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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
138/155

合流

 白い遺跡は砲撃されたかのように陥没し、土台の地層がむき出しになっている。

 瓦礫すら残らない破壊跡を越えた先に、探している人たちが集まっていた。

 分断される前より人数が増えている。どうやらミルディンの仲間は予想より多かったようだ。

 十歳前後の子供のような小柄な人影が集まって、背丈の高い男性に治癒魔術を使っている。

 それに気付いたツユースカも、合流するように駆け寄った。

 私はヴェルとテトラの姿を探す。

 アエスが感極まったように高く鳴く。その視線の先にヴェルはいた。

 ヴェルは、座りこんで治療を受けている誰かに寄り添っていたけど、私の姿に気付いて立ち上がる。

「ゲルダリア……!」

 ヴェルの表情は暗いけど、足取りはしっかりした状態で私の元に来てくれた。

 抱きつきたいのを我慢して言う。

「ヴェル。無事で良かったわ。テトラはどうしてる?」

 あと、守護獣の白い鹿も姿が見えない。

「テトラは鹿と一緒に近くの見回りをしてくれてる。君も無事で良かった」

「みんな無事なら安心したわ。ところで、人が増えているわね」

「それは君の方も……。もしかして、みんなミルディンの仲間かな?」

 ヴェルの言葉に、私の隣で様子見していたキュリルミアちゃんが三角の耳をぴくんと揺らす。

「こちらもご挨拶してよろしいかしら?」

「……あの妖精猫?」

 驚くヴェルに、キュリルミアちゃんはドレスの裾をつまんで礼をする。

「ワタクシはキュリルミア。ゲルダさんに命を救っていただいて、ここまで一緒にやってまいりましたの」

「ご丁寧にどうもありがとう。僕はディー・シェルメント。君も無事で良かった」

「あら、ワタクシのことをご存知でしたのね」

「みんな、君たちのことも心配していたから」

 キュリルミアちゃんの対応に、ヴェルはホッとしている。

 やはりケット・シー族がヴェル個人を嫌うわけではなく、スシュルタとイージウムの対応が異例だっただけのようだ。



 全員が落ち着いたところで、テトラと白鹿も戻ってくる。

 日が落ちてきたので、そのまま全員で夜営の準備を始めた。

 屋外になってしまった元遺跡に、天幕をいくつか張り警戒用の魔術道具も設置する。

 目立たないように火は焚かず、天幕内で魔術照明を使う。

 シジルが要らないと言って山ほど持ってきた黄金リンゴを、みんなで分けて食べた。

 ゲーム内で貴重だった強化アイテムを気前よく分けてもらい、感情が追いつかない。白鹿やアエスまでちゃっかり黄金リンゴを食べてしまっている。

 味は甘さと酸味のバランスがよくスッキリして、瑞々しく食べやすい。理想的なおいしさのリンゴである。これを食べ飽きたと言って干し肉をかじっているシジルは、どんな環境で生活させられてきたのか……。

 この世界でも黄金リンゴを食べて能力が上がるのかは気になるけど、そこを確認する余裕はなかった。

 まさか、この大陸でヴェルのお兄さんが生きていたなんて。

 蝕の術を使って情緒不安定になってはいるけど、ミルディン陣営には治癒に特化した子達がいるから、悪化は防げるらしかった。


 これまでの経緯を確認する。


 ミルディンとシジルは、界砕の王の復活を目論む派閥の代表をジャータカ王国に誘導して始末する計画を立てた。

 けれど、その隙に別派閥のケリーはツユースカをさらってしまう。

 シジルがそこに気づいたのは、ジャータカ王国で目的を果たした直後だった。

 ツユースカとの通信魔術が破壊された上に、行きと同じルートでアジトへ帰還できず、ミルディンの元で転移魔法の魔力が集まるまで待つ羽目になる。

 この大陸に残ったみんなはツユースカを救出に向かおうとしたけれど、ケリーの配下の妖精集団から襲撃されたそうだ。その際にキュリルミアちゃんまでさらわれ、戦えるのはフィルさんだけになってしまう。

 フィルさんはここ数日、子供たちを隠してずっと一人で妖精を退治していたそうだ。

「これ以上蝕の術は使わないで欲しい……」

 子供たちの言葉に、フィルさんは何も答えられずにいる。

 そこにシジルが容赦なく言う。

「お前ら足手まといどものせいだろ」

「シジル!」

 ツユースカが諌めるけれど、シジルは止まらない。

「戦えない奴のせいで状況が悪化してるのは事実だ」

 シジルのその言葉にツユースカは我慢できなかったようで、彼女は弟以上に語気を荒くする。

「なら私のことも捨てれば良かったじゃない!」

「え……」

 姉の怒りが意外だったのか、シジルは呆然とする。

「 私を見捨てることができないなら、みんなのことも悪く言わないでよ!」

「それは……」

 ツユースカも自分が仲間の足を引っ張っていると悔いているようだった。ケリーに執着されることさえなければ、彼女のその劣等感は少なく済んだはずなのに。

「もういいの、シジル。敵対派閥が減った今は、もう外道の振りなんてしなくていいの。せめてここにいるみんなの前くらいは」

「そういうのじゃない……」

 ミルディンが姉弟喧嘩に口を挟む。

「落ち着いてください、二人とも。全員が無事だったのですから、ここから巻き返しは可能です。今から作戦を練り直しましょう」

 

 話が落ち着いたのを確認し、ヴェルが私に聞く。

「君なら大抵の事は平気だろうけど、距離がある場所に飛ばされたから心配していたんだ。どうやって半日で戻ってきたの?」

 確かに、あの距離を徒歩で移動するのは普通なら数日かかる。

「アエスが巨大化したから、私たちを乗せて飛んでもらったの」

「ピィ」

「……え?」

 私の膝の上で、アエスが頑張りましたと言わんばかりに鼻をフスフスさせるけど、ヴェルには理解が追いつかないらしい。

 うーん、実際に見てもらわないと納得してもらうのは難しいか……。

「遺跡内に地下の魔力が流れ込んでくる場所があったから、アエスがそこで力を吸い込んだの」

 その説明に、ようやくヴェルは納得したようだった。

「ああ……道理で……何かおかしいと思ったけど、それが原因かな……」

 私たちの隣で静かにしていたテトラも口を開く。

「妖精を退治したときのヴェルも、威力が普段より段違いだったのはそのせい?」

 どうやら、アエスは地脈からのエネルギーをヴェルにも転送していたようだ。

「ピッ」

 アエスはキラキラした瞳をして褒められるのを待っている。

「そっか……」

 ヴェルは苦笑しつつアエスを撫でた。

 タイミングよく魔力を確保できたから助かったけど、みんなと合流するために使ってしまった。ここから先は魔力をどうやって集めようか。


 食事や情報整理のあと、これからの行動について話し合う。

 ツユースカとキュリルミアちゃんがこうして動ける今のうちに、カーネリア様を助けに行くのが無難ではないか、とミルディンは言う。

 キュリルミアちゃんも勢いこんで言う。

「早く界砕の王から繋がりを絶ってしまわないと、カーネリア様の命が危ないわ」

「けど、ケリーはどうすんだよ。ほっといたら背後から襲撃されるだろ」

 シジルの言うことはもっともだ。

 ミルディンはそれでも自説を押し通す。

「ケリーはおそらく、自分の身に何が起きたのかを理解できていないはずです」

 私が遺跡からあっさり脱出した挙句、上空から奇襲してツユースカを救出したのは想定外だっただろうから。

 ツユースカが今こうしてここにいるのも、ケリーには察知できていないはず。

 ……下手したらあの石の塔の内部で蒸し焼きになって死んでいる可能性もあるけど、簡単に死ぬような存在ならここまでミルディンたちが振り回されてはいない。

 ミルディンは、大人しく話を聞いている粛霜を指す。

「何かあれば彼に対応してもらいます。ケリーの陣営もほぼ人が残っていないでしょうし」

 道中で粛霜がケリー陣営を虐殺したことと、私たちが合流時に妖精を全て退治したことで、ケリーは孤立している可能性が高いそうだ。

 ふと気になって質問した。

「翡翠の鍵の人員は、本当にもう残っていないのですか?」

 派閥に入らない一匹狼とかいそうなものだけど。

「現段階で、ほぼ散逸しています。この大陸では裏社会の構成自体が崩壊していますので、彼らにはもう勢力を拡大する余地はありません」

 つまり、この大陸の闇賭博場とか闘技場もミルディンが潰した後なのか。

 そこまでミルディンの計画が順調だと信じ切ってしまうのも不安だけど、話を混ぜ返しても進まないのでその前提で動こう。ミルディンがまだ何かを仕込んでいても、答えてはくれないだろうし。


 私たちがジャータカ王国でミルディンと接触する直前に、ディナ・シー族が率いる妖精たちが翡翠の鍵の動向を追っていたそうだ。

 そのとき、先陣を切っていた犬妖精(クー・シー)たちが足止めの罠にかかり、後続の部隊にいたキュリルミアちゃんはカーネリア様と一緒に誘拐され、道中で一人だけポイ捨てされてしまったらしい。

 そこに通りかかったフィルさんたちがキュリルミアちゃんを助けたんだとか。

 説明しながら、キュリルミアちゃんはうなだれる。

「せっかく助けてもらっておきながら、ここでもまた足を引っ張ることになってしまって猛省しているわ……」

「だけど、次は同じ失敗はしない」

 フィルさんの言葉に、子供たちやツユースカもうなずく。

悪戯妖精(ピクシー)愛人妖精(リャナンシー)を退治できた今なら、そう簡単に誘拐されたりはしないわ」

 キュリルミアちゃんも索敵の魔術を続けながら言う。

「そうね。それに、ワンちゃんたちにも、そろそろ名誉挽回してもらう頃合いなのよ」

「ワンちゃん?」

「ええ。ディナ・シー族の護衛の犬妖精(クー・シー)たち。明日には、ワタクシたちと遭遇できる距離まで近づいてきているわ」



 夜間は寝ずの番を交代しながら警戒することになった。

 私とテトラが担当時間に天幕を出て周囲を見回していると、フィルさんがやって来た。

 彼は声を潜めて私たちに聞いた。

「今君たちと話をしてもいいかな?」

 暗い中でテトラが少し緊張したように見えたけど、異論は無いようなので私が答える。

「構いません」

 個人的にもこの人とは話がしてみたいし。

 フィルさんは、兄弟というだけあってヴェルとよく似てた顔立ちをしている。ヴェルも成人したらフィルさんぐらいの身長と肩幅になるのだろうか。

 フィルさんは周囲を警戒しつつ言う。

「さっきディノと軽く話をした。俺たちの故郷は壊滅してしまったけど、君たちがいてくれたからディノは今までやってこれたのだと聞いたよ。あの子と一緒にいてくれて、ありがとう」

 ヴェルに似た、柔和な表情。蝕の術で攻撃的な赤に染まった髪と瞳は、この人には不釣り合いだ。

「私たちだって感謝していますよ。ヴェルヴェディノが私たちの無茶に合わせてくれるから、私たちもここまで死なずに済んでいるんです」

 大袈裟なようだけど、事実だ。

 ジャータカ王国の件が一切なくても、この大陸に三人で一緒にやってきた可能性はある。きっとその場合も、私やテトラの都合に合わせた結果であって、ヴェルが望んだ旅ではないのだ。

 フィルさんは、妖精探知の道具や地中に潜ったマンドレイクたちに異常がないのを確認し、話を続ける。

「ディノは、物に頓着しない子だった。うちは町の責任者として孤児を多く引き取っていたけど、ディノは年下の孤児たちに請われれば、自分の物まで譲ってしまった。俺と爺さんは、そんなところが心配だった」

 その話に、テトラが納得したような、あきれたような声を出す。

「あー……」

 子供の頃のヴェルがテトラにあれこれ食べ物を譲ろうとしていたのは、そういう生活が当たり前だったからのようだ。

 ラーラさんはテトラにそれを許さなかったし、ヴェルにも注意したから、成長するうちにヴェルが自分の食事や持ち物を軽々しく手放すことはなくなった。

 私たちの反応に苦笑しつつ、フィルさんは言う。

「そんなディノが、誓約の相手を見つけたことは、本当に驚きなんだ」

「うっ……」

 まさか話がそこに飛ぶとは思わず、私は言葉を詰まらせた。

「ディノにも譲れない存在ができて、望みが叶っている。それは昔のディノからは本当に考えられないことだ」

 どう答えればいいのか分からない私に、フィルさんは静かに微笑む。

「これからも、ディノのことをよろしく頼むよ。俺はこの大陸のことが片付くまで故郷に帰ることはないから、側にいられない」

 フィルさんの言葉に、テトラがはっとして言う。

「え、異界の王を退治したらそれで終わりじゃないの?」

「俺はともかく。翡翠の鍵に誘拐された子供の大半は親に捨てられている。帰る場所がないから、どうにかしないといけないんだ」

 そうだった。

 諸悪の根源をやっつけてめでたしめでたし、と終われないのが現実だ。

「それなら!」

 思わず叫んでしまい、私は一度声を落とす。

「それなら、私が根回ししますから。ジャータカ王国やアストロジア王国になら、居場所は用意できます」

 秘めの庭に招くことも、イライザさんの協力者としてジャータカ王国の復興を手伝うことも許されるはず。

 フィルさんがこれ以上、子供たちのために身を粉にして奔走する必要もないのだ。それはヴェルだって嫌だろうし、私も見逃すことができない。テトラだって。

 私の言葉を受けて、テトラも言う。

「ね、もしかしたらここにいるみんなは、ジャータカ王国で保護した三人と知り合いじゃないの?」

「うん?」

 フィルさんに分かるように私が補足する。

「眠れる獅子の三人は、ジャータカ王宮で保護しています」

「そう、その三人。みんなもあの子たちと一緒に勉強したり働く先を探したりすればいいよ。無理にこの大陸で暮らさなくたっていいんだ」

 私とテトラの畳み掛けに、フィルさんは軽く考え込むように瞬く。

「……その選択もあるのか……」

「そうだよ、みんなでこんな陰気なトコ出ようよ」

 テトラのその追い討ちに、フィルさんは困ったように言う。

「その申し出はありがたいから受けたいところだけど。ミルディンのあの体質では、アストロジア王国の加護や、本来のジャータカ王国の破魔の祈祷は毒になるから連れて行けない」

「ミルディン、ジャータカ王国では平気そうだったよ?」

「これからあの国が新しい王の元で正常に戻るのであれば、初代国王が施した魔除けも再生するはず」

 それは初耳だ。イライザさんやナクシャ王子は知っているのだろうか。

「そんなわけで、いずれあいつはこの大陸から出られなくなる」

「……そう、なの?」

「ああ。あいつは何も言わないけれど」

 フィルさんに視線を向けられ、地中に潜ったマンドレイクがビクりと身じろぎする。どうやら私たちの会話をミルディンに伝えていたようだ。

「あれであいつは恩人だから、この大陸に一人残していくわけにはいかないんだ」

 復讐のために翡翠の鍵の大半を殺して回ったミルディンも、フィルさんにとってはまだ保護者の必要な子供なのだ。

 あるいは、フィルさんには自分の代わりにミルディンに復讐を完遂させてしまった負い目があるのか。


 見張りを交代する時間が来てしまったから解散した。

 でも。

 フィルさんの話が気になって上手く寝付けない。

 私は魔術師として生きたいけれど、貴族として人脈をつなぐだけの器用さも必要だったのだろう。

 途中からタリスに任せてしまったけれど。ルジェロさんとの縁が活かせるなら、フィルさんの悩みにも協力できるのだろうか。



 寝付いて以後は何もなく、無事に朝を迎えた。

 やはりケリーのほうは混乱しているのだろう。

 かわいい歌声と綺麗なさえずりが天幕の外から聞こえ、目を覚ます。

 のそりと起き上がると、私の隣で眠っていたツユースカもあくびしながら体を伸ばす。

 キュリルミアちゃんの姿がない。外から聞こえるのは彼女とアエスの声なのだろう。

 妖精の歌を聞くのは、あのゲームで遊んで以来だ。

 身嗜みを整えて外へ出ると、想像よりも明るい光景があった。

 濁った空の裂け目から日差しが降り注ぎ、白い妖精猫がその下でくるくると舞い踊る。

 キュリルミアちゃんの動きに合わせ、キラキラと金色に輝く粒子が散っていく。

 少し離れた位置に白鹿がいて、アエスはその角の先に留まってさえずっている。

 妖精と守護獣による、ご機嫌な祝福だ。

 その様子に和みつつ、私は朝食の用意を始める。

 しっかりご飯を食べたら、カーネリア様の奪還と界砕の王の討伐に向かうのだ。

 気合いを入れていこう。


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