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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
131/155

戦闘狂は上から降ってくる

 王都で一泊し、早朝に発つ。

 こんな状況でなければ市場調査もしたかった。

 目的を達成できたなら、帰りは王都でのんびりしたい。

 テトラとシジルが魔術で改造したトロッコ二台に乗り、例の森を目指して走る。

 魔術ランタンをトロッコの前面に吊るし、鉱山の奥でも目指すかのような状態だ。

 利用者が減って荒れた道も、トロッコは滑らかに走っていく。

 守護獣の白鹿は私の乗っているトロッコと並走していた。無茶をさせているのに全く気にしていないようだけど、大丈夫だろうか。

 


 そろそろ森に突入する。

 トロッコの先頭にいるテトラは操縦に意識を使っているから、私とヴェルが代わりに索敵の術を使う。

 反応はまだない。周囲を見回し、連結した二台目のトロッコを振り返る。

 シジルは役割分担に従って今は大人しい。

 ミルディンは時折何かに反応して頭を動かす。植物の声でも聴いているのだろうか。

 やがてトロッコは、背の高い木々が生い茂り陽の差し込まない森の中へ。

 うっすらとランタンに光が灯る。

 進行方向に倒木などがないのを確認し、テトラはトロッコの速度を上げた。

 空を切る音に環境音がかき消されてしまうので、集音の魔術も使う。


 しばらくし、頭上で木々がザアザアと騒がしく揺れ始めた。

 風が強いわけではないのに。

 これは……。

 魔剣の柄に触れ、防壁の術を真上に向けて張った。

 トロッコ自体には衝撃吸収の術がかけてあるけど、上方向からの攻撃には弱い。

 異音と私の行動に、ヴェルも武器をすぐ取り出せるように構える。


 認識をごまかす魔術をトロッコと白鹿に施しているけど、魔術抵抗の高い相手には通じにくいから、おそらく向こうは私たちを見つけてしまった。

 現状、様子見で木々を飛び移りながら追跡しているのだろう。


 あのゲームにおける幻想生物・SAMURAI。

 粛霜は身体能力が人より魔物に近く、魔術が効きにくい。

 この世界の住人から幻想生物扱いされるのはそのせいだ。

 ゲームプレイヤーからは「忍者なのか侍なのか仙人なのかはっきりしろ」なんて言われた程に設定がちゃんぽんで、突っ込みどころが多い。

 見た目は不逞浪人のそれ。後ろ頭で高く結ったざんばら髪に、蘇芳色の羽織に墨色の袴という格好で、無精髭を伸ばしているので老けて見える。

 遭遇イベントは完全に『未成年を襲撃する不審者』だ。

 そのため、パーティの保護者役だったゴードンさんにはずっとキツく当たられていた。


 ……しばらく警戒を続けるけど、何も起きない。

 喧嘩を売るに値しないと思われたのか、それとも。


 疑った途端に真上からの音が止む。

 テトラはその瞬間にトロッコの速度を更に上げた。

 追い抜かさせないつもりだ。


 様子を見る限り、再追跡の気配はない。

 撒けた?

 それとも、向こうがこっちへの興味を無くした?


 うなるように走るトロッコは、予定より早く森を抜けた。

 そのまま荒野を突っ切り、怪鳥や猛獣姿の魔物を避けてジグザグ走行。

 魔境らしい場所を進んでいくも、私たちを追いかけてくる魔物や動物はいない。



 岩石でできた山の麓で、トロッコはようやく停止した。

 ちょうどセーブポイント、もとい古代妖精の墓標の手前。

 日が真上にくる時間だけど、この辺り一帯は空の色が濁って陰気に満ちた土地だ。

 そんな空間に佇む巨大な墓標は、桃色に発光しながら陰気を中和している。

 この周囲であれば、魔物の心配だけはしなくていい。

「あー……お腹すいた……」

 そう言ってテトラはぐったり寝込む。

 トロッコの動力に使ったのはテトラの魔力だ。予定より速く走った分、無理をしている。

 ヴェルは周囲を警戒しながらトロッコを降りた。

「野営の用意をするから、テトラは休んでて」

「よろしくー」

 私もヴェルと一緒にトロッコを降りる。

 白鹿が寄ってくるので首を撫でた。

「無茶させてごめんね」

 ドライフルーツを一欠片あげると、白鹿は満足そうに鼻息をつく。

 肩の上のアエスは不満そうに鳴いた。白鹿を甘やかさなくてもいいのにと言いたげだ。

 シジルは事前の打ち合わせどおり、トロッコの保護のためにその場に残る。

 ミルディンも周囲の調査のために個別行動を開始した。


 野営と言っても、お昼休憩さえできればいい。

 虫除けと獣避けの術を施した縄と杭でトロッコの周囲を囲い、護身の道具に異常がないかを点検したら、後はご飯作りである。

 ヴェルと二人で簡易的なかまどを設置して、鍋で煮込み料理を作る。

 できた料理はテトラを優先して鍋ごと渡す。

 食事の順番と見張り番を交代していくので、シジルとヴェルのご飯ができた頃にはテトラが休憩を終えてトロッコから降りた。

 私と料理当番を交代して聞く。

「この辺りどんな感じ?」

「今のうちは何も出なくて安全そうね。偵察に行ったミルディンが戻って来ないと、先へ進んでも平気かは分からないけど」

 墓標のおかげか、不浄の土地にいるにしては穏やかだ。


 私がご飯を食べ終えた頃に、ミルディンが偵察を終えて戻ってきた。

 背後に植物の魔物たちを従えていて、そのまま謎の調合が始まる。

 一体のトレントが自壊して樽になり、マンドレイクたちはその樽に飛び込んでいく。

 ミルディンは魔物たちの献身に無言のまま、刺々しい植物と紫の石を樽に放り込んで蓋をした。そのまま何事も無かったかのように、私たちに偵察の結果を話し始める。

「こちらを追跡しているモノも、この先で待ち構えているモノも、今のところはいないようです。道中で通り抜けた森では、噂の幻想生物が我々を森の出口付近まで追ってきたようですが」

 ……あいつは戦う相手を探しているから、剣と弓を持ってるヴェルに目を付けたかもしれない。

 ゲーム中では歩きで森を移動したから、粛霜に襲撃されて戦闘になる。

 それを避けるためにトロッコで移動したけど、あいつがどう考えるか……。

「森からは出てきてないんだ?」

 ヴェルの問いに、ミルディンは首肯する。

 報告はそれで終わりらしく、ミルディンは樽に木の枝を突っ込んで中身をかき混ぜ始めた。

 対応があっさりしているから、ミルディンは粛霜が森の中でしか行動できない生物だと勘違いしているかもしれない。

 でも、普通に森から出てくる……。あそこを生活圏にしているのは、木の(うろ)でお酒を作っているからで、戦える相手を見つけたらあっさり根城を捨ててしまう。

 今頃、粛霜は森から出る用意をしているかも。

 トロッコでの移動が続けられるうちに、あいつの追跡を振り切りたい。



 休憩を終え、またトロッコで移動する。

 結局、ミルディンの謎の調合物はさっきの墓標のところに置き去りだ。あれはあの場で熟成させて帰りに回収するらしい。何を作っているか追求するのは躊躇われたので、それはともかく。

 空気の澱んだ陰気な土地を通るのはあまり気分が良くない。

 始祖王の加護があるアストロジア王国の過ごしやすさを、ここにきて実感するとは。

 周囲の景色がずっと変わり映えしないことに飽きたのか、テトラが口を開く。

「こんな辺鄙(へんぴ)な場所にも妖精の墓標があるのは何で? 妖精が住んでるようには見えないけど」

 その疑問にミルディンが答えてくれた。

「昔はこの大陸のどの場所も統治者であるディナ・シー族が管理していました。その名残で墓標があちこちに点在していますが、現在はほとんどのディナ・シー族が常若の国に移動して、管理が行き届かなくなりました。魔物が湧いて出る地域が増えているのはそのためです」

 モンスター無限湧き状態だ。

 とはいえ。

 素材になる魔物がいるなら歓迎だけど、雑魚では何の足しにもならない。

 戦うだけ時間の損なので、今回はできるだけ魔物に見つからないよう進む。

 途中で飛び出してきた魚類を轢いたり(陸上なのに)、コウモリっぽいのに追われたりしたけど、ヴェルが軽く火球を撃ったらすぐに逃げた。


 雑談しながら次の古代妖精の墓標に着く頃には、日が傾き出している。

 野宿の用意は久しぶりだ。

 昼食とは香辛料を変えただけの夕飯を済ませ、寝床の用意をする。

 寝ずの番は交代制にしたかったけど、作戦上で私だけ除外されてしまった。

 魔術組織の拠点が近づいているので、一人だけ質のいい天幕を張って囮役として過ごすのだ。他の四人は、ワガママ貴族に振り回される護衛とかそんな感じの設定で外にいる。

 こんな所までやってくる人間なんて普通ではないので、カモの振りをするも何もない気がするけど。無防備に見える相手に小悪党がホイホイされてしまうのがこの世界である。


 そして。

 ご期待に添えなくてもいいのに添ってしまった奴がいる。



 仮眠中に物音がして目が覚めた。

 鳴子じみた警戒用の術に何かが掛かり、他の四人が戦闘体勢に入ったようだ。

 私も慌てて起き、魔剣をつかんで天幕の外をのぞく。

 その途端、向かいの天幕が一直線に裂けて斬れた。

 ……剣戟のリーチが長い。あいつだ。

 四人の居場所を確認し、慌てて防御の術を使う。

 ヴェルが宙に打ち出したナイフをいなして飛び込んできたのは、案の定、日本刀を振り回す粛霜だった。

 あの戦闘狂、ここまで自分の脚で追いついてきたのか……。


 魔術を重ね、ヴェルを即席の盾役にする。

 私たちのメインアタッカーはテトラとミルディンだけど、それは異界の王と対峙するギリギリまで隠し通さないといけないから、擬態としてヴェルをアタッカーに見せる必要がある。

 前面に出るため、ヴェルは俊敏さに強化を割り振って紙装甲の状態だ。

 そこを私が補助して攻撃を防ぐ。そう決めていた。

 粛霜は魔術師らしい格好の三人には目もくれない。魔術攻撃は効きが悪いからか。

 テトラの炎も、シジルの水流も、粛霜は刀の一振りで消し飛ばす。

 ミルディンによって伸びる木の根も、速攻で斬り捨てられる。

 ヴェルは初めて見る刀に対応を決めかねている。粛霜の間合いに入ろうとせず、飛び道具を使う。

 粛霜が跳ねるたびに、私は術を重ね直す。

 ヴェルに怪我なんてさせない。


 人らしからぬ動きでひとしきり暴れた粛霜は、急に動きを止める。

 高く跳ね、今まで散々斬りかかったヴェルを無視。

 私のいる天幕に向け、刀を振り払う。

 間一髪で護身が間に合ったけど、天幕は裂かれてしまった。

 隣にいた白鹿とアエスが威嚇の構え。


 さすがにここまでヴェルに傷がつかないんじゃ、バレるか。

 粛霜視点で『敵に攻撃を通すには、周囲のギミックから先に潰せ』という状況なのは。

 

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