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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
143/155

望まれた英雄役には憧れない

 窓からの光を感じて目を覚ます。アエスも朝の挨拶とばかりにさえずり出した。

 いつに間にか熟睡していたらしい。

 ベッドの上で身を起こす。

 寝落ちしたので、噂の魚料理をまだ食べていない。

 そんなことをぼんやり考えつつアエスを撫でて、ふと隣を見ると、ツユースカが二つのベッドの間にあるテーブルをじっと見つめていた。

 そこには、未使用の紙と羽ペン、それからインク瓶が置いてあった。

 彼女は悲しげに青い瞳を潤ませている。

「……おはようツユースカ。どうしたの?」

 メモの用意なんて昨日は無かった。ツユースカの所持品だろうか。

「おはよう、ゲルダ。何でもないわ」

「でも……」

 何でもないと言うには、声が震えている。

「いいの、今日も朝から色々あるし、早く着替えてみんなと合流しなきゃ」

 それだけ言うと、ツユースカは強引に笑うように表情を歪める。

 急いで片付けるツユースカに合わせ、私も着替え始めた。

 いつか説明してくれるだろうか。


 ルジェロさんを待つ間に、みんなと一緒に宿の食堂で朝食をいただく。

 シチューの入った器にパイ生地をかぶせて焼いた、ポットパイだ。

 香ばしく焼けたパイ生地と、白身魚入りのクリームシチューは食が進む。

 猫妖精(ケット・シー)たちも大絶賛している。

 イージウムは首にナプキンを巻き付けスプーンを器用に握り、とろけた表情で言う。

「今日もここのごはんはおいしいな!」

「いつもここで食事してるの?」

 テトラの問いに、イージウムは不満そうに耳を垂らす。

「いつもは無理だぞ。お仕事のときだけ」

「まあそうだよね。ここの宿、高そうだし」

「元々はディナ・シーのための宿だから、俺たちあまり入れてもらえない」

 二人のやり取りに、リィコとストリンも言う。

「俺たちはここに泊まるの初めて」

「入れてもらえて嬉しい」

 こちらは食器をうまく扱えないので、子供たちに料理を食べさせてもらっている。

 テーブルマナーを習得しないと妖精も出世できないんだろうか。

 犬妖精(クー・シー)たちに至っては、武装のせいか宿に入れてもらえなかったし。

 妖精社会も厳しそうだ。



 朝食が済み荷物をまとめたところで、ルジェロさんとスシュルタがみんなを迎えに来た。

 これから王様に謁見し、昨日までの件とその後始末について話し合うらしい。

 代表として私とヴェルにテトラ、そしてミルディンが行くことになった。リィコとストリンはまだ宿を満喫したいらしい。

 ツユースカとシジルを留守番させると決めたのはミルディンだ。ミルディンは二人の素性を知っているのだろうか。


 緊張しながら王城にたどり着いた。

 ヴェルに頼んで、謁見前に私の髪と瞳の色を元に戻す。

 入り口から謁見の間に向かうまでに、人族の使用人に混ざるお手伝い妖精(ブラウニー)の姿をあちこちで見かける。ゲーム中にはなかった光景だ。今は妖精族と人族の分断を阻止できているのだろう。


 謁見の間には長い赤絨毯が敷かれていて、その最奥に王座がある。

 部屋の壁には歴代の王と王妃の肖像画がずらりと並び、そのうちの一つに目が止まる。

 先代王妃様の顔立ちはツユースカによく似ていた。垂れ目がちで大きな瞳に、まつ毛の長さ、華奢な体格も。

 でも、そこに意識を取られている場合ではない。気づかなかったふりをし、進む。


 長く赤い絨毯の先。

 豪華で堅牢そうな椅子に、この国の王様が座っている。

 ……。

 私は緊張で、深く息を吸う。

 ゲーム中の光景とは違い、今は部屋全体が照明で照らされていて、悠然と待ち構えている王様の姿が確認できる。

 白い髪に白い髭を長く伸ばし、厚手の衣装に王冠とマントを身につけた、壮年の人族の王、グロムモア・ノルドゥム陛下。

 そして、ルジェロさんはいつもの笑顔で礼をし、私たちのことを王様に紹介する。

「陛下。こちらがアストロジア王国から訪れたソーレント様ご一行です」

 緊張し過ぎて、何だかルジェロさんの声が遠く感じられた。

 陛下は鷹揚にうなずいて述べる。

「うむ。よく来てくれた、ゲルダリア嬢。アストロジアの王家とソーレント公爵から話は届いている。我が国の抱える脅威への対処を感謝する。無事息災のようで何よりだ」

 私はアストロジア王国の騎士の衣装のまま、右足の膝を左足の膝の裏に入れ体をかがめる礼をし、ヴェルとテトラは片膝をついて頭を低くする。

 心臓がうるさく鳴るのに耐え、言葉を紡ぐ。

「陛下にお目通り叶い光栄です。我々が人の世の脅威を打ち払う一助となれたこと、誠に喜ばしく思います」

 それはお世辞や社交辞令ではなく、素直な気持ちだ。

 ゲーム中の悲劇など何も知らない陛下は冷静で、健康そうだ。

 急に苦しみ出して異形化するような兆候は見えない。

 妖精たちだってこの場に居てくれるから、襲撃の心配もない。

 もうこの城の住人については安心してもよさそうだ。私がゲームで作ったトラウマは、ここで払拭される。


 グロムモア陛下は堅苦しい挨拶をすぐに終わらせ、これまでの騒動の話に移る。


 ディナ・シー族の姫であるカーネリア様を無事に救出したことで、今まで別次元(ティルナ・ノーグ)から様子を見ていた妖精たちも、人族への態度を緩和したらしい。

 どうしてカーネリア様だけこの世界に出ていたのかと思ったら、彼女は今のディナ・シー族の中で唯一の人族への寛容派なのだそう。

 ディナ・シー族は人族に無害な妖精だけ連れて常若の国(ティルナ・ノーグ)に閉じこもるつもりでいたけど、カーネリア様は反対し、人族だけでは異界の王を抑え込めないと主張していたそうだ。

 その説明を聞き、テトラが猫妖精たちの姿をちらちら見ている。

 カーネリア様が人族を見捨てていれば、猫妖精と犬妖精も居なくなっていただろう。

 とにかく、翡翠の鍵と名乗る魔術師集団の目論見は阻止できたので、この国は被害を受けた人の救済と、残党の悪あがきに備え警備強化を続けるそうだ。


 ミルディンは王様を前にしても物怖じせず王族貴族の不義を問い、処罰を求めている。貴族が私生児を捨てることで犯罪組織に人手を与える問題は、他国より深刻だ、と。

 王様とルジェロさんの家だけ真面目にやってきても、その件を解決しなくては国が荒れ続ける。

 とはいえ、処罰も行き過ぎれば恐怖政治になってしまうから、爵位剥奪が関の山のようだ。地方に追放しても女遊びの酷さが治るとも思えないので、該当の貴族たちには妖精の監視を付けて首都の体力仕事に従事してもらうことになった。


 昨今のこの国は、翡翠の鍵による扇動に乗せられた庶民が多く、王族批判が街にあふれていたそうだ。

 人の統治を返上し、国号を常若の国(ティルナ・ノーグ)に戻せと言う意見まで。

 確かにティルナ・ノーグの方が印象に残りやすいとはいえ、「国号捨てろ」は流石に言い過ぎでは……。SNSで「インターネットやめろ」と煽るのとはわけが違う。

 今は街や村の騒動も収まっていて、人族と妖精族は共存の方向に意識が向いている。

 そのため、妖精族と人族の協力で刺礫の王(ラスボス1号)界砕の王(隠しボス1号)を退治できた件を公表すれば、しばらくは情勢の安定が見込めるらしい。

 ようはあれだ。

 鬱ゲーによくある、政治的都合で英雄誕生の流れ。

 知ってる。

 でも、ここまで来たメンバーの中には、英雄役をやりたがる人は居ない。

 鬱ゲーの英雄なんて罰ゲームみたいな役回りだし。

 ミルディンは言う。

「翡翠の鍵の残党が見つかっていない現状で勝利宣言を行うのは、早計ではありませんか?」

 ケリーが今どこでどうしているのか分からないので、この警戒は当然だけど。

 王様としては、功労者に順当な褒美と名誉を与える一環で“英雄の凱旋”を行いたかったようだ。民にとって何者かも分からない存在に報償を出しては、民や貴族から税金の無駄遣い扱いされてしまうから。

 ルジェロさんからそう説明され、ミルディンも渋々うなずいた。

「そうですね、この国の庶民は仕事を怠けるくせに文句だけは多い」

 ミルディンがそんなことを言うのは意外だった。ジャータカ王国の庶民の方が真面目に働くのを知ってしまったからだろうか。

 主戦力だったテトラも陛下に言う。

「そういうのより、この国で商売する権利が欲しいです!」

 商魂たくましい。ジャータカ王国にいる三人のためかな?

 私としては功績の評価より、さっさと次の討伐準備をさせてほしいけれど。

 真面目なグロムモア陛下が、隣国の公爵の娘に無給労働などさせられる訳もなく。

 外交の一環で、異界の王退治は私たちと妖精が共同で成し遂げた扱いで公表されることになってしまった。

 ……重い……。

 私は事件解決のためにアストロジア王国から派遣された有志。

 無許可の不法入国なんて無かったし、遺跡破壊などの不正は一切ない。


 話を詰めるうちに、キュリルミアちゃんがやってきた。

 彼女は綺麗なおじぎをし、言った。

「カーネリア様が無事に目を覚まされましたので、取り急ぎ報告に参りましたわ」

 その報告で陛下が安堵の声を上げる。

「おお、よかった。彼女に面会は可能だろうか」

「ええ、カーネリア様からの許可はいただいております」

「それでは、今日はこれで話を切り上げさせてもらおう。私は直々に彼女へ謝罪に赴かねばならない」

「わかりました、陛下。では今日はこれにてお(いとま)させていただきます」

 ルジェロさんの言葉で、解散になった。



 陛下の計らいで、ルジェロさんの最強装備である銀の杖を、このまま預かれることになった。これはツユースカの使う道具としても最上だから、貸してもらえるのはとても心強い。

 とはいえ優秀な武器はこの国にも必要だから、私が準備を整えてこの国を立つまでに、王城にある妖精工房に杖を預けてレプリカを作ることが決まる。

 妖精の工房に行くと、犬妖精(クー・シー)の鍛冶屋たちとお手伝い妖精(ブラウニー)たちが作業をしていた。

 ルジェロさんから妖精たちに銀の杖を複製する依頼を出すと、工房の親方の犬妖精は杖を見て仰天した。この杖は年代モノすぎて、同じ材料を確保するのが難しいらしい。

 それでも、鍛冶屋としてレプリカの作成は挑戦しがいがあるらしく、妖精たちは気合いを入れていた。

 伝説の武具にテンションが上がるのは、妖精でも同じらしい。



 王城を出る頃にはお昼になっていた。

 ルジェロさんは実家への報告があるので別行動。

「これからどうしますか?」

 私の問いに、ミルディンは遠くを眺めたまま言う。

「私はケリーを探しにいきます」

 そうだった。不穏要素を排除しないと危ない。

 すぐにでも街を出ようとするミルディンに、ヴェルが言う。

「それはこの国に責任を負わせてしまっては駄目なの?」

 確かに、陛下から警備は強化していると聞いたばかりだ。妖精たちが翡翠の鍵の残党狩りをやっている可能性もある。

 ヴェルに続いてテトラも言う。

「戦いの準備をし直す機会は大事だよ」

 ミルディンは二人の心配をお節介だと思っていそうだけど、私も便乗して言う。

「安全な環境にいるうちに、シジルやツユースカに社会生活というものを教える人が必要でしょう?」

 ミルディンのことは、ツユースカやフィルさんも心配するだろう。今更一人行動させるわけにはいかない。

 私たちのことを無碍にできないのか、ミルディンは去ろうとしない。

 わざとらしいため息はつくけれど。

 それにめげず、テトラが言う。

「僕さ、この国で商売する許可をもらえたし、協力者が欲しいんだよね。翡翠の鍵の子たちが協力してくれると助かるんだけど。ジャータカ王国にいるあの子たち、えーと、」

「眠れる獅子」

「そう、その三人も働くとこが必要だからさ。商会とか作りたいんだ。この国で根回しってどうやったらいいか分かる?」

 その問いに、ミルディンはようやく振り返る。

「この国での継続的な商売は厳しいですよ。賄賂が横行する環境ですので」

「だったら余計に、先駆者の知恵を貸して欲しいよ」

 疲労がたたって根負けしたのか、ミルディンは項垂れるようにして額に手を当てる。

「……分かりました。では宿に戻って皆とその話をしましょう」



 今後の方針も決まったし、宿での話し合いが終わったら、ツユースカを連れて買い出しに行こう。


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