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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
140/155

仏の顔とボスの形態変化は三度まで

 慌てて予定を繰り上げ。

 ヴェルは空へ破魔の嚆矢を最大出力で撃つ。

 濁った空が部分的に浄化され、光の柱が遺跡中央へ降り注ぐ。

 私も待機させていたスズメの使い魔を飛ばす。

 それが終わると同時にアエスの警告。

「ピィ!」

 全員で封印地へ飛び降りる。


 円形の遺跡が勢いよく爆発、炎上。


 これなら私の遺跡破壊跡も消えたのでは?

 証拠隠滅の四文字が脳裏をよぎった。


 リィコたちの魔術で炎を防ぎつつ、私たちは炎上する遺跡の中央に集まる。

 そこには物理戦闘員の犬妖精(クー・シー)6匹、ミルディン、シジル、テトラ、イージウムと白鹿がいた。

 みんなこの状況にそれぞれ対応している。

 雑魚がこちらに出てこないということは、救出部隊やサポート部隊を追うのに回したのだろう。でも、戦士である犬妖精はあちらの方に数を割いている。

 カーネリア様の治療さえ済めば、スシュルタとルジェロさんだって攻撃は可能。


 そんなことを考えるうちに、また封印石から靄があふれ出す。不気味な唸り声と共に。

 ヴェルが破魔の矢を撃ち、靄を消し飛ばした。

 その間に、私の使い魔は上空で円を描き太陽光を魔力変換する魔法陣を形成。

 魔力の転送先はテトラが身につけたブレスレット。

 

 地面がぐらぐらと揺れ始める。

「みっ」

「そんなことするならこうだぞ!」

 リィコとストリンが魔術でゲル状の物体を宙から出し、足場に流す。青いそれは衝撃吸収の素材なのか、その上に乗った妖精たちは揺れに耐える。

 私たちも真似してその素材に乗った。……元は何の素材だろう。スライムはこの世界にはいないはずだけど。


 どうやら界砕の王は地上で実体化するのをやめ、地中で体を形成したらしい。地面を割って牛頭の巨大生物が姿を現す。

 咆哮と共に現れた緋色の敵に、瞬時に斧や鎖鎌が飛ぶ。

 現実ではボスの登場シーンを呑気に眺めたりはしない。それはともかく。

 ……小さい。

 ゲームで見た姿や、私が死にかける予知で見た姿より、敵はひと回り小さい。

 サイズは二メートルあるかないか。本来は三メートルぐらい?

 犬妖精の陽動で背後に回ったテトラが遠慮なく界砕の王を殴り付けるけど、攻撃はあっさり通り、相手の体を抉っていく。

 カーネリア様から力を奪っていたにしては、弱い。

 そう感じたのは私だけではないらしい。

 全員、遺跡外の仲間を心配するように視線が動いた。

 さっさと目の前のこいつを倒して、救出部隊と合流した方が良さそうだ。

 そのために燃え上がる遺跡を鎮火することにした。

 魔力変換に必要なのは太陽光でなくてもいい。熱を伴う光であれば条件は満たせる。

 私は魔剣を取り出して掲げ、上空の円陣の高度を下げた。

 魔法陣は遺跡を燃やす炎を吸い込み魔力変換し、テトラへ転送。


 遺跡の急な鎮火に界砕の王が狼狽えたように後ずさるけど、全員それを見逃さない。

 囲んで物理と魔術でタコ殴りにし、緋色の牛頭は砂のように崩れて消える。

 シジルが念を入れて灰を水で流したのを確認し、みんなは一斉に遺跡の外へ向かう。


 燃えた遺跡の残骸は、猫妖精(ケット・シー)の防御魔術を受けた犬妖精が強行突破で吹き飛ばす。

 私達もその後に続き遺跡を脱出したところで、救出部隊の護衛の犬妖精たちが大量の魔物と戦っているのが見えた。黒いイノシシやサイの姿の魔物は、足場の悪さにも負けじと突進してくる。

 その先には、あの緋色の牛頭の姿もあった。

 どうやら分裂して実体化し、こちらをメインで狙ったようだ。

 犬妖精とお手伝い妖精(ブラウニー)たちが雑魚の相手をし、粛霜とフィルさんが牛頭の相手をしている。

 ルジェロさんとスシュルタはカーネリア様の治療が終わっていないようで、キュリルミアちゃんの魔術で守られていた。


 ヴェルが広範囲攻撃の術を使い、目の前の雑魚たちを一掃。

 その隙に一直線に駆け、私達も牛頭の討伐に入る。

 フィルさんはツユースカや子供達の補助でどうにか敵に攻撃を通しているようだけど、粛霜の物理攻撃は効果が無いようだ。

 私からの強化魔術を受け、粛霜が振り返って苦笑する。

「悪いな、手こずっちまってる」

「喋らず敵だけ見てください!」

 前衛が余所見をするんじゃない。ここまで来たからには意地でも盾役をこなしてもらう。

 粛霜を囮にし、ミルディンとテトラが界砕の王の両脇からそれぞれ攻撃。

 牛頭がテトラを追えばヴェルの矢が飛び、ミルディンを追えばシジルが魔術で妨害。

 雑魚は妖精達が完封して、界砕の王のフォローには回れない。

 じわじわとこちらが優勢になっていく。


 私はみんなの補助に徹する。部外者だし。

 異界の王が復活を目論むことで被害を受けたのは、翡翠の鍵に利用されたミルディンたちや、滅亡させられそうになったアストロジアの王族。その流れで故郷を潰されたヴェルヴェディノ。ゲーム開始早々に殺されるテトラ。

 ラスボスや隠しボスを殴る権利を当事者に渡す。

 私がゲームで遊んだときに感じた無念は、本人たちに晴らしてもらうのだ。


 一方的に攻撃されることに耐えかねたのか、牛頭の異形は勢いよく跳ね後退。

 逃げようとする仕草に、全員が追撃する。

 界砕の王は叫び声を上げて周囲に圧をかける。

 私やサポート部隊が防御に魔術を切り替えた間に、界砕の王の背中が裂けるようにコウモリじみた翼を生やす。

 ……ゲームでは形態変化するタイプじゃなかったのに……?

 ギョッとしたのは私だけで、みんなは攻撃の手を緩めない。

 ヴェルの魔術矢が、生えたばかりの翼を付け根から吹き飛ばす。

 片翼をもがれ、飛び立とうとした異形は体勢を崩してたたらを踏んだ。

 そこにミルディンの魔術とテトラの強化パンチがすかさず入る。

 雑魚を倒し終わったらしい猫妖精のフォローも入り、界砕の王はネバネバ素材に足を滑らせた。

 転んだ異形は、妖精達も加わり再びタコ殴りにされる。

 日頃の恨みは凄まじい。

 カーネリア様を誘拐したりこの大陸で暗躍したのは翡翠の鍵に属する人間ではあるけど、その元凶は異界の王である。

 みんな怒りの限界だったのか加減が一切ない。

 

 ひとしきり打ち据えた後、妖精たちは一歩引いて様子を伺う。

 決着はついたようだ。

 緋色の異形は見るも無惨な状態になっており、砂状に崩れていく。


 予知の中で私とテトラの二人で挑んで相討ちなのを思うと、明らかに過剰戦力だった。

 でも……。

 私と同じことを考えたのか、シジルが言う。

「こいつ、弱くねえか? 刺礫の王より魔力もねえし」

 その言葉に猫妖精達がざわつく。

「カーネリア様から力を奪っているのに?!」

 一息ついて、ミルディンが呟く。

「潰し合い……」

「は?」

 問い返すシジルに、ミルディンは疲れを隠さず答える。

「異界の王たちの間に、最初から協力関係などなかったのでしょう。この大陸の存在は全て、ユロス・エゼルにいる異界の王から利用されただけの可能性があります」

 妙に納得できてしまったので、全員が苦虫を噛み潰したような表情をした。


 何であれ、これ以上ここに残っても仕方がない。

 周囲に残党や新手が潜んでいないかを警戒しつつ、全員で王都まで帰ることにした。

 私としては崩れた遺跡の中にまだ最強装備が残っている可能性が気になるけど、そんな話をする雰囲気ではない。




 何も起きないまま、二日後の日没前には首都ノルドゥムへ戻ることができた。

 妖精達のおかげでかなり時短して移動できたので、まだ敵が残っていても立て直す猶予はあるだろう。

 これまでの報告とカーネリア様の治療のため、ルジェロさんはキュリルミアちゃんとスシュルタ、それに犬妖精を連れてカーネリア様を王城へ搬送する。

 私たちはルジェロさんに手配してもらった宿へ向かう。客のプライバシーには踏み込まない感じのお高い施設で、ここは妖精も一緒に利用できるそうだ。

 イージウムがテトラの背中を叩いて言う。

「ここの魚料理は美味しいぞ!」

「ほんと? 楽しみだなー」

 そんな会話を聞きながら、宿にチェックインする。

 リィコとストリンも何故か私たちに付いてきた。二匹は子どもたちに人気で、全員でお風呂に入る約束をしている。どうやらこの宿に大浴場があるらしい。いいことを聞いた。

 私とツユースカが同室で、ヴェルはフィルさんと一緒。テトラはイージウムと白鹿と同室で、ミルディンはシジルと一緒。子供たち五人はリィコとストリンが一緒の部屋だ。

 お手伝い妖精たちは宿の奥へ姿を消した。もしかして、最初からここで働いていた子たちだったのだろうか。

 首都へ入る前に、粛霜は居なくなっていた。逃げたのか、単に野宿が性に合うためなのかは分からない。次に会う時にまた戦いを吹っかけてくるのであれば倍にして返すけど、そうでないならそっとしておく。この世界で粛霜が無駄死にしないならそれでいい。


 これからの計画は、明日ぐらいにルジェロさんが王様に出された指示を聞いてから考えることにした。

 首都を離れたのは一週間にも満たない間だけど、とにかくお風呂に入ってさっぱりしたい。ツユースカにも今ぐらいはストーカーのことを忘れさせてあげたかった。

 荷物を部屋に置くと、着替えになるものをまとめて私とツユースカはお風呂へ向かう。

 ツユースカはソワソワしながら宿のあちこちを見回している。

「私はこういうところが初めてだから、どう利用していいのか分からないわ」

 彼女の場合、高級宿どころかまともな家で過ごした経験もないかもしれない。

「私もこんな高級な宿は滅多に利用しないから、ちょっと緊張しているわ」

「貴族なのに?」

「色々あって、私は魔術師として暮らしているから生活環境は庶民に近いの」

「そうなのね」

 二人で会話しながら浴場へ辿り着く。更衣室からして広々している。

 女性向けの大浴場は、私たち以外に利用者がいないのか静かだった。天井には明るい魔術照明が取り付けられ、大理石のような白い浴槽が映えている。そして、湯船にお湯を注ぐ猫妖精の像が至るところにあった。かわいい。

 ハーブの研究が盛んな国だけあって、あちこちからいい匂いが漂ってくる。ラベンダーのようでいて甘い匂い。複数のハーブのブレンドなのか、あるいは地球産のラベンダーと違う種なのかは謎である。

 二人ではしゃぐようにしてあちこちを見て回った。

「これがお風呂なのね」

「ここまで豪華なお風呂は私も初めてだわ。アストロジア王国だと水が足りないし、ジャータカ王国では魔術によるお湯の濾過と循環ができないから」

「じゃあ、私は初めてのお風呂が一番贅沢なお風呂になるのね!」

 出会ってから今までで一番嬉しそうなツユースカ。

 この子がユロス・エゼルまで一緒に来てくれるのであれば、その記録も更新される可能性はある。

 そんなことを考えながら、洗い場で旅の汚れを入念に落とす。

 私の真似をして体を洗い泡まみれになるツユースカに和む。たまにはアエスも泡で洗ってあげようとしたら、こちらは逃げてしまった。泡は好みじゃないらしい。

 この国ではボディーソープやシャンプーも質がいい。アストロジア王国へ輸入できないだろうか。ジャータカ王国に至っては普通の石鹸しかないから、イライザさんへのお土産にしたい。

 二人して湯船に浸かる。

 ハーブの効能か、リラックスするうちに眠くなってきた。一方で、ツユースカは高揚して言う。

「何だか楽しくなってきたわ」

「お風呂に浸かると健康になるの。でも、長く浸かりすぎてのぼせても危険だから、あと少しだけね」

「あら、それは残念ね」


 お風呂を出て着替え、部屋へ戻った後もツユースカはニコニコしていた。

 これまで抑圧された環境にいたから、今は体験すること全てが新鮮なのだろう。

 私も元気であれば枕投げとかしてあげたかったけど、ふかふかのベッドに腰掛けてツユースカと話すうちに、いつの間にか眠っていた。


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