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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
136/155

幕間40/属性深度進行/月蝕


 地下から出てきたのは、僕より歳下の子たち。

 ジャータカ王国で助けたあの三人と変わらない背丈で、十歳ぐらいかも。

 黒いローブを着て顔を半分隠した五人の子は、機嫌の悪いシジルを避けてミルディンの元へ行く。その途中でみんな、ヴェルを不思議そうに見上げた。

「全員無事でしたね、良かった」

 ミルディンの言葉に、一人が泣きだす。我慢の限界だったみたいだ。

 堰を切ったように、それぞれが喋り出す。

「ごめんなさいミルディン」

「僕らも奴らに復讐したかった」

「でも失敗した」

「せめてツユースカは助けたかったけど」

「間に合わなかった」

 たどたどしく話をしてくれる中から失望感が伝わってくる。

 落ち着かせるように、ミルディンは静かに諭す。

「ツユースカのことは我々に任せて逃げるよう言ったのに」

 ミルディンのその言葉に、子供たちは必死になって言葉を返す。

「でも、ツユースカは放っておけない」

「ケリーほんと気持ち悪いもん、ツユースカがかわいそう」

 一通り言い分を聞き、ミルディンはこれからの方向を説明する。

「これからは全員行動を共にしましょう。それぞれの役割はまだこなせますか?」

「うん」

「それはどうにか」

 シジルは不満そうな表情のままだけど、黙っている。

 五人の子たちは、おずおずとヴェルに視線を投げ、ミルディンに尋ねた。

「ねえ、この人は?」

「この人、フィルにそっくり」

 そんな会話を聞いて、僕は斜め前を見る。

 案の定ヴェルは暗い顔をしたままだ。

 この子たちが言う名前には聞き覚えがあった。


 秘めの庭にいた頃に、僕は何気なくヴェルに言った。

「ヴェルの名前はやたら長いけど、家族みんなそうなの?」

 今考えれば失礼な質問だったけど、ヴェルは気にすることなく答えてくれた。

「父さんと母さんは違うけど、兄さんたちはみんなこんな感じだよ」

 それから三人の名前を聞いた。

 確か、ヴェルの三番目の兄さんの名前が、

 フォルニルフィル。


 そんなことを思い出していると、ミルディンはとんでもないことを言う。

「そうなのですか? 私には人族の顔の区別はつかないので分かりません」

 その言葉に全員が絶句した。

 シジルが呆然とつぶやく。

「あいつと関係があると分かって連れてきたんじゃないのか?」

 ヴェルが話を戻す。

「……僕と似ている人というのは? 現状、遭遇してどう対処すべきかな?」

 ためらいながら子供たちは言う。

「フィルは、妖精憑きなんだ」

「妖精憑き?」

「リャナンシーにやたらつきまとわれるんだ」

 子供たちに続いてミルディンも説明する。

「始めは珍しい魔術を扱うという理由で組織に連れてこられたようです。けれど彼が妖精たちから気に入られやすいことに気付き、組織は扱いを変えました。

 フィルの使う特殊な魔術を万人に扱えるようにするより、妖精を呼び寄せるエサとして利用したのです」

 ……何だそれ。結局ひどい。

 リャナンシーとか言う妖精は、人間の男に憑いて生命力を奪っていくらしい。

 そんなのを誘き寄せるエサにする?

 僕とヴェルの表情が歪むのに気付いて、子供たちは黙ってしまう。

 代わりにミルディンが話を続けた。

「組織幹部の死亡と内部抗争の影響で実験は頓挫しましたが、フィルがリャナンシーを呼び寄せる体質であることは変わりません。派閥の再構築で我々が自由を確保した後も、フィルは実験の後遺症で情緒不安定なままでした」

 ミルディンの説明に、ヴェルは何を考えているか分からないまま口を開かない。

 だから僕が聞いた。

「何で今はその人いなくなってるの?」

 子供たちがまた泣き出し、ぐずりつつ言う。

「フィルは時間をかけて正気に戻ったけど、それでも妖精が寄ってくると不安定になるんだ。ケリーはそれを知ってるから、ここのところずっと、手下の妖精を送り込んでくる」

「ケリーって、シジルのお姉さんを誘拐した奴?」

「そう」

「ケリーにディナ・シーの救出も、ツユースカの救出も、邪魔されてる」

「ここに残った面子で妖精相手に戦えるのはフィルだけだから、僕らを庇ってフィルが出てっちゃう。でも、これ以上フィルとリャナンシーは会わせたくない」

 そこまで聞いたところで、轟音と振動が届く。

 遺跡の奥が崩壊したかのような衝撃に、全員が固まった。

 揺れと音はすぐに収まる。

 ミルディンが慌てて言った。

「ともかく、この遺跡を出なくては。ここにいては救うことも戦うこともままならない」

 ミルディンの先導で、子供たちを中心にして先へ進む。

「こっちに進んで敵に正面から鉢合わせる可能性は?」

 僕の問いかけに、ミルディンは苛立ちを隠さずに言う。

「それは来た道を戻ったところで変わりません。広い場所へ出なくては」

 ミルディンとシジルに続いて走る浮浪者が言う。

「流石に俺も戦えないガキに無茶させるつもりはねえ。妖精対策さえありゃあ体張って敵を撃退してやるよ」

「いちいち態度でかいな……」

 呆れるシジルや僕に構わず、ミルディンは浮浪者にあの長くて反りのある剣と符を差し出す。

「そこまで言うのであれば、武器だけでなく妖精に攻撃を通すための呪符も預けますが、次に逃げ出せば即座に心臓を潰しますよ」

「ああ、アンタのおっかねえやり口は理解したさ。逆らう気も起きねえ」

 浮浪者は、細い剣を鞘から軽く抜いて様子を確かめると宣言する。

「これまで好き勝手した詫びは入れてやるさ」

 威勢のいいことを言うので、僕はツッコミを入れる。

「さっきの話聞いてた? 仲間もどこかにいるから手当たり次第に殺されると困るんだよ」

 浮浪者は振り返ってヴェルを顎で指す。

「そこの兄ちゃんと似た奴だろ? それさえ分かれば区別できるさ」

「ならいいけど……」



 僕とヴェルもミルディンたちの後を追いながら敵の襲撃に備える。

 今までゲルダリアがやってきた防御とか強化補助は、一時的に僕が代行するとヴェルと打ち合わせた。

 守護獣の白鹿は相変わらず僕から離れない。無茶するつもりなんてないのに。

 やがて、遺跡が崩壊した場所へ出た。

 ほぼ屋外になっている。

 対城投石でもここまで破壊できない。これ妖精魔法のせい?

 粉塵が巻き上がる中で、異様な音と焼ける臭いが流れてくる。

 誰かが魔術戦を行っているようだ。

 ヴェルが風と水の複合魔術で粉塵を飛ばし、視界が開ける。

 濁った空の下で、発光体のような物が遠くに見えた。

 おぼろげな光から強く発光するものまで、大量に宙を飛び回っている。

 ……あれが敵の妖精なのか。

 ミルディンの配下の魔物たちが一斉に駆け出す。

 半魔のミルディンは妖精から忌避されるから、敵が妖精の場合はミルディンが率先して戦う段取りだけど、それでも向こうの発光体たちが退く様子はない。

 妖精による耳障りなささやき声と、植物の魔物たちの金切り声が重なってやかましさが増す。

 あの浮浪者も今回はちゃんと戦って、進むのに邪魔な発光体は斬られて消えていく。

 左右に展開したミルディンと浮浪者を確認し、僕とヴェルは正面へ。

 シジルは戦えない子供たちの保護を引き受けて残る。

 打ち合わせ通りだ。


 地面が激しくえぐられた中心地に誰かがいる。

 姿は見えないけれど、流れてくる冷気からして想像がつく。

 蝕の術は使い手の姿を隠す。学院でノイアさんが実際に見せてくれた。

 空間が時折り歪んで、大量の光が明滅して消える。けれど、すぐに光が集まってしまう。

 妖精の数が多すぎて退治が追いつかないみたいだ。

 それを確認し、ヴェルが僕に言う。

「あれをまとめて吹き飛ばすから」

「分かった」

 僕は術の威力を倍にする魔術をヴェルに。その後ヴェルは広域攻撃の魔術を。

 慣れた作戦のはずのそれは、僕が想像した以上の結果を出した。


 ヴェルはゲルダリアの作った宝石剣を掲げる。

 赤い光が走り、冷気と共に巨大な幾何学模様が正面に浮かぶ。

 威嚇を兼ねた魔力の溜めに、妖精や爆心地の誰かがようやくヴェルの存在に気付く。

 そして、ざわめきが大きくなったところでヴェルは魔術を放った。

 唸るようにかっ飛んだ赤い紋様は、地面ごと抉りながら妖精達を吹き飛ばす。

 遺跡を破壊したのと同等の威力かもしれない。ヴェルにそこまでできたっけ?

 直線的な攻撃は牽制でしかない。

 ヴェルは立て続けに攻撃魔術を撃つ。

 二発目は分散型。

 容赦のない攻撃に、数を減らして戦意喪失した妖精達は引いていく。


 妖精と戦っていた人を僕が探すうちに、ヴェルは追い討ちで妖精に攻撃魔術を撃つ。

 ……怒ってる。

 だから、僕は慌て言った。姿の見えない誰かに。

「ねえ、僕らもツユースカやディナ・シーを助けにきたんだ。協力するからミルディン達と合流してよ」

 僕の言葉に反応したのか、背後で魔力の波のような物を感じた。

 振り返ると、僕の側に白鹿がいて、その向こうに背の高い男の人が立っている。


 赤い、月蝕の術に染まる髪と瞳の、ヴェルによく似た人。翡翠の鍵の面子と同じローブを着ている。

 ぼんやりした目つきで、その人が口を開く。

「お前は誰だ?」

 あ、この人はわざと僕の背後を取ったのか……。

「僕はヴェルヴェディノの友達だよ。テトラって言うんだ」

 説明する間にも、まだヴェルが妖精を攻撃する音が響く。

「ねえ、止めてよ。僕はヴェルヴェディノに月蝕の術を使わせたくない」

 僕の言葉をその人がどう考えたのかは分からない。

 ただ静かにうなずいて、その人は僕の横を通りすぎる。


 よく見れば、妖精はほぼ逃げている。

 ミルディンも浮浪者も攻撃を止め、敵が去る方角を確認していた。

 ヴェルだけが止まらずに、高威力の魔術を撃つ。


 僕らが来たとき以上に地形はぐちゃぐちゃで、ここに遺跡があったなんて誰も信じないだろう。


 ヴェルは背後から近づく人に気づいた。

 そしてやっと攻撃を止め、恐る恐る振り返る。

 黙って二人は向かい合う。

 先に確認したのはヴェルだった。

「……本当に、フィル兄さん?」

「ああ。久しぶりだな、ディノ」


 もう周囲に敵が居ないのを確認し、シジルたちもこっちに向かって駆けてくる。

 僕がほっとしたところで、うめき声が上がった。

 フィルと呼ばれた人は頭を抱えて膝をつく。

 

「兄さん!」

 ヴェルだけでなく、子供達も側に集まって叫ぶ。

「蝕の術の使いすぎだ!」

「治療するから動かないで!」


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