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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
主人公役 ノイア編
22/155

暗殺者は忠臣へと転身する

 何故だかフェン様の主導で、太陽の魔術使いを探すことになった。

 この人、実は王族の責務をサボる口実が欲しいだけなのでは?

 そんな失礼なことを考えてしまう程度には、校内を歩く彼は普段よりも機嫌が良さそうに見えた。


 太陽の魔術を使うと噂の生徒は、放課後には正門手前の庭の隅にいるらしい。

 一度入学したら長期休暇まで学院の敷地から出ないよう指示されているので、正門前の庭には普段生徒はあまり近寄らない。

 そんなところで、太陽の魔術を使う誰かはひっそりと過ごしているらしい。

 目立ちたくないのかもしれない。

 私もしばらくそこで過ごせば良かったかな。

 フェン様と王族用の地下通路を使って正門前の庭へと着く。花のアーチの真横に出た。

 そこから庭を一望すると、校門の影になるようにして座りこんで本を読む生徒がいた。

 制服の色からして同じ学年の男子だろう。

 ぼさぼさの金髪で、顔が隠れている。

 あの前髪は読書をするのに邪魔ではないのかな。

 本人は気にならないのか、たびたびページをめくっている。


 フェン様はその生徒を見つけると歩き出す。

 私もその後に続く。

 相手から数歩離れた位置で、フェン様は立ち止まる。

 そして、相手がこちらに気付いて顔を上げたところで話しかけた。

「君に話があるのだが、今時間を借りても良いだろうか。俺はフェン・ロロノミアと言う」

 立って相手を見下ろしながら名乗るフェン様に、案の定、相手の男子生徒は驚いて後ずさろうとした。

 でも門を背にしているので、背中を軽く打ちつけて動きが止まる。

「すまない、驚かせるつもりはなかったんだが……」

 そう言ってから、フェン様は相手と目線を合わせるためかその場に左膝をつくようにして屈む。

 その行動に、相手は萎縮したように慌てて言った。

「いえ、いえ、そんな……とんでもないです……王族の方に気を使っていだたくわけには……」

 それからその男子生徒は、前髪をかきあげて銀色の左目を出して、恐る恐る言った。

「……王族の方がわざわざこちらに来るということは、俺の素性は王族の方には把握されてしまっているのでしょうか」

「いや? 俺はこれからそれを訊ねたいのだが」

 フェン様の言葉に、相手は呆気にとられたように黙る。

 素性、と言ったけど、彼には何かあるのだろうか。

 フェン様は当初の目的について説明した。

 太陽の魔術を使えるという噂の生徒がいるので、探していること。

 そして、可能であれば魔術の研究のために協力してほしいということ。

 それを聞いて、男子生徒はフェン様から目を逸らす。

「……確かに、今の俺は太陽の属性の魔術を使うことができます。でも、それはほんの少しで、詳しい事は分かりません」

「それでもかまわない。協力してもらえるだろうか?」

 フェン様の問いに、相手の男子生徒は頷いた。そして顔を上げて言う。

「あの、王族の人に会ってしまったからには、話しておきたいことがあるんです、聞いてもらえますか」

 何だか必死に見えるその訴えに、フェン様も頷く。

「ああ、かまわない。どういう話だろうか」

 男子生徒は周囲に他の人の姿がないのを確認すると、堰を切ったように話し始めた。

「今の俺は養父から新しい名前を貰いました。魔術の属性にちなんで、ソラリス、と。

でも、養父と出会わなければ俺は、貴方を暗殺する者としてこの学院に来ることになっていたはずです」



 ソラリスさんは、フェン様の後ろに私が控えていることにかまわず話している。

 私が聞いてしまっても良い話なんだろうか。

 でも、私だけここで帰ってしまうのも気が引ける。

 フェン様に護衛とかいなくていいのかな。

 私が側にいて役に立つわけでもないけど……。


「俺は子供の頃に、実の親とあちこちを転々として暮らしていました。旅して辿り着いた先で日雇いの仕事をして、その日暮らしの生活でした。両親が病か何かで倒れた後、変な集団に囲まれたんです。

頭から足先まで布で覆って、正体の分からない怪しい人間達だったけど、当時の俺にはすがる相手がほかにいなかった。

お前の親はもう助からないから諦めろ、お前のことだけは助けてやると言われて。

泣きながら両親のことも助けるよう頼んだけどだめでした。

俺はその正体の分からない集団にどこかへと連れて行かれて、これからは飯を食わしてやるから、お前は体を鍛えるのだと言われて。最初は、騎士とか護衛団のような組織だと思っていました。でも、違ったんです。あれは、暗殺者集団だった。そこで俺は、ラスター・メイガスという名前を与えられました」


 ……暗殺者?

 つい先日に、魔術研究棟で聞いた話を思い出す。

 暗殺者は、敵に捕まった後で自白を避けるために自害するとかいう嫌な話。

 私はソラリスさんにつられて気分が落ちこんでしまったけど、フェン様はいつもどおり冷静なまま。

 王族にとっては、暗殺どうのという話は珍しいことではないんだろうか。


「続けてくれないか」

 フェン様に促され、ソラリスさんはまた口を開く。

「毎日、暗殺者としての厳しい訓練をして、やっと食事がもらえて。向こうから押しつけられた名前で呼ばれるうちに、俺は自分の元の名前を忘れていきました。俺の身体能力なんて鍛えても大したことがなかったから、いずれ使えない奴として捨てられるんじゃないかと怯えながら生きてました。でも向こうは、俺に期待していたんです。当時の俺の魔術属性は、金環蝕だったから」


 金環蝕。

 私と逆だ。

 金環蝕と太陽の魔術属性は、表裏のものなんだろうか。


「俺が一向に暗殺者としての技術を鍛えられないせいで、鍛える側もうんざりしていたんだろうけど、俺の魔術が、この国の王族を害するのにちょうど良いと思われていたから。連中は、能力が劣る俺でも捨てずに使う計画を立てていました。

そして二年ほど前に、俺に最初の暗殺指示が下りました。

本命である王族暗殺はお前にはまだ無理だろうから、まずは商人を狙ってこい。うまくいったら、お前の能力を魔術で強化してやると言われて。

……そうして暗殺に出向いて、今の養父と出会ったんです」


 ソラリスさんは、当時のことを思い出したのか、泣いているかのような声だ。


「ここ最近、ジャータカ近隣で荒稼ぎした商人がいる。商人なんてどうせろくなものじゃないから、始末するように。

そう言われて、俺はその商人が荒野の途中で天幕を張って休んでいる隙を狙いました。

夜に天幕に忍びこんだんですが、天幕には警戒用の魔術が敷かれていて、俺はあっけなく束縛されました。狙った対象を殺すことができなければ自害しろ。そう指示されていたけど、魔術拘束でそれもできない。ここから逃げ出せても組織は俺を許さないだろうから、どのみち死ぬんだ。そう思っていました。

でも。暗殺者を捕まえた商人は、俺を見ても平然としていた。陽気に笑って、言うんです」


『おお、その髪の色は、お前さん、暗殺者ってやつかい! はーん、そんなもんに狙われるってこたぁ、俺もついに大物の商人扱いされる日が来たんだな?』


「そうやって笑ったあの人は、魔術で拘束されて動けずにいる俺にそのまま話し続けました」


『俺はこうやって暗殺者に目ぇつけられるくらい商人として大成したからな。これから、故郷へ帰って爵位を買うんだ。下位だが。男爵だぜ男爵。それでお貴族様になったら、富める者の責ってやつを負わないといけないらしいからな。孤児院を作ろうと思う。なあ、お前さんも、俺と一緒に来ないか?

そんな物騒なことをせんでも、飯が食えるようになるぞ』


「正直、あの人が何でああやって笑っていられるのは分からなかった。でも、俺には他に選択がなかった。自害するのも、暗殺者の組織の連中に始末されるのも嫌だったから。

俺は暗殺に失敗して死んだフリをして、そのままその人について行きました。

それから、その人は本当に爵位を買って男爵になって、孤児院を作って、俺みたいに身寄りのない子供を集めて生活を始めました。

俺はそこで、食べるものだけじゃなくて、生活に必要な知識も与えてもらったんです。

そこで本を読んで暮らすうちに、あの人は俺の頭脳なら、王立学院にも行けるんじゃないかって言い出して。

俺としてはそこまでしてもらわなくても充分だったけど、この学院で得られる知識があの人の役に立つならと思って。それで今に至ります」


 フェン様はそこまで静かに話を聞いて、相槌を打つ。

「……なるほど。そんなことがあったのか」

「男爵は俺をかくまうようにして生活を送っていましたけど、王族の人にとってはそれは良いこととは思えなくて。もしかしたら俺はこの学院内で元暗殺者だとばれて、牢獄送りになるかもしれない。そう考えることもありました。誰も殺してはいないけど、信用されないだろうから。俺を拾ってくれた人が究極に前向きなお人良しだっただけで、普通は、元暗殺者なんて警戒するだろうから」

「そう思っていたのに、何故俺に過去を明かしてくれたのかな?」

 フェン様の問いに、ソラリスさんはきっぱりと言う。

「男爵のためです」

「なるほど。君の死が疑われれば、男爵に再度、暗殺者が差し向けられるかもしれないからか」

「そうです。俺は、もうあの人に迷惑をかけたくないんです」

 それからソラリスさんは丁寧に座りなおす。そして、フェン様に頭を下げて言う。

「お願いです。どうかガルガロ男爵に、危険が及ばないよう配慮してはもらえませんか。俺に可能なことであれば、魔術の研究だろうと何だろうと手伝いますから!」

 その行為に、フェン様は少し不機嫌になる。

「頭を上げてくれないか。そうまでされずとも、民に応えるのがこの国の王族なのだから」

 フェン様は過剰なまでの嘆願とか謝罪を疎む人だ。

 土下座をした日に「やめろ、うっとうしい」と言われたのを思い出してしまった。

 私が苦い思い出を振り返っている間にも、フェン様はソラリスさんに質問する。


「君の魔術は最初は金環蝕の属性だったそうだが」

「はい。男爵になったあの人の元で生活しながら、国から配布されたという魔術書を読んだんです。あの人は、商人として大成したのも、暗殺者である俺の動きを封じることができたのも、その魔術書のおかげだと言っていました。

この国で魔術の知識が広まったおかげで、俺は暗殺者として生きることも死ぬこともなく済んだ。なら、俺もその魔術書を読んで、男爵に恩返しをしようと思って。

孤児院の仲間達と暮らしながら色々な魔術を試すうちに、いつの間にか魔術の属性が変わっていました。

暗殺者の組織にあのまま居続ければ金環蝕の魔術というものも覚えさせられたのかもしれないけど、俺はそれを知らないままだったから。属性や髪と目の色が変わってもどうでも良かった。

ただ、俺を拾ってくれたあの人と、その家族さえ無事であれば、何でもいいんです」


 国から配布された、あの魔術書。

 あれが私とソラリスさんの魔術属性を逆にしてしまったけど、その理由は結局分からない。

 でも、あの本の普及がなければ、ソラリスさんはまだ暗殺者だったかもしれなくて、フェン様を狙いに来たかもしれない。

 悪いことも良いことも起きている。


 これからソラリスさんと一緒に魔術の研究をして、何か良いことが判明するといいのだけど。


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