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魔物のお茶会


 霧が晴れ、温かい日差しの下でパーティの準備が始まった。

 ミルディンが植物系の魔物へ指示を出し環境を変えていくのを、私は特等席で静かに眺めている。

 メエメエと鳴く羊の声が響く。

 植物系の魔物、バロメッツだ。

 丸く赤い巨大な果実から半身を生やして木からぶら下がる羊たちは、もこもこと綿を生み出し空中へとトス。それをマンドレイクたちが勢いよく跳ねて捕まえて、超速で()って糸を紡ぐ部隊、花を摘んで染料を何種類も作る部隊、できた糸を染料で染める部隊、巨大な葉っぱを団扇にして染めたての糸を乾かす部隊、染めた糸を編み込んで絨毯を織る部隊、と分担して作業をこなしていく。

 魔物による絨毯の製造が庭の一部で行われている間、別の場所では背の低い常緑樹が葉の生い茂る枝を揺らしながら歩いている。トレントと呼ばれる種族だ。根を伸ばして掃除をしているもの、果物を集めるもの、と分業して動いていた。

 出来上がった絨毯は庭に敷かれ、別のマンドレイク部隊が倒れている人たちを運んでくる。

 それが終わると、また一斉に駆け出し、庭の隅で赤煉瓦を積み上げ窯を用意。

 そのかたわらで、別のマンドレイク部隊は調理台を設置し、集めてきた食材の調理を始めた。


 いろんな方面で生産力が高い……。

 あの超速製造能力を街作りに活かせるのは強みだ。

 魔物を人間のために働かせて売り上げを街に還元しているなら、余所者のミルディンが街の管理権限を握っても街人から文句は出ないのだろう。

 私の後ろに控えていている白鹿は呑気にあくびをしているし、アエスはお菓子の匂いに反応している。長閑なものだ。

 私がお酒を浴びせて泥酔させたマンドレイクは、ミルディンとの交渉で買い取りが決まり支払いも済ませた。そんなわけで、私の椅子の背もたれにぶら下がってぼんやりしている。まだ酔いが抜けていないようだ。


 ミルディンは多人数用の長いテーブルの向こうから私に言う。

「急ごしらえのもてなしになって申し訳ありません」

「いえ。事前に連絡せずやってきたのはこちらですから、お気になさらずに」

 ミルディンは私が来るのを分かっていたようだけど、もてなす義理は無かったからね……。追い返されるどころか殺される可能性もあったのを思えば、良心的だ。

 それはさておき、気になっていたことを質問する。

「これだけの魔物を従える魔力は、どこから出ているのですか?」

 植物の魔物がここまで多くいるとは思わなかった。育て増やすために時間を費やしたはず。いつからミルディンはこの街にいるのか。

 私の疑問に、ミルディンは茶葉の選定をしながら答える。

「単純に、この国の沃土が植物系の魔物に合うというだけの話です。北の大陸では、地中や空気中に含まれる魔力を妖精と奪い合うようにして生きていますが、この国ならその必要もありません」

 自然に含まれる魔力を独占できるのか。

 アストロジア王国では、土地から魔力を吸い上げるのは氣枯れ(ケガレ)が発生するから避けていた。元々やせた土地だから。

 その心配が薄いここは、ミルディンの独壇場なのだろう。



 薔薇のような花の甘い匂いと、ビスケットの焼けた香ばしい匂いが漂ってくる頃に、眠らされていた人たちは柔らかい絨毯の上で目を覚ます。

 そして、警戒しながら起き上がり周囲を見回した。

 私とミルディンが長いテーブルの対極の位置で着席していることに気付くと、それぞれが驚いた顔をする。

 ヴェルとテトラは険しい顔で私に駆け寄った。

「ゲルダリア、無事?」

「何これ、どうなってんの?」

「私は大丈夫。二人のほうこそ体に異常はない?」

「それは平気だけど……」

「ねえ、その植物 何? 何でゲルダリアと一緒いるの?」

 案の定、テトラの意識はそっちに向いた。

「買ったの。マンドレイクって言うらしいわ。薬になるんだって」

 魔獣殺しのお酒を飲ませたから、変質しているかも。でも、テトラに預けたらペットとして育てることになりそうだから、成分は何でもいいか。


 状況を把握できずにいる人たちが困惑する中で、ミルディンは声を上げた。


「先んじて代表同士で会談を行っておりましたが、ある程度 話がまとまりましたので、ここからは皆さんにも同席を願います」


 街の人たちもミルディンから事前に説明を受けていなかったらしく、ざわついている。

 それでも、みんな渋々と用意された席に着いた。

 ヴェルだけは私の隣に立って、まだ警戒している。

 トレントたちがお茶を淹れて給仕に徹する光景に、私と一緒に来た人たちが息を飲む。

 驚きつつも空腹はどうにもならないから、みんな静かにお茶とお菓子に手を伸ばした。

 花のジャムをビスケットに塗り口へ運ぶ。癖のないすっきりした甘さに、頰が緩む。

 アストロジア王国では滅多に手に入らないであろう品で、久々の贅沢だ。

 甘いものと爽やかな香りのお茶のおかげで、頭の回転が多少良くなった気がする。

 テトラは珍しいジャムより植物の魔物が気になるのか、いつもより食欲が抑えめだ。私が買い取ったマンドレイクを目の前に座らせ、何かを話している。

 ヴェルは、相変わらず知らない相手が用意したものは口にしない。警戒する気持ちは分かる。私も、アエスがお菓子に興味津々でなければミルディンが用意したものを食べるのはためらっただろうから。

 背後から音がするので視線を白鹿に向けると、こちらは食欲を発揮して、トレントが持つバスケットから果物を強奪するようにして食べている。この子も顕在化には魔力源が必要なのか。今まで何もあげてなかったから、これからは食べるものを用意しておこう。珍しく態度が荒いので、ミルディンに迷惑をかけられた意趣返しをしているようにも見える……。トレントやマンドレイクを食べないだけまだ優しい。

 お菓子を気にしてテーブルに降りたアエスに、ピンク色のジャムをひと匙すくって差し出した。アエスは喜んでそれを舐める。普通の小鳥にジャムは与えられないけど、アエスなら問題ないだろう。魔石とか食べてしまうくらいだし。

 この街で守護獣も はしゃぐような お茶会が楽しめるのは良い誤算だった。

 高級な嗜好品はミルディンにとって街人を生かすための資金源のはずで、それをここで出してくれたのは、私の行動に価値を認めてくれたと解釈していいのだろうか。


 落ち着いたところで、ミルディンは私とのやりとりの内容をみんなへ簡潔に説明した。


 ヴェルが私とテトラにしか聞こえないようにぼやく。

「封じられた異界の王の目覚めなんて話、寝耳に水なんだけど……」

 私としても、もっと早くみんなに相談したくはあった。

「舞燈の王がいつ影苛の王の覗き見を遮断してくれるのかが分からないから、今まで話せずにいたの。対策会議をしているのがバレたら、邪魔されて余計に状況が悪くなってしまうだろうから」

 そのまま、ジャータカ王国に来てすぐの頃に遭遇した吟遊詩人が影苛の王の精神体だった件も説明もする。情報源は舞燈の王ということにしておいた。

 当然ながらヴェルとテトラは嫌そうに表情を曇らせた。

「道理で意識を持っていかれるはずだよ……」

「精神体だけであんなことできるの? 本体が出てきたら戦うとか無理じゃん」

「異界の王への対抗策は、ミルディンが確保しているらしいわ」



 お茶会の後、早速行動に移すことにする。

 サスキアとサイモンには、私たちのこれからの行動方針をイライザさんたちに報告してもらうために街を発ってもらい、白鹿に邪魔されなければ私と同じ馬車に乗るはずだった二人には、ミルディンからの使者として王宮にいるシデリテスへの報告に向かってもらうことになった。

 四人を送り出した後、トレントが小さな包みを運んできた。

 私の代わりにテトラがそれを受け取る。中に水晶製の鍵が入っていた。

 魔物たちに指示を出しながらミルディンが説明する。

「そちらは私の工房と資料室に入るためのものです。異界の王に対抗するための道具や素材は私がこれから取り出してきますが、その間に貴方がたには工房の扱い方を把握しておいて頂ければと思います」

「分かりました、ありがとうございます」

 イシャンさんの案内で工房へ向かおうとしたところで、ミルディンが離れた位置から私を呼び止める。

「ソーレント様、貴方も工房に向かわれるのですか?」

「私自身も道具作りを行う魔術師ですから」

「薄々そのような予感はありましたが、まさか貴方は直接 異界の王を退治しに向かうおつもりですか?」

「はい。既に切羽詰まった状況であるなら、代理を立てる余裕はありません。舞燈の王から、今のこの状況は私にも責任があると言われましたし」

 そう答えるとヴェルとテトラがぎょっとした。

 どうやら二人は異界の王と集団戦を想定していたみたいだ。でも、門の魔法で大陸間を移動できる人数は限られているらしいから、この国でやったような集団戦は実行できない。

 私の答えにミルディンも戸惑ったようだ。疲れたように息を吐く。

「では、北の大陸へ向かう前に貴方のその性質をどうにかしましょう。そのままにしては、北の大陸での行動に支障が出るのは確実です。魔物を狂わせる性質は封じてしまわなくては」

 魔物を狂わせる?

 そういえば、ミルディンが従えている植物の魔物も、私に近づいてきたのはお酒を浴びせたマンドレイクだけだ。みんな私と距離を置いている。ミルディンから私に近づかないよう指示が出ているのか。

 他にも思い当たることはある。

 テトラが育ててきたハエ取り草に自我が芽生えたのは、私が成長を促したからであって、他の人が同じ魔術を使っても影響は出なかった?

「体質的なものを封じることが可能なのですか?」

「封印の術を貴方に向けて使うだけのことです。代わりに、魔力の発露も封じられるためアストロジア式の魔術も扱えなくなりますが」

「それは……」

 私が戦う手段を失くしては意味がない。

 でも、私のせいで魔物が寄ってきて周りを巻き込むのも駄目だ。

 ただのでしゃばりな足手まといでは意味がない。

 となると、外部から魔力を借りる手段に切り替える必要がある。

「分かりました。北の大陸に向かう前に代わりの魔術発動の手段を用意して、私の魔術は体質ごと封印してしまいます」

 私の言葉に、ヴェルが心配そうに聞いた。

「いいの? 封じの術は装飾品に依存して、自分の意思で封印が解けるようにしておく手段もあるよ」

「それだと戦いの途中で道具が壊れたら対処に困るし、いっそ全部封じてしまった方が安全だと思うの。違う種類の魔術の扱いに慣れる機会だと思うわ」

 代替手段の用意を急がないといけないけれど。




 工房にはそこを利用する人間の性格が反映される。

 ミルディンの魔術工房は、超大国ユロス・エゼルから取り寄せた素材が使われていた。

 あの国にとってこれは二世代前の型落ち技術だけど、アストロジア王国やイシャエヴァの国から見れば最新の技術にあたる。

 高熱に耐える青い煉瓦で覆われた部屋、魔力消費を抑えられる火力炉、温度調節が細かく可能な窯、調合する物を撹拌するミキサーのようなポッド、魔力伝導率の高い素材で作られた試験管、そして中央に楕円形の作業台。

 それらが清潔な状態で整然と並んでいる。熱源から離れた側の壁にかけられた棚の薬瓶もきっちり等間隔。

 ……これは几帳面で綺麗好きな人の城だ……。他人が使って片付けが半端だとすごい怒られるヤツでは……。借りていいのかな。

 私とテトラがそこに気付いて無言で狼狽えている間、ヴェルは火力炉の使い方と機能を確認している。

「これなら金属や鉱石の加工もできるようだね」

「そう……」

 ヴェルなら道具の扱いは丁寧だし、片付けもしっかり済ませるから、借りても大丈夫かもしれない。

 テトラが肩にマンドレイクを乗せてつぶやく。

「僕、ここ借りるの不安だな……」

「そうね……気を付けて使いましょう」






改題を宣言して二週間ほど経ったので、変更しておきました。


「ブラコン姉さんは隠居魔女になります」のタイトルで第一話を投稿した段階から、主人公はゲルダリア、ノイア、イライザの三人制にすることが決まっていました。主人公選択型のゲームのように。

 けれどそれを最初からあらすじに記載してしまうと、序盤のネタバレになってしまうので避けていました。


 物語がここまで進行した以上、それを隠す必要もありません。


 あと数話ジャータカ王国での話と、ノイアちゃん視点の学院での事件の話を済ませたら、次はようやく、三人がこの世界の住人になる原因を作った人間の話になります。

 それを終えたら、ゲルダリア、イライザ、ノイアの順でそれぞれラスボスと隠しボスの討伐編に入ります。


 タイトルを修正したところでゲルダリアはまだ隠居生活を諦めていませんし、タリスにヴェルヴェディノを受け入れてもらうための計画もしています。キャラ達の思考と目的に変更はありません。






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