狂気は爆破するに限る
私に背負われたまま、ぬいぐるみのように動かないケット・シー。
それを気にかけつつ周囲の状況も観察した。
私の次にここへ転送されてくる人はいない。
なら、あれは後衛から先に潰すという策だったのか。
あるいは、戦力を削げれれば誰でも良かったのか。
現状ではあの仕掛けの意図は読めないので考えるのは後回し。
白い毛並みのケット・シーは、治癒魔術に反応しない。
外傷はないなら、憔悴しての気絶だろうか。
猫妖精には命が九つあって、全て使い果たすと月へ還る。
体がまだこの世界に残っている以上、蘇生か回復はすると思うのだけど。
しばらく背負ったまま行動させてもらう。
私が転送されたのは、四角錐台みたいな形状の部屋の底。
壁に北の方角を表す紋様が描かれている。
キメラが絶命しているのは南側。
出入り口は上方にしかない。
遺跡はゲームどおりの構造のようだ。
元と違うのはキメラがいたこと。
他にも魔獣が呼び込まれている可能があるから、早くここから出よう。
風の魔術で一時的に浮き上がる手段もあるけど、それは魔力消費がすごい。
壁の材質を解析したら、少ない魔力消費で破壊できると判明した。
このまま遺跡の最下層を横に移動させてもらおう。
遺跡の建材は土を圧縮してできた素材だから、テトラが開発した畑を耕す魔術が使える。
壁の厚さも計測したし、あとは目的地に向かって壁に穴を開けながら進むだけ。
粉塵避けにバンダナで顔下半分を覆う。
最短で遺跡を攻略しよう。
私が調査をする間、アエスは退治したキメラから羽を数本引き抜いて、自分の背負うナイフの鞘に収めていた。
勝利の記念品なのか、あるいは何かに使う予定なのか。
アエスの好きにさせておこう。
「これから北東に向かって直進するから、アエスも一緒に来てね」
「ピュイ!」
長くふさふさした茶色い羽を背中に装備したアエスは、私の肩まで飛ぶ。
何だかご機嫌だ。この様子なら、ヴェルの方は無事だろう。
早く合流しなくては。
一度RTAなるものをやってみたかった。でもあれは反則なしだっけ?
壁に穴を開けて進んでいる私は違反行為を咎められるかもしれない。
メタ視点抜きでも遺跡破壊は気まずいけど、悠長に攻略する場合ではない。
おかげで目的地へはあっさりたどり着く。
ここに来るまでの妨害は、ゲーム同様に雑魚の魔物だけ。
音叉を鳴らしたり光を伴う魔術で威嚇して、コウモリや巨大モグラの姿をした魔物は簡単に追い払えた。素材に旨みがないのでこちらも追わない。
翡翠の鍵のメンバーは、この遺跡の最下層を探索してないのだろうか。
壁を崩して侵入した部屋の奥には、目当てのモノがあった。
遺跡から出るついでに寄ったけど、まさか本当に残っているとは。
罠が仕掛けられていないか確認しながら、慎重に進む。
しばらく解析を繰り返したけど、問題なさそう。
壁の破壊で砂塵が舞うのを、魔術による打ち水で押さえ込む。
視界がクリアになって、思わず深呼吸した。
まるで夢のような光景が目の前にある。
台座に刺さった長い杖が、ランタンの光を反射して輝く。
流線形の銀色な杖の頭には、月桂樹の葉を模した緑の魔石がいくつも埋め込まれている。繊細で芸術的なデザインの、癒しの杖。
ルジェロさんの最強装備だ。
ゆっくりと近づいて、手を伸ばす。
私の目の高さまであるそれを両手でしっかり掴んで、真上に引き抜く。
驚くほどすんなりと、杖は台座から離れてしまった。
敵に悪用されては困るので今は回収しておくけど、全部無事に終わったらこの杖はルジェロさんに渡しに行こう。
旧時代の遺産を私が持ち去っては国際問題になってしまう。
杖を他の道具と一緒に腰のホルスターに吊るす。
これを使うのは最終手段だ。
今の私には自分で作った魔剣と、ヴェルから受け取った短剣があるから。
ゲームプレイヤーとしての私は、ルジェロさんの能力を強化して杖で殴る戦い方をさせてしまったけど、こうして現物を手にするとそんな使い方をする気にはなれない。
ゲームプレイヤーの私が、隠しダンジョンの攻略を主人公くんに任せなかった理由は一応ある。
単純に、妹と同じ歳の子に無理をさせたくなかったから。
伝説の剣の継承者だって、ラスボスを倒して役目が終わったあとぐらいは大人に面倒ごとを投げ出したっていい。
そう思ったから、界砕の王を倒すのはルジェロさんに任せてしまった。
歩きながらゲームプレイ時のことを思い出しているうちに、二つ目の目的地に到達した。
壁を崩した先の空間には、緑の光が溢れている。
プレイヤー視点で言うと回復ポイント、ゲームキャラ視点では霊脈とか龍脈とか地脈とか、いわゆる大地に魔力が流れて留まる要所である。
こっちにもダメ元で来てみたけど、本当にあって良かった。
ずっと背負ってきたあのこを下ろし、膝に抱えて座る。
ここの力を借りれば、妖精でも回復させられるかもしれない。
右手で魔剣を握り地脈の力を吸収しながら、生命力増強の魔術を構成していく。
前にこの魔術を使った時は、違法食虫植物に知性を戻してしまう事故を起こしたっけ。もう随分と昔のことのようだ。
本来なら私一人では使えない威力の魔術発動。普段よりも強い光が弾ける。
それでも、タンポポのようなドレスを着た白い猫妖精は微動だにしない。
うーん、まだ足りないんだろうか。
それとも、解呪しないと目覚めないとか?
解析の術を使ってみたけど、呪いで眠っているわけではないようだ。
魔術を改良するか、いっそ地脈からそのままこの子に力を流してしまうか。
魔術式を練りながら、合間にちょっと頭を撫でさせてもらう。
サラサラの毛並みをしている。日頃から手入れをしているようだ。
スシュルタやイージウムはやんちゃな子らしくモサモサな毛並みをしていたけど、この子はおしゃれさんなのだろう。
ケット・シーの様子を診ながらいくつも魔術を試していると、アエスが私の足元まで降りて不満そうに鳴く。
「ピィ……」
早くヴェルと合流したいのだろう。気持ちは分かる。
「せっかくこの場所に来られたから、今のうちにこの子を回復してあげたいの」
この子があの場に安置されていたのが敵による足止めなのは分かっているけど、見捨てることはできない。
ここにいるなら、魔力不足の心配はないのだ。
五度目の生命増強魔術を発動。
緑の光は渦巻くようにケット・シーへ注ぎ込まれる。
これまで以上に魔力量を増やした甲斐があってか、ケット・シーの耳がピクリと動く。
そして、呼吸を再開したように胸と鼻が上下しだした。
「良かった……」
もしこれ以上反応が無ければ、本当にぬいぐるみだと思って諦めたかもしれない。
まだ目覚めるほど回復しないようだけど、何度か同じ魔術を繰り返せば元気になるかも。
この子に合わせて改良した魔術をメモしておく。
これから助ける予定の妖精にも有効かもしれないし。
私がメモを取る間、アエスは地脈から魔力が流れ出る場所にちゃっかり収まっていた。
すやすやと寝息を立てるケット・シーを再度背負ったとこで、アエスが何をやっているかに気付いた。
「ん……?」
アエスは今まで背負っていたナイフを鞘ごとくちばしにくわえている。
そして、徐々に体が膨らんでいく。
……遠近感が狂って……ない?
何度も見返すけど、私の目と距離感がおかしくなったわけではなかった。
アエスがカナリアっぽい見た目そのままに、尺度だけ変わっていく。
地脈から力を吸い込んで巨大化しているようだ。
あっという間に私の背丈よりも大きくなる。
何で?
突然のことに困惑しながらゆっくりと近づいて、アエスの首あたりを撫でる。
撫で心地がいいのは変わっていない。
アエスはくわえていたナイフを私の腰のポシェットへ突っ込んだ。
それからぴょんと跳ねて後退。
「……アエス? 何をするつもりなの?」
嫌な予感。
アエスはキリっとした顔つきで鼻息荒く翼をはためかせた。
勢いよく風が巻き上がり、私は思わず目を閉じる。
そして。
アエスが起こす風は真上に流れ、バーンという轟音と共に遺跡の天井を吹き飛ばす。
風が吹き抜けていく先から濁った空が見える。
「……ああ……」
やっちゃった。
せっかく私が自重し……いや、してないな、散々壁に穴を開けて直進してきたから……。
アエスが私の真似をしてしまった。
真上に大穴を開けたアエスは、得意げに鼻息をつく。
この方が手っ取り早く外に出られますよと言わんばかりの顔である。
もういいか、知らない。
私をこの遺跡に転送した奴が悪い。
地脈から集めた魔力を魔剣や短剣に貯めておく。
後で時間を置いてから、もう一度ケット・シーを回復させてみよう。
アエスの背後に周り、もこもこの毛をぎゅっとつかむ。
魔術で筋力強化して背中を上り、アエスの頭の上から顔を出す。
「大丈夫? 重くない?」
「ピィ!」
アエスは私が落ちないのを確認し、重力なんてないかのように軽々と飛んだ。
物理法則なんて気にしたら負け。
地下を入れて四階層ある遺跡をショートカット攻略させてもらった。
得意げに鼻息をつくアエスの頭をよしよしと撫でる。
さて。
これからどうするか。
今出てきた遺跡の逆方向に、隠しボスである界砕の王がいる。
一人で向かうのは無謀なので一時撤退してきたのだけど。
みんなと合流する道中には、ツユースカが閉じ込められているはずの塔がある。
通り過ぎるのもなんだし、偵察ぐらいはしていこう。
今のアエスの大きさだと、空を移動しても地上を歩いてもどのみち目立つ。時短できる方で行くことにした。
「ねえアエス、あとしばらくはこの大きさのまま空を飛べる?」
「ピュイ!」
いけますとも! と言いたげな元気のよさ。
行動方針を決め、アエスに乗ったまま空の旅へ。
ユロス・エゼルの国で許可なく飛空すると撃墜されるし、南の極点付近にはドラゴンが出るけど、この大陸ならその心配はない。
鳥や飛行型の魔物は、アエスの大きさに驚いて逃げていく。
濁った色の空なので視界良好とは言えないけど、私たちの邪魔をする存在はいないので安全だ。
地上から敵に見つかった場合に備えて下方を警戒していたけど、何も起きないまま塔の姿が見えてきた。
何の変哲もない石を切り出して積み上げた飾り気ゼロの塔は、空の濁り具合と相まって陰鬱さを醸し出している。
視界に遮蔽物がないので、このまま近づくと塔からアエスの姿が丸見えかもしれない。
「上昇して塔の上までいける?」
「ピィ!」
高度を上げて移動し、十階建てぐらいの石積みの塔の真上へ。
罠探知の魔術に反応がないし、ここから様子を見よう。
木々が生い茂る地上の様子を窺う。
塔の前には、角が生えた馬っぽいものが数頭、ウロウロしていた。
白い一角獣と黒い一角獣。ユニコーンとバイコーンが喧嘩せずに一緒にいる……?
嫌な予感がするから、地上にはまだ近づかずにおこう。幸い、向こうもこちらには気付いていない。
アエスが塔の真上でホバリングする間に、スズメ姿の使い魔を作って塔へ送る。
上階から順に中を覗いていく予定だったけど、いきなり目当ての人を見つけた。
狭い部屋に簡素なベッドがあり、長い金髪の少女が仰向けに寝かされている。
ツユースカだ。
見たところ、物理的な拘束はされていない。
索敵魔術を使うと生体反応があるから、まだ無事のようだ。
だけど。
こういうところがダメなのだ、ケリーは。
本命の子を口説くなら、もうちょっと趣きのある場所に連れてこればいいのに。
ここはファンタジー世界なんだから、塔だってもっと煌びやかで華やかな建造も可能なはず。
過去に結婚詐欺師として大勢の女性を騙した時はシチュエーション選びも余念がなかったようだけど、ツユースカが絡んだ途端にケリーの思考はホラーじみた執着心に変わってしまう。
丁寧にもてなすという発想が、本命相手に消し飛んでしまうのは何故なのか……。
ミルディンとの抗争で追い詰められて余裕がないにしても、あまりに酷い。
この塔の陰鬱さは、ケリーの性根が現れているかのようだ。
部屋の間取りや塔の構造を確認し、ツユースカを助け出す手順を考える。
アエスが巨大化できる今のうちに連れ出してしまいたい。
と、そこで階下から足音が聞こえる。
慌てて使い魔を窓の外に出し、様子を窺う。
どすどすと、荒く歩く音。
体裁を取り繕うことのない粗野な行動だ。
その足音は、木製のドアを軋ませて部屋へ。
「ツユースカ……」
しわがれたようなくたびれた声。
どうやらケリーのようだ。
でも、ここまでアイツが憔悴しているなんて、何かあったのだろうか。
ケリーは部屋の中央にある椅子に腰掛け、意識のないツユースカへ声をかける。
「もう安全だよ、ツユースカ。すまなかった。まさかカイが俺を裏切って君を生け贄にしようと目論んでいたなんて……」
あ、状況説明が始まった……。
色々突っ込みたいけど我慢する。
私が聴いているなんて夢にも思わず、ケリーは独白を続けた。
「やっとカイを退治できた。これで君を拐って生け贄にする連中はいない」
三下キャラにありがちな仲間割れか……。
「あとはシジルやミルディンを君から引き離すだけ。でも、君は俺を信じてくれずにあいつらについて行こうとしたね……どうしてだい。俺は君に安全な場所にいてほしいだけなのに」
突っ込まないぞ。
そう考え私は黙っていたけど。
「ツユースカ。君は俺を裏切った。悲しいな。でも、君が悪いわけじゃない。あいつらが悪いんだ。俺が君を大事にしているのを理解できないあいつらが」
不穏な方向に転がっている予感がある。
「これから俺はシジルたちを殺しに行く。きっと君は俺を理解してくれるだろう。君を救うのは俺であると」
これからということは、あの四人はまだ無事でいるのか。
そう考えたところで、更に雲行きが怪しくなった。
「それが終わったら、君に甘い物をあげよう。他のことを考えられないように」
じんわりと歪みが露呈していく。
「悲しみも恐怖も溶けてしまうほど、君に甘いものをあげよう」
陶酔するように上擦った声で、ケリーは言う。
「そのまま君を砂糖漬けにして殺してあげる。そうすれば君の美しさは永劫と化す」
爆破だ。
爆破してやる。
これ以上ケリーの独白を聞くのは限界だった。
スズメの使い魔に爆弾を持たせ、塔の3階ぐらいの窓から突撃させる。
階下から爆音が響く。
「な、何だ!? まだあいつらは遺跡にいるはずだろう?!」
ケリーが慌てて部屋を出て階段を駆け降りて行く。
それを待って魔剣を取り出す。
ツユースカの位置からズレた場所を狙い、塔のてっぺんを暴風で破壊する。
魔術保護のない最上階は簡単に穴が空いた。
そこから中へ降り、急いでツユースカを抱き上げて叫ぶ。
「お願い、アエス。私たちを乗せて超速でヴェルのとこまで向かって!」
「ピイ!」
シュバっと目の前まで移動したアエスちゃん有能。
さすがにケット・シーとツユースカを抱えてアエスに乗るのはキツイ。
邪魔な荷物は置いていくことにした。
主に爆弾を。
アエスの背中に乗って片腕で掴まる。
それを確認し、巨大なカナリアは塔に蹴りを入れて飛び出した。
背後から塔の最上階が吹き飛ぶ音が轟くけど、気にしている余裕はない。
早く四人と合流しないと。