妖精の船
ゲーム内のボスキャラにも、シナリオや演出上の格差はある。
ミルディンは専用の戦闘BGMと薔薇の花弁が舞う特殊演出まで用意され、初対面での集団戦と、しばらく街で隠れて調査を行いミルディンの事情を把握してから一騎討ちという、彼の事情に踏み込んだシナリオだった。
それに対し、ケリーは他の中ボスと変わらない演出の挙句に発狂して出番が終わった。
ケリーのことを中ボス界の小物などと評したプレイヤーは多い。
粛霜も、二作目の戦闘狂キャラと比べると印象が弱い気がする。やはりドリルには勝てない。
容量と納期の都合で没になったキャラのヴォルグナは、そういった比較できず、驚異が未知数だ。召喚師というからには厄介な仕込みがありそう。
宿の食堂で朝食を食べながらそんなことをぼんやり考えていると、ツユースカが私に声をかける。
「大丈夫? ゲルダ。昨日の買い物で私ばかり はしゃいでしまったけど」
どうやら私の元気がないのではと心配させてしまったようだ。
「これからの予定がうまくまとまらずにいただけ。昨日の買い物は私も楽しかったから」
「本当?」
「ええ」
その楽しい買い物の邪魔をしたのは粛霜だ。
でも、粛霜が持ってきた情報も無視できない。
ゲームには自由度というものがある。
例えシナリオが一本道のRPGであっても、始まりから終わりまでの行動選択はプレイヤー次第で変わる。
装備武器に釘バットがあればそれでラスボスを殴ってもいいし、初期装備でラスボスに挑んだっていい。お金を投擲できるシステムならラスボスを財で殴るのもありだ。アイテムを大量に収集可能なゲームでは、ラスボスに石や毒草を延々と投げ続けてもいい。
物理的に殴る話ばかりしているけど、魔力回復の道具を大量消費して大技を連発するのも定番だ。
プレイヤーの選択をプレイヤーが楽しめるようになっている。
それができないゲームに用はないのだ。
最強装備なんて集めなくてもいい。
ミニゲームに夢中になったまま勇者役なんて果たさなくてもいい。
なんなら、自分にこのゲームは合わないと判断し、途中で投げ出すのもありだ。
所詮は娯楽である。
プレイヤーの好みに合わないことまでする必要はない。
けれど。
今の私にとって、この世界は無責任に消費できる娯楽とは違う。
当事者として適切な行動は何か、考え続けている。
首都での催しまでの間に、王城の裏にある工房を借りる。
この大陸で消耗した道具を、作り直して補填するのだ。
工房には金属やガラスを加工する火力炉と鍛冶道具があり、隣の研究室では薬の調合が可能。どちらもお手伝い妖精が常駐している。
私は研究室でツユースカに作業説明をしながら催涙弾を作ることにした。
昨日市場で買ったゴーグルを身につけ、バンダナで口と鼻を覆うと、皮手袋をはめる。
「これから対人用の催涙弾と、獣避けや魔物避けの煙幕をハーブで作るわ」
「はい!」
私と同じ装備をし、ノリのいい返事をするツユースカ。
「材料のハーブは金属に触れると傷んでしまう物が多いから、釉薬なしの素焼きの陶器やガラス鉢の上で乾燥させて粉にするわ」
「昨日買っていたコショウとアカカラシとゾウモツヨジレスイセンとペンペンカレツソウとゴブコロジギタリスね。用意できたわ」
私の知らない材料がいくつも追加されている。地球産より毒性が増していそうだ。
魔物が苦手とする素材はツユースカに任せてしまったけど、いいか。素材に不安があれば隣の工房にいるミルディンに確認すればいい。
集熱の図形を刺繍した布を、耐熱のテーブルの上に乗せて広げる。刺繍に軽く魔力を流し、その上に陶器やガラス鉢を乗せて温める。
それにハーブを入れ、乾燥させながらすり棒で擦って粉末に。
この作業は地味に手間と時間がかかるものだけど、お手伝い妖精の魔法で何故か時間が大幅に圧縮されて完了する。
できた粉末はそれぞれ種類ごとに木製の筒、ガラスの小瓶、紙袋に分けて入れ保管。
追加素材によって催涙どころでは済まない危険物まで作ってしまった。
妖精のおかげで時間があるので、もうちょっと凝ってアロマキャンドル状の道具も作ることにした。5センチくらいの長さの虫避け、獣避け、魔物避けのそれは、売り物にしても良さそうな出来栄えだ。
私とツユースカがハーブを調合する間、男子組は武器の改良や新造を行なっていた。
こちらもお手伝い妖精による時短魔法のおかげで作業があっさり進んでしまい、ヴェルもテトラも混乱気味だ。
テトラは新しく作ったナイフを眺めてぼやく。
「アストロジア王国に技術を伝授してほしいけど、魔法だと無理そう……」
ヴェルもブラウニーたちの作業を目で追っていたけど、何が起きたのか理解できなかったようだ。
「せめて原理が分かればね……模倣はできないにしても」
本来なら数日かかる作業が、一日で終わってしまった。
こんなに楽をしてしまっては、アストロジア王国での作業が苦痛になるかもしれない。
ミルディンとフィルさんは二人で書き物をしている。ヴェルとテトラによる武器錬成とこの国の技術のすり合わせのために、図面を描いたり鍛冶の記録を比較していた。
ミルディンはしかめっ面で言う。
「アストロジア王国の魔術は、個々の能力依存が強すぎて他者には再現不可能な創造をしますね……」
すぐにテトラが反発する。
「妖精魔法や魔物の労働で異様に時短できる国に言われたくないー!」
シジルは技術的なことに興味がないのか、揚げた根菜を食べながら言う。
「武器なんて作ったって要るのかよ。ユロス・エゼル国からしたら原始的な道具だろ」
確かに、魔導兵器がある国でスタンダードな武器は勝ち目がないけれど。
テトラは量産した道具を木箱に収めながら説明する。
「あの国に行くまでの道中で、商人の振りとかして情報集めするための道具だよ」
「ふうん? まどろっこしいな。脅して吐かせて記憶消せばいいだろ」
「怖いこと言う……」
ミルディンも流石に聞きかねてシジルに注意する。
「穏便に済ませられるならそうしてください、シジル。翡翠の鍵のやり口は、もう終わりです」
「分かったよ、相手が悪い奴じゃなけりゃ粗暴なことはしない」
条件付きで約束するシジル。治安の悪い世界なので、目には目を、を地で行くのを止める理由はない。
一方で、フィルさんは機嫌がいい。ヴェルの作った剣を手にして言う。
「ディノの鍛冶の腕前が上がっているのは嬉しいよ。とっくに爺さんや父さんを越えることができていたんだな」
「そうかな……」
「ああ。魔術による補助が無くても充分な腕だし、魔術を使っての武器強化も、爺さんを越えている」
ほめられて照れたのか、ヴェルは黙ってしまった。
フィルさんは構わず笑顔で続ける。
「このまま色んな国へ行って、もっと腕を上げてきてくれ。それで全部終わったらまた、俺に作った物を見せてほしい」
その要求にヴェルも笑顔でうなずく。
「ちゃんと目的を果たして、戻ってくるよ」
新しい技術を習得するのは職人の浪漫である。
ユロス・エゼル国の技術を知ったら、テトラはドリルを使って戦うことを検討するだろうし、ヴェルはグラスファイバーとか強化ワイヤーとか気にいると思う。
不安なのは、テトラが魔導具に頼らず自力でジェット噴射をやってしまいそうなところだ。
道具の補填が済んだあとは、みんなと一緒に工房で魔術の改良研究だ。
魔力の流れを奪ったり書き換えたりする術は翡翠の鍵が開発したもので、ミルディンが公開してくれた。ヴォルグナも当然その術の構造を把握しているだろうから、改良しなくては通用しないだろう。
みんなで術の効率化や強化のアイデアを出し合っていく。
召喚術の仕組みはジャータカ王宮で解析された範囲しか分からないので、ヴォルグナが違う構造の召喚術を使えばお手上げだけど、術の発動を阻害する知識はないよりマシだろう。
ヴェルは鏃にその術を仕込む用意をし、テトラはガラス片に細工をしていた。
私はハンカチに刺繍をする。
ツユースカもお裁縫に興味があるようなので、手伝ってもらう。
彼女は手先が器用でお裁縫もすんなり覚えたし、図形魔術への理解も早かった。刺繍を魔術の補助道具として使うのもうまくこなしていく。
ときどきキュリルミアちゃんも工房にやってきて、みんなと話をする。カーネリア様も回復し、催事の日には顔を出せるらしい。
催事にして私たちの旅立ちとなる日は、にぎやかになりそうだ。
今のところ、翡翠の鍵の残党が何かをする様子もない。ミルディンは植物の魔物たちにケリーの行方を追わせているけど見つからないそうだ。
マンドレイクの数が減っているので、ケリーと遭遇して退治された可能性が高いけれど、ミルディンはツユースカにそのことを伏せている。ケリーにこちらの動向が漏れないうちに、ツユースカをこの大陸から逃がしてしまうつもりでいた。
ミルディンとフィルさん、そしてルジェロさんに後始末を任せ、私たちは妖精の船で一度アストロジア王国へ帰る。
王城でロロノミア家の当主様に今までの報告をし、指示を仰ぐ。
それからジャータカ王国に寄って、シデリテスとイライザさんにも情報を渡す段取りだ。
なので、あの軍国に向かうのは早くても一週間後、遅くて一ヶ月後ぐらい。
その間に状況が悪化しなければいいのだけど。
ルジェロさんを英雄に仕立てる政治ショーの当日が来た。
朝早くから私たちは王城で旅立つ準備をしている。
妖精工房の親方から解析の終わった銀の杖を受け取り、ツユースカに渡す。工房でこれから複製を作り、完成したらルジェロさんに送ってくれるらしい。
出立する用意が万全なのを確認し、みんなで工房の裏庭へ案内してもらう。
そこには、虹色の帆を持つ大きな白い船が鎮座していた。地球の感覚でいくと、十人前後が乗れるお金持ちのクルーザーみたいだ。噂にしか知らないけれど。
「これが空飛ぶ船なんですか?」
私の質問に、船の掃除をしてくれている黒柴みたいな姿の犬妖精がうなずく。
「最初はカーネリア様の救出に備えて飛ぶ調整をしてたんだ。でも、結局使わなかったし、カーネリア様が恩人たちに貸していいって言うから、そのまま調整を続けて、今日やっと飛べるだけの動力が集まったの」
「動力というのは魔力とは違うのですか?」
「わかんない」
「え?」
黒柴さんはウフフと笑う。
「船を動かす妖精が言うことは難しいから、ボクわかんない」
……大丈夫かな……。急に不安になってきた。
「操縦士と整備士の妖精も一緒に行くから、安心してね」
和やかに言う犬妖精。
思わず、一緒に庭に来たイージウムを振り返る。
灰色の妖精猫は、私たちの表情が引きつっていることに気付くと言った。
「船を動かす犬っこはコイツと違って賢いから大丈夫だぞ」
「そうなのね?」
「スシュルタがお医者さんだから強いのと一緒で、船の操縦士も強いから賢いんだぞ」
その理屈は謎である。
でも、カーネリア様やルジェロさんが止めていないなら信じるしかないか……。
私たちの心配を放って、イージウムは不満そうに言う。
「本当に、お前たち今日で帰っちゃうんだな」
「すべきことが終われば、またこの国に挨拶に来るわ」
「うー……ルジェロには人間の味方が、もっと必要なんだ」
イージウムの耳が垂れて、弱気になっている。
妖精族に気に入られているグリンジオ家が人族の間で浮いている問題は、他国人である私たちが解決してあげられるかは怪しい。できるとすれば……。
私は思いつきを話す。
「ねえ。不正の酷い貴族をこれから処罰すると、仕事をこなせる人が減ってルジェロさんが大変になってしまうわね?」
「そうだぞ。だから、ゲルダリアにもルジェロの側にいて欲しかった」
「私は他国人だから、協力できることには限界があるの。でも。昔爵位を剥奪された家の人の名誉が回復できそうであれば、その人が協力してくれるかもしれないわ」
キラナヴェーダというRPGで、最後にパーティに参加する格闘系お姉さん。彼女の家は、祖父の代で政争に敗れ、謂れのない罪で爵位を剥奪された。そのため彼女は平民と同じ身分だけれど、教育自体は祖父母が貴族と同等の物を施しているから、文武両道に育った強い人である。
あの人が今からルジェロさんの味方になってくれるのであれば、心配ごとは減るだろう。
私の提案に、イージウムは考え込む。
「名誉、回復……?」
「そう。心当たりのある人はいない?」
「俺は知らない。ルジェロに聞いてみる」
「そうしてみて。私も、信用できる人を探してルジェロさんと一緒に仕事をしてもらえないか聞いてみるから」
子供の頃に会ったっきりのゴードンさんとか。今頃どうしているだろう。
これからでも、信用できるパーティメンバーが集う機会は作れるかもしれない。
イージウムと会話を終え、私たちは船に乗り込む。
私とヴェルとテトラ、それからツユースカとシジル。この五人で旅立ちだ。
守護獣の白鹿は粛霜をうまく撒いてきたのか、いつのまにか私の後ろにいる。アエスが残念そうに鳴いた。
船を操縦する狼みたいな風貌の犬妖精と、整備士のドーベルマンっぽい犬妖精に挨拶する。少し会話したけど、この二人ならしっかりしていて信用できそうだ。
イージウムが王城を出て広場に立つルジェロさんの元に向かうのに合わせ、船もゆるゆると動く。
ツユースカとシジルは船の中の客室で待機してもらう。
政治ショーとして船の甲板に立つのは私たち三人と白鹿だけ。ミルディンやフィルさんとも相談して、そういう段取りになっている。
船は静かに離陸し、空を飛んだ。
原理不明の飛行船なので私はちょっと緊張しているけど、テトラは黒柴さんと一緒に歓声を上げている。
思わず隣にいるヴェルの腕をつかんだ。
私の様子にヴェルは苦笑する。
「さすがに少し不安だよね。妖精族の技術を信じないわけじゃないけど」
「操縦士さんともうちょっとお話できればよかったんだけど」
「これからその時間はあるだろうから、今はあっちに集中しよう」
そう言って、ヴェルは眼下に見えてきた広場を指す。
広場では、ショーが始まっていた。
民衆から英雄として喝采を浴びるルジェロさんと猫妖精たちの元に、白い船は近づいて降りていく。
リィコとストリンはルジェロさんと一緒に広場で手を振っている。
私たち三人も船から降りて合流。
そして、集まった皆さんにぺこりとお辞儀。更に歓声が上がった。
拡声の魔術で、ルジェロさんは私たちを軽く紹介する。
そして、イベントの締めくくりである宣言を行う。
「人族と妖精族、そしてアストロジア王国との共栄を!」
民衆のみなさんはノリよく拍手する。
私たちは愛想を振りまくようにして手を振ると、再度お辞儀をし、船に戻った。
リィコとストリンが私たちについてきたのを確認し、船はまた離陸。
ある程度の高度まで到達したところで、私は魔術の杖を取り出してデモンストレーションを行う。
杖を大仰に振り回し、魔除けの魔術を発動。それは円を描き淡い光を集めて拡散する。
白い船は光の粒子をたなびかせながら南へ向かう。
広場からそれを見上げる人たちの盛り上がりからして、イベントは成功のようだ。
私たちはこのまま帰国。
船の上から地上を眺めると、広場の隅に、ミルディンたちがいた。魔除けの術の影響を受けない位置から様子を見ている。
子どもたち五人とフィルさんが私たちに手を振ってくれたから、こちらも振り返す。
フィルさんの背後で粛霜が縛られているのに気付いたけど、見なかったことにした。
こんなことならツユースカとシジルにも、みんなとこうやってお別れをさせてあげたかった。そう思ったところで、ミルディンと目が合う。
ミルディンは珍しく、歳相応の好奇心をむき出しにしたような笑顔でこちらを見ていた。その晴れやかさに、息を呑む。
とても綺麗なものを見た。
この世界にはもう、ナルシストに擬態せざるを得ない復讐者はいないのだ。