大海原に月が降る
青白い月が昇り、夜戦が始まる。
相手はこちらの船の3倍ぐらいの全長だ。
にもかかわらず、ヴェルとテトラは戦意高揚したように魔力を練る。
ツユースカの解析で、翼竜が鉄とヘマタイトで構成されていると判明した。
なら、この二人は慣れたことをするだけ。
暗がりの中、熱による蜃気楼で姿が揺らぐ二人にみんなからの強化と加速の術が乗り、舞台照明でも浴びたかのような光景だ。
鉱石プテラノドンは私たちを獲物と認識したようだけど、それはこちらも同じである。
翼竜は金切り声を上げ急下降。
迎えるヴェルは魔剣で胴を撃ち抜く。金属錬成による心臓部の流動破壊だ。
続いてテトラが白炎を噴射し頭を溶かす。
頭と心臓を失くした翼竜を、私の風の術で受け止めた。
リィコとストリンが叫ぶ。
「一撃!」
「必殺!」
この子たちによる威力ブーストも凄まじかった。
ヴェルとテトラの二撃目により、翼竜の尻尾と羽が折れる。
ダメ元でリィコに頼む。
「この生物を丸々持って帰る魔法とか使えない?」
夢の亜空間収納。
「ディナ・シー族じゃないと無理だぞ」
「なら仕方ないわね」
ヴェルとテトラが最低限の素材を確保したのを確認し、私は風の術で翼竜の体を斜めに吹き飛ばす。
このまま翼竜には、海底の魚礁にでもなってもらおう。
「あー、もったいないなー」
「そんな場合かよ」
嘆くテトラと、冷めた口調で呆れるシジル。
「確保できた分でも充分に使えそうだよ」
ヴェルになだめられ、テトラはしぶしぶうなずいた。
あの鉱石プテラノドンを用意した誰かは、アストロジア王国に火力のおかしい魔術師がいるのを知らなかったようだ。
フィルさんをリャナンシー寄せに利用して大事にしなかったツケである。
退治が終わり一息ついて、船内に戻る。
空飛ぶ船は静かに海の上を進む。
アストロジア王国の北、人跡未踏の険しい山岳が見えてきた。
ここまできたならあと少し。
そう思ったところでストリンが叫ぶ。
「東から何か来る!」
またみんなで甲板へ移動。
ストリンが照明用の光弾を打ち上げて、何がやって来るのかハッキリ見えた。
緑色の竜が集団で飛んでくる。
サイズこそばらつきがあるけど、二十匹はいるだろうか。
さっきのプテラノドンとは違い、地球では想像上の生物、ドラゴンらしいデザインだ。
咄嗟に私とツユースカで防護壁を張るけど、大きいドラゴンに体当たりされ船が揺れる。
「みっ」
衝撃で甲板からリィコが投げ出されてしまった。
白鹿が飛び出し、リィコを背中で受け止める。そのまま船の周りにいる小ドラゴンの背を蹴って宙を移動。私たちの船まで戻る。
「ありがとうー!」
お礼を言って白鹿を撫でるリィコ。
その無事を確認し、シジルとヴェルがドラゴンを打ち落としていく。
「数が多すぎるだろ!」
その上に鳴き声と羽音もコウモリの倍はやかましい。
シジルでなくとも悪態をつきたくなる。
私も攻撃する側に回った。
ツユースカがシジルを支援しながら周囲を観察する。
「これも召喚術かしら?」
「それにしては様子が……」
ドラゴンたちの額には、見覚えのある刻印が宿っている。その黒い十三芒星は、ゲーム中で何度も見たもの。
禍虐の王、つまりキラナヴェーダ2のラスボスの配下である証だ。
プレイヤーたちから「ダサい」「もはやウニ」と酷評されたデザインで、私としても腹立たしい印象しかない。
どうしてこの場所に……。
ここまで配下が飛んでくるなら、ラスボスの封印地であるユロス・エゼル国と、その近距離にあるジャータカ王国はどうなっているの?
しばらく退治を続けたけど、ドラゴンはコウモリ以上に途切れず増えてくる。
死骸がいくつか甲板に転がり出したけど、海へ捨てる余裕がない。白鹿が隅に寄せてくれている。どうやら私たちがドラゴンも素材として欲しがると思っているようだ。
討ち漏らさないようにしているけど、ここに到達していないドラゴンは北の大陸にまで飛んでいっているのでは?
ヴェルに声を掛ける。
「私たちがこのまま留まっても全て退治できるかは怪しいから、結界だけ張って応援を呼びに行ったほうが確実じゃない?」
私の言葉にヴェルはハッとする。
「そうだね。考えたら王都の上空には魔術結界があるから、僕たちが応援を呼びに行って戻るまでは耐えられるんだった」
「あ」
アストロジア王国の防衛システムを忘れていた。
会話を聞いたシジルが憤慨する。
「そういうのはもっと早く思い出せよ!」
「ごめん」
「ごめんなさい」
ドラゴンたちがここに来ているのは、アストロジア王国の退魔結界に弾かれて海上まで追いやられているせいかもしれない。
シジルをなだめるかのようにテトラが言う。
「甲板に落ちてきたヤツの素材は、討伐功労者のシジルにもちゃんと分けるからさあ」
「要らねえ!」
「えー?」
私たちは念のため、全員で防御結界を広げていく。
それを空中に固定してドラゴンをアストロジア王国に寄せ付けないようにし、空飛ぶ船を発進させる。
そのタイミングで状況が変わる。
山岳の向こうの王城から、金色の光が打ち上がった。
それは山を越え、多重の円陣を連続で展開し、階段のように海上まで伸びる。
その連続する円陣の上を、誰かが飛ぶように跳ねてやってきた。
人がやっていい移動速度じゃない。
ヴェルがつぶやく。
「アーノルド王子……」
「えっ?」
驚く私たちにヴェルは言う。
「この魔物だか召喚獣だかがあちこちで発生しているなら、非常事態としてあの人が出てくるのは自然だ」
アストロジア家の人間は国外に出せないけど、排他的経済水域の上ならセーフ!
……荒技すぎる。
あと、人跡未踏の山岳なんて無かった。
私たちの乗る船と入れ替わるように、騎士姿のアーノルド王子が海の上へ。
彼は、船の甲板にいる私たちには目もくれない。
ツユースカがアーノルド王子を見つめたまま言う。
「あの人を一人にして大丈夫なの?」
ヴェルは声を落として答える。
「むしろ僕たちがいると邪魔になると思う」
どうやら、ヴェルは相変わらずアーノルド王子との力量差について引きずっているようだ。
天の月が輝きを増し、呼応するアーノルド王子から魔力放出が始まる。
結界に阻まれたドラゴンたちは、狼狽するように動きが鈍り始めた。
逃げるように方向転換を始めたドラゴンもいる。
けれどアーノルド王子がそれを許すわけもなく。
白く冷たい輝きを放つ巨大な球体が、轟音と共に落下。
光に呑まれ、悪意ある生物は全て消える。
役目を終えた月の模倣は、海水を渦巻かせながら融解した。
まさか、こんなところでシャニア姫の予知が成就しようとは。
船は山岳を越え、間もなく王城に着く。
みんなはずっと甲板にいて、アーノルド王子とその魔術を呆然と眺めたまま動かない。
私としては、海が干上がったり地形が変わらずに済んで安心した。
威力は明らかに加減されていたから、アーノルド王子もロロノミア家には逆らえないのだろう。
リィコがやっと口を開く。
「人間にもあんなことができるんだな」
「あの人は例外だよ」
「ヴェル……」
私は思わずヴェルの腕をつかむ。
今となっては、ヴェルがアーノルド王子に対抗魔術を使う必要はない。
能力が届かないことで悩まなくてもいいはずなのに。
その場の空気に耐えかねたのか、テトラが声を上げる。
「お腹空いた!」
「オレも!」
ストリンもテトラに続いて船内に戻る。
シジルとツユースカものろのろと動く。
私はもう一度ヴェルに声を掛ける。
「ほら、私たちも。船旅はあと少しだけど、休憩しなきゃ」
見上げる私に、ヴェルはゆっくりうなずく。
「うん、そうだった。今のうちに、お偉いさんに何を報告するのかを思い出しておかないとね」
連戦を終えての軽い補給をしながら、やっと思い出した。
最初に遭遇した巨大コウモリは、界砕の王の背中から生えてきた翼とよく似ている。
もしかして、界砕の王は形態変化をしたのではなく、体内に召喚魔術を仕込まれていた?
今となっては検証しようがないけど、そうであれば召喚師ヴォルグナは相当に趣味が悪い。
海上に召喚魔術を用意したのは、私たちが妖精の船を借りて空を移動すると知っていたからなのか。
あるいは、アエスが巨大化したときに、ヴォルグナが私の姿を見つけていた?
なら、空を飛んで移動する人間への対処を考えていてもおかしくない。
もし標的が私たちではなく、町を確実に潰すために召喚陣を見つけにくい海上に設置したのであれば、北の大陸にはあちこちに召喚術が仕掛けてあるかもしれない。
ミルディンやフィルさんたちが心配だけど、イライザさんも放って置けない。
私たちがイライザさんの元に向かうまではユロス・エゼル共和国には持ち堪えてほしかったけど、無理そうだ。
アーノルド王子が国外に出ないのは、あの軍国の面子を守るためでもあるのに。しっかりしてほしい。