仲人は喜んだり落ち込んだりと忙しい
王子は一般生徒には知らされていない通路を歩いて行く。
私がそんな道を通っていいのかと思ったけど、逃げ出すわけにもいかない。
王子の後に続いて石積み式の螺旋階段を下りる。
石と石の合間から光が差し込んではいるけど、薄暗い。
足下がよく見えない中で、私と王子が歩く音だけが響く。
この学院に地下があったのか。
地下にあるモノと言えば牢か何かでは……。
この先で王子に何を言われるのかは分からないけど、糾弾じみたことだろうし……。
選択肢が7つ程あってそのうち1つ以外は全てバッドエンドになるノベルゲームを思い出した。
時限式の選択は動体視力の無い私にはクリアが難しかった。
あんな感じの絶望感がある。
階段を下りた先の小部屋は、思ったより明るかった。
上を見ると、白く発光する石が埋め込まれている。
石壁に囲まれた狭い部屋の中央で、王子が腕組みをしてこちらを見ていた。
私としてはどこまで王子に近づいていいのかが分からず、部屋の入り口で立ち止まるしかない。
部屋には、木製の台座が一つ。後は何もない。
牢ではないようだ。
では私はここに閉じ込められることはなさそう?
王子は、部屋の入り口から動かない私に向かって話しかけた。
「最近、シャニア・シルヴァスタについて過剰に騒ぎ立てている者がいるという話だが、それはお前のことだな?」
王子にこうやって言われてしまうということは、悪目立ちしてしまっていた模様。
「騒ぎ立てているつもりはなかったのです。私はシャニア様に親切にしてもらえたことが嬉しかったので、つい言いふらしてしまいました。
それがシャニア様に迷惑をかけることになったのであれば、私としても本意ではないのでこれ以上余計なことは致しません」
正直にそれだけ言う。
考えてみれば、シャニア姫のあの性格なら、もてはやされすぎるのも好まないだろうし。
私が勝手にお節介することではなかった。
王族に対する妬み嫉みも、私には想像しがたいだけで、いつものことかもしれないし……。
いやでも、あれが当たり前な環境にシャニア様がいるのかと思うと、ぞわぞわする。
私の言葉にも、王子は表情を変えないまま。
これ以上は弁解しようがないんだけども。
シャニア姫を悪く言う人達がいたから、なんて告げ口をするわけにもいかない。
そっちのほうが印象が悪いだろうから。
処されてしまうのかな……。
ゲームならこういうときは、気の利いた台詞が選択肢としていくつか並ぶのだろうけど。
王子の圧が凄すぎて、言葉がうまく出てこない。
緊張で心臓が潰れそうな気がしてきた頃に、やっと王子が口を開く。
「シャニアが己と周りを対等に扱うことが、そうも喜べるものなのか?」
懐疑的だ。
王族の特例を盾にして振る舞われないということが、庶民にとっては喜ばしいことだと、王子には考え至らないのかも。
「私はこの髪と目の色なので、故郷で偏見に満ちた扱いを受けることがありました。ですから、この学院でも同じように敬遠されたりする可能性について心配していたのです。そんなときに、シャニア様は私の髪と目の色など気にもとめずに接して下さいました」
そう答えると、王子はやっと私から視線を逸らす。
「金環蝕の魔術使いか。この国での発現は珍しいからな。シャニアもそこを理解してお前に慈悲の心を出したのだろう」
私が学院の中で過ごしにくくならないように?
そうならやっぱり、私はシャニア様に感謝しないといけない。
これからはひっそりと応援していきたい。
王子は組んでいた腕を解いた。そして、今まで私にかかっていた圧が消える。
思わず深く息を吸う。知らずと息を止めていたようだった。
そんな私に、王子は続けた。
「シルヴァスタの者はあれで苛烈な人間が多い故に、シャニアのあの、等しく慈悲をかけようとするあり方を否定する者はいる。が、それに救われる者がいるのであれば、止めることではないのだろう。しかし、そこで調子に輩が出るのでな。俺が確認に出向くのだが。お前に対してはそう警戒することはなさそうだな」
良かった。
私には悪意などないし、シャニア姫に取り入ろうという魂胆もないと分かってもらえてみたいだ。
気が緩んで、私は考えていたことをうっかりと口にする。
「アーノルド様がシャニア様のことを大事に想っておられるのに、私などがシャニア様を支えようというのはおこがましい考えでした。これからは、ひっそりとシャニア様の幸せを願っておきますね」
私の言葉に、王子はしばらく黙り込む。
そして、ためらうようにして言った。
「……お前には、俺がシャニアを大事にしているように見えるのか?」
え?
そうじゃないなら私は何故こんな地下に連れてこられているのです?
「王子が私をここに呼ばれたのは、シャニア姫を心配するが故ですよね……?」
「それはそうだが。城の者たちに言わせれば、俺のシャニアへの気遣いは足りんらしい」
何て失礼なことを。
不届き者を直々に制裁しに行く王子の、どこが気遣えない人なのか。
王子は先ほどと比べていささか弱い調子で言う。
「俺のやることは回りくどくて伝わりにくいのだと。シャニアはそれでも構わないと言うが」
「……シャニア姫が王子の心遣いを理解しておられるのでしたら、他の者の言葉なんて無価値ではないでしょうか」
しまった、思ったことをそのまま率直に述べてしまった。
もしかしたら、王子に助言をしているのはこの国の偉い人とか、下手したら現国王様かもしれないのに。
というか、周りから見て、王子は不器用な人の扱いなのか。
そして、それをちゃんと理解しているシャニア姫。
なんだ、最高じゃないですか。
私が幼馴染みに求める要素を満たしている二人。
何だかとても、祝福したい。
機嫌が良くなった私に、王子が怪訝そうに言う。
「……何を笑っているんだ、お前は」
「シャニア様はアーノルド様がお側にいればきっと大丈夫でしょうね。私、二度と余計なことは行いません」
浮かれてそう答えてしまった。
王子は面食らったような表情でこちらを見る。
「……どうしてお前は、そこまでシャニアのことを気に掛ける?」
私の言うことは、そんなにも度が過ぎることだろうか。
もしかして、王族の生活は殺伐として疑心暗鬼に満ちた世界だとか?
それならそれで、そんな環境にいてもシャニア姫とアーノルド王子が互いを想い合うだけの仲の良さなのは、良いことだ。
「私、この学院に来てから初めて優しくしてもらえたのが、シャニア姫でしたから。きっと他にも気の良い方や親切な方は大勢いるのでしょうけど、シャニア姫と出会ったときのことがひときわ印象深いのです」
私の言葉に、王子は視線を落とす。
そして、腰の辺りに手をやって、銀の短剣を取り出した。
「おまえも、シャニアのあの心根を肯定するのだな。王族が民と気安く触れあうものではないと言い切るシルヴァスタ家の者が多い中で、シャニアのあの在り方は難しいものだが。肯定する者がいるからシャニアはああして居られるのか」
そのまま王子は銀の短剣を一度軽く握ると、それを部屋の中央の台座へと置いた。
私の手でも扱えそうな細身の短剣。
そこに視線を移している間に、王子は部屋の奥へと進む。
部屋の突き当たりで王子が軽く壁を押すと、重い音を立てて壁が回転する。
あっけにとられる私をそのままにし、王子はその向こうへと姿を消した。
「えっと……?」
私、置き去りにされてませんか?
え、どうしよう。
王子の後を追っていいのかどうか分からない。
来た道を逆に辿って行って、元の場所に帰れるだろうか。
そう思って背後を振り返ると、そちらにも回転扉があったようで、音とともに一人の男子生徒が姿を現す。
「まったく。王族用の隠し通路に無関係の人間を置き去りにするなよ」
そうぼやきながらこちらに来たのは、フェン様だった。
彼は戸惑う私を放って目の前を通り過ぎ、台座の前に立つ。
そして、アーノルド王子が置いて行った銀の短剣を手にすると私に向き直って言う。
「まあいい、俺もノイア・ミスティには話があるんだ」
急に私の名前を呼ばれて、ビクリと震えた。
「あの、私の名前、ご存じなんですか?」
アーノルド王子は一度も私の名前を出さなかったから、知らないし興味もないのだと思っていたけど。
「シャニアの占いに出ているんだ、君は」
「は、はあ……」
シャニア姫の占いに、私が?
「アーノルドにはシャニアの占いの話はまだ届いていない。だからこんなところに君を呼び出したんだろう。間が悪かったとしか言えない」
とはいえ、アーノルド王子はここで私の話をちゃんと聞いてくれた。
私はアーノルド王子のことを信用しなさすぎだったのかもしれない。
ここにはもうナクシャ王子は来ていないから、アーノルド王子の心も安定しているのかも。
そう考えつつ黙っている私に、フェン様は続ける。
「王族が三人、それも御三家それぞれの次代がこの学院に揃っている。この国に害を為したい者たちからすれば、この学院を狙うのが一番てっとり早い。だから、今のこの学院の警備は過去最大の警戒体勢になっている。その流れで、俺たち三人も為すべきことが増えている。正直面倒だとしか言えないが、自分たちの身を守るためだからな。過敏になっているんだ。アーノルドを悪く思わないでやってほしい」
「そんな、王子には非はありませんから……」
フェン様が王子をフォローするシーンは、ゲーム中でも見た気がする。
苦労性枠、というと語弊があるだろうけど。
彼は一緒に育ったアーノルド王子とシャニア様のことが大事なんだろう。
私の言葉と反応に、フェン様は少し目を細めた。
そして、悪巧みをするかのように笑う。
「シルヴァスタ家の占いの精度を疑うものが多い中で、俺とアーノルドはシャニアの占いであれば信用できると思っている。だから俺は君のことも信用してここまで説明をした。さて。君は、シャニアの占いについても聞いていく気はあるか?」
何だか過剰な期待と信頼をされてしまっているらしい。
シャニア姫が私を悪く思っていないどころか良い方向で捉えてくれていて、なおかつフェン様は更に何か明かしてくれるという。
なら、素直に話を聞いておきたい。
王族絡みの話になると、守秘義務が重くなるかもしれないけど。
私がうなずいたのを確認し、フェン様は語り出した。
「そもそも俺たち三人がこの学院で日常を送る必要があるのか、王族内でも散々議論されていた。だが、シャニアの予知でそれがこの国に必要なことだと判明した。それがまず一つ。次に。俺たち三人がこの学院で過ごすのであれば、その間にどれだけの人間と面倒ごとがやってくるのかを知る必要がある。が、その件に関しての予知ははっきりとした結果が出ないらしい。状況次第でこの国にとって良いことも悪いことも起きうる。そこで、シャニアは占いで学院内での俺たちの協力者を探していた。その結果がようやく出たばかり。ノイア・ミスティを、こちらの陣営に組み込むこと。それが最悪の事態を回避する手段になりえると」
……。
私が?
そんな規模の話に、私が何か役に立つのだろうか。
王族の皆さんに協力を要請されたら、従うつもりではいるけど。
言葉が出ないでいる私に、フェン様は更に言う。
「納得できていないようだが。占術結果の話を抜きにしても、君は俺たちにとっては有用な人材だ。何せ、あのフォントルロイ卿が直々に推薦した人物なのだから。王家としても放っておくわけにはいかない。ノイア・ミスティ。この学院で過ごす間だけでいい。俺たち三人に協力してくれないか?」
フォントルロイ卿とは、私の故郷の伯爵様のこと。エルロ家当代当主。
代替わりした段階では、この国の貴族の中で当主として最年少だったらしい。
伯爵様本人からは、学院在学中に王都で色々やらかしたと聞いたことがあったけど、あれはただの失敗談ではなく、王家の人達から厚い信頼を得るできごとだったのだろう。
私が尊敬している伯爵様は、どうやら王族の皆さんからも好評価なようだ。
そこまで理解して、私はこれからの身の振り方を決めた。
「お話はどうにか、理解できました。私がどこまでお役に立つかは分かりませんが、何かあればなんなりとお申し付けください」
伯爵様のためにも、私は私を信用してくれる人のためにできることをこなしていこう。
私の言葉に、フェン様はにやりと笑う。
「その言葉に後悔しても、もう手を引かせることはできないからな?」
……そういう意地の悪い言い方をされると決意が揺らぐのですが……。
言葉に詰まる私の表情を見て、フェン様は真顔に戻る。
「まあいい。今日のところはここまでにしよう。詳しい話は追い追い、シャニアの方からあるだろう」
それだけ言って、フェン様は銀の短剣を小脇に抱えて歩き出す。
「さあ、宿舎まで送り届けよう。ついてくるといい」
学院の敷地内のどことどこがつながっているのか分からないまま、私は王族専用の通路を歩いて宿舎についた。
別れ際に、フェン様が思い出したように言う。
「魔術師から聞いた。君と金環蝕の属性魔術についての研究を始めたらしいな?」
「はい。珍しいものなので、研究に協力して欲しいと言われました」
そう答えると、予想しなかったことを言われた。
「その研究に、俺も参加していいか?」
「あの、それはかまわないですけど……どうしてまた?」
「俺に魔力が無いのは承知しているが、だからと言って知識を得なくていい理由にはならないからな。俺は、未知の物についても把握する役割がある」
智のロロノミア家には、王族として課せられていることが多いようだ。
そして、最後に一言。
「もしこの学院で君の身に危険が迫ることがあれば、あの魔術研究棟に逃げ込むといい。あそこの魔術師三人なら安全だ」
そんな助言を残すと、彼はすぐにまたどこかの隠し通路に入り込んで、姿を消した。