妄想じみた考察と運命
三週間ほど時間が巻き戻ってイライザさん側の話
「イライザ様、用意が整いました」
「ありがとう、ガーティ」
ナクシャ王子のお爺様と会うために、東の寺院へ向かう日が来た。
大人数で行っても向こうの迷惑になりかねないので、少数精鋭での出発だ。
馬車に乗って目的地に向かうまでは、魔獣や妖魔、そして野盗に警戒しなくてはいけない。 それらの対処は護衛たちに任せることにした。
ラヴィちゃんと名付けた守護獣の白鹿ちゃんは、私の乗る馬車の前方を走ってくれている。あの子が居てくれるなら、こちらは少し気を抜いても平気かもしれない。
私は今までジャータカ王国再興の計画でずっと頭を働かせていたから、半日馬車に乗っているときぐらいは一人で静かに過ごしたい。そう言ったら、ナクシャ王子もガーティも受け入れてくれた。
魔術で揺れが軽減された車内で、ぼんやり考える。
私達がこれから二日かけて向かうのは、僧侶のための街。ジャータカ王族の廟を祀る寺院を中心に発展してきた地区だ。こう説明されただけでは遊び心のなさそうな真面目な地域に思える。
しかし、あの街の実態は、戦闘系僧侶の養成所。端的に言って脳筋の街だ。
そのため、最初こそは魔術師集団による占拠を許してしまったけれど、先代の王という知能派を軸にして、筋力自慢の僧侶達が集団決起することになる。
ナクシャ王子のお爺様は、過去にアストロジア王国から送られた対魔術道具を、王である息子にも見つからないよう隠していた。それを戦闘系僧侶たちに貸し出して、魔術師集団相手にゲリラ戦を仕掛けたのだという。
私がイライザになる前の知識で言うならば。
若いテロリスト集団が、現役を退いた老人達を侮った結果、技術力と戦術に負けて完全敗北する案件。
地球でもたまにある話だ。よく言えば年の功、悪く言えば老獪さの勝ちというところ。
おかげで、予定よりも早くナクシャ王子と先代の王様を再会させられる。
ナクシャ王子は今頃、お爺様に何から報告するか考えあぐねているだろう。
寺院の街で起きた事件の後始末は、現地の人と決めるとして……。
ゲルダリアになったあの子は、うまくやってくれるだろうか。
この国の南東には、厄介な魔術師が来ている可能性があると言っていた。交渉役のはずのあの子がドレスを避け、戦える格好を選んだ辺りに警戒の高さがうかがえる。
私やナクシャ王子では魔術に対抗できないし、情報が足りない以上はあの子に任せてしまうしかない。
あの子に、話すべきかどうか悩んだことがある。
乙女ゲーム『王立アストロジア学院』のファンたちが様々な推測を立てた中の一つに、とある謎がある。
“魔術士ディーの初恋は、令嬢ゲルダリアだったのではないか”
そう推測されたのは、主人公がゲルダリアは妖魔憑きだと知るシーンが原因だ。
主人公は、タリスが誰かに問い詰められている場面に遭遇した。
何故、公爵は娘が妖魔憑きであるのを隠し、原因の妖魔を討伐しないのか。
その糾弾を受けたタリスは、ゲルダリアの体面を傷つけないためだと答えた。ソーレント家は私兵を抱えることを許されていないため、外部に討伐依頼を出すしかない。が、そうすればすぐに話が広がってしまう。
タリスを問い詰めた相手はその回答に納得していないようだったけれど、ノイアがその場にやってきたことに気付いて去って行く。
そのときの糾弾者の声が、ディーに似ている、らしいのだ。私には声優さんの声を聞き分ける優秀な耳はなかったので、断定できないのだけど。
貴族というのは、慈善事業として孤児院などの施設を運営したり支援したりするのも仕事である。なので、ゲームの中のゲルダリアも、盾の街の生き残りに会っていても不思議はない。
仮に、妖魔憑きになる前のゲルダリアがディーと会っていて、ディーがゲルダリアに思慕の念を抱えていたのであれば。タリスが、ディーに苦手意識を抱えていた理由にも納得はいく。
その詳細がゲーム上で出なかったのは、ノイアの恋には無粋な蛇足でしかないからだろう。攻略対象が過去に別の女に恋をしていたなんて。
一部のファンの推測では、ゲーム開発の初期の初期に出た設定がここに影響しているかもしれないという。
その設定とは、乙女ゲームではなく、RPGの開発段階ではディーが主人公であり、アーノルド王子がラスボスだったという推測のことだ。ここに更に推測を重ねたファンがいた。
キラナヴェーダの初期設定で、ヒロインは一体誰だったのか?
ノイアではない。ノイアは救う役だし、乙女ゲームの開発段階で生まれたキャラだと開発側から明言されている。親友役のイライザも、乙女ゲームとして必要だから生まれたキャラ。
残る候補にシャニアがいるけれど、彼女はずっとアーノルド王子一筋だ。
となると、没になった初期段階では、ゲルダリアがヒロインだったのではないか?
それが遠因として、乙女ゲーム上のタリスルートでディーらしき人物が抗議にやってきたのでは?
SNS上でそこまで考察して盛り上がるのは、乙女ゲーム『王立アストロジア学院』だけ遊んだファンではなく、鬱系RPG『キラナヴェーダ』『キラナヴェーダ2』まで全て通して遊んだファンたちだ。その派閥には、この三つのゲームを繋ぐ初期設定とやらの考察が人気だった。
そして、他のファンの反論やクレームにもどこ吹く風で、各々が好き勝手な妄想を撒き散らした。ファンアートの創造にも熱心で、私もついweb上の小説や漫画を読み漁ったほど。
二次創作の無限の可能性というのは、私にとって楽しめるものだった。
そんなワケで、私はディーとゲルダリアが恋仲になろうが、原作破壊だとは思っていない。怒るファンも確かに存在するけれど、歓迎するファンだっている。
今更、この情報をあの子に教える意味はないと思って、王宮ではこれからの対処について相談した。
それでも、魔術士ディーが今のカタチで救済されたことは、とても嬉しい。
イライザ・グレアムの立場では、彼に何もしてあげられなかったから。
乙女ゲーム中のディーの無念が晴れた可能性や、没になった初期設定について思えば、ゲルダリアとディーが恋仲になるのは運命を感じなくはないけれど。
運命の有無は私にはどうでもいい。
友達が幸せになれるのであれば、そんなモノは都合よく受け入れて利用してやるし、存在していなくても、今までどおり力技でゴリ押すだけだ。
あの子以上に心配なのは、ノイアとラスターの方。
二人揃って魔術の属性が変化した原因は、ゲルダリアたちが調べても分からないなら、私が特定するのは相当に骨が折れるだろう。
アストロジア王国では魔術を使う才能は遺伝によるものだから、あの二人の先祖に太陽の属性を持つ人間と金環蝕の属性を持つ人間の両方が混ざっているはず。
意外なところに貴人のご落胤なる人はいるし、遠縁の人間も街に混ざるものだ。
金環蝕の魔術を使う民の街は百年前に潰れているので、今から記録を追うのは難しいにしても、調べて損はない。
血筋を詳らかにすればノイアたちが貴族の政争道具にされかねないけど、今であれば。
世界がそれ以上の危機に見舞われている今なら、ノイアたちに目がいかない。
異界の王たちが復活する前に情報を集めようと、国家間を行き来するドゥードゥに依頼していた。
街の崩壊とその後については、ジャータカ王国やイシャエヴァ王国も無関係ではない。金環蝕の術使いは、どうして暗殺者扱いになってしまったのか。その答えはこれから見つかりそうなのだ。
ところどころで休憩と食事をはさみつつ移動し、夕方には、しっかり整備されたキャンプ場で宿泊することになった。
偵察として出ていた部隊と合流し、カレッツァさんとここで再会する。
彼らはこの地域の治安改善のために、キャンプ場を魔術拠点に改造していた。
ここは元は流通の中継地であるキャンプ場だけど、北の国から流れてきた犯罪者集団に占拠され、荒れ散らかされてしまった。アストロジア王国の騎士や魔術師たちは、無法者と交戦し、鎮圧。短期間でキャンプ場を安全地帯に変え、周辺地域の野盗や妖魔狩りを開始したのだ。
おかげで、今はまたここを物流拠点として利用できるどころか、流通再開の勢いで村にでも発展しそうなほどの物と人が集まっている。
橙色と濃紺色の混ざる星空の下。
篝火に囲まれたキャンプ場で、カレッツァさんは笑いながら言う。
「いやあ、ここでの養鶏の仕事もいいもんですね。暴徒鎮圧や妖魔退治なんて一瞬で終わって、ここで物資の確保と配送に奔走する人間へ飯を出すのが本業な気がしてきましたよ」
養鶏も大変な仕事のはずだけど、魔術師らしいローブを脱いでカラカラと笑うこの人は昔より陽気だ。
私とナクシャ王子は促されるまま中央広場に招かれ、木製のテーブルと椅子が並ぶ区画で席に着く。
ガーティは私が泊まる小屋の中を整えに行ってしまったので、代わりにラヴィちゃんが背後にいる。
ナクシャ王子は、恩人の現在の様子に困惑しながら言った。
「貴方の能力をここで消費してしまうのはとても惜しいのだが……」
「嬉しいこと言ってくださいますねえ、殿下。うちの店で作った自慢の鶏肉、ぜひ食べてってください」
タンドリーチキンに似た料理は、香辛料が効いていてとても美味しかった。ラヴィちゃんは鶏肉に興味がないらしく、ハーブだけ食んでいる。
ナクシャ王子は振る舞われた料理を食べて落ち着き、カレッツァさんに質問をする。
「貴方は元気で安心したが、ズィーグオはどうしているだろうか?」
宝玉の姫扱いされた女性たちを救出して以後、ナクシャ王子はアストロジア王国から派遣されたお世話係と縁が切れてしまった。お爺さんであるズィーグオさんは、高齢のため今回は派遣されていない。
「ああ、あの爺さんでしたら玄孫が生まれたとかで、前に祝いの品を贈りましたね。現役を退いたのが不思議なぐらい元気ですよ、あの人は。玄孫の世話は譲らんと言って孫と曾孫を困らせるほどのモンで」
「元気ならよかった。私は貴方たち二人のその後の話を知ることができなかったためにずっと気になっていた。私からもお祝いを贈らなくては」
気がかりなことが一つ晴れ、ナクシャ王子は久々に微笑む。
この国に帰ってきてからあまり表に出ないその表情に、ちょっと胸が痛い。
学院で呑気に学生体験をしている場合ではなかったのだ。あの時はナクシャ王子に必要な経験だと思っていたけど。悠長なことをしてしまった。
「これから殿下はカビーア様と会われる予定だそうですね」
カレッツァさんの確認に、ナクシャ王子はうなずいた。
「ああ。お爺様は、父を止められなかった無力な私など今更必要とされないかもしれないが。私にはあの方の力が必要だし、力をお借りできないにせよ謝罪はしたいのだ」
先王であるカビーア様。
あの人が統治者だった頃はアストロジア王国とジャータカ王国の仲は良好だったらしい。
ジャータカ王にしては珍しく、寺院に庶民を招いて基礎教育を施そうとしていたという。
それが一部の貴族の反感を買ったので、貴族はカビーア様が王位を退いた後に現王をそそのかした。カビーア様を東の寺院に送り政治中枢から遠ざければ、貴方を脅かす政敵はない、などと。
噂によると、カビーア様はそれもよしとした。
カレッツァさんは食後のお茶をナクシャ王子と私に淹れ、席に着くと話に戻る。
「先王は自己韜晦の方ですからな。息子である次の王に侮られようが、国が安定さえしていれば己がどこに置かれようが構わないという判断でしたが……」
息子が貴族の傀儡であっても、民草の生活に支障がなければ止める必要がない。
その目論見は破壊された。無関係の第三者、他国からのテロ団体によって。
民への教育計画や治安改善計画も、頓挫どころか悪化してしまった。昔の、悪政の見本らしい国に逆戻り。
「後悔しているのはみんな同じでしょう、殿下。貴方だけが悪いわけじゃあ ありません。俺と爺さんが貴方を置き去りにしてジャータカ王国を出たのはやはり失敗でしたからね」
再会してから初めて渋い表情を見せるカレッツァさんに、私は何も言えない。
私を含めた大勢の人間の判断ミスの積み重なりが、この結果。
「なので、今、巻き返しのために奮闘してるンですね、全員。きっとそれは先王カビーア様も同じなんですよ。俺が代弁してしまうのもおこがましいでしょうが」
「ああ。今は、この国を建て直すために私も奮闘させてもらう」
ナクシャ王子がそう言ってお茶を飲む。カップを持つ手つきがたどたどしいのは、この国のお茶の作法に慣れていないからのようだ。
アストロジア王国とジャータカ王国のお作法には違いがあるけれど、ナクシャ王子は自国のお作法に長く触れられなかった。
カレッツァさんもそこに気づいているのだろうけど、見なかったように視線を逸らし明るく言う。
「おや、お偉いさんが戻ってきましたね。あの人に魔術を使わせると我々の魔術師としての仕事が一切無いんですよねぇ」
私たちもそちらを向いた。
ソリュ・ロロノミアがキャンプ場の魔術結界を強化し終わったらしい。
カレッツァさんは軽く両手を打ち鳴らす。
「さて、それじゃあ今日はこの辺りでお開きにしましょう。殿下もお嬢さんも、早めに小屋でお休みください。また明朝に出発となりますからね」
「ああ、今晩は世話になる」
ゲーム会社はファンアートOKな会社が多いのです。
明言を避けているメーカーもありますが。