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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
150/155

バッドエンドリストは埋めたくない

 私たちの乗る船より先に、アーノルド王子が撤収していく。

 階段状になった足場の魔法陣も、彼の動きに合わせてすっと引いてしまった。

 その機敏さには追いつけそうにない。

 窓からそれを眺め、テトラが言う。

「あの人に頼めば、面倒ごとが全部解決しない?」

 みんなそう思うよね……。

「ユロス・エゼル国としては認めたくないでしょうね」

 何代もかけて国力を上げてきた以上、アストロジアの子孫に頼るのは沽券に関わるだろう。特に、旧統治者の半神族には。

 始祖王アストロジアも逸話を聞く限りは普通のヒト族ではなさそうだけど、神の血を引いているとされる半神族としては、一介の魔術師に負けを認めることはできない。

 ヴェルが武器の手入れをしながら言う。

「さっきのアストロジア家の魔術のお披露目は、牽制として良かったんじゃないかな。あれはおそらく、異界の王にもユロス・エゼルにも察知できていると思うよ」

 魔術の基本属性である、土・火・水・風の四大を超えた月の魔術は、私のような一般の魔術師にも特異さが感じ取れた。

 攻撃的な光でありながら、冷たい。

 どちらかというと、月の魔術は金環蝕の術に雰囲気が近い。なのに明るい。

 熱は無いから、熱を奪う金環蝕の術では対抗できない。

 あれに対抗できるのは月蝕の術のみ。

 おそらく、バジリオ君であればさっきの月降りの魔術は察知できただろう。今頃胃を痛めているかもしれない。大丈夫かな。

 今のうちに、気になったことをヴェルに聞いた。

「フィルさんは、ミルディンたちにしか蝕の術を扱えることを話してなかったのね?」

 フィルさんが翡翠の鍵に受けた仕打ちを考えると、もう翡翠の鍵には月蝕の術の存在を把握している人間が残っていない?

 私のその疑問に、ヴェルはうつむく。

「そうみたいだね。兄さんが月蝕の魔術を使うことと、アストロジア家の魔術との関係性を知る人間は、ほぼ死んだようだから。例の召喚師が兄さんのことを知っているかどうかはわからないけど」

 アストロジア家の人間を国外に出せないと言うなら、対抗魔術持ちのヴェルも敵に掌握されないよう同じ扱いになってもおかしくない。でも、知る人がいなければ、ヴェルの行動を制限されることもないはず。



 アストロジア城の裏に平坦な場所を見つけ、そこに空飛ぶ船を停める。

 シジルとツユースカは黒柴さんと一緒に留守番。

 あとのみんなは荷物やらドラゴンの死骸やらを抱えてお城へ入る。

 こんなところに非常用の裏口があったらしい。ここから山岳へ出ようなんて考えるのは、アーノルド王子並みの能力がなければ無理だろう。

 通路全体に粉塵避けの魔術が施されているのか、山から強い風が吹き込むのに清潔さが保たれている。

 非常用通路の行き止まりに、扉が一つ。

 その前で、文官らしい服装のお爺さんがお辞儀をする。

「よくぞ無事に戻られましたました、ゲルダリア様」

 この人には見覚えがある。

 昔、秘めの庭に来たお偉いさんの補佐。ロロノミア家お抱えの人だ。

「お久しぶりです」

「おや、私のことを覚えておいでですか。とにかく、中にお入りください。フェン様がお待ちです」

「……はい?」

 当主様ではなく?


 部屋の奥で護衛たちに囲まれていたのは説明どおり、栗色の髪に(ハシバミ)色の瞳を持つ、フェン・ロロノミア。

 相変わらず厳しい顔をしている。

 私たちが部屋に入るなり言う。

「いきなりだが、面倒な前置きは無しにこれまでの状況報告を頼む」

「……分かりました」

 威圧され、丁寧に挨拶する気力も折れる。

 裏口から一本道なのでアーノルド王子もこの部屋に入ったはずだけど、既に姿がない。

 船の操縦士さんと整備士さんはドラゴンの死骸を抱えたままやってきたので、いきなりフェンと対面することになりオロオロしていたけど、執事らしい人や騎士らしいに事情を説明してドラゴンを回収してもらった。


 私はフェンに、今までの顛末を簡潔に説明する。

 と言っても、二週間ほどのできごとは要約しても長い。

 フェンは静かに聴いてくれたけど、表情は動かないので何を考えているのか察することはできない。

 書記の人が魔術で紙にペンを走らせる、自動速記の音だけ部屋に響く。


 説明が終わると、フェンは表情そのままに口を開く。

「妖精族が我々に協力してくれるのは、大変に心強い」

 その言葉にリィコとストリンが得意気に胸を張るけど、操縦士さんと整備士さんは恐縮したようにシュッと背筋を伸ばした。その対照的な反応に、フェンの表情も少し和らぐ。

 けれどすぐに元の厳しい表情に戻り、言う。

「先程アーノルドと遭遇したそうだな。君たちも気づいているだろうが。二日前にユロス・エゼル共和国で非常事態が発生した」

 リィコが物怖じせず口を挟む。

「さっきの魔獣! ユロス・エゼルから来てるのか?」

「そうだ。禍虐の王の封印が解けてしまったらしい。あれからユロス・エゼルでは対処に掛かり切りで、こちらの国との通信があまり繋がらない」

 さすがにフェンも苦い表情になり、話を続ける。

「君たちが北の大陸へ向かったのと同時期に、こちらの国からユロス・エゼルに人を派遣しているが、二日前の異常事態発生から通信が途絶えている」

「そんなことが……」

 派遣されたというのが誰のことなのか、フェンは説明してくれない。

 私たちの知る人だろうか。

「今は向こうからの通信を待ちながら、飛来する魔獣への対処を行なっている。君たちが魔獣の死骸を回収してくれたことで、禍虐の王に関する研究が可能になるだろう」

 ふと思い出す。

「あの、舞燈の王からの連絡はないのでしょうか? 彼女は影苛の王を黙らせに行くと言っていました」

 その隙に禍虐の王が野放しになっている?

 私の質問に、フェンは首を横に振る。

「全く音沙汰がない」

 これはどう解釈すればいいのか。

 黙る私たちに、フェンは言う。

「魔術結界のある我が国と、封印地から遠いユロス・エゼル国内にはまだ余裕がある。けれど、ジャータカ王国には追加支援と情報が必要だ。君たちはユロス・エゼルへ向かう前に、ジャータカ王宮にいるシデリテス・シルヴァスタと会ってほしい」

「分かりました」

 あれ? ナクシャ王子の方は? イライザさんとも話がしたいけど、そっちは支援なしで耐えられるってこと?

「ひとまず、君たちには今晩だけ王城に留まって休んでもらう。休息も大事だからな。明日の朝には出立してもらうことになるが」

 フェンはそう言うと、背後に控えている人たちに手配をさせる。それから文官に耳打ちされ、私に向き直る。

「ゲルダリア・ソーレント。君だけこのまま残ってもらえないか。タリス・ソーレントが君を待っているし、シャニアの占術の補助も頼みたい」

「はい、大丈夫です」

「オレもゲルダリアと残るぅ」

 ストリンが何故か私の背中に貼り付いて言う。白鹿とアエスは空気を読んで退室するのに。フェンは多少眉を寄せたけど、ストリンを止めはしなかった。

 他のみんなが給仕の人の案内で退室した後、フェンに聞いた。

「最初はロロノミアの当主様に報告すると聞いていたのですけど、何故フェン様が代理でこちらに?」

 その問いに、フェンはわざとらしく溜息をつく。

「父、フォルト・ロロノミアは、今とても忙しくてね。どこぞの公爵が娘を心配して荒れているから、なだめているんだ。公爵のあの様子では、とてもじゃないが君からの報告を聞く場に同席させられそうになかった」

 フェンは目が笑っていない。口元だけ社交用の笑みを浮かべているけれど。

「……それは、誠に申し訳ありません……」

 やっぱり、この人の皮肉や嫌味が一番キツい。タリスやミルディンと比ぶべくもない。

 とにかく、タリスが呼ばれた事情も理解できた。


 タリスと執事が入室するのを確認し、フェンは退室する。

 そして、タリスはストリンがいることに少し戸惑ったようだ。

「お久しぶりです、姉さん。無事に帰ってきてくれて安心しました」

「ええ。どうにか一区切りはついたわ。タリスのほうこそ、調子はどう?」

「僕も相変わらずです。領地管理は慌ただしくなっていますけど、それは他の方たちの協力もあってどうとでもなります」

 多少取り繕った笑顔に見えるけど、顔色は良い。なら、私が余計な心配をしてはタリスの負担になるかもしれない。

 それまで様子をうかがっていたストリンがぴょんと飛び出し、タリスの目の前に出た。驚くタリスに向け、片手を上げてしゃべる。

「初めまして、タリス。オレはケット・シー族のストリン。勇者を目指すには顔が広いほうがいいって聞いたから、オレはみんなに挨拶すると決めてるんだ。よろしく!」

 茶トラ猫による満面の笑み。無邪気でとてもかわいい。

 一方タリスは、ストリンが自分に向けて愛想よく振る舞ったことに驚いたようだ。

「……それは、ご丁寧にどうもありがとうございます」

 返事はすれども、タリスはまだストリンに対して腰が引けている。

 妖精族が人族に友好的なのは希少なんだから、もうちょっと喜んでもいいのに。

 タリスは猫が苦手なのだろうか。我が家の家紋は鳥だし、もしかして天敵だった?

 そこはともかく。

「えっと、お父様がロロノミアの当主様に迷惑をかけているような話をフェン様から聞いたのだけど……」

 その問いかけに、タリスはすっと目を逸らした。

「お父様は、姉さんのこととなると情緒不安定になりますので……」

 それ以上は言わず、タリスはストリンが差し出す手を取った。肉球ふにふに。

 もし私が遺跡を破壊したことや爆弾で塔を吹き飛ばした件を知ったら、公爵様は一体どうなってしまうのか……。

「そうだ、お土産があるの」

 鞄の中身をテーブルの上に出す。

 愛人妖精(リャナンシー)避けの魔術を仕込んだ青い鋼玉。

 祝福を意味する妖精語のハーブの精油。

 繊細な細工の入ったガラス製の雑貨やアクセサリー。

 ミルディンから買った薔薇の蕾ジャムと、ドライフラワーにした薔薇の花束。

「私には贈答品の等級がいまいち分かっていないから、お父様やお母様に贈って適切な物なのか、タリスに判断して欲しいのだけど」

 その頼み事に、タリスは目を瞬かせる。

「この国には無い珍かな物が混ざっていますね」

「この精油はディナ・シー族もお気に入りらしいわ」

「ディナ・シー族……? まさか会うことができたんですか?」

「事情があって遠くから姿を拝見しただけね。侍女のケット・シーちゃんには仲良くしてもらえたのだけど」

 私の言葉を聞きながら、タリスはあれこれ手に取り吟味している。

 合間合間にストリンが、

「これオレも好き」「これはカーネリア様も好き」「これでお魚いっぱい集まる」

などと謎の情報をくれる。タリスも律儀にうなずいていた。

 この国に写真技術が無いのが悔やまれる。タリスとストリンを一緒に撮影できればいいのに。妖精が写真に写るのかは怪しいけれど。

「あ、絵なら」

「はい?」

「今ここに画家が呼べたなら、タリスとストリンを一緒に描いてもらうのに」

 両手を打ってそう言うと、タリスは疲れたように答える。

「……姉さんも、たまにお母様と似たようなことを言いますね」

「そうなの?」

 そんなやりとりをしつつ、タリスはお土産の検分を終えた。

「妖精族が作った物となれば、こちらの国でも贈り物として最上の物になるでしょうね。輸入しようとしてもなかなか手に入らないぐらいですから」

「王族貴族に贈っても失礼にはならないのね?」

 それが確認できて良かった。

 愛人妖精避けの宝石はお父様とタリスに、祝福のアロマオイルを一本お母様に贈る。ジャムのほうはみんなのおやつの時間に出してもらい、ガラス細工とドライフラワーは屋敷に飾ってもらえることになった。

 執事さんは私に会釈すると器用に荷物をまとめ、退室していく。

 面会時間もそろそろ終わり。

 気になっていることをタリスに聞いた。

「学院のみんなはどう? 元気にしている?」

 その質問に、タリスは驚いたように言う。

「フェン様からの説明はありませんでしたか?」

「何も聞いていないわ」

 私の返事に、タリスは少し考えこむように間を置いた。

「そうですね、それがフェン様の判断であれば、僕から姉さんに伝えない方がいいのかもしれません」

「学院のことなのに?」

 ノイアちゃんたちが元気でいるかぐらいは、タリスから教えてくれてもよさそうなのに。

「姉さんがいずれユロス・エゼルに入国できるのであれば、その時に事情を把握できるようになると思います」

 何故濁されるのか。

 謎が残ったまま部屋を出る。

 とにかく、シャニア姫の占術のお手伝いに行こう。




 キラナヴェーダ2というRPGは、前作の批判と反省を踏まえてシナリオとシステムが大幅に改善され、ダサいと言われたボスのデザインも一部はコズミックホラー寄りの改良が施された。

 前作で回復役が仲間になるのが遅かった点は、主人公とヒロインを初歩の応急手当てができる軍人にしたことで解消した。これでヒーラー専門職が仲間になるまでしのぐことができる。アタッカーもヒーラーも、主人公とヒロイン二人で状況に合わせて分担可能。最初からチームプレイができたのだ。

 シナリオ中に死亡するキャラも減ったし、救済措置が入り、道中の行動次第で仲間が死ぬことは回避できるようになった。

 でも、私は何の情報(ネタバレ)もなくメインシナリオを進め、途中でアリーシャちゃんとバジリオ君を死なせてしまった。

 その日は泣きながらゲームを投げ出して、ふて寝した。

 後で調べて、どうやら二人が死んだ場合でも物語は続けられるらしいと知った。

 シナリオは4パターンに分岐する。

 アリーシャちゃんとバジリオ君が生き残るかどうか。そして、その後の分岐で世界が救えるか救えないかが決まる。

 私は、二人が死んだ状態でエンディングを迎えることはできなかった。

 回避策が用意されているなら、と最初からやり直すことを選んだのだ。

 だから、私はあのゲームのシナリオをコンプリートしていない。見たのはベストエンドだけ。実績解除とかシナリオ開放率なんてどうでもよかった。


 前作より“パーティメンバーの”死亡率が下がったとはいえ、鬱ゲーは鬱ゲーである。

 いきなり負け確の撤退戦イベントからゲームが開始される。

 田舎の軍学校出身の主人公とヒロインは、軍人としての初任務で上官と共に僻地へ向かう。様子のおかしい魔導設備の点検のためである。

 その魔導設備は通信のためのもので、地域住人のために異常を修正する必要があった。

 けれど、現地で待ち受けていたのは、禍虐の王(ラスボス2号)の手下の魔物たち。

 通信のための拠点を速攻で制圧した魔物たちにより、ユロス・エゼル国でも異界の王への対処が遅れることになった。

 魔物たちを倒しきれず、上官の指示によりやむなく撤退する主人公たち。

 その頃、首都ウィンシゲルでは混乱が起きていた。

 ユロス・エゼル共和国を束ねる魔導元帥が、暗殺されたのである。

 軍を再編成するまで、国全体への指示と通信は滞る。

 軍と議会が混乱する間、主人公とヒロインは待機という指示を受けた。実質放置されたその隙に、二人は魔導塔制御の訓練を受けるバジリオ君とその護衛のアリーシャちゃんに会うことにする。

 それがゲーム序盤の流れ。



 私がフェンに聞いた話から推測する限り、魔導元帥が暗殺されるほどの事態にはなっていない。もし隣国の国家元首が死んでいたなら、ロロノミア家の当主様はうちの公爵様の相手をする場合じゃなくなっている。

 こちらの国の今の対応を思い返す。

 アストロジア王国の魔術結界は強固なので外敵は入れません、のアピールで済ませてもいいところだけど、そうしなかった。

 この国の切り札であるアーノルド王子の能力の一端を見せつけている。

 フェンはアストロジア王国から派遣した人たちの安否を優先して気にしていたから、こちらの国の民に何かあれば異界の王ごとユロス・エゼル共和国も潰すという圧迫外交かもしれない。

 そこまで考え、私は頭が痛くなった。

 相変わらずストリンがついてくるので声をかける。

「ストリンも占術を手伝ってくれる? 私は占術の仕組みに詳しくないけれど」

「いいぞ。よくわかんないけど!」

 会話しながら入った部屋は、照明が最低限になっていて薄暗い。

 部屋の奥にある天体模型と壁一面の魔法陣には魔力が流れていて、その前で椅子に腰掛けるシャニア姫は静かに目を閉じている。

 既に未来視のために集中しているようだ。

 私が声をかけるのをためらっていると、彼女は微動だにせず言う。

『お帰りなさいませ』

 思念のような声が頭に響く。

「……お手伝いするにはどうしたらよいでしょうか」

「オレも!」

 私とストリンの言葉に、彼女の口元が緩む。

『こちらへ寄ってくださいな』

 恐る恐る近づくと、彼女は両手を差し出す。

 私は念のために筋力強化の術を使い、ストリンを片腕で抱き上げる。

 そして、ストリンと私はシャニア姫の手を取った。

『これから目を閉じて、意識を凪いでください』

 言われた通りにする。


 世界が黒く塗りつぶされたような状況で、私の脈だけ感じられた。

 ……妖精って心音がないのかな。いや、シャニア姫の体温すらもう知覚できない。

 そんな雑念が入ってしまったとき、不意に光が落ちて弾けた。


 何処か遠い場所の景色が見える。

 あれは……。


 ゲームを繰り返すことで、プレイヤーの私が何度も訪れた場所だ。

 ユロス・エゼル共和国に全部で五つある、魔導兵器の管制塔。

 映像は、その塔の周囲を俯瞰した状態。

 誰かが塔の前にいた。

 何らかの魔術を使っているようで、時々光が散る。


 紫色の短い髪に、アストロジア学院の女子生徒の制服を着たその子は……。


 嫌だ。

 既視感のあるその状況は、


 最悪だ。


 たった一人の攻防戦。


 大量の魔獣を魔術で押し留め、時間を稼ぐ役割だ。


 それは一人で捌ききれる数ではない。


 案の定、防衛線を突破される。


 ノイアちゃんは環状の魔導具を振りかぶって蝕の術を使う。

 広範囲から熱を奪い周囲が一瞬で凍りつく。

 巨体を持つ魔獣たちの動きは全て封殺された。


 でも。


 ノイアちゃんは苦しむように胸を手で押さえ、膝をつく。

 蝕の術を使いすぎたのだろう。

 荒い呼吸を繰り返し、ノイアちゃんは倒れた。

 そのまま彼女から暗い影があふれ、一帯を飲み込んでしまう。

 魔術暴走が始まり、魔導塔には何者も近づけない。


 塔を守るという目的だけは達成できている。

 それだけでは意味がないのに。


 残る魔獣たちが撤退した後も、

 影が徐々に引いて魔術暴走が収まった後も、

 ノイアちゃんは動かない。


 どうして。

 どうしてノイアちゃんが、アリーシャちゃんの代わりに死んでしまうの?


 思わずうめき声のような物を出してしまう。



 映像は霧散するように消え、私の目の前にはシャニア姫の姿があった。

 彼女の手も震えている。か細い声が口から漏れた。

「ああ……そんな……」

 引きつったように声を飲み込む彼女に、ストリンが抱きつく。

「元気出してー」


 視界が歪む。

 ぼんやりした頭で、理解する。

 ユロス・エゼル共和国に派遣されたまま、連絡が取れない誰か。

 答え合わせがこれなのか。


 あんまりだ。


 微かな泣き声により、我に帰る。

 シャニア姫は何回つらい思いをしたのだろう。

 私が手伝えば手伝うほど、苦しめている気がする。

 声を殺して泣いたまま動けずにいる彼女に、言った。

「今からでも、あの予知は、阻止しなくてはなりません」

 私の声も震えてしまったけれど。

 銀の少女はうなずいて目を開けた。

 ストリンが心配そうに彼女の頭を撫でる。

「ええ。それはもちろん」

「私たちが行ってどうにかしますから。外からの支援をお願いします」

「はい。国から出られない(わたくし)の代わりに、どうかノイアさんを助けてください」





一方その頃、テトラのマンドレイクがアストロジア王国の加護により瀕死。

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