理想の街づくりと現実と
北東の街の住人を帰郷させる計画は順調に進んでいる。
ナクシャ王子とアストロジア王国の人たちの手配により、次の日には幌馬車が3台用意されていた。問題は誰から順番に帰るかで揉める可能性があること。
私たちは南の寺院に出向き、帰郷を望む人たちに説明した。
彼らはしばらく顔を見合わせ、それからおもむろに相談を始める。
物分かりのよい人たちが多いようで、まずは体力がある人たちから先に帰し、彼らが街を整えてから親子連れや体の弱い人たちを帰還させることになった。
その日の手配が終わり、私たちはこの街に残る人たちの話を聞いたり様子を見たりして回る。
表情の明るくなった人が増えていた。
ナクシャ王子は南の寺院の責任者と会話する。
「今日は順調に手配が終わってよかった。急に決まったせいで、帰還の優先順位をつけることで一悶着ないか心配したのだが」
壮年の僧侶は朗らかに言う。
「その程度のことで感情的になるような者は、既に寺院での勤めに励んでもらい心を入れ替えさせております。故に、諍いはそう起こりますまい」
「そ、そうなのか……いいことだな……?」
ナクシャ王子は、街中央の寺院まで歩いて帰る道中で私に聞いた。
「もしかして、この街は恐ろしいところなのだろうか……?」
やっとお気づきになられましたか……。
「……そうですね、僧侶たちによる秩序維持の徹底っぷりは、恐怖政治と紙一重ではありますね」
「やはり、そういう捉え方はできるのだな?」
「とはいえ、生活の場所を与えてもらう側がこの街の規則を蔑ろにするのも道理が通らないでしょうから。今はこの街の流儀に従って悪いことはないと思います」
郷に入りては郷に従え。
純朴な善き庶民を守るにはちょうどいい。
ヤンチャする不良やクレーマー気質の人がこの街で更生してくれたなら、故郷の街の再建でも困らないだろう。
借りた部屋に帰った私たちはまた、次の計画に移るための会議を行う。
北東の街の住人の帰郷は二ヶ月ぐらいで完了するだろう。街とは言っても地球の感覚より人口が少ないので、どうにかなる。
あとは首都に住んでいた人達の帰郷のため、首都の再建が必要だ。
みんなの話を聞いて回る限りでは、首都の住人は庶民しか生き残りがいない。貴族も多い街だったのに。
私たちが首都にたどり着いた段階で、貴族の邸宅が並ぶ地区は合成獣を飼う場所にされてしまっていた。
何があったのかは考えたくないけれど、統治者を目指すナクシャ王子と私がその問題を避けて通るわけにはいかない。
元々、首都は汚職の街だった。だから、生き残った庶民たちも、貴族が惨たらしい最期を迎えた可能性に対して何も感じていないようだ。
国の西側の貴族であれば、信用第一で商売しないとアストロジア王国から見限られる。
国の南側の貴族に至っては、やらかした瞬間にユロス・エゼルの魔術制裁が空から降ってきかねない。
なので、国の中心だけが腐敗する。
統治においての飴と鞭のバランスは難しい。
みんなとそんな話をして、ナクシャ王子は首都の再建に悩む。
「施設はもう全て寺院として運用するしか……」
「早まらないでください、寺院の影響力が強いのはこの街ぐらいで充分です」
寺院がゼロだった首都のほうも、おかしいのだろうけど。
せめて病院と学校は作らないと、という私の意見と、魔術で街を守るための余白は必要だと主張するソリュで、街の配置図を作っていた。
今のあの場所に残っている物なんて、農園と蒸溜所しかない。
なので、あれらを復興のための基盤として街の中央にする。
物資搬送のための道路と生活のための水路も拡張し、街を分割。
居住区と病院は労働場所である農園と蒸留所を中心にして円形に配置。
これでどの方角で暮らしても職場に通う距離を同じにできる。
学校は農場のそばに作る。これで親の通勤と一緒に子供が家を出られる。託児所であり学習場所だ。
商業施設は街の外側にし、他の地域からの商人を迎えやすくする。
ソリュに提案されて街の南の余白は公園に。北は、動乱で亡くなった人たちを祀る寺院に。
と、理想の街づくり計画を進めたけれど、実際にこの工事を実行するのは誰かという話である。
生き残った首都の住人全員が肉体労働を行えるわけではないし、集めた労働者の賃金はどう捻出するかの問題がある。
私が今までの商売で得た資金では全く足りない。
「資金の工面がどうにもなりません。労働者への対価は、食事の配給だけで限界になってしまいそうです」
私の言葉に、ソリュが言う。
「そもそも再建の初期は、街に通貨を使用可能な施設がないから、首都が故郷の労働者はそれで問題ないのじゃないかな。寝る場所と食事さえ提供できれば、街の再建には持ち込めるさ」
…‥それもそうか……。
どうせこの国のお金には通貨価値がない。偽造し放題の黄銅製だから。
西の地域はアストロジア王国の貨幣が火除けのマジックアイテムとして人気で、民家の台所の壁に埋まっている。
南の地域はユロス・エゼルの通貨が人気で、これも防弾防刃のマジックアイテム扱いになっていた。
硬貨を鋳潰せないようにと施した魔術を、お守りとして利用するのは流石に止めさせたい……。
国としての水準が低すぎて、いろんな方面がメチャクチャである。
この国は、通貨の信用から作り直す時期なのだろう。
前から有識者に相談していたけど、銀行と造幣局も作るしかない。
この世界で偽造されない通貨なんて、魔術無しでは製造不可能だから、そこだけアストロジア王国の魔術を借る必要がある。でも、そんな借りを作っているようでは、ジャータカ王国はいつまでも独り立ちできない。どうしよう。
こんなことなら、イライザになる前にもっと街づくりシミュレーションをやりこんでおくべきだった。
でも、私が遊んでいたアプリはある日急にマッドサイエンティストが導入され、他プレイヤーの街にゾンビパニックを起こす対人要素が始まってしまい遊ぶのを止めたんだった。
えげつない人災は要らない。
魔物が出るこの世界も、似たようなものだろうか?
会議と食事を終えたら、また街の視察に向かう。今日は海に近い地区へ。
ここは清掃が行き届いて、とても衛生的な街だ。
猫が港の漁師さんから魚を奪って食い荒らしていても、猫が満足して去った後に片付けをする人たちがいる。空から野鳥に急襲され魚を奪われても、漁師さんたちは動じることがない。
寺院の教えがそんな感じなのだろう、きっと。
港を散策中に、街の人たちがナクシャ王子に声をかける。
彼らはナクシャ王子を物流業界の期待の新人としか考えていないので気安いものだけど、ナクシャ王子も気にしていない。
陽気な街人が言う。
「そろそろ海から海藻の魔物が上がってくる頃だけど、兄さんも僧侶たちによる討伐を観戦していくかい?」
……娯楽みたいに言う……。
ナクシャ王子も呆気に取られたけれど、すぐにうなずいた。
「ああ、この街のことを知るために確認しておきたい」
「なら、東の寺院でそろそろ観戦の受け付けを始めるから、行ってみるといいよ」
「分かった、ありがとう」
というわけで東の寺院へ到着。
ここは先王カビーア様の生活圏なので、私たちはまだ入る許可が降りないのだけど。
先程の情報通り、寺院横の天幕で、魔物退治の観戦を受け付けていた。
先着50名様までで、私たち五人でちょうど定員の締め切りになったそうだ。
受け付けによれば、寺院の上階から海を見下ろし、海岸線で魔物を待ち伏せる僧侶たちを観察するらしい。
想像したよりもしっかりした観戦地が用意されていた。
この寺院は敷地内にいくつか建物がある。カビーア様が暮らしているのは観戦地とは別の建物かもしれないけど、魔物や暗殺者に突破されないだけの自信があるようだ。
僧侶が退治したあとの海藻を、研究素材として引き取る申請をしておいた。
私の解析魔術はまだおぼつかないけれど、実践で訓練することにしよう。
魔物の上陸は、沖を観察する限りあと数日ということだった。
それまでに、ある程度の人は故郷へ帰すことができる。
物資輸送にやってきた幌馬車から積荷を下ろし、入れ替わりに故郷に帰る人たちを乗せる。
それを三日ほど繰り返したところで、ゲルダリアと一緒に南東の街へ向かった二人がこの街へやってきた。
あの子の方は、ミルディンなる魔術師と交渉し、異界の王への対抗魔術をどうにか見つけたらしい。
それは、この街に上陸するらしい魔物にも効果があるだろうか?
サスキアが色々とお土産をくれた。中にはバロメッツという植物の魔物まで。巨大な赤い実から羊の上半身が生えている。
かわいい。
私がバロメッツを抱き上げると、ラビィちゃんがバロメッツに軽くガンを飛ばした。バロメッツはキョトンとしている。魔物であっても悪い子ではないなら、このまま名前を付けて飼育したい。育て……植える場所はあるだろうか。
サスキアからの報告を聞き終わったあたりで、東の寺院から連絡が届く。
ついに魔物の討伐が開始されるそうだ。
私の護衛をガーティからサスキアに入れ替えた五人で、東の寺院へ向かうことにした。
ガーティはその間にバロメッツの世話と、サスキアとサイモンが生活する部屋を探しておくという。
東の寺院に入ると、観客のものであろう観声が聞こえた。
既に海藻は上陸中らしい。
私たちは周囲をうかがいながら、席が用意された塔まで向かう。
ラビィちゃんはお寺の外で待機しているので、非常事態が起きないか警戒していたけど、不審な人は見当たらない。
観客席にいるのは、いつもの陽気な街人たち。
こちらの警備は問題無いようだ。
席から塔の下を見下ろす先に、浜辺が見えた。
肝心の魔物は……。
浜辺にずらりと並ぶ僧侶たちが、一心不乱に何かに拳を叩き込んでいた。
濃緑色の長細い海藻がうねうねと身をくねらせ、根を足のように前後させて海から上がって来る。
……本当に、人間くらいの大きさだ。
それらが、まるで隊列でも組んでいるのかと疑うくらいの等間隔で、太陽光につられて上陸している。
風邪で寝込んだときに見る悪夢のような、気味の悪い光景だった。
よくよくみれば、海藻の種類も様々で、昆布、ワカメ、テングサ、アオサ、ヒジキなど。海藻の即売会でも開けそうなくらい、よりどりみどり。
しかし、海藻に細かく区別をつけるのが日本人以外にどれだけいるのかという話で、前線に立つ僧侶たちは種類問わず海藻たちを打ち倒していく。
殴り倒してひっくり返ったところで根元を引きちぎる。
そうして退治が終わったものを、若い修行僧たちが次々に台車に乗せて回収していく。
外野が心配することは何もない。彼らは手慣れている。
長々と観戦したいものでもないので、研究に使う分の海藻を回収しに行く。
サスキアは毒の有無の解析であれば手伝えると言ってくれた。おかげで研究が捗りそうだ。
浜辺まで出向き、退治された魔物を前にして、護衛頭に確認する。
「ソリュ様、本当にこの魔物の退治は僧侶たちに任せっきりで大丈夫だと思われますか?」
魔物退治を観戦してから、ソリュはいつもの笑顔が消えている。時折どこかに視線を向けているし、サスキアがソリュの動きに反応していることから、ソリュは隠れて魔術を使っているのかもしれない。
私の質問に、慎重な言葉が返ってくる。
「海から上がって来るのが、本当にあの種類の魔物だけだと断言できるのであればね。海で魔物が発生する原因が異界の王であり、最近その活動が活発化している以上は。いずれ別の魔物が上陸するかもしれない」
「別の魔物が……?」
「ゲルダリア嬢から託された情報を信じるなら、全ての異界の王の封印に綻びが起きているという前提で動いた方がいいだろう」
それを聞き、ナクシャ王子がつぶやく。
「お祖父様……」
「どうにか情報をお伝えして、お住まいを海岸沿いから移していただかなくてはなりませんね」
そのまま、みんなで東の寺院の責任者に面会を申し込む。しばらく待たされたけれど、日没前には会うことができた。
そうしてサスキアたちから届けられた報告を、東の寺院の責任者にも伝えたけれど。
私たち、いや、ナクシャ王子がカビーア様と直接会うための許可は降りなかった。
中央の寺院へ戻る道中、ナクシャ王子はぼやく。
「お祖父様は本当にこの街に居られるのだろうか?」
「もしかしたら、カビーア様も調べ物なり仕事なりで、街に紛れているかもしれませんよ」
「……そうだな。今は、無事であることを信じ、私にできることをしよう」