詫び石をよこせ
秘めの庭へ年に2回やってくるお偉いさんたちが、私達の研究結果をある程度まで一般の人にも公開して良いと言ってくれた。
魔術と無縁の生活をしている人達の中にも、魔術を扱える素養のある人は存在する。
王国としては、魔術で国を発展させられるなら、一般の人にも魔術に興味をもってもらいたい。
そして、これからは一般庶民にも魔術師に向いている人がいるなら積極的に採用してこの施設で研究してもらう予定だとか。
そのための下準備として、魔術に詳しくない人達向けの解説本を作ってほしいそう。
まだ一部で魔術に対して偏見があるので、それを払拭したい。
以上を踏まえて、初心者向けの日常に役立つ魔術があれば提案して欲しいとの通達があった。
「普段魔術に触れない人でも簡単に扱えそうなもの、って何があったっけ。魔術補助のための魔石って出回ってなかったと思うけど」
その辺りの発掘調査をしたいと提案したときは、検討中との回答しかもらえなかった。
だから、魔力消費の少ない魔術しか、一般の人には向かないだろう。
卓を囲んだ向かいのヴェルヴェディノは思案しながらベリーを食べている。
その隣で、資料本を閉じたり開いたりしながらテトラが言う。
「作物の収穫用魔術とか?」
「あれは使い魔の術の応用だから、普通の人には無理でしょ」
前に教授の講義で使い魔を作る術の基礎を習ったテトラは、それを聞いて言ったのだ。
「収穫したい作物にその術かけて、作物のほうからカゴに入ってきてくれたら楽じゃん?」
その発言を聞いた教授の、そういう目的で生み出された術ではないのですが、と言いたげな真顔は忘れられない。
私としてはその発想はアリだったので、全力で採用したけど。
その術で収穫されたベリーを満足するまで食べたヴェルヴェディノが、ようやく口を開く。
「それよりゲルダリアが改良したこのベリーの苗を、国中で育てたほうがいいんじゃないかな」
偏食の酷いヴェルヴェディノにしては珍しく、食べ物の話をしている。
最近は土地の開拓が上手くいって小麦の大規模栽培が始まったと聞いたけど、庶民に流通している食材はまだ微妙な質の物ばかりだ。
ベリーだけじゃなくて、ほかにも流通させて欲しい作物はある。
あれこれ話し合った結果を教授へ届けに行く。
最終的には、治癒魔術、金属の強度上昇の術、害虫退治の術、火事防止の術、荷物運びを楽にする魔術、が採用された。
その結果に、テトラがぼやく。
「何で、爆弾をつかんだまま魔獣を殴ったときに爆発に耐える術は不採用なの?」
「それを生活の知恵みたいな扱いで提唱されてもね?」
「魔術を知らない人にそれは高度すぎるよテトラ……」
そもそもそんな無茶をするのは、魔術師でもテトラくらいだろう。
私達のやりとりを聞きながら、教授が楽しげに言う。
「おや、それでは君達だけでもう少し上級な内容の魔術書でも作ってみますか?」
その提案に、三人で一斉に振り返る。
魔術書。
何か格好良さげな名前をつけられた本。RPGでは散々集めまくったアイテムだ。
それを自分達で作ってみないかと聞かれたら、当然ながら答えは一つ。
「やるよ!」
「もちろん!」
「いいんですか?!」
三人同時に食いつくようにして言うと、教授は笑みを深くする。
「君達は、この数年でいろんなことに貢献してくれましたから。きっと王都の魔術研究者にかけあえば、ある程度までは許可をくれるはずです」
それは私達の頑張りだけでなく、教授による王国への貢献度もあるんだろうけど、そう褒めてもらえるのはとても嬉しい。
三人で魔導書だとか魔術書なるものについてどういった術を載せるのかと話し合うこと数日。
エルドル教授から、お客さんが来たので応接室へと来るようにと呼び出しがかかった。
「お客さん? 誰だろう」
思い当たらないので、二人に聞いた。
二人にも思い当たる節はなさそうだったけど、ヴェルヴェディノがふと言った。
「前にお願いした、魔石の採掘調査の許可の関係、とか?」
そんなやりとりをし、応接室の扉をノックする。
「どうぞ」
エルドル教授の声が聞こえたので、扉を開けて三人で礼をする。
「失礼します」
言いながら中に入ると、応接室の卓を越えた向こうに知らない人がいた。
……いや、この世界に生まれてからは、初対面の人。
つばの広い帽子を被り、荒野を行くのに適した厚手の生地の服と靴を身に着けた、二十代後半くらいのがっしりとした骨格の男性。
私は彼を、一方的に知っている。
トラウマ製造機。
鬱ゲーのキラナヴェーダのプレイヤーからそう呼ばれている、豪快な最期を遂げる人。
彼の死亡回避は不可能だ。
典型的な、
「ここは俺に任せて先に行くんだ!」
という台詞を残したのが最期になる。
その後に、石で造られた沢山のゴーレムと一人で闘うけど、どうにもならず……。
「……は、はじめまして……」
とっさに声が出せず、ようやくそれだけを言う。
何故あの人がここにいるのだろう。
相手は私達三人の姿を確認すると、見覚えのある、人の良い笑顔で言った。
「おお、君達か、魔石採掘に興味があるという魔術師は!」
その言葉にエルドル教授が応じる。
「ええ、そうです。彼らは前から採掘調査に行きたいと申請をしておりまして、今回ようやく許可が下りたのです」
わざわざ説明してくれる教授。多分、私達三人が見知らぬ人に圧倒されていると思って、代わりに話をしてくれているのだろう。
思考停止している私に代わり、ヴェルヴェディノが口を開く。
「魔石発掘の許可が下りたということは、この方は……」
「挨拶が遅れてすまない。俺は、地質調査をロロノミア家から任されている、ゴードン・バレット! 君達の言う魔石に当たる物の産地への案内人さ!」
力強い笑顔。
その笑顔で、あの鬱ゲー世界の主人公君を含め仲間たちは心強さを得て旅に出たのだけど。
ゴードンさんの死亡イベント以後、心は荒む一方のままラストまで進行したのを思い出す。
辛い。
仲間思いでムードメーカーな人の死亡イベントも辛い。
黙ったままの私を放って、テトラとヴェルヴェディノはゴードンさんに名乗ると、早速打ち解けてしまった。
目の前で元気に会話する三人。
表情の固まっているであろう私に、エルドル教授が声をかける。
「ゲルダリア、どうしましたか?」
「……このところずっと調子に乗って魔術書について考えていたので、今になって睡眠不足で……」
無理矢理ごまかす。
教授は眉尻を下げ、呆れたような心配しているような調子で言う。
「君はこれだと決めた作業に一直線ですからね。折角の機会を得たのですから、採掘調査に行くまでは、他のことをしないように休んだほうが良いでしょう」
「はい……」
具合が悪いということで、一人自室に戻らされた私は、寝台に寝転がりながら考える。
どうしよう。
鬱ゲーの開始時間からして、ゴードンさんの死亡はまだ五年ほど先だろうけど……。
今のうちから対策できないだろうか。
他のゲームではたまに見かける身代わりアイテムが、あの鬱ゲーには存在しなかった。
戦闘時に行動不能になったら、宿や施設で休むまでは回復しない。システム周りもキツイ。
回復の術が使える医術師も、ゲーム中盤ぐらいにしか仲間にならなかった。
となると。
ゲーム初心者に優しいRPGで見かける、補助系のアイテムを作るのがよさそうだ。
魔石の調査に行くのだから、もし調査先で調合に使えそうな石を見つけたら、護符のようなものを作ってみようか。
ゴードンさんには案内のお礼もしないといけないわけだし。
あの鬱ゲー世界には護符は無かったし、秘めの庭で公開されている魔術にも、護符のようなものは無い。
でも、防御の術を魔石の力で補う仕組みのアイテムにすれば、いけるかもしれない。
そこまで考えてから、ちゃんと眠ることにした。
睡眠不足なのは嘘ではないし。
ずっと一人で調べているけど、どうしても分からないことがある。
鬱ゲー2作目の時間軸で、アストロジア王国が更地になっている理由。
あの謎は、どうすれば解明できるんだろう。
もしかして、鬱ゲーの1作目からあの状態なんだろうか。
アストロジア王国の西の山脈地帯に、魔力を有した石の鉱脈があるらしい。
またいつものように長距離移動。
最近は移動用のトロッコも進化して、前世での鉄道みたいに様になってきた。
列車と呼べるほど見栄えの良いものじゃなくて、自走する大型コンテナみたいな物だ。
その鉄の箱に荷物を詰め込みながら、ゴードンさんが言う。
「こっちの国はこれがあるから移動が楽でいいな。魔術師さんたちのおかげだ」
この人は普段からあっちこっちの国に行っているんだろうか。数年後にはイシャエヴァの国にいるわけだし。
そう思いながら質問する。
「他の国では長距離移動はどうしているんですか?」
「それがな、残念ながら徒歩か馬車だ。ジャータカ王国にゃ、魔術師は生まれないそうじゃないか。
ジャータカ王国に行きたがる魔術師なんてそういないしな。魔術的な生活補助がまるでない。王族以外は」
「王族は魔術が使えるんですか?」
そう聞くと、横からヴェルヴェディノが言う。
「始祖王の呪いで、ジャータカの王族には魔術師が生まれないはずだけど……」
「そうなの?」
「僕の父さんはそう言っていたよ」
「そっか……」
この前にヴェルヴェディノから聞いた、月蝕の魔術について思い出す。
ヴェルヴェディノの故郷は、始祖王に関する伝承に詳しいらしい。
ゴードンさんもうなずいた。
「そうだ、あっちの国の人間には魔術が使えない。だから、この国の王族と取り引きをしているのさ。
アストロジア王国に足りないものをジャータカ王国が提供する。代わりに、アストロジア王国は魔術師をジャータカ王国へ派遣する。そうやってあの国は王族だけ魔術の恩恵を受けている」
魔術師ならイシャエヴァの国にもいるし、研究が行われているはずだけど。
ジャータカとイシャエヴァの国の関係性はどうなんだろう。
でも、聞くのが怖い。
この人が本当にイシャエヴァの国に行って死ぬ可能性を考えると、あの国についてはあまり触れたくなかった。
この国とイシャエヴァの国交がどうなっているのかも謎だ。
今はそれはおいておく。
コンテナに詰め込むものを確認する。
調査予定期間分の食料と水。
それから、魔術で強化した採掘用のつるはしやシャベルを何本も。採掘予定の石の強度が不明だから、数は多いほうがいい。
念のために薬も一揃い用意した。
爆弾も持っていきたいけど、コンテナで移動するときの振動で爆発するといけないから、材料だけ持っていって現地調合。
採掘時に埃や塵を吸わないようにするためにかぶるバンダナと、鉱山の中を行くためのランタンを人数分。
あとはいつもの魔術道具。
これだけ用意したなら、多分大丈夫。
ゴードンさんと私達三人が乗ったコンテナは、機関部を杖で小突くと少しずつ走り出した。
魔術で走行時の振動が軽減されているとはいえ、多少揺れる。
手荷物が崩れないように様子を見ながら、しばらく大人しくしよう。
採掘予定の鉱山についての説明も聞きたいし。
ゴードンさんは話がうまく、移動の間、私達は飽きることがなかった。
半日してレールの切り替え地点に着いたので、コンテナを別のレールへと移動させる。
そして、それからまた半日かけて移動。
採掘場の山の麓に着いたのは既に夜。
四人で採掘場の管理の人に挨拶して、それぞれ宿に案内してもらった。
明日から、やっと魔石の調査に行ける。
そう思って、私達はそれなりに期待しながら眠りについた。
の、だけども。
明け方に、採掘場のほうが騒がしくなる。
何事かと思って、慌てて起きて準備すると宿を出る。
魔術の杖を持って鉱山の入り口へ行くと、ゴードンさんやヴェルヴェディノ、テトラ、そしてこの鉱山の管理をしている人達も集まっていた。
「何があったんですか?」
聞くと、ゴードンさんがこちらを向いた。
「ああ、ゲルダリア。それがな、どうやら昨日、俺達がここに向かうのをつけていた山賊連中がいたらしい」
「山賊、ですか」
そういうのは、この国でも出るのか。
「俺達のコンテナがここに着いたのを見て、山賊たちは普段は利用されていないこの山に、何か宝があると思ったらしくてな。それで、警備の手薄な時間に中に入って、落石事故が起きたとかなんとか……」
はた迷惑すぎる。
「放っておいてもいいんじゃないですか?」
思わずそんな無情なことを言ってしまう。
テトラも憤慨している。
「他人のモノを横取りしに来たんだから、助けなくていいよ!」
鉱山の管理者は困ったように言う。
「それがですね、この山はロロノミア家の管轄なんですよ。ですから、無断で鉱山に入った連中の身柄は、ロロノミア家に差し出さなくては。我々の判断で私刑にはできませんよ」
ヴェルヴェディノが渋面で言う。
「……それは、落石で潰れるより酷い目に遭うのでは……?」
王族の財を盗む罪は重い。
「それならそれでいーじゃん、引っ張り出して偉い人に裁いてもらえば」
テトラのその一言で、全員の行動が決まった。慈悲などない。
そんなわけで、私達の仕事は採掘じゃなくて、落石に巻き込まれた山賊を簀巻きにすること。
……何でこんな面倒なことに。
「山賊見つけたら、持ち物剥いでもいいかな?」
「山賊の持ち物も、ロロノミア家に提出するんじゃないかな……」
テトラとヴェルヴェディノのやりとりを聞きながら、みんなで鉱山の奥へ入る準備をする。
バンダナで口元と鼻を覆った後、全員に粉塵避けの魔術をかけた。
ここは昔、銀の採掘が盛んだったけど、今はもう銀が取れない。
でも最近になって、奥の方にある岩石が魔力を有していることに気付いたらしい。
そこで、あちこちの鉱山での採掘に慣れたゴードンさんが呼ばれた。
なのに。そんなゴードンさんに山賊探しをさせることになるとは。
岩を魔術で砕いて、下敷きになった山賊たちの姿を探す。
要らないものをトロッコに乗せて外に送り出していくうちに、
やっと人間の姿が瓦礫の下から見つかった。
どうやら気絶しているだけで、かろうじて生きているらしい。
運がいい連中だ。
全部で5人。そのまま外に運び出されて行く山賊たちを見送ったあと、鉱山の責任者さんが言う。
「あれでおそらく全部なので、このまま皆さんには魔石の採掘に移ってもらってもいいんですけど……」
落石のせいで、まだ目当ての鉱脈のところまで歩いていけない。
しばらくは、地味な片付け作業になりそうだ。
可能なら、あの山賊たちに謝罪の品を提出してもらいたい。
タイトルありきの段階から、タイトルに合う内容にしたかったような、説明回のような、フラグを蒔いて回収しきれるかの実験回のような。
これから先に必要なポイントは、おそらくジャータカ王国と魔術の話。