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物語におちる

 初めのうちは、外から魔力を借りて魔術を扱うのは失敗ばかりだった。

 不発だけならまだマシで、想定した箇所に想定通りの術を展開できず、危ない目にも遭った。

 それでもヴェルとテトラはめげずに私の訓練に付き合ってくれたし、ミルディンも余計なことは言わず場所を貸してくれた。

 目標が高すぎたけれど、おかげで慣れない手順での魔術の扱いも、どうにかマシなものになった。護身の為の魔術は一通りこなせるところまで進歩したのだ。

 自分の魔力を封じたことは、悪いことばかりではない。

 今までは自分に適した属性の魔術しか扱えなかったけど、補助に使う道具も今までのものより優秀になっているおかげで、私にも火と土の属性の術が扱えるようになった。

 といっても、専用の道具が壊れてしまえばそれで終わり。

 仲間が全員魔術師で盾役がいないのもあって、私は今まで以上に防御の術を優先しなくてはいけない。その後に攻撃補助、治癒の術を状況に合わせて立て続けに使う必要もある。

 界砕の王に効果のある装備を所持しているのはテトラとミルディンなので、二人を支援する形で行動するのだ。

 今更ながら、このメンバーでは能力が偏っている。

 それでも、ミルディンが言うにはまだ手があるという。

 誰か仲間がいるようだけど、そこまでは明かしてもらえなかった。

 ……でもどうせ耐久役(タンク)は居ないだろうな……。防御強化の術を重ねがけする訓練をしておこう。



 防具も攻撃道具も一揃い用意できた。

 あとは、ミルディンの言う作戦実行の機会まで待機である。

 その間に、私はこの街に一緒に来てくれた人達に情報伝達をお願いすることにした。

 シデリテスのいる王宮と、イライザさんの居る東の寺院。その両方に、この街で得た情報と研究結果を届けてもらうのだ。

 そのどさくさで、タリス宛ての手紙も託しておいた。

 手紙が無事に届くまでの間に何があるか分からないので、タリスにはこの街であったことまでは報告できないけれど。マンドレイクの花を押し花にして贈ることにした。

 ミルディンによると、マンドレイクの花は毒消し薬の調合に使えるけど、アストロジア王国の毒消しの方が強力だから、私たちには無用の長物だそうだ。

 それならば、と、タリスにこちらの状況を察してもらう小道具にする。

 北の大陸産の素材をジャータカ王国にいる私が入手できたという意味を、タリスなら理解してくれる、はず……。

 目的そっちのけで研究ばかりしていると解釈されてしまうかもしれない。最近はずっと研究と魔術の実践訓練をしているので、それはそれで間違っていないのだけど。

 アストロジア王国のほうは無事だろうか。


 宿の庭でみんなと昼食を取る。

 この街はユロス・エゼル国の影響でお肉料理が豊富のため、宿に食事を用意してもらうときは終始テトラの機嫌がいい。今日は輸入の豚肉を使った煮込み料理だ。赤ワインに似た味がする。

 ヴェルは慣れない種類のお肉に警戒しているけど、テトラはためらわずに食べてしまう。

 私にとって懐かしい味のするそれを堪能しながら、のんびり考える。

 この街で過ごすのもなかなか良い時間だった。

 街の人達がナクシャ王子に協力してくれるかどうかはまだはっきりしていないけれど、私からの報告が終わった以上、後はイライザさんとナクシャ王子の頑張り次第。

 私も面倒ごとが全部終わったら、アストロジア王国経由でユロス・エゼルの物を輸入できないか考えてみようかな。養豚計画は無理でも、魔術素材の仕入れならできるかもしれない。

 食後のお茶を飲みながら、ヴェルとテトラにそんな思いつきを話してみる。

 テトラはこの国で商人の振りをするのが気に入ったのか、前向きに話に食いついた。

「それも楽しそうでいいな」

「あの国は厳しいから、交渉に失敗すれば赤字では済まなさそうだけどね」

 私のその懸念に、テトラは軽く言う。

「試して難しかったら、すぐに引けばいーよ。北の大陸だって商売相手になりそうだし」

 チャレンジャーである。

 テトラの反応が意外だったのか、ヴェルが言う。

「トラングラは、魔術師一筋でいくのかと思ってた」

「僕もさ、研究以外に時間を使うのは嫌だって思うことあるよ。でも、必要な物って、自分で仕入れたほうが手っ取り早いかもしれないし」

「確かに。今までも、秘めの庭から注文したら、想定していたのと違う素材が届くことはあったね」

「そーいうの困るからさ。僕が魔術師向けの商会を作るのもありかなって。それなら、あの三人の働く場所にもなるでしょ」

「あの三人? もしかして」

「うん。レガルスと、ナイジェルと、トロンの三人」

「あの子たちと会っていたのね」

「ゲルダが見回りに行ってる間に話したんだ。三人とも得意なことが違うから、役割分担でいけると思う。ナイジェルは元気だから力仕事で、トロンは計算が速いから会計担当で、警戒心の強いレガルスが警備担当ってね」

 なるほど、よく観察している。

「なら、あの三人のためにも、これからの計画は手早く解決させたいわ」

 円満な商売のためにも、破壊趣味の異界の王を世界に干渉させてはいけない。



 食事休憩を終え、魔術訓練のためにミルディンの庭園へ向かうと、街が霧に覆われだした。

 どうやら廃棄処分場に訪問者があるようだ。

 派手な音を立てないよう注意しないと。

 魔術発動の時短訓練をしていると、何かが爆発するような音が轟いた。

 直後に軽い揺れ。地震、ではないようだけど……。

「……今のは……」

 テトラが周囲の植物の声を聞き取って言う。

「警備用の魔物はみんな静かだから、この街に異常はないっぽいよ」

 なら、あれは廃棄処分場で何かが起きているのだろう。

 ……ミルディンがこの街から離れる前に、あの地域を完全に‘処理’する算段を付けていてもおかしくない。万が一、ここに戻って来られない場合に備えて。

 しばらくしてミルディンがやってくる。濁った緑色のローブを纏うシジルを連れている。

 やっぱり、ミルディンの言う協力者はこの子だったのだ。

 シジルは怒りの形相で、私達を値踏みするように観察していく。

「こいつらが、協力者?」

「その通りです、シジル」

「強そうには見えない」

「基礎能力だけが戦闘に活きる要素ではありませんよ」

「道具に頼ってあいつらを殺せるもんか」

 言いたい放題だ。

 それからシジルは、私をじっとにらんで言う。

「……魂の色が、違う」

 うん?

 魂の色?

 それは人に視えるものなんだろうか。

 ゲーム中ではシジルの能力が謎のまま生け贄にされてしまっていたけど、何か隠し設定があったようだ。

「どうしました?」

 なだめるような口調のミルディンに問われ、シジルは私を見据えたまま答える。

「こいつも違う。魂が、違う階層から落ちてきたんだ」

 ……階層?

 何の話だろう。

 ミルディンはそこに触れず、私達三人に告げる。

「申し訳ありませんが、状況が変わりました。もう一人の協力者を連れ去られてしまったため、救出のためにも計画を前倒しにする必要があります」

「連れ去られた?」

「予定ではうまくこちらに逃がすはずだったのですが。その前に、彼女を向こうの陣営に監禁されてしまいました」

 おそらくツユースカのことだろう。

 生け贄にするために連れ去られたのか。あるいは、あの子に執着している詐欺師が趣味で閉じ込めてしまったのか……。どちらにしても厄介だ。

「道具なら揃っていますし、今日明日に出発することは可能です」

 私のその言葉に、ミルディンは頭を下げる。シジルはむくれたまま納得できていないようだけど。

「ありがとうございます。では、最終調整をこのまま始め、明朝にはここを発つことにしましょう」



 シジルとツユースカについては、可能なら助けたいと思っていた。

 既にミルディンがこの二人を救うために手を貸していたなら、学院で起きた事件は、要らない人員の切り捨て計画だったのだろうか。

 トレマイドとミルディンは考えが真逆だろうし。

 悪党の世界で成り上がりを目指す人間と、悪党をまるごと敵視して潰したい人間では、手を組めるわけがない。

 今は既にゲームとは違い、魔術組織・翡翠の鍵は弱体化している。

 イライザさんの行動のおかげで。

 彼女によるシナリオ改変がなかったら、ミルディンがシジルやツユースカと接触する機会は得られなかったかもしれない。


 ミルディンはヴェルとテトラのことを私の従者と勘違いしたままなので、今後の予定について三人で打ち合わせを始めてしまった。

 私が蚊帳の外にされているのは、身分差の問題なのか、性別の違いによるものなのか。分からないけど、あの話は聞かないほうが良さそうだ。

 私と同じく話から省かれているシジルは、相変わらずムスッとしたまま。

 何故かまだ私をにらむ。

「……私が、何か?」

 問いかけると、シジルは声変わり途中のかすれた声で言った。

「お前はどうしてこの世界にいるんだ?」

 世界、か。その言葉の定義次第で答えは変わってしまう。

 この世とあの世みたいな、生者の世界という意味なのか。

 それとも。

 次元の話をしているのか。

「……質問の意味が分からないのですけど、詳しく説明してもらえませんか」

 私の問い返しに、シジルは勝手に何かを納得した。

「そうか。自分の意志では、階層を越えられないのか」

 だからその階層というのは何の話なのか。

 もしかして、次元を階層として認識している?

 デジタルデータの保存フォルダのように。

 最下層を物語の世界(じげん)として、物語を作る人間がいる世界(じげん)を上の階層という扱いにする。

 そういう意味なら、私は確かに上の階層から落ちてきている。

 シジルも感覚的にしか理解できていない話なのか、まともに答えなかった。

「あいつは、人を殺したから殺されて、ここに落ちてきたみたいだった」

「あいつというのは誰のことです?」

「ツユースカに憑依した奴。あいつのおかげで親父が死んで、俺たちは逃げられたんだ。生け贄にならずに済んだ」

「……」

 ミルディンより先に、二人を助けた人がいる?

 ツユースカに憑依した人が?

 憑依でキャラを動かすなんていうゲームシステムは、キラナヴェータには無かった。

 事件でも起きたのだろうか。それこそ、イライザさんの行動のように影響の大きいことが。

 上の階層から落ちてきた、誰かの憑依。

 イライザさんによれば、私は友人と一緒に三人で死んだ。

 あとの一人はノイアちゃんだと思っていたけど……。違うのだろうか。

 それとも、私達三人以外にも、何故か死んだ際にこの世界に来た人がいる?

 あれこれ想像したけど、シジルはそれ以上答えなかった。

 一つ確実なのは、シジルの見立てだと私の魂はゲルダリアとして身体(うつわ)と結びついているということ。

 そうなら安心していいかもしれない。

 今の私は、この世界で受肉したということだから。

 大事な人たちと、この世界で生きていける。



 三人による謎の会議が終わり、私はヴェルやテトラと宿に戻った。

 調理場を借り夕飯を作ろうとしていると、シジルがやってくる。

 てっきりミルディンのところで過ごすのかと思っていたので、突然の登場に驚いた。

「なあ おまえら、リンゴとか以外に食べるものがあるなら、くれ」

 そしてこの言い草である。

 シジルが感情に任せた発言をするのは、そういう年頃だからと思って聞き流すことにしたけど、この要求は何なんだろう。

 あっけにとられたテトラは、シジルの無作法を気にせずにズレたことを言う。

「リンゴ? あるなら僕が欲しいけど?」

「ミルディンが持ってる! 俺はもう、リンゴ飽きた! 見たくない!」

「えー。アストロジア王国だと、リンゴはうまく育たないから貴重品なのに」

「だったら、北の大陸にある俺の食料庫の中身、お前に全部やるよ!」

 ……もしかしたら、シジルとツユースカは、生け贄として食事制限をされていたんだろうか。

 妖精の好物だし、ゲーム中でもあの国でリンゴはよく食べられていた。

 そして、キャラの能力値を上げる貴重なアイテムが、黄金のリンゴだった。

 私はクリア後に解放される隠れスポットのケット・シーの郷で、20時間くらいひたすらリンゴの木を殴り続けて(主人公君に殴らせて)黄金のリンゴが落ちてくるのを待っていた。攻略本によると、黄金リンゴが出るのは確率として20分の1だとか。

 普通のリンゴを人の街で売り、黄金リンゴだけをひたすら集める。

 そして、およそ1000個ほどの黄金リンゴを、全部ルジェロさんに捧げたっていうか食べさせたわけだけど……。

 今ここで現実的に考えると、拷問じみている。ゲーム中ではステータス画面を開いてボタン連打するだけなので、あのときはリンゴを1000個消費する異様さは考えもしなかった。

 私がそんなことを思い出してルジェロさんに謝罪している間に、テトラはシジルの発言を流して聞き返す。

「ふうん? まあいいや。何が食べたいの?」

「リンゴとか、果物以外なら何でもいい!」

「果物が夕飯なのは僕も嫌だから、それは無いよ。何の料理がいい?」

「わかんねえ」

「えー……?」

 そのやり取りでテトラは考え込み、呟いた。

「……ソラリスみたいだな、何か」

「は?」

「何でもないよ。じゃあ、今日はスープ料理にしよ。アストロジア王国はスープ料理ばっかなんだ」

「よく分からないけど、うまいのか?」

「調味料を入れすぎずに、火力を調整すれば大体おいしいよ」

 テトラの言葉にヴェルがうつむいたけど、二人は気付かずに話を続ける。

 これは、そっとしておいてもいいかな。

 シジルには、知らないものが山ほどある。

 テトラも、同世代の子との交流が全くない。

 なら、この二人が今のうちに仲良くなっておくのは、良い影響があるはずだ。

 ミルディンはそこまで考えて、シジルをここに寄越したのかもしれない。



 あれこれ済ませ、出発の朝。

 魔術師らしい黒いローブに着替えたミルディンが言う。

「目的地までは直通の予定ですが、道中で想定外のことが起きないとも限りません。事前に北の大陸での注意事項を説明しておきます」

 言外に、門の魔法が不安定だと明かしている。

 シジルはそれを察していないのか、早く出発しようと()いて足踏みを繰り返す。

 テトラはシジルを横目で見つつ、すっとぼけて聞き返す。

「注意事項って? 何かあるの?」

「妖精の郷での行動に注意してください。林檎は妖精の好物なので勝手に採取すると呪われますし、口にすれば人の郷には帰れません」

 妖精の郷での食事は、日本の神話における黄泉竈食ひ(ヨモツヘグイ)と同じようなもの。

「そもそも妖精の郷に入らずに、いないところを通ればいいんだよね? 追い払うための魔術も聞いたし」

「妖精側が人に興味や悪意を抱えて近づくことはありますので」

 重ね重ねそう言われると緊張する。

 そのまま五人で門の魔法が設置された場所へ向かう。アエスは私の肩の上にいて、白鹿も当然のようについてくる。

 テトラの薬入れから、例のマンドレイクが顔を出している。この子も連れていくようだ。

 街の隣にある開けた場所に出て、私は自分の想像が正しかったと知る。

 この空間にあったはずの隔離区は、綺麗さっぱりなくなっていた。植物の生い茂る平原しかない。

 ミルディンは最初から廃棄処分場を私達の視界に入れないようにしていたから、テトラやヴェルはこの場所に違和感を抱えてはいないようだけど。

 既に、異界の王との戦いだけでなく、翡翠の鍵という組織を潰すための計画は進行している。


 草むらに隠れた小さな黒曜石を、ミルディンが順に指でなぞっていく。ミステリーサークルを連想する形状に配置されたそれは、やがて白く輝き始めた。

 魔法が発動し、私達を囲うように光が走る。

 そのまぶしさに、私は思わず目をつぶった。

 そして、浮遊感にふらつく。

 風に揺れる植物の音が途絶える。

 光が収束する直前、ミルディンが叫ぶ。

「やめろ!」

 口調からして、何か起きたようだ。

「何事?」

 ヴェルが聞き返したところで、視界を遮る光が消えた。

 慌てて周りを見回す。

 私の隣にはヴェルとテトラがいて、アエスも肩にいる。

 数歩先にはミルディンとシジルの姿がある。

 そして、背後に白鹿。

 全員揃っている。

 だけど……。

「やられた……」

 シジルが苦虫をかみつぶしたような表情で地面を蹴る。

「何があったのですか?」

 私の問いに、シジルが叫ぶ。

「途中で目的地を書き換えられたんだ! 向こうにいる連中に気付かれた!」

 周囲の景色を確認し、ミルディンが溜め息をついた。

「ここは王都ですね」

 目の前には、ゲーム中で散々見た、壁に囲われた街。

 街の奥には、白くきらめくお城が見える。

 場所を把握できずにいるヴェルとテトラに向け、ミルディンは説明する。

「イシャエヴァ王国の首都ノルドゥム。人の集落の最北で、目的地まではかなり距離があります」

 どうやら、ミルディンはこうなることを危惧していて、その通りになってしまったようだ。

  

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