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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
135/155

幕間39/重なる不安

テトラの苦悩


 ゲルダリアが、妖精猫を抱えたまま姿を消してしまった。

 一拍置いてヴェルと鹿が声を上げる。

「ゲルダリア!」

「ギャーン!」

 鹿うるさっ。

 でも。

 それで我にかえって、周囲を確認する。

 異常はない。

 ……ゲルダリアがどこかに消えたことが襲撃の合図ではない、っぽい?

 シジルとミルディンも、ゲルダリアが消えたことは想定外だったようで、驚いているように見えた。

 僕がやることは。

「ねえヴェル、居場所は分かるんだよね?」

 血の気が引いていくヴェルの腕を揺さぶった。

 僕の言葉に、ヴェルは慌てて誓約の術でゲルダリアの居場所を探す。

 その間に、僕はその場に仕掛けられた魔法だか何だかの解析を始める。

 僕の行動にシジルが我に返って言う。

「もう追えないぞ。さっきの転移魔法は妖精の命を使って発動するから、妖精ごと消えた以上は、こっちから向こうへは行けないんだ」

「なにそれ? あのこ犠牲にされてるの?」

 妖精猫に何てことをするんだ……。

 僕らが妖精を放っておけないのを分かって罠に使うなんて。

 解析の結果、ここには何も残っていない。

 ヴェルはゲルダリアのいる場所を特定できたのか、かすれた声をだす。

「……良かった、無事だ。でも居場所が……」

「どの辺なの」

「最終目的地の方角みたいなんだ」

「それ、この大陸の北西だっけ?」

「うん、異界の王の封印地が近いとかいう……」

 ゲルダリアの無事を確認できたのに、ヴェルの顔色はよくない。

 白鹿の方も守護対象のゲルダリアが急に消えて困っているのか、ヴェルと僕を交互に見比べる。てっきり、遺跡の壁をぶち抜いてでもゲルダリアを追いかけるのかと思ったけど、流石にそこまで無茶はしない(できない?)らしい。

 ミルディンがいつになく狼狽えたように言う。

「……やはり、協力者の計画は失敗して人員が散逸してしまったようです」

「協力者?」

 聞き返すと、シジルが怒るように叫ぶ。

「だから言ったんだよ、妖精なんて助けてる場合じゃないって。なのにツユースカも、みんなも、妖精や恩人は助けたいとか言うから!」

「けれどシジル、」

 なだめようとするミルディンを無視して、シジルは暗い顔で愚痴を吐く。

「実力もないくせに助けに行くなんてバカじゃねーか」

「シジル……」

「さっさと逃げといてくれてよかったのに。俺はそれでも文句言わないのに。あいつらはそうしないから……」

 複雑な事情があるらしい。

 これからどうしよう。

 僕とヴェルの最優先はゲルダリアだ。

 この二人の都合なんてぶっちゃけどうでもいい。

 ヤバい異形に捕まっているらしい人や妖精は確かに心配だけど、順番がある。

 そう考えたところで、ヴェルが溜め息をついた。

「……そうだった、ゲルダリアは大人しくなんてしない」

「え?」

「アエスがついている以上は不意打ちは効かないし、閉じ込められたとしてもゲルダリアは脱出について考える」

「ゲルダリア、動ける状態なの?」

「それどころか魔術を連続で使って、何かを計画してる」

「なら、」

「そう。僕らもぼさっとしてないで、早くゲルダリアと合流しないと」

 ヴェルと僕の反応に、シジルとミルディンは目を見開く。

 この二人は、ゲルダリアが貴族としての体面を気にして派手に動いたりはしないと思っていたのかもしれない。

 ないよ。

 一人にされてしまった以上、ゲルダリアがそんなもんに気を使う理由なんてないよ。

「で、僕らはこの先に進んで大丈夫なの?」

 僕の質問に、シジルは瞬きつつうなずく。

「ああ、この区間はもう何もない」

「じゃあ行こう」


「おーい、待ってくれ、何が起きてんだ、置いていかないでくれ!」

 移動しようとして、上階からの情けない声で立ち止まる。

 あの浮浪者みたいな奴のことを完全に忘れていた。

 あいつも連れて行かなきゃ駄目かな……。

 ゲルダリアはどういうつもりだったんだろ。本当に盾役にでもする気だったのかな。

 ミルディンがわざとらしく溜め息をついて、浮浪者なあいつを引きずってきた。あいつは引きずられたまま辺りを見回すと、言った。

「あの嬢ちゃんはどうした?」

 のんきな言葉にシジルが冷たく返す。

「オマエに説明する義理も必要もないだろ」

 塩対応にもめげず、浮浪者は笑う。

「そうつれなくすんなって。俺じゃお前さんらに敵わないのはもう分かってんだろうよ」

「なのに態度でかいのがムカつく」

「わはは」

「笑ってんじゃねーよ」

 ……ミルディンとシジルの様子からして、既にこの浮浪者と何かの取り引きを済ませた後なのかな。

 ヴェルが嫌味っぽくミルディンへ言う。

「そもそも、僕らの間でも情報共有と信頼関係は半端だからね。あの子の顔を立てるためにそっちの都合は深く追求しなかったけど。この際、これからの行動指針は決めておきたい」


 ゲルダリアのことだから、どこかに閉じ込められても爆破して出てくる。

 僕らはゲルダリアと会うためにまずこの遺跡を抜けることを優先する。

 ヴェルと僕のその主張に、ミルディンは隠し事を諦めたように言う。


「……実は、この遺跡はこちらの陣営で管理していたものなんです。けれど、仲間たちが消えている挙句、罠がいくつも仕込まれている。状況が悪くなってしまっている以上、こちらとしてはこの遺跡で何が起きたのかを調べなくてはなりません」

「じゃあ、遺跡に入る前には異常に気付いていたんだ? 君があの子の問いかけを振り切ってここに入ろうとしたのは、仲間の様子を確認したかったということ?」

「はい」

 思わず僕はミルディンをにらんでしまった。

「何ですぐ言わないの?」

 助けないといけない人が増えたと分かれば、ゲルダリアだってごちゃごちゃ言わなかったのに。

「どこに敵の耳があるのか分かりませんから」

 ヴェルが通路を振り返りながら言う。

「遺跡の外から魔獣が送りこまれたからには、まだ外に敵がいるよね。その対策はしなくていいのかな」

 その言葉に、ミルディンは縛られたままの浮浪者に目を向ける。

「そのためにこの方と取引をしたのですが、契約不履行で逃走されまして」

 話を振られた相手は、悪びれることなく笑う。

「すまん失敗したんだ! 妖精相手にどうにかできるわけがねえ」

「だからー! 何でそういう大事な話は先にしないんだよ!」

 何のために妖精対策をしてきたのかわからない。

 僕が詰め寄ると、浮浪者は開き直る。

「魔法で逃げる奴は斬りようがねえさ。手に負えねえんで諦めたら、そこの兄ちゃんに制裁くらうしよぉ。報告どころじゃねえっての」

「あ、それで宙吊りになってたの……」

 こんな不審者と契約とかするもんじゃないよ……。

 ヴェルが話をまとめるように確認する。

「敵には召喚術を使う妖精がいて、転移魔法も扱えるから退治も難しいし、どこからやってくるのかも予測できないってことでいいのかな?」

「ああ、そうだ」

「この浮浪者を連れて行く意味なくない? そもそも、何で僕らを襲撃してきたのかもよく分からないのに」

 僕の文句に、シジルがむすっとしたまま言う。

「害になる奴同士で潰し合いさせた方が楽だろ」

「失敗してんじゃん。もうこいつ置いていこうよ」

 こんな会話をしている間にも、敵が笑ってるかもしれない。

 イライラする僕に、髭だらけの顔の浮浪者は言う。

「いや、悪かった。こっちは長年人里を離れた世間知らずでね。状況を理解しちゃいなかった。異界の王とやらが暴れ出すってなら、誰彼構わず喧嘩吹っかけるのも止めにするさ」

「世間知らずって言葉で許されることじゃないだろ、アンタがやったことは」

 僕に続いてミルディンも言う。

「妖精相手に逃げ出すようでは役に立ちませんね」

 やりとりにキリがないと判断したのか、ヴェルが言う。

「とりあえず、この人には先頭を行ってもらえばいいんじゃないかな。あの子もそのつもりで連れてきたんだろうし」

「次に何かやったら、土に埋めてやるからな」

 僕の牽制に、浮浪者は誤魔化すように笑うだけ。



 元図書館らしい遺跡は、想像したより広かった。

 ゲルダリアが消えた場所からかなり先へ進んだけど、まだ続いている。

 僕とヴェルはゲルダリアとの再会を優先したいけど、二人と白鹿で遺跡を突破したところで、大量の妖精に待ち伏せされたら詰むかもしれない。

 ミルディンの仲間たちと敵の区別もつかないから、無駄に戦う羽目にもなりそう。

 結局、別行動は諦めて、仲間を探すミルディンとシジルに協力することにした。

 助けられる人を見捨てたらゲルダリアも怒る。

 入れる所はしらみつぶしに調べていく。

 探索中、白鹿はゲルダリアの代わりに僕についてくる。僕は危なっかしく見えるんだろうか。


 居住区だったらしい区画は、酷い荒れ方をしていた。本棚も寝台も、部屋にあるものは全て投げ飛ばされたかのようにひっくり返ってぐちゃぐちゃだ。人は既にいなくなっている。

 ひっくり返った薬品棚っぽいものの周囲はガラス片が散らばっているから、魔術で軽く片付ける。

 ミルディンの真似をして、僕もマンドレイクに調査を手伝ってもらう。

 隙間とかに罠が隠れていないか、あるいは役に立ちそうな物が残っていないかを調べる。

 今のところ、発見は何もない。

 調査済みの部屋が増える一方で何も情報が出ないから、ミルディンが怒りを募らせるのが分かる。口数が少なくなって、握り拳を作ったまま。

 シジルがそれを見かねてぼやく。

「こんなことなら、足手まといどもはさっさとジャータカ王国に送れば良かったんだ」

「あちらにいる敵を片付けることも、転送魔法の魔力確保も、時間が必要でしたから」

 この大陸に来る前に軽く説明は聞いたけど、ミルディンの陣営には非戦闘員も多いみたいだ。

 どんだけ人数がいるんだよ、翡翠の鍵とかいう組織は。

 望んで法と秩序を犯したい連中が敵陣営で、さらわれて望まず組織の一員にされた人がミルディンの陣営って話だけど。

 そんなにも誘拐された人が多いなんて。

 王国は何をしてたんだろ。イシャエヴァ王国ってジャータカ王国みたいに治安が悪いんだな。首都はそんな雰囲気じゃなかったのに。

 

 次に行った区画は、今まで以上に荒れていた。

 赤い魔力の塊が、杭みたいにいくつも部屋中に刺さって進行を妨害している。

 家具らしい物の破片に原型は残っていない。

 木片とガラス片が溶けたような異臭、それから、冷気みたいなものが流れてくる。

「流石にこれは、踏み込む気になんねえな」

 先頭を行く浮浪者がそう言って立ち止まる。

 武器を取り上げて拘束したままだから、その判断は仕方ない。

 僕にもこのまま進むのが危険なのは察することができた。

 魔力塊を打ち出して、それが消えずにずっと留まる魔術なんてある?

「これ、妖精の襲撃なの?」

 人間業には見えない。

 僕の問いが耳に入らないのか、ミルディンは深く息を吐いた。そしてぼそりとつぶやく。

「……一体どこへ……」

 それは、この魔術攻撃を受けた人を心配してのセリフなのか。それとも攻撃した側を警戒してなのか。

 シジルが痺れを切らしたように部屋へ入る。

「何にしても片付けないと、人探しも敵への備えもできないだろ」

 そう言ったシジルに続いて部屋へ入ったのは、ミルディンじゃなくてヴェルだった。

「待ってヴェル、解析無しで?!」

 慎重なヴェルが。

 ミルディンやシジルのことだってまだ完全には信用していないはずなのに。

「これに関してであればどうにかなるよ、テトラ」

 ヴェルは言いながら、振り返らずに赤い杭みたいなものに近づく。

 赤い、鉄錆みたいな色の魔力塊。

 鈍く光るそれがヴェルの姿を照らす。

 その魔術属性に、心当たりはなくはない。でも。

「こんなこと、人間にはできないんじゃ……」

 ヴェルにだってできない。

 嫌な物を感じて動けない僕に、ミルディンが言う。

「……我々の中には、魔術実験により能力を拡張された者も多くいます。魔力を通常より多く集め、多く放出可能になった人間が」


 嫌だ。

 そんな話は嫌だ。

 ヴェルはあまり自分と家族のことを話したがらなかったけど。

 ジャータカ王国に行ってから聞いた。

 盾の街が潰れた後。

 ヴェルの父親は見つからなかった。

 他の家族も。

 防衛での戦死が確認できたのは二番目の兄さんと、母親だけだって。

 ヴェルは、見つからない家族がどこかで生きていることを期待した。

 でも父親があんなことになっていたから、諦めたのに。

 まさか、こんな所で。


 ヴェルは赤い杭に手をかざす。


 その術はダメだ。


「使わないでよ、それ」


 思わず言った僕の言葉を、ヴェルは聞いてくれない。


 ヴェルは、魔力塊と同じ色の光を放つ。


 月蝕の術を、使ってしまった。


 部屋中に乱雑に刺さる魔力塊は、同じ属性の術で相殺され、崩れて消える。

 途端に、部屋に満ちた不快感が無くなった。


 シジルとミルディンも息を飲む。


 ヴェルは振り返ってミルディンに聞く。


「この術を使った人間に心当たりはあるの?」


 ミルディンは情報を出し渋ったようだけど、ヴェルが静かに圧をかけるので口を開く。


「ええ。元はこちらの陣営の人間でした」


 ミルディンの言葉を無視し、シジルが叫ぶ。

「見つけた! 地下に避難してる奴がいる!」

 部屋の中央の瓦礫をどかし、床の扉を開け中を覗いている。

 それに合わせてヴェルも話を中断し、シジルに確認した。

「そこにいるのは味方なの?」

「ああ、戦えないけどな」

「とにかく一度、出てきてもらおう」

 シジルたちと一緒になってヴェルが人助けに向かう。

 僕は浮浪者の監視と警戒を兼ねて部屋に残る。

 白鹿が僕を心配するようにじっと見るけど、気づかないふりをした。



 僕らが異界の王を退治しにこの大陸へ来る必要なんてないのに、と思っていた。

 でも、この大陸で起きたことも、アストロジア王国で起きた事件に関係するなら。

 ヴェルはここに来ないといけなかったのかな。


 何で今ここにゲルダリアがいないんだろう。

 僕が止めても、ヴェルは月蝕の術を使ってしまう。

 

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