襲撃への対策
web小説名物のスタンピードだよイライザさん!
海から魔物が上がってくる時期。
その情報に、私たちは落ち着かない気分のまま調査を続けた。
長くこの土地に住んでいる人たちの心配ごとは、毎年やってくるらしい魔物の話でだいたい一致していた。
例外は、テロ組織からこの街に連れてこられた人たち。彼らは一時的に街の南にある寺院を中心に部屋や庭を借りて寝泊まりしている。海から上がってくるという魔物の存在は知らないようで、自分たちがいつ故郷に帰れるのかと心配していた。
他の街から連れてこられた人たちは、この街の僧侶や住民たちに感謝している。感謝しているからこそ、これ以上この街でお世話になるのが心苦しくて帰郷できないかと焦っていた。
首都は大勢の人に復興の協力をお願いしないと、人が住むどころではない。
北東の街であれば、危険物を取り除いた後なので、馬車などの移動手段が工面できれば帰郷してもらえる。人数が多いので順番待ちになってしまうけれど。
昼になったので、一度聞き込みを切り上げ、部屋を借りている寺院へと戻る。
ガーティにみんなの昼食を用意してもらいつつ、また会議を行う。
ナクシャ王子は落ち込みを隠せずにいる。
「この街が魔物に襲撃されるとは知らなかった。なぜ昔も今も、僧侶たちは私にそれを隠すのだろうか」
なんとなくだけど、私にはその理由に見当がついた。マッチョイズムが世界共通のモノとして考えると、
「僧侶たちにとっては、その魔物退治も修行に当たるのではないでしょうか。だから、為政者の手を借りることを考えていない可能性があります」
雑魚に負けるようでは一人前の武闘僧になれない……。
私の言葉に、ソリュも言う。
「街人の中にも、魔物を全く心配しない者はいたからねえ。僧侶たちに全幅の信頼を寄せて、呑気なものだったよ」
「開祖の力、法力を奪われた僧侶が、魔物をどう調伏するというのか……」
妖魔を野放しにしている地域が多いから、ナクシャ王子が僧侶の魔物退治の能力を疑うのは無理もない。
「この地域の魔物は殴って倒せる相手なのでしょう、おそらく」
「そうであるならいいのだが」
善良な愛すべき民。ナクシャ王子は彼らと直接会話することで、支援する優先順位を決めた。
「僧侶たちのみで魔物を調伏可能であっても、今回も魔物の数が例年通りとは限らないのだ。避難が必要になる可能性を考えると、まず北東の街の住人を帰郷させる手配が必要だろう。これはすぐにカレッツァたちと相談しながら実施する」
話がまとまった頃に、ガーティの作る料理も完成した。
今日のお昼ご飯は、情報収集中に買った食材で作った、シーフードのスープカレー。食材の質も庶民の食として無難な上、お手頃価格でうま辛スープを作ることができる。
食が進むおいしい料理に、おかわりを用意する余裕すらあった。
魔物対策はともかく、物資方面で困っている人はいなかったのが救いだろうか。
寺院の僧侶たちは、お昼ご飯に広間で集まり麦粥を食べるらしい。
食事の時間が終わり、落ち着いた頃。寺院の僧侶たちはまた修行や他の日課をこなすために散会していく。
そのタイミングで、広間に残っていた寺院の責任者に声をかけた。
ナクシャ王子の登場に、おじいさん武闘僧はニヤリと笑う。
「おや、殿下。どうなさいましたかな?」
「どうもこうもない。貴方たちが私に自由行動を許すから、すべきことを見つけただけだ」
やはりおじいさんの反応からして、寺院の僧侶たちはナクシャ王子を試していた。
ナクシャ王子が街人から聞いた魔物について説明を求めると、おじいさんは鷹揚にうなずいた。
「海から魔物が上がってくる件については毎年のことですので、そちらへの対処は問題ありません。物理的に打ち倒せる相手のため、魔術や法力が使えずとも対処できます。ただ、今回は海の警備に人員を割いてしまうと、無法者が街の中で動乱を起こした際の対処に支障が出てしまうのが懸念されております」
「今のところ、街中で不審な気配は見つけられていない。であれば、せめて北東の街の住人だけでも帰郷の手配を行いたい」
街人を心配するナクシャ王子に、おじいさんは考える素振りを見せた。
「ふむ……。確かに南の寺院に保護されている者たちは、全員褐色の肌の者たちばかりで、出身がこの国であることは疑いようがありません。しかし、この国でかの魔術師どもが暗躍を始めたのは昨日今日のことではありませんゆえ」
貴族の私生児や孤児を暗殺組織に連れ去って、手駒として育て上げる。その手口が色々な国で行われている以上、まだ警戒を解けないのは当然か。そもそも、ナクシャ王子本人が暗殺者としての教育を受けてきたのだから。
様子を見守っていたソリュが、おじいさんとナクシャ王子の話に割って入る。
「そちらの件につきましては、この国だけではなく、アストロジア王国とイシャエヴァ王国の落ち度でもあります。今更 罪滅ぼしというには都合が良すぎますが、我がアストロジア王国からの支援は用意します」
おじいさんはその言葉にうなずいた。
「そこまで仰るのであれば。この街で預かる他の街の民の帰還と、その際の治安維持については殿下とアストロジア王国の方々にお願いしましょう。我々は、この街の守護に人員を割り振らせていただきます」
ナクシャ王子は、話がついてほっとしたように表情を緩める。
「ああ、分かった。ところで、お爺様も魔物の上陸の件は把握されておられるのだろうか?」
「はい。カビーア様もこの街での生活が長くなられましたから。退治の時期は視察に来られることがあります。そのため、我々も更に気合いを入れて魔物の討伐に臨みますな」
御前試合かのような扱い……。いや事故がないならそれでいいけども。
カレッツァさんと連絡をつけるため、ナクシャ王子とソリュ・ロロノミアはイデオンを連れて退室していく。
私は念のためにお爺さん僧侶に確認する。
「一応、私達も海から来るという魔物についての情報は得ておきたいのですけど、詳しくご説明いただけますか?」
今の口ぶりだと、このお爺さんも魔物退治の現役のように聞こえた。
「ふむ。我々も詳しいことは分からぬまま対処しておりますが、分かる範囲でお話ししましょう」
「詳しいことは、分かっていない……のですか?」
その場しのぎ的な対応しかできないと?
急に心配が増した私に構わず、お爺さんは言う。
「この地域に魔物がやってくるのは異界の王の影響ではないか、とは言われておりますな」
「世界の脅威と言えば、真っ先にそれが上がりますものね……」
「異界の王たちは、ユロス・エゼル共和国の東沖の海底深くにある遺跡に封印されておりますが、彼らの魔力は海に漏れ出しているようで、海中の生物が影響を受け魔物化し、この時期に海から陸へ上がってくると推測されているのです。おそらく、ユロス・エゼル側の海岸もこの時期は同様の魔物が到達していると思われますな」
「海底に仕切りなんてできませんものね……異界の王の封印はあの軍国の仕事ですが、海の底で発生した魔物が国境を越えることまで責任を負いきれないということでしょうか」
私の質問に、お爺さんは首を横に振る。
「その魔物についての情報が国家間で共有できておりません、おそらく」
「え……?」
「カビーア様も、この地で生活なさるまで海からの魔物についてはご存じなかった。現王もカビーア様の前のジャータカ王も、何も知らないかと」
「何故です? 街から王への報告はしなかったのですか?」
「これは遙か過去の話になるので想像ですが、街からの報告に対応する王はおらず、我々の先祖は国への陳情を諦めてしまった。しかし、魔物は湧いて出るので、誰かが退治しなくてはならない。結果、街を護る役割の僧たちがその仕事を引き受けることにしたのでしょう」
「そんな深刻な問題が起きていると知っていれば、始祖王アストロジアもこの国から魔術を奪いはしなかったでしょうね」
「いえ、そこまで憂慮されることでもありません。武力さえあれば打ち倒せるモノだと分かっておりますので」
お爺さんは何故だか得意げに満面の笑みを見せた。輝く白い歯とピキっと引き締まった上腕二頭筋には清々しいまでの自信が感じ取れた。
「皆さんの実力を疑いはしませんけれど、私は楽観視するのが仕事ではありません。どのような魔物が出るかの情報もいただけませんか?」
脳筋戦闘員にとっては雑魚でも、一般人視点では強敵になるだろう。
ゲルダリア曰く、キラナヴェーダ2の敵はコズミックホラーに寄せてあるらしいから、魚人とか? その場合は武力で対処するのは面倒くさそうなんだけど。
そこまで考えた私に、お爺さんはけろりと言った。
「自走する、巨大な海藻たちです」
「……はい?」
聞き間違いか? 怪僧の間違いか?
いや、海から上がってくる怪僧もかなり嫌だけど。
呆然とする私に、お爺さんは蕩々と語る。
「人間ほどの長さと幅のある海藻の魔物です。あれらは集団で陸へ上がり、進行先にある植物を地面より引き抜いてしまうのです。そして代わりに根差し、土地から栄養を奪い増殖します。そのため、あれらの上陸を阻止せねば、農業区も森林保護区も壊滅しかねないのです」
B級どころか、Z級ホラー映画……?
他の植物を駆逐して増殖するといえば、家庭菜園で警戒されるミントやミョウガを連想するけど、自走可能な生命体という点からしてもっと酷いことになるのは簡単に想像できてしまった。
倒せる手段があるだけマシか。
「海藻が自在に動いて陸の植物を脅かす……それは災害ですね」
言語化すると胡乱だけど。
困惑する私とは違い、お爺さんは軽く言った。
「しかし、所詮は植物の一種ですからな。叩き付けて動きを止めた後に、バッサリと根を切ってしまえば、あとは干からびさせて終わりです」
「なるほど……?」
寺院にそんな道具があるの? 金属不足のこの国に?
そこについて問うのは躊躇われた。道具など無くとも素手で引きちぎればよろしい、とか言われそうだから。
ナクシャ王子たちが魔術を使っての遠隔会議をする間、私は割り当てられた部屋でお爺さん僧侶から聞いた話を紙に記録する。
その合間に、洗濯物をたたむガーティに確認する。
「北の大陸とはかなり様相が違う魔物のようだけど……お爺さんが私に嘘をつく理由もないのよね」
「海域によって違う生物が住んでいるのであれば、そういう魔物も出る、かもしれませんけれど……いまいち信じがたいですね」
ガーティもお爺さんの話を若干胡散臭く思っているようだ。
「でも、本当に元が海藻であれば、素材として研究する価値があると思うのよ」
根っこだけは燃やすとしても、残りの部分は天日干しにした後に刻んで食材にできないだろうか。
ゲルダリアが、琥珀糖を作りたいけどお砂糖も粉寒天もないと言って嘆いていたのを思い出す。
上手い具合に寒天に類する物を作れないかな。
この国なら質のいいお砂糖も用意できるし、発色のいい食紅を開発する余地もある。
琥珀糖は映えるお菓子として人気だから、私も何度か推しの配色で作ってSNSに画像を上げていた。
この世界でも同じことができればきっと楽しい。流石にSNSは作れないとしても。
異界の王の脅威が全部片付いたら、私は、あの子が望まない貴族らしい仕事を要求する。そのときに、ご機嫌取りのお菓子ぐらいは用意したい。
映え狙いの琥珀糖をこの地域の名物にするという手もある。
寒天が作れないタイプの海藻だとしても、昆布みたいに旨味成分がある海藻かもしれないし、なんなら食材にできなくてもいい。
食物繊維を取りだして織物を作るというのもアリだ。
敵から剥ぎ取れるものは可能な限り回収するのが基本、とあの子自身もよく言っていた。
襲撃されるだけでは割に合わない。
この国の再興のために使えるものは、なんだろうと使ってしまおう。
問題は、素材の解析には魔術が必要ということ。
アストロジア王国の魔術師に契約外労働を増やしてしまうのはよろしくない。
いつかこの国も自立しないといけないのに。
やはりここは……。
「ねえガーティ。魔石があれば簡単な魔術は私にも使えるの。学院でそこは確認したわ。私が解析の魔術を理解してこの国で日常的に扱うには、手持ちの魔石で足りるかしら?」
私たちがアストロジア王国を旅立つ前に得た情報は、ガーティのために実施してもらっていた。それを私に配分する余裕はあるのか。
その問いかけに、ガーティは彼女が持ち歩くバスケットの中身を確認する。
「そうですね。一日に一度、魔石二つ。その配分でお嬢様が魔術訓練を行うのであれば、敵襲への備えとは別に、余裕があります」
「分かったわ。じゃあ、今から私に解析魔術を教えてもらえる?」
「承知いたしました」