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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
133/155

ミイラ取りをミイラにし損なうこともある

 悪党同士で勝手に潰し合えばいいと思ったことは多々あるにせよ。

 実際に目の当たりにすると、虚無感のほうが勝る。

 土地が穢れたり遺跡が台無しになることを抜きにしても、不毛だ。

 結局は粛霜も利用される形で巻き込まれたらしい。森の中で隠遁生活を続けていれば良かったのに。

 ミルディンは最初から、粛霜を利用することを考えていたのかもしれない。



 吐くだけ吐いて落ち着いたテトラに、水筒を差し出す。

 これからこの遺跡内を移動して次の場所まで向かわないといけない。

「……動ける?」

 黙って水を口に含んだテトラは、一息入れてゆっくりうなずいた。

 そして、かすれた声で言う。

「早く通り抜けたい」

 テトラもヴェルも、翡翠の鍵の構成員に同情する気はないようで、警戒だけは解かないまま先へ向かうことを決めた。



 ターコイズのような空色の鉱石で建造された遺跡と、蛍石のような半透明の素材で構成された遺跡を越えていく。

 その両方でも惨劇が起きていた。

「……本当に、助ける予定の二人は無事なのですか?」

 粛霜がツユースカやディナ・シーだけ生かすとも思えないので、ミルディンに再度確認した。

「その保証はします」

 もう粛霜との間で取り決めがあるのか。あるいは、魔術で粛霜に行動制限をかけているのか。

 とにかく、予定どおり2人の救出と異界の王の討伐するのが私の優先事項。

 ミルディンの復讐に口を出すのは野暮というか、藪蛇というか。



 遺跡に踏み込むたびに、シジルが警戒するように何かを探っていた。

「あの幻想生物の襲撃より先に、設備が回収されてるな?」

 シジルの疑問に、ミルディンが答える。

「おそらくは。我々に転移装置を使わせないために、事前に運び出されています」

 二人のやり取りを聞きながら、テトラが不満を隠さず低い声を出す。

「何をしてるのかは知らないけど、遺跡の扱い方が酷すぎるよ。処刑場みたいにしなくてもいいのに」

 ミルディンはテトラをジロリとにらむ。

 手段を選べる状況ではないと言いたそうな雰囲気。

 けれど、口を開くことはなかった。



 三つ目の遺跡を越えたころに、赤い山岳が遠目に見えた。

 異界の王の封印地である隠しダンジョンが近い。

 その手前にもいくつか遺跡がある。隠し武器が封印されているダンジョンはそれぞれ五つ。

 ミルディンが回収した武器は、さっき通り抜けてきた遺跡の深部にあったものだ。

 これから通り抜ける遺跡に、ミルディンが回収していない武器がまだあるかもしれない。都合よく寄り道して発見できないだろうか。

 半ば現実逃避のようにそのことを考えていたけれど。

 問題のその遺跡前で、また全員で立ち止まってしまった。


 石畳をぶち破るようにして生えた巨木が、粛霜を枝で縛って逆さ吊りにしている。

 どうやら粛霜はこの生きた罠に対処できなかったようだ。

 植物の魔物はミルディンの指揮下にあるのか、私たちには反応しない。

 ミルディンや皆は粛霜を放って通り過ぎようとしたけど、私は流石にこれ以上は見過ごせなかった。

 風の魔術で、粛霜を吊す枝を切って落とす。

 腰から落下してうめき声があがるので、粛霜はまだ生きているようだ。

 私の行為に、ミルディンが振り返る。

「……どういうおつもりですか?」

「どうも何も……」

 先に襲撃してきた粛霜にも問題があるとはいえ。

 我慢できずに言う。

「貴方がこの人を露払いに利用するだけして捨てるのも理解できなくはないけれど。ここからこの人が逃げてまた私たちを襲撃する可能性を考えないのは不自然すぎるわ。どうしてとどめも刺さずに放置しておくの?」

 ミルディンは無関係の人を自分の復讐に利用したりはしないだろうから、粛霜のことは魔物と同じ認識なのだろう。現状、ただの災害みたいなものだし。

 わざとらしく溜め息をつき、ミルディンは私に反論する。

「今はそれどころではありませんが」

「貴方がこの人をまだ利用する予定なら、それでもいい。けれど、この人が二度とこちらを襲撃しないという確証がなければ放置できないわ 」

 強者の余裕ぶって相手を生かして、しっぺ返しを食らうのもよくある話。

 もしかしたら、ジャータカ王国にいた翡翠の鍵の構成員たちのように、粛霜も既に寄生の薔薇を植え付けられてミルディンの判断でいつでも殺せるような状態かもしれない。

 にらみつける私に、ミルディンは想像通りの答えを返す。

「それはもう、私に逆らうことはありません。そう取引しました」

「なら、ここに吊しておいた理由は?」

「向こうが勝手に予定外の場所に踏み込もうとした結果ですね」

「それは結局、取引に失敗しているのでは?」

 粛霜がミルディンから逃げようとした可能性もある。

 私の突っ込みに、ミルディンは目をそらす。

「通り魔の相手をする余裕はありません。急がなくては、ツユースカたちが危ない」

 ミルディンは私の相手をやめ、身を翻し先へ進もうとする。

 はぐらかされた。

 私の行動も止めないなら、勝手にさせてもらう。

 粛霜に声を掛ける。

「貴方はどうしたいの? 私達に危害を加えないのであれば、このまま戦場まで道連れにするけれど」

 その言葉に、身じろぎして粛霜は返事をした。

「……へえ、殺さねえのかい?」

 面白がっているかのような声色だ。

 逆さ吊りからの落下ダメージなんて無かったかのようなこの反応は、やっぱり人間じゃない。この瞬間にも超速で回復している。

 粛霜は、戦いの勝者には敬意を払う。

 けれどそれはゲーム中の話。

 今の粛霜には甘い対応なんてしない。

「私達に危害を加えず、邪魔もしないのであれば。ひと思いに死ぬより酷い目に遭う場所へ連れて行ってあげるわ」

 流石に隠しボス相手に単騎特攻しろとまでは言わない。

「貴方は私の大事な人を殺そうとしたのだから、簡単には許さない。私たちの代わりに、厄介な役目を引き受けてもらうことに決めたの」

 今は恨み言だけ吐かせてもらうことにした。

 数秒考え込んだ粛霜は、簡潔に返す。

「……了解した。アンタに従うとしよう」

 謝罪とか反省はなしか……。やっぱり油断できない。



 粛霜の腕を胴にくくりつける拘束は解かず、歩行だけの許可。

 捕虜のような扱いだ。

 先頭を歩くミルディンとシジル。粛霜はその後に続き、私達三人と白鹿が殿(しんがり)を務める。

 ヴェルとテトラは、私が粛霜を連れてきたのを怪訝に思っているようだけど、ミルディンとシジルの手間、何も言わない。

 守護獣であるアエスと白鹿の警戒意識は他に向いているから、今は粛霜が反抗する心配をしなくてもいいだろう。

 問題は、アエスと白鹿が何に反応してピリピリしているのかが分からないこと。

 ここまできたら、妖精や魔物が出てくる可能性もある。

 辺り一体を占拠するこの遺跡は、過去に図書館のような施設だったらしい。

 象牙色の素材で作られていて、天井には書物を傷めない光を灯す石が埋め込まれている。床は音を吸収する素材なのか、足音がしない。

 当時ここに保管されていた文献は、人族が王国を立ち上げる際に妖精族から譲り受け、首都にある王城で管理されているそうだ。

 中身が空になった図書館はそのまま封鎖された。

 けれど、活動拠点を求める無法者たちにはちょうどいい置き土産になってしまった。

 戦闘向きの場所ではないし、できれば通り過ぎるだけにしたかったのだけど。


 細長い通路を行く途中、先の様子を窺うミルディンが立ち止まる。

 前方に開けた場所があるようだ。

 元は受付だったのだろうその広間は、遠目に見ても分かるほどの異常があった。床に赤黒い光線がいくつも走っている。何かの魔術が仕込まれた図形だろう。

 ミルディンが偵察に送ったマンドレイクは、さっと行ってすぐに帰って来た。

 その報告をミルディンが聞いている背後で、同じ内容を聞き取ったテトラが不快そうに顔を歪める。

 この子が嫌悪を剥き出しにするような罠があるのか。

 そう思ったところで、私の斜め後ろにいた白鹿が急に背後を振り返る。

 同時にアエスも低く短い警戒音を上げた。

 見れば、狼のような四足歩行の魔獣が二体、吠えながら突進してくる。

 咄嗟に魔剣を抜き魔術の盾を展開。

 白鹿が魔獣に蹴りかかる直前で魔獣だけ弾き飛ばす。

 守護獣が闘志に満ちているのはいいけど、ここで血生臭いことは避けたい。

 魔石を用意をしながらミルディンを振り返る。

「先の広間にある仕掛けは、生き物の血を使うものね?」

 狭いこの通路から広い場所へ誘導されている。

 でも、移動しての戦闘は罠。

 ミルディンは私の推測を肯定する。

「その通りです。ここで血を流すと、先の区画にある召喚魔術が発動して更に魔獣が増えます」

 説明の間にも、魔獣は盾にガンガン体当たりする。痛覚が無いような行動をするのは人造の魔獣に多い。

 遺跡に入る前に索敵や追跡対策をしたのに、外にいる誰かに出し抜かれてしまった。

 シジルが焦ったように言う。

「殺したらダメならどうすんだよ?」

 手段はある。

 ヴェルが魔術補助のナイフを掲げるのに合わせ、私は盾の魔術を解除。

 水球が砲弾のように飛び、吠え猛る魔獣たちの鼻と口腔を打つ。

 魔獣は勢いよく流され、はるか先で倒れたまま動かなくなった。

 外傷を与えられないなら、水圧で首を折るか溺死させるかすればいい。

 今までも毛皮を得るために使った手段だ。

 しばらく様子を見るけど新手が来る様子はないし、広間のほうも静か。

 ヴェルが廊下に追手阻止の結界を張る。

 その間にミルディンは広間の罠を解除し始めた。

 待機に飽きたのか、粛霜が口を開きヴェルに言う。

「手慣れてんな。お前さん剣士じゃねえのかい」

 その発言は無視された。

 どこに監視の目や耳があるか分からないのだ。手の内は隠したい。



 罠の解除が終わり、先へ進む。

 四階ぐらいの高さまで吹き抜けのある広間は、床に同心円や正方形が重なる図形魔術で見苦しく汚されている。

 ここが図書館だった時期なら、本と本棚に囲まれた壮観さがあっただろうに。

 落書きのような悪意だけ残された空間は寒々しい。

 そのまま罠に警戒しながら奥へ。

 扉を越えた次の区画も吹き抜けになっていた。

 今度は、下に向かって空間が伸びている。

 警戒しながら階下をのぞく。

 また図形魔術が用意されていた。

 多重の円が描かれた床の中心がくぼみ、半透明の石材で蓋をされているように見える。

 その下に、白猫のようだけどそれにしては大きな生き物の姿があった。

 たんぽぽのような黄色いドレスを着ている。

 ケット・シーなのだろう。

 こんなところに閉じ込められているなんて。

 魔術の生け贄だろうか?

「あのこ、出してあげようよ」

 テトラの提案を、ミルディンは拒否しなかった。

「ええ。おそらくまだ救えますし、妖精族を敵に回すものではありませんから」

 罠の解除と索敵を繰り返しながら、階段を降りる。

 救出作業に粛霜は邪魔なので、一旦上階に置き去りだ。

 何があっても対処できるよう、ヴェルと白鹿が後方と上階を警戒し、ミルディンが前方を。

 テトラとシジルが図形魔術を解除し、蓋になっている石材をどかす。

 私がくぼみに降りてケット・シーを抱き上げたところで、肩の上のアエスが短く鳴いた。

「ピィ!」

「え?」

 白鹿も慌てて方向転換し、私に向かって跳ねる。


 次の瞬間、足元が発光した。

 まぶしくて、ケット・シーを抱えたまま目をつむる。

 足場が急に不安定になるこの感覚は……。


 首都まで魔法で飛ばされたのを思い出した頃に、光が落ち着いた。

 何が起きたのか確認しようとして、

「ピイーッ!」

「ブゥガァッ」

 アエスの甲高い鳴き声と、獣の悲鳴のようなものが聞こえた。

 衝撃波が見えた気が……。

 埃のようなものが舞う。

 ええと……。


 落ち着いて周囲を見回すと、ここは赤黒い石材が積まれてできた四角い空間だった。


 私はまだあのケット・シーを抱き抱えている。


 壁には巨大な生物が頭をめり込ませて絶命していた。

 獅子頭に猛禽の翼、蛇の尻尾。キメラのようだ。

 キメラのご遺体の上で、アエスが得意げに『私が殺りました』の顔をしている。

「……助けてくれてありがとう、アエス」


 もしかしなくても、このケット・シーが閉じ込められていたのは分断の罠だったのか……。

 あんな場所に転送魔法が仕込んであるなんて。

 キメラも、送られてきたエサが守護獣付きなんて予想外だっただろう。

 こうなるとどっちが罠なんだか分からない。


 そして、私をここに転送してしまった人間(?)にはもう一つ誤算がある。

 私はこの遺跡の構造を、ゲーム情報として知っている。


 キメラの素材を剥ぎたいのを、ぐっと我慢。

 ケット・シーをおんぶし、紐で私の背中にくくりつけた。

 今まで集団行動して、みんなの邪魔にならないよう役割分担に忠実だった。

 でも、こうなった以上はそれも終わり。


 魔剣を抜いて強化魔術を使いながら、行く先を決める。

 さてと。

 誰があんな罠を用意したかは知らないけれど。

 私を野放しにしたこと、後悔してもらおう。

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