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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
主人公役 ノイア編
19/155

仲人のつもりでいたら不審者になっていたらしい

 今日は何のイベントも無いだろうと油断して暢気に過ごしていたら、その日最後の魔術の授業後に、講師の人に呼びとめられた。

「貴方に少しお話があるのですが、よろしいですか?」

 黒髪黒目で、分かりやすく魔術師らしい黒いローブを着た、ゲルダ先生。

 私とあまり変わらない年齢に見える。そして、どこかで会ったような?

 皆が魔術の研究棟から通常の教室に戻ろうとしている中で、私一人が呼びとめられたということは、恐らく、髪と目の色が原因だろう。

 でも、魔術を嗜む人なら、きっと私の故郷の伯爵様のように偏見はないはず。

 なので、少しお話していくことにした。

「はい、大丈夫です」

「まずは貴方のお名前を聞いても良いかしら」

「私は、ノイア・ミスティと言います」

 そう答えると、ゲルダ先生は動きが固まった。

 ゆっくりと瞬きを繰り返した後で、私の名前を復唱する。

「ノイア・ミスティ、さん……?」

「はい」

 ……どうかしたのだろうか。

 反応が鈍くなってしまった。

 けど、先生はすぐに笑顔に戻って言った。

「貴方の魔術属性のことで色々と質問したいことがあるので、放課後にまたこの魔術研究棟に来てもらってもいいかしら?」

「はい、大丈夫です」

 魔術属性については私も興味がある。

 金環蝕の魔術と言うモノが具体的にどういうものなのか、全く知らないままだから。

 ゲルダ先生なら詳しく知っているだろうか?



 一日の最終確認が終わり、放課後にまた私は魔術研究棟へと向かう。

 ここの棟では、魔術師さんたちが持ち込んだらしい謎の植物が沢山育てられている。

 学舎や宿舎のほうは貴族や王族の皆さんがくつろぐのに向いた見栄えのよい植物が幾何学的に配置されているけど、ここのは何だか、好き勝手に植えられているように見える。

 建物を覆うようにして伸びている植物を軽く観察するけど、私にはそれがどういった種類の植物なのかは分からない。

 魔術的な意味があるのかな?

 色々考えつつ庭を通り過ぎて、さっきの研究室の中をのぞく。


「あの、ノイア・ミスティです。ゲルダ先生はいらっしゃいますか」

「ようこそ、お待ちしてました。どうぞこちらへ」

 ちょうど私の事を待っていてくれたらしく、すぐにゲルダ先生が出迎えてくれた。

 部屋の中へと促され、用意されていた席に座る。

 辺りには甘い匂いが漂っていた。

「お客様が来るということで、食堂から材料を譲ってもらってお菓子を作ってみたの。お口に合うといいのだけど」

 そう言いながらお茶を入れてくれたので、お礼を言ってカップを受け取る。

 良い香りのお茶だ。この学院に来なければ飲む機会がなかったであろう嗜好品。

 先生からの丁寧なおもてなしにほっとする。

 この魔術研究棟はゲームの中では寄ったことが無くて、完全に未知の領域だったから。

 雰囲気が想像の中の魔術師の世界そのままで、ちょっとおどろおどろしさがある。

 それは多分、外に植わっている変な植物のせいだろうけど。

 私の緊張に気付いたのか、ゲルダ先生が困ったように言う。

「外の変な植物、ここにくる生徒の皆には驚かれるけど、悪いものじゃないから気にしないでね。

あの手の植物を育てるのが好きな魔術師がいるの。今は見周りに行っていていないけど」

「は、はあ……」

 出された焼き菓子を口にする。

 甘い。

 これも、貴族の生活では普通にあるお菓子なんだろうか。

 こういったお菓子を食べた記憶は、遠い過去。

 私がノイア・ミスティとして生まれる前のことだ。


 くつろぎながら部屋の中を見回すと、部屋の隅の卓に、ディーさんがいた。

 静か過ぎて気付かなかった。

 よく見ると、手にした書面を酷い形相で眺めている。

 不条理なお話を詰め合わせたC級ドラマを無理矢理に鑑賞させられたかのような不機嫌さだ。

 ディーさんの表情に引いた私に、ゲルダ先生は苦笑して小声で言う。

「お偉いさんに提出しないといけない書類の期限が近いから、そっとしておいてあげてね」

 魔術講師というのも大変そうだ。


 一息ついたところで、ゲルダ先生が本題に入る。

「金環蝕の魔術を使える人はまだ少なくて、研究が進んでいないの。

だから、ノイアさんさえよければ、研究に協力して欲しいのだけど、お願いしてもいいかしら?」

「……あ、まだよく分かっていないものなんですね」

 てっきり、庶民には情報公開されていないだけで、魔術師とか王族の人達は詳しく知っていると思っていた。

 違うのか。

 少しだけ落胆したけど、私の協力で研究が進めば一般の人にもちゃんとした情報が行くのかもしれないと考え直す。

「そういうことでしたら、協力させてください。私には、何から始めればいいのか分かりませんが……」

 そう答えると、ゲルダ先生は嬉しそうにうなずいた。

「ありがとう。まずは、その力の発現が先天的なものか後天的なものか聞いてもいいかしら?」 

「私の髪と目の色がこうなったのは、数年前のことで……」

 伯爵様から借りて読んだ魔術書を試したことを話す。

 私は生まれついてこの色の髪と目だったわけではないけど、他の金環蝕の魔術使いはどうなんだろう。

 先生が私の他に金環蝕の術を使う人に会ったことが無いなら、それは生存を許されなかった人に多いのかもしれない。

 暗殺者とか。

 イライザさんのお兄さんが殺された理由は何だったっけ。

 思い出そうとするけど、情報が出てこない。その辺りが判明するまでゲームで遊んでいなかったのかも。

「魔術書に書いてあったことを試したら、髪と目の色が変わってしまった……?」

「はい。その前まで、私は簡単な火属性の魔術が使えるだけだったんです」

 私の話を聞いて、先生は考え込んでしまった。

 ややあって、言う。

「……今この国で判明している魔術相関の解釈が、実は違っている、かもしれないわ」

 そういうのがあるのか。

 陰陽師の五行みたいなやつかな。

 詳しくない私にも分かるように、ゲルダ先生は黒板に書きながら説明してくれた。

「基礎に太陽の魔術があって、その下位に火と土の属性がある。

そして、金環食の術は太陽の術に反する属性、だと思われているんだけど。

ノイアさんの話を聞いていると、その解釈が間違いだったとしか思えないの」

 なるほど?

 ゲルダ先生は考えながら私に向き直る。

「ノイアさんは火の属性の魔術が使えなくなったわけじゃないから、使える属性が切り替わったわけでもない。なら、元は同じだとしか……」

 ゲルダ先生の言葉に、今まで音を立てずにいたディーさんが話に参加する。

「全ての魔術属性の根源が同じである可能性は、始祖王の伝承について考えると納得できるよ」

「ディー、提出書類のほうはいいの?」

「最初から期日設定に無理があるんだから、もう知らないよ。それより、」

 言いながら、ディーさんは先ほどゲルダ先生が書いた説明の隣に追加で文字を羅列していく。


 上段に、太陽、金環蝕、月、月蝕 の単語が並ぶ。

 下段に、火と土、水と風 の単語。


 ディーさんは上段をまるっと線で囲う。

 そして、欄外にシルヴァスタの占術が追加される。


 知らない魔術属性にぽかんとする私を置いて、ディーさんは自説を披露。

「能力の低い人間には使える属性が限定されてしまうだけで、全ての魔術の根幹は同じなんじゃないかな」

 その言葉に、ゲルダ先生はうつむいて、少し暗い表情になる。そして、

「……他の国での魔術研究がどうなっているのか分かればいいんだけど……

この国とは違う解釈とか、事実が判明しているかもしれない」

 ちょうどそこにやってきた魔術師さんが、話に割り込む。

「無理だよ、ゲルダ。イシャエヴァの国は、この国に情報なんてくれない。どちらかというと敵なんだから」

 研究室にやってきたのは、私と身長があまり変わらない男の魔術師さんだ。雰囲気からして私より歳下っぽい。

 その魔術師さんは、私に気づいて言う。

「あ、初めまして? ゲルダが言ってたノイアさん? 僕は、トラングラ。よろしくね」

「は、はい、よろしく、お願いします?」

 つられて挨拶する私にかまわず、ディーさんがトラングラさんに問う。

「トラングラ。イシャエヴァの国が敵だと言える根拠は?」

 トラングラさんは先ほどまでの愛想の良さがどこかに消える。そして、心底嫌そうに話す。

「この学院の警備の説明を聞かされたときに言われたんだ。この国で捕まえた暗殺者は、誰の指示でどこからやって来たのか答える前に自害するように訓練されているけど、それはほぼイシャエヴァ王国からの刺客だと思っていいって。暗殺者たちは身に付けているものや扱う道具を全てこの国で調達して出自を分からなくしているけど、たまにこの国にはない系等の魔術を使うらしい。ジャータカ王国にいる魔術師はこの国の魔術師だから、あっちで新しい魔術を開発してもこの国に伝えるはずで、そうなるともう、イシャエヴァの国がこの国に暗殺者を送っているとしか考えられないから……」

「ああ、そうなると、イシャエヴァの国からこの国へ魔術知識が提供されることはないか……」


 何だか怖い話になっている。

 イシャエヴァ王国って、伯爵様の話だと、距離があることもあってこの国とはあまり交流が無かったような……。

 それでもあの王国の特産品を欲しがる貴族が多いから、王家の都合を無視して交易に向かう商人がいて規制が大変だとかなんとか。


 私が固まっていることに気づいたゲルダ先生が、取り繕うように声を掛けてくれた。

「物騒な話を聞かせてしまってごめんなさい、学院警備の件については聞かなかったことにしてくれてかまわないから」

「はぁ」

「とにかく、金環蝕の魔術については自分たちで調べるしかないのね。

今日は話だけで終わってしまったけど、明日もまた放課後にノイアさんの時間を借りてもいいかしら? 次からは、ノイアさんの使える魔術を直接確認していきたいから」

 明日は何があったっけ。私個人には予定はない。

「わかりました、ではまた明日もこちらにお伺いしますね」

 そう答えると、ゲルダ先生は残った焼き菓子を包んでお土産として持たせてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「ねえゲルダ、僕の分は?」

「トラングラは昨日散々食べたでしょ」



 魔術研究棟を出ると、日が沈んでいくところだった。

 そんなに長くお話してはいないはずだけど。お菓子とお茶でくつろいでいる時間が長かったのかもしれない。

 思ったより居心地の良いところだった。

 そういえば、あのゲームで遊んでいたときの魔術の先生はディーさんだったのでは……。

 ゲーム中では授業風景はカットされているので忘れていた。

 明日の放課後辺りに図書館に向かうとディーさんと授業外での初遭遇になるんじゃなかったっけ。

 明日もあの部屋で集合だから、ゲームのあの遭遇イベントはもうないのだろう。

 ゲルダ先生と警備のトラングラさんにはゲーム内で会ったことがない。

 でも、ゲルダ先生とはどこかで会っている。

 話をしている間、ずっと気になっていた。

 一体どこで。


 宿舎に向かって歩いていると、例の噴水前で鞄の中身をひっくり返してしまったらしい男子生徒がいた。

「大丈夫ですか?」

 そう言って拾うのを手伝う。

 よく見ると、後輩のタリスさんだ。

「え、あ、すみません、ノイア先輩」

 書類とペンケースを渡して気付く。

 今日もタリスさんは一人。

 風で緩くなびく緑色の髪を見て、私はようやく思い出す。

 ああ、ゲルダ先生は、タリスさんのお姉さんに似ているんだ。名前も。

 性格が全然違うから、今まで気付かなかった。

 偶然なのか、関係があるのかはまだ分からないけど。

 タリスさんと少しだけ会話して、それから宿舎へと帰る。


 おやつとお茶で満足してしまったから、今日は食堂で夕飯を食べなくても良さそう。

 いつもより早めに自室に戻ろうとしたら、談話室で女子生徒達が盛り上がっていた。

 どうやらこの時間はあの子達が談話室を占拠しているらしい。

 制服に学院指定外の装飾を追加している子ばかりだから、みんな貴族階級の出なんだろう。

 その側を通り過ぎようとしたときに、話している内容が聞こえた。

 聞こえてしまった。


「……あのシャニアとかいう女、どうしてくれましょう」


 え……。


「王族だからといって思い上がりも甚だしいこと!」

「学院にいる間は皆平等だなんて、そんな綺麗事をよくもぬけぬけと言えたものですわ!」


 うそ……シャニア様のあの発言とか態度が気に食わない人がいるのか……。

 思わず隅っこに隠れて、彼女たちの発言に聞き耳を立てる。

 でも、げんなりするような話ばかりで、疲れてしまう。

 あの人達は、シャニア様をよく思っていないだけでなく、アーノルド王子を狙っての玉の輿を考えているみたい。

 それはちょっと……。

 王国が滅亡するのでやめて欲しいのですけど……。

 幼馴染みとしてアーノルド王子の理解者であるシャニア様ですら、アーノルド王子の破滅願望を抑えきれないのに。

 そこに全くの無関係の第三者が割り込んだりしたら、余計にアーノルド王子の心が荒れてしまって、手に負えなくなるのでは?


 嫉妬満ち満ちの人達によるシャニア様への悪口は止まらない。

 これ以上は聞くに堪えないので、私は部屋へと帰ることにした。


 どうしよう。

 あの二人の障害が『乙女ゲームの主人公ノイア』以外にもあるとは思わなかった。

 あれは色々な意味で放っておけない。

 でも、シャニア様の悪口を言っていたのは三人だけ。

 だったら。

 あの人数なら、私一人でも対処できるかもしれない。

 シャニア様をよく思っていない人間は少数だと理解させられれば、考え直すんじゃないだろうか。

 この学院にシャニア様を応援するものが多ければ、きっと彼女達も迂闊に悪口を言ったりシャニア様の邪魔したりはしないはず。

 シャニア様を悪く言うと袋叩きにあう可能性があると思い知らせればいいのだ。



 そんなわけで、シャニア姫の印象を学院内で良くするために、私は良い噂を流そうと頑張ることにした。

 あるときは、シャニア様の素晴らしさに圧倒されて語彙を無くした者のように。

「キャー、シャニア様ステキ!」

 あるときは、文明人らしくシャニア様の気高さと慈悲深さに感銘を受けた者のように。

「下々の者にもわけへだてなく接して気遣いを忘れないシャニア様は、この国を導く者の鑑であらせられる!」

 何種類もの褒め言葉を、必死で考えた。

 ノイア・ミスティがこの学院に来るために築き上げた頭脳と思考力を、シャニア様のファンとして利用した。


 人と出会う機会があればシャニア様の人の良さを語る日々。

 朝の昇降口とか。昼食時の食堂とか。放課後に教室でたむろしながらとか。

 魔術研究棟でゲルダ先生達に私の魔術を見せた後の雑談でも、シャニア様の話をした。

 先生達もシャニア様については良い印象を抱えているらしい。

 なんだ、やっぱり凄い人なんじゃないですか、シャニア様。

 談話室で悪口を言っていた三人が例外だっただけだろう。



 そうして数日ほど過ごす。

 放課後に魔術研究棟でゲルダ先生たちと話し終えて帰ろうとしたら、研究棟の出入り口で、腕組みをして両眉をつり上げたアーノルド王子が待ち構えていた。

「おい、そこのお前。話がある。ついて来い」

 重低音でそう言われ、その圧に逆らえずに私は王子の後に続くしかなかった。


 どうやらこれは、シャニア姫に取り入ろうとする不審者だと思われたっぽい?

 このままついて行った先で、私はどうなるんだろう。

 不届き者として処罰されてしまうんだろうか。最悪、消し炭になったりして……。

 それはとても困る。

 私にはまだ、食べ盛りのお父さんとお母さんがいるんです……。

 どうか寛大な処置を……。

 そこまで考えて、はっと気付く。


 シャニア様に不審者が近づいたことを王子が警戒するということは、これは見込みありでは?

 アーノルド王子が本当にこの王国を滅亡させたいくらいに嫌っているなら、シャニア姫が誰と関わろうと止めたりしないはず。

 私が踏み台とか噛ませ犬になれば、王子とシャニア様はうまくいって、王国滅亡も無くなるのでは?

 流石に私も、王国存続のための人柱になるつもりはないけれど……。

 何を言われるのか怖いけど、不安がっていてもどうにもならない。

 王子がまだ世間体を保つつもりでいることを願おう。

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