【番外】役に立たない未来予知【4月1日用】
安全な場所で眠れる今のうちに、次に向けての情報が欲しい。
そのため、久しぶりに夢鏡を利用することにした。
予知したい時期が指定できないのがもどかしいけど、挑まないのは損だ。
意識して夢の中から銀色の世界に入ったところで、肝心なことを思い出す。
事前にヴェルに協力をお願いするのを忘れていた。
予告なく私に呼び出されたヴェルは、今回も真上から落ちてくる。
仰向けの状態で夢鏡の上に浮かぶヴェルは、何が起きたのか理解が追いついてないようでぼんやりしていた。
慌てて駆け寄って、スライディング詫び土下座。
「ごめんなさい、前もってお願いするのを忘れていて」
「……ええと……ゲルダリア……?」
急にすべりこんできた私に気付き、ヴェルは起き上がる。
「今回も未来視に協力して欲しいの」
ヴェルは土下座する私の横に移動し、胴に腕を回して私を抱き起こす。
「ここに呼ばれるたびに驚くのは確かだけど、そこまで大げさに謝らなくていいよ」
「……ありがとう」
土下座をやめさせる流れでそのまま抱きしめられているけど、ヴェルは何だか元気がない。私も腕をヴェルの胴に回して抱きつき返す。
やや間があってから、ヴェルは静かに言う。
「前の予知で見たあの怪物が界砕の王だったんだね。地面を割ってあれが姿を現したときは驚いたよ」
「そうね……予知と違って遺跡が燃やされるとは思わなかったわ」
ゲーム中でも炎上ステージではなかったから、油断した。
「みんなで退治したから、もうあの予知は成立しない。未来が変えられるというのは本当なんだね」
ヴェルは色々と思い出しているようだ。
しばらくして、ほっとしたようにつぶやく。
「うん、あの夢がもう終わったことなら。ゲルダリアが次を気にするのは分かるよ」
「じゃあ、早速お願いしてもいい?」
「そうだね……」
ヴェルは渋々と私から離れる。
恋人らしいことは、脅威を全部潰してからじゃないとままならない。
ヴェルと向かい合い、両手を繋ぐ。
精神を研ぎ澄まし、熱のようなものを探り当てる。
それを逃がさないよう引きずり下ろすと、銀の空間に光が落ちて、映像が流れる。
整備され清潔な街が見えた。
空には光り輝く巨大な船がいくつか浮かんでいる。
映像は地上に移っていく。
淡いクリーム色のタイルで舗装された道に沿って、水晶のような素材で作られた街灯が並んでいる。通りにはデジタルサイネージじみた魔導光板が掲げられ、電子広告のようなものが映っていた。
大勢の人が行き交うその街は、ユロス・エゼル共和国の首都、ウィンシゲルに見える。
ゲーム中で散々見た光景とあまり変わらない。
その街の中を、見覚えのある誰かが二人で並んで歩いて行く。
おそらく魔術で青く染めた髪の男性と、長い黒髪の女性。女性の肩の上には黄色い小鳥が大人しく留まっている。
……それは、大人になったヴェルと私のように見えて、思わず息を飲む。
今から何年先の姿なのだろう?
私の隣で、ヴェルも驚いている。
「……僕たち?」
「みたいね?」
未来のヴェルは、首の保護のために伸ばしていた後ろ髪を切ってしまっていた。私のお気に入りのしっぽが……。
そこは地味に残念だけど、並んで歩く私は、今よりも身長が伸びている。
……ヴェルと身長差が縮まっている!!
思わず両手を握りしめてしまったけど、喜んでいる場合じゃないか。
落ち着いて情報を拾おうとするけれど、予知の中の私たちが街に馴染む服装をして歩いていることしか分からない。
テトラは一緒にいないのだろうか。
二人は丸い魔導端末から地図を立体出力しながら歩いて、和やかに会話する。
「この国は来る度に発展していて飽きないわね」
「アストロジア王国もこのぐらいの速度で発展させられたらいいんだけど」
……数年先でもアストロジア王国の発展は微妙らしかった。どうして。
やがて、未来の私たちはカフェのようなお店に入る。
どうやら誰かと待ち合わせていたらしい。
そこで会っているのは……。
今とは違い、長い亜麻色の髪を後ろで束ねたアリーシャちゃんに、身長が伸びて眼鏡を掛けたバジリオ君。ゲーム中の姿に近くなった二人に加えて、あと二人いる。
キラナヴェーダ2のネームレス主人公である黒髪赤目の青年と、ヒロインである金髪碧眼のフレイアちゃんだ。こちらの二人はゲーム中と同じく軍服姿のまま。仕事の合間に抜け出してきたのだろうか。
未来の私とヴェルは、キラナヴェーダ2のメインパーティの四人と仲良く会話している。まるで、私とヴェルが四人と一緒に旅をして世界を救った仲間かのようだ。
「……誰?」
ヴェルはアリーシャちゃんとバジリオ君しか知らないので、何の集まりなのか見当がつかないのだろう。
未来の私とヴェルは、四人にこの街から近い観光地について聞いているらしく、ゲーム中で知った地名がいくつか上がる。
それにしても。
アリーシャちゃんとバジリオ君が私とヴェルのことを先生と呼んでいるのは分かるけれど。何故か主人公君とフレイアちゃんまで私たちを先生と呼んでいる……。
今これから、どういう出会い方をするのだろう?
会話の中で私がゲラティア遺跡を破壊したかのような話が挟まるけど、きっと何かの聞き間違いだろう。ラスダンとか隠しダンジョンを破壊できる力があるなら苦労はしない。うん。
やがて、六人での楽しそうな会話も終わりを迎えるようだ。
全員で店を出ながら、アリーシャちゃんが言う。
「久しぶりに先生たちと会う機会があって嬉しいです。できればもうちょっと先生たちと一緒にいたいけど……」
バジリオ君が嗜めるように話を遮る。
「流石に新婚旅行の邪魔はやめとけって」
「分かってるってば!」
え?
……新婚旅行?
だからみんなにおススメの観光名所について聞いていたの?
未来の私とヴェルは、ユロス・エゼルで新婚旅行を?
それでテトラが一緒にいないのか……。
私がぼんやりするうちに、六人は解散する。
そこで予知が途切れた。
えーと……?
隣にいるヴェルが静かだ。
しばらく目を瞬かせたヴェルは、混乱したように言う。
「……これは、予知じゃなくて、夢なのかな?」
確かに、ここで得られる情報は未確定のもの。
とても理想的な夢なのだ、今はまだ。
夢鏡が終わる時間になり、私は目を覚ます。
ここからの行動で未来はまた大幅に変わっていくのだろう。
それでも、どうにかこの予知に繋がらないだろうか。
あれだけの情報では、今からの行動指針には使えないけれど。
たまにはこういう予知があってもいい。