お前の着せ替えDLCは存在しねえ
グロムモア陛下とは、旅立つ準備を終えた5日後にこの国の首都でイベントを行うと約束した。
英雄譚の発表会だ。
結局、英雄役はルジェロさんが引き受けてくれたのだ。
グロムモア陛下との話し合いで、私が今この国に滞在する間の肩書きは魔術師のゲルダで通すことになった。
ディナ・シーの姫の救出と異界の王の討伐に参加したこの国の貴族は、ルジェロさんだけ。なのに他国の貴族である私が同行していたとなれば、この国の他の貴族の面目が潰れてしまう。
そして、庶民は翡翠の鍵から扇動され、貴族への不満を抱えている。
他国の貴族の活躍を口実にして、この国の無能貴族を吊るそうとする民衆が出る可能性もあるそうだ。怖い。
グロムモア陛下を含めたノルドゥム家が異形化する事態は避けられたけど、ここはとっくに修羅の国だった……。
ミルディン曰く、翡翠の鍵が真面目な貴族を優先して殺していったので、妖精に守られた首都とルジェロさんの実家が管理する地域以外は汚職の街しか残っていないらしい。
私はゲームでルジェロさんが他の貴族から妖精憑き呼ばわりの侮辱を受けていたのを知っているから、今回の件でルジェロさんの手柄を誇張して他貴族を黙らせることに異論はない。
そんな政治ショーの話を、宿のみんなと昼ご飯を食べながら説明する。
シジルはそれを聞いて鼻で笑う。
「妖精と人族と他国人で手を取りあって強大な敵を倒してめでたしめでたし、なんて、いい物語だな。この国の人間はそういうの好きだろ。翡翠の鍵にも大衆小説を読んでる奴はいたしな」
……思春期全開の反応だ。私にも覚えがある……。
あとこの国には大衆小説の文化があるのか。探してみたい。
その後はみんなでおやつを食べながら、テトラの商売計画を聞いた。
テトラはアストロジア王国を基点に、イシャエヴァ王国、ジャータカ王国、そしてユロス・エゼル共和国を相手にした商売をしたいらしい。
アストロジア王国から許可されている輸出品は織物と宝石類。
今の私たちは特例で商人の振りを許されているけれど、本来は金属製品は審査を受けないと持ち出せない。
そのため、テトラが個人で商売をするなら金属製の調理器具や武器は売れないので、魔術を使って加工した布製の護符や宝石を元手に商売を始めることになる。
ジャータカ王国で売られている物は、香辛料と食材と陶器。
イライザさんは保存食を開発し、それを売って旅行しやすい観光地を国内に増やすのを目指している。テトラとしてはここに乗っかって商売したいけれど、ジャータカ王国が安定しないと始まらない。
先にイシャエヴァ王国で商売をするのがいいと判断して、テトラはミルディンの協力を求めた。
「護符を人族に売って宝石を妖精に売れたらいいなと思ったんだけど、取引して大丈夫な妖精族ってどのぐらいいるの?」
しばらく話を聞いていたミルディンは、テトラの商売計画が想像より無難で安心したのか、すんなり情報をくれた。
「正直、かなり少ないですよ。その上、人に友好な種族でも貨幣制度に興味はありませんからね」
「物々交換になるんだ?」
「物が返ってくるならまだマシです。祝福をして終わる場合がありますね」
ミルディンは妖精との商売に苦労したのか、急にテンションが下がっている。おいしいアップルパイを食べているのに。
一方でテトラは嬉々として言う。
「それはそれで商売にならない? 観光客にさ、この妖精族にこの貢物を渡すと祝福してもらえるよって案内するやつ」
アイドルの握手会かな?
テトラは猫妖精と握手できるなら、魚料理をいっぱい貢ぎそう……。
その提案に、ミルディンもしばらく考え込む。
この世界でも観光案内の仕事が成り立つならそれに越したことはない。治安維持が早急に求められるけれど。
ジャータカ王国もイシャエヴァ王国も、そういう意味でまだ安定した商売は難しい。
今は安全確保しながら泡銭稼ぎを繰り返す段階のようだ。
食後は買い出しのため、女子と男子で別行動することになる。
私は髪と瞳の色を黒くして、ツユースカとアエスを連れ一緒に市場へ向かう。今回は白鹿もついてくる。
旅の用意と調査を兼ねて訪れた大通りは、今日も賑やかだ。
まずツユースカの着替えを用意する。今着ているものは本来は服向けの生地ではないから肌に悪い。
初めて服飾のお店を利用したツユースカは、好奇心に満ちた瞳で店内をあちこち見回す。私が店員さんから既製品の旅行服を見せてもらう間、ツユースカは町の人たち向けの普段着を眺めていた。
私が候補を決めてツユースカに着たい物を選んでもらうと、彼女は機嫌よく言う。
「私のための新しい服なんて贅沢な気がするけど、こうして選んでいると楽しいものね」
「今の時代であれば、庶民でもおしゃれ着を用意したり旅行用の服を用意するのは珍しくないから、贅沢だなんて思わなくても大丈夫」
グロムモア陛下の姪であるツユースカに安物を着せるのは気が引ける。でもRPGのキャラらしい目立つ格好はさせられないので、せめて丈夫で肌触りのいい生地を選んだ。
いつかはオーダーメイドのドレスも用意してあげたい。
私のその考えを余所に、ツユースカは風景に溶け込みそうな地味な色の服を選んでいく。旅する途中で獣に目をつけられない色はおしゃれとは程遠いけれど、本人は気にしないどころか楽しそうだ。
清らかであれ、という願望の押し付けに辟易しているツユースカは、地味な色の服の方が安心できるのかもしれない。
全身一揃い新調した結果、性別不明のモブ魔導士みたいになってしまったけど、彼女は生き生きしている。
服を買ってそのままお店で着替えたツユースカを連れ、次は爆弾作りの材料を見て回る。
この国の鉱石はアストロジア王国で採掘される物より質が悪いので、可燃性の爆弾よりハーブを利用した催涙弾の方が作りやすいかもしれない。
ガチガチの武装をしてはユロス・エゼル国に入れてもらえないし、爆弾は道中だけあればいいか。
最低限必要な物だけ買い出しを済ませ、後は市場調査兼お土産探しだ。
ゲーム中とは違い、大通りの露店の区間には妖精族まで出店している。
その中でも、妖花族たちのハーブ屋が広くていい場所に店を構えていて、私たちと歳の近い女の子達がひっきりなしに立ち寄って賑やかだ。興味が湧いたのでのぞいていくことにした。
この露店では、好きなハーブを組み合わせてオリジナルブレンドのポプリや香水を作ってもらえるらしい。
お手頃価格のポプリは大人気で売り場が混雑していて、私とツユースカが入る隙はない。
仕方なく、他の商品を探す。
一番端の売り場には、撫子色のハーブが精油や香水に加工されて並んでいた。
甘すぎず落ち着いた匂いで、何だか安心する。
ポプリの売り場とは違い暇そうな店員さんがいるので、質問してみた。
「これはどういったハーブですか?」
クリオネのような形状の緑の体、紅色の花が頭に咲いたアルラウネの店員さんは、私の質問に妖精語で答える。
ゲーム中で聞いたことがある単語なので、私には言葉の意味だけは分かる。でも商品としての意味は分からない。
思わず隣のツユースカを見る。
彼女はキョトンとした後、うなずいた。
「このハーブは妖精語のまま有名で、人語はないらしいの。キュリルミアちゃんが持っていたから聞いたことがあるわ」
なるほど。
祝福を意味する名前の、人気のハーブ。
店員さんの代わりに、ツユースカが説明してくれる。
「キュリルミアちゃんはこのハーブを精油にしてディナ・シーに捧げると言っていたわ。人間には魔除けのポプリが人気だって」
「この大陸では説明不要の有名な物なのね」
よく見ると、人族向けの値札には可愛くない額が書かれている。
だからこの売り場は閑散としているのか……。
ディナ・シー族御用達の品なら、これから王妃になるであろうイライザさんへのお祝いにいいかもしれない。
この商品が貴族王族向けの贈答品として適切な価値のものかどうか、タリスに一度確認してみよう。ゲルダリア名義で王妃イライザ様に贈り物をして、実家が恥をかいても困る。
そのために、可愛くないお値段の精油の小瓶を一つ買うことにした。
午前中にグロムモア陛下からの報酬を受け取っていて良かった、と思いながらお金を出そうとすると、店員のアルラウネは首を横に振る。
現金拒否? ポプリの方はこの国の通貨で買えるのに?
と思ったら、アルラウネは私の腰ポシェットを指す。何かあるだろうか。
入っている物を出して、アルラウネの前に並べていく。
護符の刺繍をしたハンカチ、小型ナイフ、傷薬入りの小瓶、そしてスミレの花を閉じ込めた水晶。
水晶を出した途端に、アルラウネは歓喜の声を上げて鳴き、アエスが不満そうに鳴いた。
「……この水晶を、商品のお代に?」
私の問いかけに、アルラウネは興奮したようにうなずいて水晶を指す。
妙にウケがいい。
アルラウネ的にこれは同族が標本にされている状態じゃないんだろうか。
でも、ゲームやアニメで人が水晶や氷に閉じ込められるシチュエーションは昔から沢山あるし、アルラウネにとってもエモい扱いかもしれない。推しを苦境に追い込むタイプのオタクかな?
「分かりました、ではこちらでお支払いしますね」
水晶を差し出すと、アルラウネは嬉しそうに受け取った。
そして、紙袋に精油の小瓶を3本とポプリとハーブそのものの束までぽいぽい入れて、私にぐっと押し付ける。
思わずそれを受け取ってから、私は慌てて言った。
「あの、多すぎませんか?」
アストロジア王国でも水晶を錬成する魔術をうまく扱える人は稀だけど、水晶に花をとじめた工芸品はそこそこ流通している。ここまでの価格ではない。
けれど、店員さんは水晶を高く掲げて歌いながら眺めるのに夢中だ。既に私のことなど眼中にない。
……まあいいか……妖精の価値観は人族には難しいし。
妖精だから気まぐれを起こすこともある。店員さんの機嫌がいいうちに露店を後にした。
露店で途中から私と店員さんの挙動を観察していたツユースカは、別の通りに出た辺りで口を開く。
「妖精があんなにも喜ぶなんて、宝石ってすごい物なのね?」
「アストロジア王国でも魔術に利用してはいるけど、あそこまで宝石に価値を感じる種族は妖精族が一番かもしれないわ……」
ユロス・エゼルの旧統治者の種族とは真逆の反応だ。あの国ではファンタジー世界特有の不思議物質が山のように発掘できるから、アストロジア王国で採掘される宝石は魔術品の価値も装飾品の価値もない。素材格差社会である。
ユロス・エゼル国が妖精を入国させたがらないのは、妖精にあの国の不思議物質を与えると無敵の破壊兵器に化けてしまうからだろう。
妖精のお店でハーブをチェックできなかったので、人族のハーブ屋さんをのぞく。
調味料や香辛料としてのハーブはジャータカ王国の方が種類豊富だ。この地域は美食よりも美容のための物が多い。
取り扱うハーブの質は妖花族には劣るそうだけど、人族向けのハーブの加工は多岐に渡る。
定番の商品はポプリだけど、お香や石鹸に入浴剤も種類豊富にあり、雑貨としても魔術の触媒としても利用できる。
流石に精油技術では妖精に勝てないらしく、アロマオイルはお金持ちが妖精族と取引きして手に入れる趣味だそうだ。
それを聞いて、私はさっき買った物を思わず抱え直した。流石に後から返せって言われないよね……?
ともかく、良さそうな物をいくつか買う。ジャータカ王国にも香炉を使う文化はあるし、イライザさんにちょうどいい。
お店を出て、ツユースカがふわふわと歩く。匂いに酔ってしまったらしい。
「大丈夫?」
「ええ。初めて見る物だらけで、はしゃぎすぎたわ。キラキラがいっぱい」
ツユースカは、旅の記念に買った香水の小瓶を取り出して眺める。
繊細でかわいい細工の入ったガラス瓶もデザインが豊富で、好みのデザインの小瓶に香水を入れてもらえるのだ。ツユースカが選んだのは、猫妖精型のガラス細工の小瓶にミント系の爽快さがあるベビーブルー色の香水。
ツユースカはうっとりして言う。
「本当に夢みたい。こんなにも素敵な物を買ってもらえるなんて」
その“素敵な物”は、この街の住人であれば真面目に働くことでいつでも手に入れることができる。この国の庶民の文化水準として珍しいことではない。アストロジア王国の文化レベルが低いから、比較すると贅沢に見えてしまうだけ。
「それはツユースカの頑張りに対する正当な報酬だわ」
「正当、なの?」
「まだ足りないくらい。これからも貴方には危険な場所についてきてもらうんだから、楽しみはいくらあってもいいの」
私がそう言うと、ツユースカではなく背後から反応があった。
「おう、その危険な場所とやらについて、俺にも聞かせてもらえねえか?」
聞き覚えのある声。
私が振り返るより早く、アエスが弾丸のように飛び出す。
「ピィ! ピィ!」
「いででででで! やめろ!」
アエスにクチバシで突かれているのは、えーと……。アゴ骨の形と声から判断すると、粛霜のようだ。刀はどう隠しているんだろう。
最後に会った時とは髪型も服装も変えてしまったので、誰だか判別するのに時間がかかった。
私は粛霜に衣装チェンジとかプレイアブル化とかは求めてなかったけど、一部のファンは渇望してたっけ……。
アエスに地味な攻撃をされていると言うことは、粛霜側には私に悪ふざけを仕掛ける用意があったということだ。アエスからミルディンへの反応と、粛霜への対応の差が極端すぎる。
白鹿も粛霜を胡散臭く見つめて微妙に喧嘩腰の顔つきだ。
チクチク攻撃に耐えかね、粛霜はギブアップ。
「わ、悪かった、悪かったから! 何もしねえから話を聞いてくれ!」
「ところで」
私は肝心なことを聞く。
「貴方は一体、どちら様ですか?」
なんと、今まで一度も粛霜から自己紹介をしてもらっていないのである。
隠しボス討伐まで一緒に行ったにも関わらず、その機会が一切無かった。
おそらく、ミルディンの仲間たちも粛霜については誰コレ状態だったようで、ツユースカも警戒している。
私による指摘に、粛霜もハッとして大人しくなった。
アエスは鼻息を荒くついて粛霜を威嚇し、私の肩の上に戻る。
髪を短く切り、無精髭を剃り落としてこの国の衣装に身を包んだ相手は、改まる。
「あー……俺の名前は、粛霜と言う。遥か昔にこの世界へ召喚された侍、剣士だ。名乗るのが今になったのは悪かったよ」
それを聞いた上で、ツユースカは緊張したまま言う。
「名乗られても誰だか分からないわ……」
「そうだな、そっちの嬢ちゃんとは会話すらなかったもんなあ」
ミルディンが仲間と粛霜を関わらせたくなかったのもあるだろう。
戦闘狂がわざわざ社会に馴染む擬態までして私たちに会いに来たなら、ここで放り出すのはよくないか。
「貴方が名乗ってくれたなら、私もそれに合わせましょう。私の名はゲルダ・シェルメント。アストロジア王国から派遣されている魔術師です」
私が魔術師として名乗るので、粛霜はしげしげとこちらを観察する。
「訓練された歩き方しといて、魔術師だって?」
「この国と私の国では、魔術師の社会的地位がまるで違いますから」
エルドル教授だって多分人ではないけど、お作法はしっかりしているのだ。歩き方だけで貴族かどうかを判断するのは早計である。むしろ人を理解した人外ほど貴族の振りが得意じゃないだろうか。
ふと思い出して聞く。
「貴方の行動を制限する魔術があったはずですが?」
「そのことでアンタに相談にきたんだ」
魔術をかけたミルディンじゃなく、私に?
怪しい。
私がその感想を表情に出すのに、粛霜は意に介さず笑う。
「それにアンタ言ったよな、死ぬより酷い目に遭う場所へ連れて行ってくれるってよ」
これだからバトルジャンキーは。
「趣味が悪いですね」
妖精たちがいてくれたお陰で界砕の王との戦いはあっさり終わったから、戦闘狂には満足してもらえなかったらしい。
「一応、話は聞くだけ聞きますから、場所を変えましょう」
さて、粛霜とツユースカを連れて落ち着ける所はあるだろうか。