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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
勇者代行/ゲルダリア編
130/155

巡礼する羽目になった聖地にて

 シジルが地面を踏み鳴らし、憎しみを隠さず叫ぶ。

「ケリーの奴! 殺す! 殺す!」

「落ち着いてください、シジル」

 ミルディンに諌められ、シジルは歯噛みする。それでも気が収まらないのだろう、不満を垂れ流す。

「ツユースカが妖精も助けようなんて言うから! 何でそこまでしないといけないんだ!」

「妖精って?」

 テトラの疑問にはミルディンが答える。

「界砕の王に贄として捧げられたディナ・シーのことです。魔術による拘束で魔力を引き出された状態にありますが、妖精は人間より生命力が強いため、まだ助かる見込みはあります」

「それでツユースカが捕まったら意味ないんだよ!」

 ミルディンは冷静にシジルを諭す。

「ツユースカを連れ出すだけなら、シジルが得た刺礫の王の力で転移魔法を二回行えば可能ですが、問題が残ります」

「……ツユースカは助かるのにか?」

「その代償は大きいですよ。シジルは戦う力を失い、他の異界の王を止めることが不可能になります。我々四人では、ディナ・シーを救う余力まではない。となると、一人逃げたツユースカは、ディナ・シー族から恨まれ続けることになります」

「……けど」

「シジルがツユースカと二人で妖精族から世界中を逃げきることができるなら、それでもいいでしょう。逃げ場が残っている間に、我々が異界の王を全て倒せるとは限りませんが」

「南の大陸は、ユロス・エゼルでどうにかすればいいんだ」

「それは正しい意見です。我々があの軍国に力を貸すというのは思い上がりでしょう。あの国は異界の王に打ち勝つために強くなったのですから。とはいえ、ユロス・エゼルが戦場となれば、シジルとツユースカに逃げる先はありません」

「アストロジア王国は……」

「影苛の王が一番恨んでいるのがアストロジアとその子孫です。復活すれば真っ先に狙われるでしょう。ユロス・エゼルを差し置いて」

「……」


 確かに逃げ場はない。

 ゲーム中では、影苛の王が復活する前にアストロジア王国は滅亡していた。だからあの隠しボスの復讐意識は、封印地の管理をするユロス・エゼルの軍に向いて、お偉いさんがほとんど死んだ。

 ジャータカ王国は翡翠の鍵の残党がいてまだ危険。

 東の海路でユロス・エゼル国を避けて更に南へ向かうのは不可能だ。何故ならラスボスの封印地である遺跡が東西に伸びて海を分断しているから。それを越えて東に回れるほど、この世界の船に長距離移動の備えは積めない。

 西の海路はアストロジア王国を横切ることになるし、そこから更に南下しても、ユロス・エゼルの管理する海域に出る。海上であろうと侵入すれば不法入国の扱いで攻撃されて死ぬ。

 シジルがツユースカとの静かな暮らしを願うのであれば、彼女には私たちが到着するまで耐えてもらうしかない。

 ケリーが相手では、ツユースカの身の安全が保障されるかわりにメンタルをやられそうだけど……。

 シジルは頭を冷やしたのか、ミルディンに問う。

「なら、どうすりゃいい?」

「そうですね、まずはここから目的地まで往復するだけの糧食が必要です」



 ミルディンの案内で首都へ入ることが決まる。

 シジルのローブは紋が目立つので着替えることになり、私の髪の色も印象に残りやすいためヴェルに魔術で黒く染めてもらった。

 ミルディンはローブのフードを目深に被り、顔を隠す白い面をつける。この人は容姿を隠しても隠さなくてもどのみち悪目立ちしてしまうので、結局は認識阻害の術を使った。

 白鹿には荷物運びのロバに見えるよう認識を誤魔化す魔術を使う。


 魔術道具を扱う行商人の振りをして街の検問を越えると、出店で賑わう十字路が見えた。ここからお城まで一直線だけど、混雑している。

 この国のお城は防衛拠点ではなく妖精との社交場なので、優美さにこだわった繊細な建築になっている。そのため、一目見ようと国内から観光客が集まってくるのだ。

 五つの尖塔が印象的な、きらめくお城。それを見て感嘆の声を上げる人たちで、大通りは賑わっている。

 こうして天気のいい日に訪れる分には陽気な観光地だ。

 あのゲームのプレイヤーにとってはトラウマの産地なので、私としてはあまり直視したくないけれど。

 典型的な『……シテ……コロシテ……』の連続戦闘イベントを潰せるかどうかは、これからの行動にかかっている。

 ミルディンの後に続き市場へ向かう途中、周囲をキョロキョロ観察するテトラが口を開く。

「ここはアストロジア王国の王都と全然違うね。お城も弱そう」

 その言葉にヴェルが苦笑する。

「どちらかというと、アストロジア城の方が特殊なんだよ」

「そうなの?」

「岩でできた山を半分削って土台にする建築なんて、大変だから普通はやらないよ」

「そっか、ジャータカ王宮も戦場向きじゃなかったね。何でアストロジア城はあんなゴツい形にしたの?」

「目的としては秘めの庭と同じなんだ」

「あー……」

 秘めの庭の裏山には、鉱毒で汚染された土地がまだ残っている。

 アストロジア王国の王城の裏から先の山岳も同じ。

 一般人が毒地に踏み込まないための防壁として、アストロジア家は要塞じみた厳ついお城に住んでいる。

 一方、この大陸の人間は妖精に庇護されてきた立場だから、防衛目的のお城がない。それは人族の統治が始まった今も同じ。

 ゲーム中ではアストロジア王国は滅んでいたし、魔術が扱えないジャータカ王国に侵攻能力はないから、イシャエヴァ王国を脅かす脅威は皆無だ。

 その油断から、この国は暗殺組織と魔術組織を野放しにした。

 今は警戒を強めているようで、ゲーム中より街の検問が厳しくなっている。

 これがミルディンの仕込みによるものなのか、それともルジェロさんの頑張りの影響なのかは分からないけど、良い傾向だ。



 私たち三人はこの国の通貨を持っていないので、まずは現金の確保から

 量産しやすい護符やナイフを市場で取り引きし、宿代と食費は確保する。

 ミルディンは自作の薬と食材を交換していた。

 それから宿の調理場を貸切にして、食品の長期保存の加工を行う。

 宿でずっと作業して、今日は終わりそう。

 魔術で加工時間を短縮できるとはいえ、一週間分も糧食を用意するのは疲れるものだ。

 半日ずっとお肉を切ったり縛ったりして燻製の下準備をやったヴェルと、街の外からこっそり呼んだ植物の魔物を塩漬けにしていたミルディンには休憩してもらう。


 私とテトラが調理場でお肉を燻す用意をしていると、宿のおかみさんがやってきた。

「あら、結構な量ですね。旅の糧食でしたら販売しておりますのに」

 糧食と言ってもリンゴ入りのパウンドケーキなので、それだけでは栄養が偏る。だからお肉を用意していたのだ。シジルがリンゴを嫌がるのもある。

 宿の人は商売チャンスを逃すまいとしている。どう断ろうかと思ったところで、テトラが私を指してとんでもないことを言う。

「この人は新婚だから、旦那に自分の手料理を食べさせたいんだよ」

「まあ〜そういうことでしたか!」

 即座に話に食いついたおかみさんは、機敏な動きで棚へ移動し、何かを取り出して戻ってきた。

 レモン二個? ああ、収穫時期だっけ。この世界は季節感がないから、冬になる時期だと忘れがちだ。

 おかみさんは興奮気味に語る。

「でしたら今晩はレモンパイを食べるといいでしょう是非に! 伴侶にレモンパイを作って二人で分け合うと仲睦まじく過ごせると昔からいいますよ!」

 ニッコニコの笑顔である。こういう話が大好きな人のようだ。

 断われず、私はそのまま説明を受けながらレモンパイまで作る羽目になった。


 パイ生地を寝かせたところで、やっとおかみさんから解放される。

 その間にテトラはお肉を燻したり、果物を乾燥させてドライフルーツに加工していた。   

 テトラの作業を眺め、シジルがぼんやりと言う。

「食べられるモノって多いんだな?」

 首都に入ってからシジルは大人しい。ずっと誰かの行動を観察している。

「季節と地域によって全然違うよ。僕も行ったことのない地域のことは本で読んだ範囲しか知らない」

 テトラの言葉に、シジルは燻されるお肉を眺めた。

「そうなのか。俺、親父が死ぬまで黄金りんごしか食ってない」

「えー? そんな完全食みたいなやつ、世間には出回ってないよ。だから嫌でもいろんなのを食べなきゃいけないんだ」

「そうか……」

 シジルの落ち込みに気づかないふりをしたテトラは、この季節だと何が食べられるのかを話し始めた。農家の子の野菜語りは長い。

 その話を静かに聞くシジルに、テトラは提案する。

「今日の夕飯はシジルも一緒に作ろうよ。スープ料理なら野宿中でも作れるし。覚えて損しないよ」

 シジルが調理方法を覚えれば、道中で分断され一人になってもマシなご飯を食べることはできる。

 ゲーム中では助からなかった二人。このまま協力しあって生き延びてほしい。



 夕飯時になり、五人で宿の食堂の隅に集まった。

 白鹿は宿の裏の厩に隠してきたけど、後で果物を持って行ってあげよう。

 食堂は観光客が多くて賑やかだ。

 宿の定番メニューを厨房から客席へと運ぶ給仕たちを軽く眺めながら、私とテトラもパイやスープをテーブルへ運ぶ。

 この街はパイ料理が人気らしい。今の時期は鹿肉のミートパイが旬だという。

 その一方。

 レモンパイをヴェルと分け合うことになった私と、テトラとシジルによる素材丸ごとスープを押し付けられる羽目になったミルディン。

「この差は一体……?」

 周りで出される料理との差に戸惑うヴェルと、

「何故食材を切らないのです? 呪術か何かですか?」

 嫌がらせを疑うミルディン。

「根菜は丸ごと芯まで煮る方が美味しいよ」

 テトラの調理が魔術による熱誘導だと知らない人には、ただ鍋に野菜を入れただけにしか見えない。

「お前の作るマンドレイク薬膳よりこっちがいいぞ俺」

 シジルにもそのうち一般的な料理を食べさせてあげたい。マンドレイク薬膳に興味はあるけど。

 なんのかんの言いつつ、パイ生地の香ばしく焼けた匂いと、ハーブ系香辛料の匂いには勝てず、作ったものは全員で完食した。



 夕飯後。

 テトラが荷車やトロッコを調達したいと言ってシジルを連れて出て行ったので、私とヴェルはその隙にミルディンから話を聞くことにした。

 大陸移動前に、目的地へ直接飛べない可能性に気付いていた件を問う。

「妨害が入る可能性があったから、事前にこの大陸で行動する上の注意をしてくれたのですね?」

「ええ、そうです。けれど、シジルは癇癪を起こしていたので、前もって明かしてしまえば一人行動して取り返しがつかなくなったでしょう。分断される可能性も含めて伏せていました」

 分断される可能性については、事前に薬と道具を平等に振り分けたときに予感があった。妖精避けの道具も各自で持っている。

「これからの道中で警戒すべきところはありますか?」

 買ってきた地図を広げ、三人でのぞく。

 ミルディンが指していったのは、ほぼ現地民しか知らない道程だ。

 ゲーム中で主人公君たちが使ったルートはあまり使わないらしい。

 ミルディンは説明を始める。

「古代妖精の墓標がある地域は魔物が発生しませんから、その周囲を通ります」

「墓標のそばを? 勝手に立ち入って問題はないの?」

 ヴェルの疑問に、ミルディンはうなずく。

「古代の妖精は、無力である人族を保護する立場の存在でしたから。人が近づいても小動物の戯れ程度にしか考えていません」

「そうなんだ……」

 墓標というと粗末な扱いが躊躇われるけど、あれはゲームとしていうならセーブポイントである。

 ただ、プレイヤー視点とキャラ視点では認識が違う。

 旅の途中でお地蔵さまに挨拶するようなもので、ゲーム中でも主人公君たちは古代の妖精から加護を得るために祈願するという認識で立ち寄っていた。

 桃色の巨大結晶体が発光していて遠目からもすぐに見つけられるため、旅人には目印にもなる。

 私がそんなことを思い出す間に、ミルディンは地図にある森を指す。

「できればこの森は避けたいのですが、ここを通らずして目的地にいく陸路はありません」

 ……そこは……。

 魔物は出ない代わりに、アイツが居る。

「何が出るの?」

 獣か魔物を想定しているヴェルに、ミルディンは声の調子を落として答える。

「魔物でも妖精でもなく、通り魔が出ます。人の姿をした幻想生物の」

 あのゲームで仲間になるキャラのうち、問題を起こす奴が二人いる。

 何故か勝手についてきて勝手に死ぬトレマイドと。

 ことあるごとに主人公と戦いたがるタイプの戦闘狂。

 粛霜との遭遇に備えて防御魔術を訓練したけど、発動タイミングが遅ければ初手で首を落とされてしまう。

「そんなものが野放しになっているの?」

 ヴェルの言葉に、ミルディンは気まずそうに話す。

「今となっては、首都の人間()寄らない地域ですからね」

 ……野盗や翡翠の鍵の構成員が死ぬ分には誰も困らないから、街の人もミルディンも、都合よく放置していたようだ。

 ツユースカのためには粛霜に構っている場合ではない。

 さっさと森を抜けたいけど、フラグが見えている……。

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