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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
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救出RTA

 落ち着いた食事の機会はこれが最後で、みんな緊張しているらしく無言で干し肉を食べたり水を飲んだりしている。

 そんな中で、ツユースカが落ち着かない様子で私に小声をかける。

「界砕の王を退治したら、貴方たちはアストロジア王国へ帰る、のよね?」

「いえ。異界の王は他にもまだ居ますから、対抗手段を探しに行きます」

 私の返答に、ツユースカは目を丸くする。

「他の異界の王は、ユロス・エゼル国にいるのでしょう?」

「あの国だけで解決できるかは怪しいですから」

 一国で対処可能なら、軍学校を卒業したての新人に勇者役を背負わせるゲームなんて始まらない。

 今の時期ではまだ魔導衛星は打ち上げていないはずだし、兵器が不足している。

 とはいえ、ゲーム中とは違いアストロジア王国は滅んでいない。そこが突破口になるはず。

 ツユースカは考え込みながら言う。

「……貴方は、やっぱりアストロジア王国の貴族様なのね? 私とあまり変わらない年齢なのに、そんな仕事をしないといけないなんて」

「これが仕事でなくても、私はここまで来たと思います」

「どうして?」

「大事な人との生活が脅かされるのは嫌なんです。だから、脅威は阻止したい」

 私の言葉に、ツユースカは慎重に言葉を選ぶように尋ねた。

「高貴なる者や力ある者は責任を負わないといけないから、じゃないのね?」

「身分は関係なく、大事な人を守るために必死になることは誰にでもあると思います」

「……そうよね」

 急にどうしたのだろう。

 もしかして。

 ツユースカは自分の出自を知らされているのだろうか。

 魔術組織・翡翠の鍵。その組織名は、北の極点にある翡翠の遺跡を掌握する目的でつけられた。

 その遺跡の入り口を開けるには、王族または起動鍵となる剣が必要だ。

 そこで魔術組織は、どこにあるのか分からない剣を探すより、国王の娘を誘拐することを選んでしまった。

 死産と偽り連れ去られた王女は、魔術組織の次世代の頭目と共に育てられ、子供を産んだ。

 それがツユースカとシジル。王族の血を引くこどもたち。

 二人は正しく『翡翠の鍵』なのである。

 そのため、二人の素性を明かせばとんでもないことになってしまう。

 しばらくしてツユースカは顔を上げ、私の目を真っ直ぐ見て言った。

「私は貴方に恩返しがしたいの。私の力が役に立つなら、界砕の王を退治した後も連れていってもらえないかしら。侍女の仕事だってこなしてみせるから」

 その言葉に、シジルが驚いて絶句する。

 私だってこの提案にはびっくりした。

 でも。

「危険なのは承知の上なんですよね」

「ええ」

 ツユースカの決意は堅いようだ。

 アストロジア王国の公爵の娘が、隣国の王女の血を引く少女を連れ回すなんて、問題になりかねない。

 でも、ゲーム中と違ってツユースカとシジルが生き延びられるなら、どこかで素性がバレる覚悟は必要だ。それなら、ツユースカを鍛えて強者にし、誘拐などに遭いにくくした方がいい。

 私はこの子たちの素性をできる限り隠しておくつもりだし。

「では、私と一緒についてきてください。侍女である必要はありませんけど」

 そう答える私に、ツユースカは少し不満げにつぶやく。

「キュリルミアちゃんに侍女の仕事を教えてもらったから、世間知らずな私でもできなくはないのよ」

 うーん。私としては……。

「侍女より、友人になってくれませんか?」

 よく考えなくても、私はこの世界に友達がいない。

 テトラは弟みたいなものだし、イライザさんも体面上は生徒だし。

 本当は、ノイアちゃんやアリーシャちゃんとも対等の友人になりたかった。

「友人……」

「無理にとは言いません」

「いいえ。貴方がそう言ってくれるなら。私だって人族のお友達も欲しいもの」

「では、これからよろしくお願いしますね」

 私が手を差し出すと、ツユースカは満面の笑みで握り返してくれた。



 食事を終える頃に、子供のように甲高い掛け声が聞こえてきた。

 キュリルミアちゃんが呆れたように言う。

「遅いじゃないの、ワンちゃんたち」

 話に聞く犬妖精(クー・シー)たちだ。二足歩行で人より大柄な猟犬じみた(いかめ)しい顔つきの集団は、規律ある戦士らしく二列に並んで行進してきたらしい。道なき道を行くにしては大人数だ。二十匹ぐらいはいるだろうか。

 よく見れば、小人のような姿のお手伝い妖精(ブラウニー)たちも犬妖精の肩や頭に乗っている。

 隊列の隙間から、モフっとした小さな影が飛び出して叫ぶ。

「あー! テトラがいる!」

 そう言ってテトラに正面から飛びついたのは、灰色の毛に青い瞳の猫妖精(ケット・シー)だった。

「え、イージウム?」

「そうだぞ! 久しぶりだな!」

 相変わらず元気がいい。この子がここにいると言うことは。

 隊列を組んだ犬妖精の間から、案の定、人族が姿を現す。

「……ルジェロさん」

 山を越えるための装いをして長い魔術杖を携えたルジェロさんは、この場にいる全員の姿を見回して苦笑する。

「ようやく追いつきました。情報収集に手間取りましたが、間に合ってよかったです」

 ルジェロさんの和やかさに反し、ミルディンが警戒したように言う。

「何故グリンジオ家の者がここに?」

「ディナ・シー族の危機に我が家が動かなくては約定に反するでしょう」

 ルジェロさんに続いて、先頭の犬妖精の肩に乗った白い猫妖精が言う。

「ワンコたちがヘマするから、俺たちが出向く羽目になるんだ!」

 その剣幕に、スシュルタを乗せた黒い垂れ耳の犬妖精がしょげる。

「クゥ……」

「スシュルタ、責めてもしょうがないよ」

「ふん! 同族の賢者を軟弱山妖(コボルト)呼ばわりして追い出す脳筋は百回言っても理解しない!」

 スシュルタが肉球で犬妖精の頭をぺちぺちはたくので、犬妖精は怒られているのに笑顔になった。……猫の肉球いいよね……。

 ルジェロさんはスシュルタを撫でて宥めつつ、私たちに説明する。


 この大陸で人族による統治が始まって以後から人族と妖精族の不和が増えたため、人族の王は、表に出ないディナ・シーの代弁である猫妖精の王と協力して原因を解消しようと努めてきた。

 けれど、最近は種族間の溝を深めるような風評が露骨すぎて、扇動者の存在を疑い犯人を探すことになる。

 人族はアストロジア王国との交流再開に手を割いたことで調査が遅れた代わりに、その犯人を見つける手がかりを得た。


「翡翠の鍵と名乗る団体とその傘下組織は、国家の敵である」


 ようやく、イシャエヴァ王国はそう断定した。

 そして、私たちがジャータカ王国からアストロジア王国へ送った情報をルジェロさんも受け取り、そのまま行動が決まったのだという。

 ということは、私が送った手紙も実家に届いている頃かな。タリスはあの内容をどう判断しただろう。


 いつもの落ち着いた調子で、ルジェロさんは宣言する。

「私は人族の代表として、カーネリア様の救出とその妨害に当たるモノの排除を行う権限を得ました。そして、アストロジア王国の協力を歓迎します」

 その言葉に、シジルがぼそりと言う。

「なーんか上から目線じゃね?」

「シジル!」

 ツユースカが慌てて嗜める。

「私たちは国のお偉いさんの決め事に文句を言う権利はないわ」

「ああ、クソの山の一部の俺らが、この場で処刑されないだけマシなのは分かるぞ」

 シジルの悪態にも、ルジェロさんは慣れたように表情を変えない。

 ミルディンが敵意を込めたような低い声を出す。

「翡翠の鍵なる組織の行いは、いずれ王国が断罪するのでしょうが。我々もまたあの組織の被害者として、王国の不正や怠慢を問う機会は与えられますか?」

 ルジェロさんのことを全く信用していない口調だ。

 ミルディンは、あの組織が拡大した原因である王族貴族の不義も許せないのだろう。

 ルジェロさんは動じずに答える。

「ええ。この国のこれまでの対応も決して許容できるものではありません。カーネリア様の救出と異界の王の討伐が終わり次第、不始末の精算は行います」

 ルジェロさんの一家も人族と妖精族との板挟みで長年苦しめられているから、立場としてはミルディンたちと変わらないのだけど、そこまで説明するつもりはないのだろう。

 やり取りに業を煮やし、キュリルミアちゃんが叫ぶ。

「もう! そういうのは後にしない! さっさとカーネリア様を助けに行くの!」




 準備が整い、全員で北西にある封印地を目指す。

 妖精たちの祝福のおかげで体が軽い。

 足場の悪い陰鬱な森や岩だらけの山道もあっさり越え、二日かかるはずの距離を半日で詰めていく。

 近づくのを敵に察知されないよう、妖精たちが隠蔽魔術も使ってくれた。

 そのおかげか妨害なく目的地にたどり着く。

 全員で警戒しながら、作戦実行前の偵察を行う。


 赤黒い遺跡の最奥である封印地は、屋外で広い空間になっている。

 けれど、封じた存在を出さないよう周囲を土壁でぐるりと囲う遺跡は、入る側の行動も制限するように入り組んでいた。

 遺跡自体に結界などはないので入るだけなら簡単だ。

 空から使い魔で観察する限り、界砕の王の封印石に異常はない。意識が目覚めていても、実体化はしていないらしい。

 封印石の数メートル手前に、もう一つ石版が立っている。そこには毒々しく明滅する鎖でくくりつけられた人影が見える。黒く長い髪に黒いドレスの女性。それを確認し、キュリルミアちゃんが泣き始めた。

「おいたわしや、カーネリア様。今こそお救い致します!」

 周囲にカーネリア様を見張る存在はいない。

 界砕の王の下っ端は遺跡の内で待機しているのかもしれない。


 そこまで確認し、作戦を修正。

 遺跡内へ無闇に突撃するのは危険だろう。

 私が勝手に脱出したことに気付いただろうし、罠を増やしている可能性がある。

 妖精たちの魔術で浮遊し、遺跡を上から越えて乗り込むことにした。

 とはいえ全員で同時に行くのも危険なので、ここから部隊を5つに分ける。


 1、カーネリア様を救出し即時撤退する部隊。

 2、救出部隊の妨害を潰すための戦闘部隊。

 3、救出部隊の退路を確保するため、遺跡の外で安全地帯を作っておく部隊。

 4、救出部隊の撤退を確認次第、界砕の王を討伐する部隊。

 5、遺跡の上から狙撃で救出部隊と討伐部隊の両方をサポートする部隊。


 それぞれ別方向から侵入する。

 全員で生還するのは言うまでもなく最優先事項。

 何が起きてもいいように、どの部隊にも必ず戦闘要員と回復役を入れている。


 ヴェルが狙撃を担当して、私はそのサポート。キジトラと茶トラの猫妖精2匹も一緒に来てくれる。

 キュリルミアちゃんとブラウニーたち、そしてスシュルタとルジェロさんが救出担当で、犬妖精たちはその護衛であり戦闘部隊。

 ツユースカと子供たちは安全地帯から救出部隊のサポートをし、フィルさんと粛霜はその護衛。

 界砕の王を倒す主力がミルディンとテトラなのは当初の予定から変わらない。シジルは二人の行動と敵の状態に合わせて戦い方を変える。

 私とヴェルがテトラから離れるのは心配なので、守護獣の白鹿にまたテトラのことをお願いしたけど、何故かイージウムもテトラについていてくれるらしい。

「みんなして心配症だな、大丈夫だよ」

 苦笑したテトラに構わず、灰色の妖精は気楽に言う。

「後で一緒にごはん食べよう、テトラ。この大陸の魚もおいしいぞ」

「そうだね、イージウム」



 浮遊魔術で遺跡の屋上にたどりつき、そこから各部隊ごとに移動を開始する。

 狙撃部隊は遺跡の北に。

 救出部隊は南でそのまま待機。

 戦闘部隊は西に移動。

 異界の王の討伐部隊は東から。

 サポート部隊もその場で補助魔術の用意を始める。


 ヴェルは弓を使い狙撃用の魔術を練ることに集中している。身につけた補助具が魔力の流れに合わせてたまに発光し、術の威力を増していく。

 ジャータカ王国へ行くことが決まった日から、ヴェルとテトラは過去に開発した魔術の応用研究をしていた。今まで遠距離狙撃は人力測量が必要だったけど、魔術による捕捉で狙いがブレないようにするものだ。これで重力と空気抵抗を無視して直線的に狙撃できる。

 一緒に来てくれた猫妖精(ケット・シー)のリィコとストリンも、魔術杖を構えて戦う用意。

「やるぞー」

「おれたちも勇者になるんだ!」

 無邪気すぎてちょっと心配だけど、おかげで緊張がほぐれてきた。

 2匹が魔術用のステッキを振ると、魔力の流れが肉球のような図形を宙にいくつも描いていく。

「なぁご、なぁご」

「みぃ、みぃ」

 歌いながらの魔術はヴェルの魔術だけでなく、私が用意している魔術も強化する。


 全員が定位置に着くのが見えた。

 作戦開始の合図である光弾が西から打ち上げる。

 そして戦闘部隊の突撃。

 陽動を兼ねたそれに、反応はない。


 封印地に着地し散開した犬妖精の戦士たちは、カーネリア様を囲み背を向け円陣を作る。

 続いて救出部隊がその陣の中へ飛び込む。

 斧を持った犬妖精2匹が、カーネリア様を拘束する鎖を切断。


 そこで封印石が振動し、靄があふれ出す。

 界砕の王はようやく侵入者に気付いたらしい。


 が、ヴェルに破魔の術を撃ち込まれ靄は霧散。

 その隙に、救出部隊はカーネリア様を抱き上げ撤退開始。

 入れ替わりに東から討伐部隊が飛び込む。


 ……ここまできてもまだ下っ端らしいモノの姿がない。

 遺跡の外、南側の地上を確認するけど、救出部隊の撤退を邪魔するものはいない。

 罠の見落としでもあるだろうか。

 ケリーがやってくる気配もない。


 救出部隊がカーネリア様を連れ、サポート部隊の魔術で再度浮遊。

 完全に遺跡の外へ。

 救出部隊と非戦闘員だらけのサポート部隊が安全地帯に移動できたなら、後は界砕の王を討伐するだけ。


 意識をテトラの方に戻したところで、リィコとストリンが叫ぶ。

「おれたちも降りてミルディンに合流する!」

「今浮遊術を使う!」

「え?」

 何事かと訝しむ私とヴェルに、2匹は言う。

「真下から火薬のニオイ!」

「遺跡を吹き飛ばすつもりだ!」


 そうきたか……。


キジトラのリィコと茶トラのストリン

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