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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
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憧れの魔術師生活


 魔法使い達の集まる施設、『秘めの庭』。

 国内第二の都市の隣にある、ほぼ未開拓な土地にそれは設立されていた。

 草原地帯が終わる山岳のふもとに、石造りの建物と木造の建物の混在した不思議な光景があった。

 お城のようでいて城ではない。

 平屋の建物と、五階建てくらいの高さのある建物がごてごてと並んでいる。

 前世での、田舎だから土地が安くて新設備を建て放題っていう遊園地を思い出した。あんな感じで、後から必要なものを増築しているみたい。

 全体がちぐはぐだ。

 案内の人を追うように、石作りの建物の中を進む。

 もしかして居住区はここなんだろうか。もしそうなら冬の夜は寒そうだ。


 最低限の生活用品の入ったトランクを持ってキョロキョロと周りを見渡しながら歩くうちに、重そうで背の高い金属製の扉の前に着いた。

 案内の人は、扉を二度ノックする。

 すると、扉が音を立てずに静かに開いた。魔術による自動ドアのようだ。

 それを見ただけでテンションを上げた私に、奥から声がかかる。低く聴き取りやすい男の人の声。

「秘めの庭へようこそ、ゲルダリア」

 案内の人に促され、私は部屋へ入る。



 高い天井に黒い木材で出来た部屋。調度品は作業机と椅子以外に何も無い。

 そんなシンプルな空間に、若く見える男の人がいて、椅子から立ち上がるとこちらへ近づいてきた。空みたいな色の短い髪に、新緑の瞳。背が高くて痩身で、いかにも魔法使いですという黒い衣装。

 この世界の魔法使いは、外見年齢と実年齢が一致するのだろうか?

 そんなことを考えながら、私はお辞儀をする。

「はじめまして。今日からお世話になります、よろしくおねがいします」

 無理を言ってここで生活させてもらうので、もしかしたらいきなり説教をされるかもしれないと思っていたけど、相手は笑顔だ。

「はじめまして。私の名前はエルドル。この施設の管理者であり、魔術を教えている者です」

 エルドルさんの見た目は十代後半から二十代前半ぐらい。施設管理者になれるということは、もしかしたら実年齢と外見が違うのかもしれない。

 そこについて質問してもいいのかどうか分からなかったので、黙っておく。

 エルドルさんは今までの案内人の代わりに、私に施設内の説明をしてくれた。

 黒い部屋を出て、魔術研究室に行く。

「明日から、君もここで皆と同じように魔術の基礎を学んでもらいます。具合が悪い日は欠席しても良いけれど、遅刻だけはしないように」

「はい」

 そんなやりとりとあちこちの見学を繰り返した後、私はエルドルさんに聞いた。

「あの、ここで魔術を教えてくれる人達のことは、何と呼べばいいのですか? 師匠と呼んでもよろしいですか?」

 その質問に、エルドルさんはにこやかに答える。

「そうですね、私のことは教授とも、先生とも。他の者も、先生と呼ぶのが無難でしょうね。師匠という呼称はここでは使いません」

 なんと。

 それはとても残念だ。私は魔法使いに弟子入りして師匠と呼ぶことに憧れてきたのに。

 残念。

 でも私は諦めない。

 これから魔法の研究を重ねていく中で情報がまとまったら、本を出すのだ。そして、その本の冒頭に、

『我が魔術の師、エルドル教授に捧ぐ』

 という一文を載せるのだ。絶対に。

 これも、子供の頃からの憧れの一つ。海外翻訳モノの児童書や小説の冒頭にたまに載っているあれだ。私もあれを真似してみたい。

 そんなひそやかな野望を抱えながら、私は用意された自室へと向かう。



 寝泊まりするための個室は、公爵家で育ったゲソちゃんには狭いかもしれない。

 でも、前世で庶民として育った私には充分な広さのある部屋だった。

 前世では、このぐらいの広さを妹と二人で分け合って二段ベッドで寝ていたので。

 荷物を広げ、寝る準備と明日の用意を始めた。


 公爵家の皆がせめてこれだけでも、と良い生地を使って仕立てた毛布を一枚持たせてくれたけど、この施設には虫が多い。

 折角のふかふか毛布が虫に食われてしまいそうだ。

 虫除けの方法も考えないといけない。虫除けの魔法って、ないんだろうか。

 それが無いなら、せめて虫除けのハーブとか。

 ここに来るまでに着てきた服も、虫に食われるのはとても嫌だ。

 虫対策については魔術の勉強をしながら考える事にして、寝巻きに着替えた。

 何だかんだと馬車の旅は疲れてしまったので、今日は早く寝よう。

 明日から、やることが多い。

 時間を見つけて、この施設の秘密の抜け穴とかも探して見よう。

 前世の私は死ぬ前後に成人していたような気がするけど、それでも新しく過ごすこの施設の散策計画に子供じみたわくわくが止まらない。

 それにもう、私はブラコンのゲソちゃんではなくなるのだ。

 とても安心して、すぐに眠りについた。



 憧れの、魔術の勉強が始まった。

 この世界では、魔法というのは自然発生による現象で、魔術というのは人の研究による結果、らしい。

 考えるな感じろ、が魔法。感じるな考えろ、が魔術。という違いらしい。

 なので、この秘めの庭で研究をする人達は、魔術師と呼ばれるのだそうだ。

 エルドル教授は淡々と説明する。

「この世界において、純粋な魔法使いと言えるのは、国の始祖のアストロジアただ一人です」

 ほう。

 そんな設定が。

 そういうのは早く聞いておきたかった。

 それを聞いていたら、私もあの乙女ゲームで遊んだかもしれないのに。

 魔術師たちは、始祖による魔法の記録を研究と改良で日常に活かしてきたのだとか。

 王家にはまだ研究されていない記録や伝承があるらしいけど、一部しか公開されていないそう。

 この秘めの庭が設立されてからの研究で、魔術の属性についてもある程度分類がすんでいるとか。


 魔術属性として上位の、太陽の魔術。下位属性として、火と土の属性がある。

 太陽の魔術と並ぶ上位の、月の魔術。下位属性として、水と風の属性がある。

 太陽の魔術には、対抗属性として金環蝕の魔術が存在する。この力を扱える人間はまだ少数で研究が進んでいなくて、判明しているのは太陽の魔術を無効化するということ。 

 そういう話はもっと早く、前世の段階で聞かせて欲しかった。

 ゲームごとに違う魔術属性の相関図とか、大好きなのに。

 この世界で魔術を使う手段は色々あるみたい。魔力の塊のような石を使えば、魔力のない人間でも魔法が使えるそう。

 魔力の塊というと、私のゲーム的な認識だと、ガチャ石。

 不思議な力で仲間が増えるし、行動力も増える!

 そんな石が存在するなら、RPGの世界みたいに超古代文明の遺産みたいな地域とかもあるんだろうか。

 魔石の産地とか遺跡にも憧れるけど、石の発掘や研究はまだ進んでいないし、魔術師としての功績がないとその手の土地への派遣はできないそう。



 教授から教えてもらうこと以外にも、何か自分で研究したいことを見つけるようにと言われた。

 何がいいだろう。

 私は魔術師としてはまだ駆け出しだから、それ相応のことから始めるべきだよね。

 私の好きなRPGの序盤ではどうしていたっけと考え、序盤は簡単なものを調合をするのがセオリーじゃないか、と結論を出した。

 食堂のおかみさんが食事の片付けをしているところへ向かう。

 片付けを手伝いながら、赤毛のおかみさんに質問する。

「ここの食堂でごちそうになっている豆のスープ、材料はどこで採れるんですか?」

 食後の手伝いをする魔術師は他にいないようで、おかみさんは私の申し出に対して機嫌が良かったから、質問にもすんなり答えてくれる。

「この建物の裏にある畑で、うちの旦那が私と子供と一緒に育ててるのさ」

 なるほど。ある程度、自給自足ができているらしい。

「私、魔術で薬を作る研究がしたいんですけど、初心者なので豆のスープを作るところからはじめたいんです。でも、材料が無いので、材料を育てるところから手伝って、収穫状態が良ければ材料を分けてもらってもいいですか?」

 そう言うと、おかみさんは目をまんまるにする。

「薬? 豆のスープと関係があるのかい?」

 

 豆の料理はこの施設の主食だし、ゲームの世界によっても序盤で作れるアイテムだ。

 この施設に来て初めての日、食堂で豆のスープを目の前にして、私は喜んだ。

 木をくりぬいて作った器に盛られた、憧れのゲーム飯。

 それを同じく木で作られた匙を使ってすくって食べる。

 調味料が足りないのか、味は良いとは言えないものだけど。

 私の好きなRPGで序盤に作る豆のスープを、私も自作してみようと思った。

 基礎は大事。

 豆とかハーブとか、序盤で手に入る素材を使っての調合ができないようでは、難しいものを作る魔法使いや錬金術師にはなれないのだ。

 ゲーム飯を再現する人達の動画も沢山観たし、多分いけるはず。


 おかみさんは首をかしげる。

「不思議なことを言う魔術師さんだねえ」

「ご飯も薬と同じように研究しても不思議はないと思うんですけど」

「ここのみんなは食べるものに頓着しないのにねえ? みんな、魔獣を退治する方法を考えるので忙しそうよ?」

 なるほど。この世界には魔獣が出るのか。

 ゲーム中では危険そうな世界には見えなかったけど、あれは貴族王族が通う学校が舞台だから、危険は下っ端が取り除いているのかな。

「おなかが空いたら魔獣を退治する魔術も使えないし、研究もできないですよ」

 私がそう言うと、おかみさんは大きく頷いた。

「それはそうねえ。そう考えると、騎士様だけじゃなくて、魔術師さんにもいっぱい栄養をつけてもらわないとね」

 もしかして、この世界では庶民はあまり栄養のあるものが食べられていないんだろうか。

 貴族王族だけが美味しいものを食べているのはあんまりだ。

 それはともかく、おかみさんは畑を手伝う人員が増えるのを歓迎してくれた。



 毎日、講義の前後に畑の手入れをし、豆とかハーブの育ち具合を確認する。

 畑にも虫が出るので、風の魔術を応用して虫を退治して。

 憧れの錬金術の真似をして、料理用の鍋で豆のスープを作れないか資料を探して実験して。

 畑の作物が元気を無くしたことがあったので、そのための薬も作ろうと考えて。

 最初のうちは何度か鍋を爆発させてしまったので、備品を管理している魔術師には嫌がられてしまった。けど、ゲームでも序盤では見た光景なので、私は仕方ないと思いながら片付ける。

 好きで鍋を犠牲にしているわけではないのだし。

 失敗はしていても、私が想像していた魔法使いとか錬金術みたいなことができているのは嬉しかった。 



 ある日ようやく練習していたものができあがり、私は完成品を鍋ごと食堂のおかみさんに持って行った。

「見てください、ようやく鍋を爆発させずに植物の栄養剤を完成させました!」

 そういうと、おかみさんは喜んでくれた。

「あら、ずっと頑張っていた甲斐があったじゃない。これで畑の作物がもっと元気になるのね!」

 早速二人で畑へ行って、薬をまいた。弱った作物のつやが良くなったのを確認する。

 おかみさんはそれを見ながら、満足そうだ。

「あんたは魔術師としては変わった子だけど、やってる研究はうちにとってはありがたいのよねえ。害虫も減ったし」

「私、魔術師としてそんなに変わってますか?」

 ここのみんなは攻撃魔術しか研究してないのかな。植物の研究も、魔獣退治の役に立つと思うんだけど。

 おかみさんはちょっと心配そうに言う。

「そーねえ、他の子は何というか、悲壮感があるというか。故郷を魔獣に荒らされた子もいるらしいから」

「なるほど……そんな目に遭った人にとっては、私の研究はお気楽過ぎるかもしれないですね……」

 この施設に、RPGの主人公みたいに故郷の村を酷い目にあわされた人がいるとは思わなかった。

 そういう人はてっきり騎士団とかに入ると思っていたから。

 おかみさんにつられて、私もしんみりして言う。

「私の次の研究は、ここで元気に育った植物で人の怪我を治す薬を作ることにします。魔獣退治に行く人の役に立つように」

 人のための薬の調合に関しても資料がいくつかあったから、あれを読めば私でも作り方を習得できるかもしれない。

「そうね、それがいいと思うわ」

 おかみさんはうなずいて応援してくれた。


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