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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
贖罪には足りない善行
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回想2/同情と自己満足

 自分は死に損なったせいでこんな夢を視ているのだ。

 きっと現実では昏睡状態で、病院の機械に繋がれているんだろう。

 でなければ、ゲームキャラと会話している状況を実体験のように感じるわけがない。


 はぁ、しょうもな。

 あのクソ親、殺す殺すとわめきながら、まともに完遂できなかったのか。

 アイツ何ならできるんだ?

 金も稼げないし家事もしない。

 暴力自慢しか能がないなら、実子(わたし)を殺して二度と檻から出られなくなればいいのに。未遂だと出てきちゃうだろ。

 馬鹿らしい。現実になんて戻る価値がない。

 しばらくはこのくだらない夢にこもっていよう。

 こちらも大して面白くなさそうだけど。



 自分が助けることになったのは、ゲームの中で生け贄になった姉弟だった。


 シジルが言うには、予定より早く生け贄になることが決まって拘束されていたらしい。

 儀式場で絶望しているところにわたしが落ちてきて、眠っているツユースカの体を乗っ取って儀式を破壊することになったんだとか。

 そう説明されながらシジルの手足を縛るロープを解いて、追手が来ないうちに逃げる。


 空洞に落としたのは、二人の父親のモルスだったらしい。

 あの下には生け贄を待つ何かがいたから、モルスは助からない。

 モルスは魔術組織の頭だったから、予定外の死で部下が混乱している。

 逃げるなら今のうち、だとか。

 この夢の中も現実に負けじ劣らず しょうもないものだけど、気に入らないゲームの内容を破壊できるならやってみようか。


「憑依というのは実感がないけど、ツユースカは元の自分の体より動きやすい」

 思わずシジルへそんなことを言った。

 自分の意思で動かして視界に入る手は、整った長い指に健康でつやのある爪。

 家事で荒れた手指をした自分とは、まるで違う。

 お嬢様の手ってこんな感じなんだろうか。

 体も健康だ。

 足場の悪い森を歩き続けても、休めばすぐに疲れが回復した。

 痛みや痣や傷も無ければ、この世の全てが鬱陶しくなるようなイラつきを感じることもない。

 病気になっても病院へ連れて行ってもらえなかった自分とは違う。

「ツユースカは健康でいいな」

 思わずそうつぶやいたら、シジルは不愉快さを隠さずに言う。

「そりゃ、俺達は贄だからな。万全の状態じゃないと供物にならない」

 生け贄にするために大事に……いや、管理されていたのか。

 それはそれで酷いというか、かわいそうだ。


 半日かけて儀式場から離れた後、改めてシジルがわたしに聞いた。

「で、結局あんたは何? どっから来た?」

「知らない。死にかけたらこうなってるんだから」

 ツユースカの喉を借りてそう答えたら、溜め息をつかれた。

 わたしは信用されていないのだろう。当然だけど。

「魂の色が汚いし、あんたもどうせあいつらと同類なんだろ」

「シジルが何を言ってるのかよく分からない」

 魂が汚いって何だ? 詐欺師が言うスピリチュアルなネタか?

 うちの母親がその手の胡散臭い本ばっか読んでたな。カモられてる。

「魂が濁るのは同族殺しの証だって妖精達が言ってる」

 そういやここはそういう世界だった。

 後から攻略サイトでゲームの内容を軽く知ったけど、この世界の妖精はイイモノじゃなさそう。

「妖精はともかく何で魂の濁りとか分かるの?」

「俺は古い時代の妖精の能力を転写されたから、魂を見透かす魔法が使える」

 シジルの言うことが事実か確かめようがないから、信じはしないけど……。

 同族殺し……。

 自分があの人たちを巻き込んだ結果は、最低なことになっていた?

 今更、夢の中で悔いてもどうにもならない。

「……もういいや。自分の魂が濁ってようがどうでもいいよ。自分じゃ見えないし」

「俺の周りは、そんな連中ばっかだ。目的のためなら何でもやる」

「だって、ぼやっとしてると殺されるじゃん」

 そう言い返すと、シジルはうつむいた。

「……そうだな……」

 儀式場から逃げてきたばっかの身の上で、いろいろ思うところがあるようだ。

「生きるのが良いこととも思わないけどさー」

「死ぬより生きられる方がいいに決まってるだろ」

「その感想は個人差がありますってやつだよ」

 投げやりにそう答えると、シジルは黙ってしまった。

「クズに囲まれてるなら、出し抜く方法を上手く考えないと、死ぬしかない」

 そう言ってから、自分も大概しょうもないと思い直した。

 ゲームキャラ相手にイキって、何になるんだろ。

 満たされない。


 森の奥で、シジルは焚き火を始める。

 夜は獣と魔物を避けるために火がいるらしい。

 ゲームや漫画で見たような結界とかは、知識がないから使えないとシジルが言う。

 生け贄役が反抗しないように、シジルとツユースカには護身向けの魔術知識が与えられなかったらしい。

 わたしと同じ。わたしの親も、わたしが逃げないように何も教えなかった。

 親戚の温情でスマホとパソコンの使い方を覚えることができたのに、逃げることに使わず親への報復を選んだあたり、自分も親と同類の馬鹿なんだろう。

 親戚の家でも持て余されているのを感じた。

 でも、あの人らは持て余しながらもわたしを最低限の文明人にしてくれた。

 それを裏切ったから、現実の自分にはもう行く先がない。


「これからどうするの?」

 焚き火を眺めるのにも飽きて、シジルに聞いた。

 わたしに憑依されたままのツユースカは、まだ目が覚めない。

 シジルは火を見つめたまま言う。

「俺とツユースカを利用して組織を乗っ取りたい奴とか、組織を潰したいやつとか色々いるから、誰が一番マシか考えて手を組むつもりだ。協力者がいないと、また捕まって生け贄にされる」

「そっか」

 結局、ここも現実の延長なのだ。

 都合よく救世主(ヒーロー)はやってこない。

「あんたまだついてくるのかよ」

「どうすればツユースカから離れられるか分からない」

「まあいいや。助けてもらったわけだし、自然に分離されるまで放っといてやる」

「分離、されるもんなんだ?」

「されないと俺が困る。ツユースカも」

 確かに。

 憑依した他人が勝手に体を動かすなんてのは、気持ち悪い話だ。



 次の日は、黒い石を積んで作られた拠点にたどりつく。

 魔術の照明があるとはいえ薄暗くて陰気なところだ。

 ちょうど無人だったのもあり、シジルは遠慮なく食糧庫を漁り始めた。

 何の系統か謎な灰色の芋が山ほどある。

 シジルが生でそれを食べようとするので慌てて止めた。

 じゃがいもみたいに生で食べるのが危険だったらどうするんだ。

 生け贄として栄養管理されてきたなら、こんなものを生で食べて平気な胃はしてないだろうに。

「りんごならそのまま食べられるのに、変なモノ食べなくても……」

 食糧庫には山ほどりんごがあった。色が妙に黄色というか、金みたいな。

「飽きた。俺とツユースカは、黄金りんごしか食べさせてもらえない」

 そう不貞腐れるシジルが不憫になって、他の食材や調味料を探す。

 食糧庫の隣に井戸と調理場っぽい場所があった。

 調理場の棚を必死で捜索して、鍋、食器類、オリーブオイルっぽいものを見つける。

 塩や砂糖はない。

 人間の生命維持に必要な物が全然足りないけど、どうしてきたんだろ。タンパク質は野鳥でも狩ってくるのか? 自分には無理だ。狩りも血抜きもやり方を知らない。

 シジルに魔術でコンロに火を入れてもらい、鍋を火にかけオリーブオイルを熱した。細く切った野菜を揚げ、フォークで掬い上げる。

「何だこれ」

 シジルは不審そうにこっちの作業を眺めている。

「揚げ物」

 衣になるものも調味料もないから、美味しくないかも。

「揚げ?」

「食中毒が怖いから熱を通さないと」

 井戸水も安全か怪しい。後で別の鍋を出して煮沸しなきゃ。

「食中毒って何だ?」

 この後も、いちいちシジルに説明する羽目になった。

 一人で生きられないよう仕向けられている人間と話すのは辛い。


 食事と睡眠を取ったら、また移動する。

 味方がどこにいるのかわからない状況は、いつまで続くんだろう。



 次に着いた拠点でわたしが寝ている間に、ツユースカが目を覚ましたらしい。

 二つの魂で同時にツユースカの体を動かすことはできないみたいで、わたしはツユースカが起きているときには意識がなかった。

 シジルが言うには、ツユースカは助かったお礼をわたしに伝えたいんだとか。

 わたしとの筆談用に紙と羽根ペンが置いてあるけど、この世界の文字が読めないわたしはツユースカとの筆談ができない。

 日本語を書いてみたけど、案の定シジルもツユースカも日本語は読めなかった。

 仕方ないので絵を描くことにする。

 絵も上手いわけじゃないから、言いたいことを伝えるのが難しい。

 その日から、絵とシジルを通したやり取りで、ツユースカの意見を知ることになった。


 人型にヒトダマみたいなものが二つ収まっている図は、私とツユースカの今の状況を描いているのだろう。それに対する嫌悪の表現はないので、私は拒否されているわけではないようだ。


 ある日は、りんごの絵にバッテンが描かれていた。ツユースカも黄金りんごを食べ飽きたという主張で、私が用意した揚げ物の絵にハートマークがついている。

 この世界でも、好意の表現や機嫌の良さを現すのにハートを描くのか。

 あんな物しか食べさせてあげられないのが心苦しい。


 別の日には、ある人間が持つ本に手を伸ばして泣く人間が描かれていた。

 ツユースカは本を読みたいけど、その願望は叶わないという現状説明。

 ツユースカも、無知であるように仕向けられているのを嫌がっている。

 絵だけみると純朴な子っぽく感じるけど、本人にそのつもりはないようだ。


 昨日の手紙には、魂の真っ黒な人間に囲まれた、ツユースカ自身を現す人型の絵が書かれていた。その集団の外にいる魂が綺麗な人間に、ツユースカの魂も黒いのだろうと決めつけられている図。

 毒の中で育ったツユースカ本人も、周りと同じ毒物と変わらないと解釈していた。


 今日の手紙を要約すると、魔術組織の人間からツユースカへ向く感情が気持ち悪い、という図。

 逃げたいという意味だ。

 だったら、自分がツユースカとシジルを手伝ってしまおう。

 こんな環境から出してやる。自分がヘマした代わりに。



 私が寝ている間に、シジルはツユースカと二人でモルスの対抗勢力に接触していた。

 シジルはわたしとのやり取りを参考にしたのか、翡翠の鍵という組織の人間と会うときはクズキャラムーブでいくことに決めたらしい。

 連中になめられると足元を掬われるから。

 利用できそうな相手に(くみ)する振りをし、翡翠の鍵という組織を分断して壊していく。

 それは知識の足りない二人では難しかったようで、周りに誰もいなくなってからシジルがわたしに相談しにきた。

 外道行為に慣れ切った魔術師たちは裏社会での成り上がりに夢中で、潰し合いを誘導されていると気付いていない。そこに気付くような人間は、元々望んで組織にやってきたわけじゃないから、シジルやツユースカに協力的だ。

 魔術実験のために子供を誘拐してきた団体は、自業自得の崩壊を起こしていく。

 いっそ、勇者役の出番がないまま終わってしまえば痛快なのに。



 この世界の夢を視るようになってから、結構な時間が経った。

 半年なのか、一年なのか。数えてないから分からない。

 最初に会った頃より、シジルとツユースカは身長が伸びて成長している。

 狩人から肉を買って食べるようにアドバイスした甲斐はあったみたいだ。

 最近の手紙には、鍋で肉を茹でるツユースカの絵が描かれていた。

 そこそこマシな栄養が取れるだけ、最初よりは安心だ。

 段々と、わたしが起きていられる時間が減っていく。

 シジルが目的を達成する頃には、わたしは無事に成仏できるかも。

 そう楽観していたけど、甘かった。

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