御結界を無視して、エルドル教授の使い魔が空から降りてくる。

 一見、大形の鳥のようだけど、鳥の形をなぞっただけの毛糸の束だ。

 それを見て、今日もヴェルとゲルダリアが嘆く。

「今回の結界でも駄目なのか……」

「また強化し直さないといけないわね……」

 本当に、教授の魔術はどうなっているんだろう。

 僕ら3人がかりで張った結界なのに、普通に侵入されてしまった。

 そもそも、使い魔を秘めの庭からこの学院まで飛ばすというのが無茶苦茶だ。距離がありすぎて、僕らは途中で力が途切れるのに。

 あの人どうなってるのかな。

 まあ、一向に歳を取る気配のない教授のことだし。普通の魔術師とは能力も魔力も桁違いなんだ、きっと。

 魔術研究棟の庭先に出て、腕を空へ伸ばす。

 そうするとエルドル教授の使い魔は術を解いていく。

 くるくる渦巻くようにしてほどけた毛糸と、その中心に包まれていた手紙が僕の両手に収まっていく。

 今回の報告は何だろう。


 研究室に戻って、二人と一緒に教授からの手紙を広げて読む。

 手紙に書かれていたのは、秘めの庭での魔術研究で新しい魔術が開発されたということ。

 そして、精神に作用する術の解き方について記されている。

 これを使えば、暗示とか洗脳の術が解けるようになるらしかった。

 イシャエヴァの国から来ていると思われる魔術師や暗殺者は、洗脳を受けているんじゃないかって言われていたけど。教授が今回教えてくれたこの魔術で、対策が取れるのかも。


 教授の手紙を読みながら三人でその魔術を習得しようとしていたら、王族の人達がやって来た。

 ロロノミアの人と、第二王子と、護衛の騎士。

 相変わらず、こちらが作業中でもお構いなしに話をはじめてしまった。

 三人は、これから十年前の事件を調べ直すことにしたから協力して欲しい、と言った。

 その説明に、ヴェルの顔色が変わる。

「……あの街を再調査するんですか」

 一度だけ話を聞いたことがある、ヴェルの故郷。

 魔獣による襲撃で壊滅してからもう十年経ってしまっているのに。今更再調査なんて、どうして。

 ヴェルの反応に、ロロノミアの人は申し訳なさそうに言う。

「君には言いにくいのだが。十年前は生者と死者を探し出すので手一杯だったために、充分な調査が済んでいないらしい。国が安定してきた今になってようやく調査が可能になった。肝心の魔獣の発生地点はアーノルドが雑に消し飛ばしたので詳細が分からないままだが、せめてあの街のことだけでも調査を行いたいんだ」

「……そうでしたか……」

 バツが悪そうに、第二王子も言う。

「仕方が無いだろう。当時は魔獣が人為的な発生かもしれない可能性など知られていなかったからな」

「……え?」

 王子の言葉に、僕もヴェルも驚く。

 ロロノミアの人は、まだ不確定情報だが、と前置きして続ける。

「おそらく、あの生き物は繁殖しない。通常の生き物が狩りの本能だけを強化された状態で生きているらしいんだ」

「そんなことがあるんですか?」

 当然ヴェルが聞き返す。

 繁殖しないなら、僕らが今まで狩ってきたアレはどこで生まれているんだ。

 てっきり、人が住まない所で生態系を作っているんだと思ってたのに。

 考えたら、狩りの度に違う魔獣に出会うことが多かった。

 同じ場所では二度と同じ魔獣には会わなかったっけ。

「王国としても、被害を減らすために長年かけて調査させてきたが、発生場所がはっきりしない。人の近づかない区域を見張るしかできない。いつも警戒が手薄になった地域で観測されるからな」

 ロロノミアの人の言葉に、ゲルダリアが呟く。

「……この国の人達が近寄らない場所……」

「うん?」

 思わず聞き返す。

 ゲルダリアはうつむいたまま言った。

「この国の人は、始祖王の伝承で近寄っちゃいけないって言われている場所では暮らさないから……」

「どこだっけ、それ」

 僕の疑問に、ヴェルが答える。

「洞窟や沼地には近寄るなという話があったね。あれは魔獣が発生しやすい土地だからなのだと思っていたけど、魔獣が繁殖しないならどういう意味があるんだろう」

「多分、近づいちゃ駄目なのは疫病にかかるから。でも、他の国の人達は始祖王の伝承を知らないから気にしないの」

「……ゲルダ?」

 何だか様子がおかしい。

 王族の人達がいるときにはいつもゲルダリアは静かに黙って話を聞いて、口を挟んだりしないのに。

 ヴェルもゲルダリアの様子のおかしさが気になるようで、立ち上がってゲルダリアの隣まで行く。

 かまわずにゲルダリアは話す。

「いつも魔獣狩りに行くと、被害に遭っている人達が言ってたでしょう? 魔獣は沼地からやってきたとか、洞窟からやって来たとか。でも、魔獣が繁殖しないなら。他の国の人が魔獣を連れてきて、洞窟や沼地で育てているのかもしれない」

 ゲルダリアの言葉に、王族の二人の顔が険しくなる。

「どうしてそう思う?」

 ロロノミアの人に問われて、ゲルダリアはうつむいたまま答えた。

「ただの憶測です。魔獣が自然発生せずに人為的な手段で生まれているのであれば、他の国から来ているのではないかと。この国の魔術師は、始祖王の伝承を尊んでいます。旅に出ても、沼地や洞窟には近寄りません」

 その言葉に、ロロノミアの人が考え込む。

「……魔獣による被害が酷い年と、国境の警備が荒れる時期は重なっている。なるほど、その可能性があるか」

 鼻を鳴らし、第二王子が言う。

「もしその仮説が正しければ、我が国は長年、他国からの攻撃を受けていることになる。調査を急がねばならんな」



 王族の二人と騎士が去った後も、ゲルダリアは表情が暗いままだった。ヴェルが屈みこんで訊ねる。

「具合が悪いようだけど、何かあった?」

 ヴェルの言葉にも、ゲルダリアは反応が鈍い。

「……ここのところ考える事が多いから、疲れているのかも」

 それだけ言うと、ゲルダリアは立ち上がる。

「私、今日はもう休ませてもらってもいいかしら。自室で大人しく休んでくるわ」

「一人で大丈夫?」

「それは平気」

「分かった。気を付けて。また明日」

「ええ。二人も、調査の準備があるだろうから、無理しないでちゃんと休んでね」

 ヴェルとそんなやりとりをして、ゲルダリアは研究室から出て行った。

 多分、ヴェルは心配でついて行きたかったんだろうけど、ゲルダリアの部屋は女性用の教員棟だから僕らが一緒に行くわけにはいかない。

 言葉どおり、ゲルダリアがちゃんと部屋に帰るならいいんだけど。妙なところに寄り道しないよね?

「ねえ、ヴェル」

「今はディーだよ」

「他に誰もいないからいいじゃんか。それよりさ。ゲルダリア、この学院に来てから、ちょっと挙動不審というか。何かおかしくない?」

 人間なんだから他人に言わずに済ませたいことなんて沢山あるだろうけどさ。

 なんか、落ち着きがないような。

 ヴェルも似たようなことを感じていたようで、溜め息をつく。

「やっぱり、本人だけが気付いてないかな、あれは」

「何かあんのかな、この学院に」

 知り合いでもいるんだろうか。

 でも、知り合いなんて、シャニア姫ぐらい。

 いや、僕らが勝手に姫様を知り合い扱いしたら失礼かな。

 考えていると、ヴェルが言いにくそうに話す。

「実は。僕はまだ、ゲルダが秘めの庭に来た理由を聞いたことがないんだ。多分それが関係あるんじゃないかと思うんだけどね」

「あー、そういえば。それは僕も知らないなあ。ヴェルは聞かせてくれたけど」

 そう言うと、ヴェルは気まずそうに下を向く。

「ゲルダには、僕が秘めの庭に来た理由を明かしていない。それと同じで、ゲルダにも聞いたことがない」

「ほーん。なんだ、ヴェルは存外そういうとこ気にしいなのか。仕方ないけどさ」

 僕ならあの年齢でヴェルと同じ目に遭ったら、発狂して二度と外に出られなくなってるんじゃないかって思う。

 他人に何があったかを話すどころじゃないし、立ち直れるかどうかも怪しい。

 なのに、ヴェルは立ち直るのが早かった。僕が会ったときには既に武器職人兼戦士兼魔術師として研究棟にいたから。精神が根底から戦士なんだろう。でも。

「なら、ゲルダリアが聞かせてくれるまで放っておくしかないんかなー」

「そうだね……」

 ヴェルはゲルダリアにあまり強く出られない。

 踏み込んだことを聞くのはためらっているみたいだ。

 ヴェルならゲルダリアが魔術師になった理由を知っていると思ってたのに。


 僕らは、過去がどうあれ相手との接し方を変えたりはしないほど信用し合っているけど、知らないことはまだ多い。


 あと、ヴェルはまだゲルダリアに対する意識に自覚がない。

 前に吟遊詩人に会ったとき、ヴェルは相手のことが気に食わないみたいだった。相性が悪いというか。

 あの吟遊詩人が言うには、ヴェルは魔術師というよりは戦士だから、芸術家と反りが合わないらしい。

 それもあるのかもしれないけど、僕からみたら、少し違う。

 確かにヴェルの思考回路は戦士寄りであって魔術師とは言いがたい。

 でも、ヴェルがあの吟遊詩人に対して不満があったのは芸術とかどうとかの話じゃないんだ。

 ゲルダリアが吟遊詩人に興味を持ったから。

 何でもかんでも魔術に結び付けて考えようとする魔術師のゲルダリアは、吟遊詩人の演奏を聴いて、音にまつわる魔術について考えたいと言った。

 そして、吟遊詩人のほうも、そんなゲルダリアを面白がって歓迎した。

 単純に、ヴェルは、自分と相性の悪い人間にゲルダリアの興味が向くのが腹立たしいだけ。

 僕にはそう見えた。

 秘めの庭の魔術師たちはヴェルにとって不快でも何でもない相手だから、あそこでゲルダリアが誰と仲良くしていても気にならないんだろうけど。

 ここに来て、魔術師以外の人間と接することが増えてから、ヴェルが少しイラついている日が増えた気がする。

 ヴェルもおそらくそこに気付いていない。

 ゲルダリアといるときはいつものヴェルだから、僕も何も言わずにいる。

 ヴェルにとって、魔術師以外の人間と接するのは苦痛なんだろうな。

 僕は子供の頃に一度、ヴェルを本気で怒らせてしまったことがあるけど、秘めの庭でそんなやらかしをするのは僕ぐらいのものだったから。当時はヴェルが苦痛に感じることなんて、過去を思い出したときぐらいだったんだろうけど。

 こうして考えると、ヴェルも大概面倒な性格をしている。僕も魔術師としての思考しかできないから一般人にしてみれば変な奴なんだろうし、講師をやれって言われても無理だとしか言えないので、ヴェルについてどうこう言えないけどさ。 

 ゲルダリアはここでの生活によく我慢できてるなと思う。

 生徒達が良識的なのか、単にゲルダリアが最初に脅しすぎたのが原因なのかは分からないけど。


 シャニア姫から、僕はそう長く生きられない可能性があるけど、ゲルダリアやヴェルといれば回避できると占ってもらって、数年。

 王立学院に魔術講師として派遣される二人について来てからは一年。

 今はまだ、命にかかわるようなできごとには遭っていない。

 僕自身も魔術師として強くなっている。

 だから、ときどき考えた。

 これ以上、二人に迷惑をかけないように離れたほうがいいんじゃないかって。

 もう充分、自分で対応できるはず。あの二人に甘えちゃいけない。

 でも、冷静になったときに、考え直した。

 そうやって一人前ぶって調子に乗るから一人で死ぬ羽目になるんだろう?

 未熟なくせに、一人でもやっていけるなんてどうして思ったんだ?

 そんな自問を繰り返して荒れた時期の僕に、ヴェルが助言をくれたことがある。

「焦るのは分かるけど、自滅につながることだけは駄目だよ」

 それは適切な言葉だったんだろう。

 でも当時の僕は、感情の調整が下手だったから、

「知ったかぶって言われてもね!」

 そんな返ししかできなかった。

 多分、ヴェルにも経験があるんだ。

 魔獣退治についてだったり、武器造りの研究だったりで、思うようにいかなかったことが。

 なのに、当時の僕はついきつく当たった。

 そうやって勝手に拗ねた時期があった。

 ヴェルにとっての日常はゲルダリアがいれば完結しているように見えるし、ゲルダリアに至っては一人でも生きていけるんじゃないか。

 そう考えていた。

 けど、この学院に来てからゲルダリアは様子が変だし、ヴェルも疲れている。

 ノイアさんの魔術属性が変化した件だって、二人は真面目に考えすぎて落ち込んでいた。

 そんなの、二人が気にしなくったっていいのに。

 こういうときにこの二人を無理矢理に引っ張り上げることが必要で、その役は僕になるんだ。

 必要以上に二人が悩まないように。


 僕らは三人揃っていないと、まだ一人前になれないんだ。


書き出してみたら記述したいことが収まらなかったので、次もまたテトラ視点の話になります。

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