没キャラのくせに生意気だ
JRPGの世界には地球の歴史など関係ないので、文明や文化の発展に類似性などないし、好き放題に設計された作品も多い。そもそもローマ帝国より後の時代の方が文明力の衰退が見られる地球史なんか、創作の参考にする甲斐がないという考え方もある。
この街には近代的なレストランやカフェが並ぶ通りがあって、その一角にフルーツパーラーのお店を見つけたので、オープンカフェで一息つく。
ツユースカはメニューに興味津々で、粛霜が同席していることなど意識から抜けているようだ。
メニューを見ても謎の果物名がいくつか見えるので、私は無難そうな物を注文する。
一方で、周りの客が女性ばかりで萎縮する粛霜。注文をツユースカに丸投げし、粛霜は気まずそうに私に聞いた。
「なあ、何でこんな場所を選んだんだ……?」
「実は私たち、今全員がこの街で買い出しをしているんです。男性が入りやすいお店に行けばミルディンたちと鉢合わせる可能性がありますが、貴方の話はミルディンに聞かれては困るのでしょう?」
「…‥それはそうだが……」
「男性であれど甘いものを好む方も居ますから、挑戦されてみては?」
そんな話をするうちに、お手伝い妖精たちが注文品を運んできた。作るのが早い。
私は白鹿とアエスに果物の盛り合わせを食べさせる。アストロジア王国にはない味を堪能してもらおう。
白鹿は宝石みたいに透き通るピンク色の果実にかぶりつき、もちもちと食べる。グミキャンディみたいな弾力だ。
アエスはどこかのゲームのログインボーナスみたいな虹色の果物をついばみだした。アエスがご機嫌なので、この果物はヴェル好みの味のようだ。後で追加分を買おう。
「甘くない果物もあるわ!」
ツユースカはそう言って、緑の実と青い球体が山ほど詰まった飲料のグラスを粛霜に差し出す。色彩さえ無視すればタピオカドリンクに見えなくもない。
「お、おう……何だいこりゃあ……」
「食獣花の実と、丘マグロの卵よ」
「何て?」
引き気味の粛霜に構わず、ツユースカは説明する。
「自分から歩いて移動する植物と、魚の姿をした植物ね」
メニューを読むと、『農家を悩ます鼠の駆除に貢献した食獣花は良い実をつけます』などと書いてある。テトラが喜びそうな植物だ。丘マグロは何だろう。まあいいか。
説明を聞いて、粛霜は一層表情を曇らせる。
「魔物じゃねえかよ……」
「おいしいのよ?」
ツユースカが知っている植物はミルディンからの知識だろうし、食材への心配は要らないだろう。
私は自分が注文した物を食べる。こちらはベリーのような見た目の果物のパフェで、甘酸っぱくておいしい。
粛霜は無言で魔物由来の物質をさも不安そうに匙ですくうと、一思いに口に含んだ。途端に視線が宙を彷徨いだす。ぐっと飲み込み、感想をもらす。
「薄荷……いや、違うな……?」
宇宙の深淵をのぞいたかのような表情の粛霜に、肝心なことを聞く。
「それで、話とは?」
ツユースカが詳細不明なオレンジ色のパフェに夢中になっている間に、面倒くさい話を済ませる事にした。
首都に入る前に勝手に行方をくらました粛霜は、森での静かな生活に戻るつもりでいたらしい。
そこに翡翠の鍵の残党らしい“何か”が接触してきたそうだ。
「青くて長い杖を持った、灰色の服を着て口元以外は全部隠してる奴だ。適当に話を聞いて、奴が去るのを待ってたんだがな。訳の分からん理由で妙なモンを寄越された」
「妙な物?」
「心臓に寄生する薔薇を枯らす薬って話だ」
ミルディンの仕込みを?
吹っ切れて魔物食を続けつつ、粛霜はうなずく。
「うさんくせえだろ。奴は何で俺がそんな仕打ちを受けたと知ってやがる?」
「どこかで貴方達のことを観察していたのに、ミルディンを止めなかったということですからね……」
その上で救済の振りをして寄ってくるのは、不審極まりない。
「仮に奴がミルディンと戦う力を持たんにせよ、俺に肩入れする理由もねえだろ。慈善活動とやらをする手合いにゃ見えんし、人族かもわからねえ」
話を聞きながら、パフェを食べる。甘い物を食べながら聞く穏やかな話では無かったけど、どうしようか。
粛霜は私とツユースカがパフェを食べるのを見、話を続ける。
「で、俺が嬢ちゃんを探していたのは、その薬が本物かどうか調べてもらいてえからだ。報酬はちゃんと払うんで、頼めねえか」
「……その報酬は、人道に反しない手段で得た物ですか?」
粛霜が身につけている衣装も、どう手に入れたのやら。
私の疑問に、粛霜は苦笑する。
「あー、この国じゃ許可無く酒を作って売っても、捕まらねえよな?」
「この国であれば、そうですね。問題になりません」
アストロジア王国とユロス・エゼル国だと密造酒は禁止されているけれど。
粛霜がタピオカ(偽)を食べ終えたので、場所を変える。
フルーツパーラーのお代は、粛霜が依頼の前報酬としてまとめて払ってくれた。
いざと言うときに備えて街の外へ。
白鹿とアエスが大人しいし、周囲も静か。
道から外れた広い野原で安全を確認し、粛霜が茶色のガラス瓶を取り出す。
中身は、一見するとコールタールのような黒い流動体だ。
アエスと白鹿があからさまに反応する。白鹿が怖い顔をして瓶を睨むので、瓶を地面に置き、全員で離れた。
まずは物質解析の魔術で調べるけど、鉱物の粉が何種類か混ざっている。火薬みたいな成分構成だ。
これ、火炎瓶では?
続いて魔術解析。ガラス製の栓の元に、熱を収束させる魔術が仕込まれている。
完全に火炎瓶では?
おそらく真顔になっているだろう私を見て、粛霜が確認する。
「予想通り、まともなモンじゃねえな?」
化学と魔術の二重仕掛けに呆れ、返答より先に溜め息をついてしまった。
「……栓を抜いたり、瓶が割れると、おそらく爆発します」
「そこまでの危険物だったか……」
「これを使えば、確かに寄生薔薇は枯れるというか焼けるでしょうね。ついでに貴方の身も」
私の言葉に、粛霜は腕組みをして天を仰ぐ。
「あんにゃろうめ。嘘はつかんが肝心なことも説明せん手法は気に入らんな」
死は救済、とでも言うつもりだろうか。タチが悪い。
「貴方の身体は普通の人族よりも丈夫そうですけど、爆発などへの耐性はお持ちですか?」
「ねえよ、そんなもん。普通に死ぬわ」
粛霜の超人的な要素は筋力強化と不老長寿だけだろうからね……。
「解析は以上で完了ですけど、これはどうします?」
「そうさなあ……持ち歩く気にもならん。どっかに深い穴を掘って、その底で爆発させるくらいしか思いつかんな」
粛霜はしばらく考え込む。
そして、今まで静かにしていたツユースカが、抑えめの声で言う。
「やっと思い出したわ。青い杖を持ち歩く、召喚師のヴォルグナ」
「ヴォルグナ?」
どこかで知った名前だ。
ツユースカはガラス瓶を見つめながら話す。
「シジルから会わないように言われていたの。ヴォルグナはずっと翡翠の鍵の派閥争いには興味無さそうなのに、常に誰かに何かを渡していたらしいから」
「今回の俺みたいなモンをもらった奴でもいたのかい?」
「シジルが言うには多分そんな感じね。ミルディンも、ヴォルグナがシジルに便乗して組織内の対立煽りを加速させているんじゃないかって疑っていたわ」
だけど、シジルとミルディンの復讐に加担するわけでもない。立ち位置は不明。
「俺を殺して、ミルディンの手駒を減らしたいってとこか?」
「私にはヴォルグナの目的は分からないわ。でも、みんなが危険な目に遭うのはイヤ。シジルとミルディンにこの話は伝えておきたいのだけど、貴方はミルディンに会いたくないのよね?」
ツユースカの問いかけに、粛霜はへらりと笑う。
「いや、もう諦めるさ。これ以上面倒ごとが起きるよりは、正直にミルディンに白状する方が楽だろう」
この戦闘狂は、何が何でも私たちと合流するつもりのようだ。
日が暮れる頃に宿へ戻る。
粛霜は客として招かれていないので、お手伝い妖精から宿に入るのを拒否されてしまった。仕方なく、白鹿に粛霜を見張ってもらい待機させ、私とツユースカはみんなの元へ。
宿の広間でこれからの話し合いをするために集まっていたみんなは、私とツユースカが粛霜を連れてきたと説明するとざわついた。
ミルディンは呆れた表情で言う。
「それで、その瓶はどうしたんですか?」
私は虹色の果物をアエスに食べさせながら答える。
「まだ街から離れた場所に埋めてあるわ。術の発動が仕掛け人に察知される可能性があるから、爆破処理はやめておいたの。衝撃吸収の魔術を施した布で包んであるから、仮に遠隔で爆破されても被害は少なく済むはず」
「貴方たちがヴォルグナに監視されている可能性はありませんか?」
「守護獣たちが反応していないから大丈夫だと思うわ。でも、守護獣たちに気付かれずに監視が可能な相手だったら対策は取れないけれど」
ミルディンのように植物の魔物を利用してもヴォルグナの接近を察知できないなら、私にはどうしようもない。
シジルはミートパイを食べながら悪態をつく。
「ほっとけよ、あんな奴。何で連れてくるんだ」
ツユースカは実弟を嗜めるように言い返す。
「ヴォルグナの目的が分からないままでは、みんなだって危ないわ。情報は必要よ」
「だからってあいつが何か役に立つのかよ」
シジルの言うとおり、粛霜は囮役が下手なので前衛失格である。
とはいえ、ゲーム内と同じく独り行動させて死なせるのも気まずい。
一応、みんなに説明しておく。
「粛霜は残りの異界の王を討伐することに興味があって、放っておくと勝手に私たちについてきて何をするか分からないから、あらかじめ監視しておくのが安全だと思うわ」
当然ながら誰も納得していない。
ヴェルとフィルさんは何かを話し合っている。
テトラは何種類もの根菜をすり潰して練った揚げ物を食べながら言う。
「まあでも、あの浮浪者が守護獣の前で大人しくしてたおかげで、街中で瓶が爆発せずに済んだんだよね? 僕ならアイツに会ったら殴ってたかもしれないからさ、そこだけは良かったんじゃない?」
「それが、今は格好を整えていて、もう浮浪者には見えなくなっているの」
「あ、そういう知恵は働くんだ? アイツ」
テトラはそこで話を切り替える。
リィコとストリンを呼んだ。
「ねえ、ゲルダ。リィコとストリンも僕らと一緒にユロス・エゼルまで行くって」
「おれたちも行くー!」
「勇者になるー!」
ぴょんぴょんと跳ねる猫妖精たち。無邪気でかわいい。
「でも、ユロス・エゼル国は妖精お断りでしょう?」
私の言葉に、テトラが得意げに答える。
「ゲルダたちが戻って来るちょっと前に、王城から使者が来て教えてくれたんだよ。グロムモア陛下がロロノミア家の偉い人と一緒になって、ユロス・エゼルと交渉してるってさ」
「アストロジア家じゃなくて、ロロノミア家の当主様が?」
「多分ね。アストロジア王国は王様が代替わりして、あのムキムキの王様は退位しちゃったんだって。それで僕らはしばらくロロノミア家に従えってさ」
「じゃあ、ついに五人目の導きの王が誕生したのね」
私たちが国家の魔術師としてロロノミア家に従うのは今まで通りだからそれはいい。でも、国防担当のアストロジア家の行動が伏せられているのは不安だ。
テトラはそこまで気にせず話を続ける。
「そう。そんで、僕らは5日後に妖精族の空飛ぶ船を借りて、アストロジア城までこっそり帰るけど、船を動かす妖精たちも僕らとそのまま一緒にユロス・エゼルまで行動していいんだってさ」
「船ごと妖精たちを借りて行けるのね?」
それなら、一時帰国どころか、ジャータカ王国やユロス・エゼル共和国まで早く行ける。徒歩で一か月かかる距離を、一日で移動できるのは大きい。
南の大国は、異界の王対策で他の弱小国家から情報と戦力を借りる必要を感じていないだろう。けれど、弱小国家たちは大国がどう異界の王に対処するかの情報が欲しいのだ。
召喚術が存在する以上、異界からの脅威は続く。
私がテトラや猫妖精と話す間に、ヴェルとフィルさんは粛霜に会っていたらしい。二人は戻って来るとみんなに言った。
「粛霜だっけ? あの人、本当に僕らについて来るつもりのようだったから、念のために魔術による行動制限を掛けさせてもらったよ」
「ミルディンの仕込みはアストロジア王国やユロス・エゼルに行けば消滅してしまうから、代替処置だ」
ヴェルに続いてそう話すフィルさんの表情は厳しい。弟を殺そうとした相手を生かしておくのは、本当は嫌なのだろう。
ゲーム中では敵と乱戦になる最中に粛霜がついてきて結局死ぬので、有耶無耶になったけれど。
私にも粛霜を庇う理由がないし、街の警備団体に突き出す方が自然だっただろうか。
シジルは露骨に、フィルに負担をかけやがってと言いたげな顔でこちらを見る。
……分かっている。次は甘い対応はしない。
粛霜は白鹿の監視付きで街の外れの安宿に泊まるらしい。
私たちは引き続き、国家運営の宿で就寝する。
旅に出る準備を一日するだけで疲れてしまった。
お風呂を済ませ、ツユースカはもう寝入っている。
ベッド横のテーブルには、今日も羽ペンとインク瓶があった。紙が二枚用意してあり、一枚には絵日記のようなものが描かれている。今日香水を買ったことが相当嬉しかったようだ。
何故これを置いておくのかはまだ教えてもらえない。
とにかく私も寝ようと思ってベッドに横になる。アエスも私の枕元へ移動。
そうしてうとうとし、寝付く直前にふと思い出す。
召喚師ヴォルグナ。
キラナヴェーダ一作目には登場していない。
けれど、ゲーム制作者は登場させる予定でキャラを作っていたのだ。
容量の都合で、それは叶わなかったらしい。
ゲーム設定資料集の、カバーを外した裏表紙に、ラフが描かれていた。
……あのキャラが、この世界では実在している……?