主人公役は仲人へと転身したい
今回からしばらく数話は、主人公役に興味が無い子の話になります。
この世の幼馴染みは 須く幸せであるべし。
二人の仲を裂く者など、あってはならない。
それが私の信条。
だというのに。
そんな私に、知り合いは残酷なゲームを押しつけてきた。
「騙されたと思って、遊んでみて!」
遊んだ感想は、もう本当に騙された、としか言いようがない。
乙女ゲームというのは、幼馴染みの仲を裂かないといけないゲームなのか。
私には向いていない。
幼馴染みという概念に憧れと幻想を抱いている私には。
後で知ったけど、私が遊ぶよう勧められたルートが幼馴染みの仲を裂くルートだっただけで、他は違ったらしい。
あんまりだ。
ゲームを付き返した私に、その乙女ゲームを勧めてきた相手は言う。
「他のルートはそんなことないから! 遊んで!」
ということで、再度そのゲームを受け取って遊ぶ。
ブラコンのお姉さんに物凄いイジメを受けた。
……何だこれは。
とても面倒くさい。
そう言った私に、知人は言う。
「いや、そっちのルートじゃないから! もう一人の王子のルートに入って!」
もう一人の王子も、なかなかに厄介な性格をしていた。
留学先の隣国に来てまで、その国の王子に煽りを入れに行くとか、どういうことなんです?
怖い。
「ちょっとこの王子怖すぎて無理ですね!」
電話をかけ、正直にギブアップ宣言。相手はまた慌てたように弁解する。
「そこを越えた先! そのちょっと怖いとこを越えて、ナクシャ王子の本心が出てからが本番だから!」
そこまで耐えられる気がしないので、やはりゲームを返すことにしました。マジムリというやつです。
それよりも、出かける用意をしよう。
週末に、他のゲームで知り合った人達とオフ会をするのだ。ノベルゲームのコミュで意気投合した人達と。
幼馴染みの仲を裂いたり怖い王子と触れ合うゲームを続けるより、今はそちらを楽しみにしよう。
……私が覚えているのはそこまでだった。
誰かが泣き叫ぶ声が聞こえた。
体を揺さぶられる。
「……イア、ノイア、しっかりしてちょうだい!」
ノイア? 誰だっけ。
ああ、知人から借りた、乙女ゲームの主人公の名前だっけ。
聞き覚えのある声で泣く女の人。
どうしたのだろう、そんな心配して。
思わず、私の喉が震えて声が漏れる。
「お母さん、私なら平気だから……」
どこかで聴いた声だった。
何かがおかしい。
今、自分の喉から、人気アイドル声優の声が出たような……。
意識がだんだんとはっきりしてきた。
目を開けると、泣いている女性。
この人を知っている。
私の母親だ。
……私の?
違う。
この人は、ノイア・ミスティの母親。
私の母親ではない。
でも。今、私は無意識にお母さんと呼んだ。
何が起きているのか分からず、私は瞬きを繰り返す。
「良かった、ノイア! 気付いたのね!」
そう言って、ノイア・ミスティの母親は、私にしがみ付いた。
「……えっと、お母さん。私、何があったの?」
起き上がろうと動くと、途端に頭が割れそうな痛みを感じた。
どうやら頭を打ちつけたらしい。
「ああ、覚えていないのね……ノイア、貴方は領主様にご挨拶に行った帰りに、誰かに投げられた石が頭に当たって倒れたのよ……」
いきなり恐ろしい事を言われた。
言われてみれば、ここは町の外れの歩道では。
どうやらずっとここで気絶していたらしい。
何故そんな目にあわされないといけないの……。
そこまで考えて、ようやく気付いた。
「……そうだ、私の、髪と目の色」
金環蝕の魔術の色。
もうお母さん譲りの赤い髪でも、お父さん譲りの黄玉の瞳でもないんだ、今の私は。
それで、魔術への理解がない町の誰かから石を投げられて、気絶。
この町の領主である伯爵様はそんな偏見などないから、王立学院への入学を推薦してくれたけど。
私のこの色をよく思わない人はいるのだ。
そこまで考えて、違和感に気付く。
あれ?
色々と情報が錯綜している。
いつの間にか、私は自分がノイア・ミスティであることを受け入れるような思考になっていた。
ノイア・ミスティとして15年ほど生きた記憶を抱えている。
……どういうことだろう。
ひとまず、ゆっくりと起き上がる。
一度、家に帰ろう。
私がノイア・ミスティであろうとなかろうと、この町で生活していくなら今までどおりの私なのだから。
家族皆の夕飯も用意しないといけないし。
家に帰ると、お母さんは私に部屋で大人しくしているように言って、一人で夕飯の準備を始めてしまった。
仕方がないので、私は部屋に戻って着替えことにする。
道端で倒れていたので、あちこち汚してしまっていた。
着替えた後、情報を整理しようと考え込む。
私は、伯爵様の推薦で王立学院に行くことが決まったから、お母さんと一緒に伯爵様へお礼に行ったのだ。
そして、その帰り道で、誰かに石を投げられて気絶。お母さんが無事なのは不幸中の幸い。
その衝撃で、記憶が混ざる。私なのに、私じゃない誰かの記憶。
私は過去に、ノイア・ミスティの人生を外から眺めていた。
もしかしたら、あの過去は前世というやつだろうか。
けど今の私は、その眺めていたノイアとは違う身の上になっている。
去年、この町の学校に王都から魔術の本が配られた。
これからは一般庶民にも魔術の知識を公開すると言われて、伯爵様は皆に本を積極的に読むように勧めた。
伯爵様にはお世話になっていたから、私も魔術について知ろうとして本を読んだ。
その本には、どの魔術属性であろうとも簡単な治癒の術であれば使えると説明があった。
私は子供のころから簡単な火属性の魔術だけは使えたけど、他の魔術は使えない。
でも、その本によると、私でも治癒の術が可能らしい。
それを知って私は喜んだ。
ちょうどお父さんが仕事で怪我をして寝込んでいたのだ。
借りてきた本を片手に、お父さんの傷を治そうと試みた。
怪我が治るよう願いを込めて、心の内から魔力を呼び出そうとする。
途端に、熱があふれてきた。いつもの火の魔術とは違う力。
そのおかげでお父さんの傷はみるみる癒えていった。
けれど、それと同時に、私の髪の色はいつのまにか紫色になってしまって、瞳の色も変わっていた。
何が起きたのか分からなかった。
魔術の本にも、こんなことが起きるとは書いていない。
この町には魔術に詳しい人なんていない。
だから、どうにもならなかった。
私には金環蝕の魔術なんて使えないままなのに。
できるのは、今までどおりの火の魔術と、回復だけ。
金環蝕の魔術については、暗殺者が使う術だなんて噂がある。
王族の命を狙うものが使いたがる魔術だとか。
伯爵様は、それは迷信で、王族もそんな根も葉もない話を否定するために魔術書を配ったのだと説明してくれた。
だから私も両親も安心したのに。
一部の町の人は、それでも私を警戒している。
今までみんな優しかったのに、途端に態度が変わってしまったことに驚いたし、悲しくなった。
私が家から離れれば、お父さんとお母さんだけなら街の人から敬遠されたり迫害されることがなくなるかもしれない。
伯爵様に相談すれば私に石を投げた犯人が見つかるのかもしれないけど、これ以上伯爵様へ迷惑をかけるわけにもいかない。
王立学院に通う日まで、しばらく家で大人しく勉強をしておこう。
ゲームの世界のノイア・ミスティは、赤い髪に黄玉の瞳のまま王立学院に通っていた。
あのノイアと私は別の存在なのかもしれない。
でも。
王族の家名とか、国の名前はゲームの世界そのままだ。
色々と記憶が混濁していて、この世界をゲームと認識して外側から眺めていた時期のことはよく思い出せない。
それでも私のこれからの生活に、あのゲーム世界と同じような展開が起きるのであれば。
あのときの私が納得できなかったことは避けようと思う。
幼馴染みの王族二人には、幸せになって欲しい。
シャニア姫とアーノルド王子には、仲良くあってほしい。
二人の間に割り込むようなノイア・ミスティの存在なんて無かったことにして、結ばれてほしい。
この世の幼馴染みは 須く幸せであるべし。
あとついでに、ナクシャ王子も何か怖いから近寄りたくないです。




