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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
12/155

残念、鬱ゲーだ!

 トロッコ移動と馬車移動を交互に行い、数日掛けてシルヴァスタ家の別荘まで辿り着いた。

 ここでシャニア姫が占いを行ってくれるらしい。

 白い石のような素材が敷かれた広間に通される。

 歩くたびに、足元の石に魔力を吸われていくようだ。

 この部屋には案内人以外の従者が居ない代わりに、別の仕組みで警備をしているらしい。

 私としてはこの素材が一体どういうものなのか知りたくなったけど、今日は違う目的で来たので我慢する。

 緊張しながら、テトラとヴェルヴェディノと、付き添いのエルドル教授の四人で進む。

 教授が居てくれて良かった。私達三人だけだと、何か粗相をやらかしそうだから。

 七つの歳まで公爵家でしつけられた礼儀作法が、緊張で思い出せなくなりそう。

 広間の行き止まりに、円形の銀の敷物がある。中央にシルヴァスタの家紋である八芒星が刺繍されていた。

 その上で座して待つように言われ、ちょっと落ち着かない。

 この敷物にも魔術的な処理が施されていて、何かあれば魔術で拘束されるのだろう。

 正座になれていないテトラが、目を白黒させている。私も、正座をするのはこの世界に生まれてから初めてだ。

 ヴェルヴェディノはあまり感情が表に出ないようにこらえているように見える。

 エルドル教授は王族への謁見にも慣れているようで、いつもどおりの笑顔。

 ここへの訪問客が貴族であれば、椅子とテーブルを用意した場に通してくれるのだろうけど。

 私達は、そこまで信用されていないというか、価値ある身分として扱われていないのだろう。

 一応、国のために実績を出している魔術師集団からやって来ているのに。

 未熟な魔術師が私的な占いを王族にお願いしたのだから、断られるよりは良いか。

 ぶぶ漬けを出されるのに似た扱いの可能性もあるけど。

 私達が座る位置から上座に、舞台のような場があり、脚の細い銀の椅子が用意されている。シャニア姫はあちらに座るのだろう。

 しばらく待つうちに、その舞台の端から二人の人間が姿を現す。

 シャニア姫と侍女のようだ。

 それを確認し、私達はエルドル教授の真似をして一斉に礼をする。

 頭を下げた状態から盗み見る。

 シャニア姫は、長い銀の髪に銀の瞳の、私とそう歳の違わない女の子だった。

 白を基調とした柔らかな生地のドレスに、銀の刺繍がされた白い布の髪飾りをしている。

 絵本の中の女神様のような、神秘的な雰囲気だ。

 見た目は華奢だけど、立ち振るまいは堂々としていて、表情も落ち着いている。

 繊細のようでいながらも、王族に求められる芯の強さが感じられた。

 鋼メンタルでないと高貴な身分として生きてはいけない。

 弟のタリスは、今頃どうしているだろうか。豆腐メンタルのままでないといいけど。

 そんなことをちらっと考えたところで、銀の椅子に座った姫が口を開く。


「どうか、(おもて)を上げてくださいな」


 綺麗な優しい声。

 姫の言葉に、私達はおそるおそる頭を上げる。

 そして、教授が私達に代わって姫に挨拶をする。


「此度は、我々の望みを叶える機会を与えてくださり誠に感謝しております。シャニア姫のお時間を奪うこと、何卒御容赦くださいますよう……」 

 教授の言葉を聞いているのかいないのか、私とヴェルヴェディノの間に座るテトラは小刻みに震えている。大丈夫だろうか。

 私達の様子には触れず、姫は教授へと言葉を返す。


「そんな、かしこまらないでくださいな。わたくしの占いは、国を導くためのもの。この国の行方にかかわる占いに、既にそちらの魔術師である御三方の姿を見ております。故に、こうして私の元へ訪れてくださったのは、良い巡り合わせと言えます」


 ……え?

 教授のことではなく?

 私達三人が、この国の行方にかかわる?

 リップサービスとかかな。

 いや、庶民に対してそんなサービス精神旺盛なことをしていては、王族の時間なんていくらあっても足りない。虚数になってしまう。

 緊張し過ぎて、私は幻聴でも聞いているのでは……。

 そう考えていると、姫がふわりと微笑んだ。


「そちらの、緑の髪の貴方」

「っはい?!」

 返事をしてから私のことで良かったのかと思ったけど、緑の髪をしているのはこの場で私だけだった。

 私の緊張をほぐそうとしてなのか、それともこれが素なのか、シャニア姫はとても優しい口調で告げる。


「貴方が周りを想うことが、困難を切り開く鍵になります。それを、努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」


「……は、はい……ありがとうございます」

 漠然としたことを言われた。

 でも、これはきっと重要なアドバイスなのだ。

 ゲームの世界次第で、占いというものは具体的なことを相手に告げてはならないルールがあったりする。

 この世界の占いも、情報公開制限に関する謎ルールがあるんだろう。占い師は自分の未来だけは占えないとか、色々。


 姫はそれから、テトラに向けて言う。

「今度は、赤い髪の貴方」

「は、ハイィっ!」

 テトラの緊張は今一番酷いだろう。

 シャニア姫は私のときと変わない調子で告げた。


「貴方も色々な事柄に巻き込まれるのでしょうけど、決して孤独な道を辿らないで。それは貴方を不幸にしてしまうでしょう。そう遠くない未来(さき)で、あなたは命にかかわるような酷い目に遭います。でも、それは、他の二人と共にいれば避けられること。ですから、今と同じく、三人で仲良くなさってくださいね」


「……ハ、ハイ……」

 消え入りそうな声で、テトラはやっと返事をする。

 長生きできないかも、と言われて、青い表情をしている。

 ……やっぱり、この世界は、あの鬱ゲーの世界とつながっているのか。

 外れて欲しかった嫌な予感は、シャニア姫の未来視でほぼ確定してしまった。

 テトラと一緒に私もぐったりしてきたところで、姫はヴェルヴェディノにも視線を向ける。

 でも、今度は一瞬だけ、辛そうな表情をしたように見えた。

 すぐに先ほどのように柔らかな笑みに戻ったけれど。


 ためらうようにして、シャニア姫は言う。

「そちらの、紫の髪をした貴方」

「……はい」

 いつもどおり落ち着こうとして、それでも少し緊張が顔に出てしまったようなヴェルヴェディノ。

 姫は、ヴェルヴェディノから目を伏せるようにして告げる。


「……貴方には、きっとアーノルド・アストロジアが苦労をかけてしまいます。けれどそれは、貴方次第で良い未来へと変えられるはず。そのときの支えは、共にいるお二人。貴方達は、三人揃ってようやくこの国の未来を照らす。わたくしの占いに出た不吉な予兆は、貴方達次第で全て消えるはずですわ」


「……ありがとうございます、シャニア姫」


 姫は結局、三人全員に未来予測を話してくれた。

 テトラのことだけを占ってもらうはずだったのに、良かったんだろうか。

 そう考えていると、シャニア姫は 立ち上がる。そして、ドレスを軽くつまんで優雅に会釈をし、最後の言葉を残す。


「貴方達三人とは、またいずれ会う日が来ます。どうかそれまで、ごきげんよう」


 それだけ言って、シャニア姫は侍女を引き連れ去っていく。

 礼をして二人を見送ったところで、テトラが呟く。

「げ、げんかい……」

 苦しそうだ。

 案内役の人が立ち上がり、私達に帰るよう促す。

 教授はそれにうなずいて、自力で立てなくなったテトラの両脇に腕を突っ込んで持ち上げた。

「ではみなさん、我々も帰るとしましょう」


 シルヴァスタ家の別荘から出て馬車に乗り込んだところで、教授が私達三人の様子を確認する。

「大丈夫でしたか? 魔術師を弱らせる術式の上に待機させられていましたが」

 やっぱり、あれはそういう敷物だったんだ……。

 馬車が動き出すまでの間に、私達は深呼吸を繰り返して、あらかじめ用意してきた水筒に手を伸ばす。

 水を飲んでもぐったりしたままの私達に、教授は興味深そうに話す。

「てっきり、君達三人を見てその場で姫が占いを行うものだと思っていましたが、違いましたね。あれは、あらかじめ占い結果として出ていたことを、君達に伝えに来てくれたようです」

「そうなんですか?」

「ええ。姫はあの場では何の術も行っていません」

「はあ……」

 教授はにこやかに言う。

「残念ですね。てっきり、シルヴァスタの占術を目の前で拝めるかと思ったのですが」

 その言葉に、ヴェルヴェディノが若干疑うように教授に聞いた。

「……まさか、教授が僕達についてきたのは、それが一番の目的だったりしました?」

 その質問に、教授は正直にうなずいた。

 そっか……私達が何か失礼な事をするんじゃないかと監督にきたわけじゃなかったんだ……。

 まあ、魔術師だもの、自分の詳しくない分野とか、普段縁のない術と出会う機会があるなら、見てみたいよね……。



 秘めの庭に帰った後も、数日は調子が戻らなくてぐったりしていた。教授だけがいつもどおりだ。

 王族に占術をお願いしに出かけるんだと聞かされていたラーラさんは、帰って来た私達に何を占ってもらったのかと質問した。

 でも、上手く答えられなかった。

 特にテトラは、無言で首をぶんぶんと横に振った。

「何があったんだい、三人して……」

 ラーラさんには悪いけど、伝えるのが難しい。

 間違っても、テトラに死亡フラグが立っていることだけは伏せないといけない。



 占い結果がショックだったのか、しばらくテトラは情緒不安定になった。

 朝から講義室で奇声を上げ、資料本を勢いよく天井へと投げて突き刺したので、見かねた教授により引きずられてどこかに行ってしまった。

 医務室だろうか。あの状態のテトラを家に帰せそうもないし。

 教授が戻ってくるまで講義は中断。

 その間どうしようかなと思っていると、ヴェルヴェディノに声をかけられた。

「ねえ、ゲルダリア」

「どうしたの?」

 ヴェルヴェディノもあの占い以後から元気がなかったけど、今は少し顔色が良くなっている。

「ずっとシャニア姫からの言葉について考えていたけど、あれは、テトラだけじゃなく、僕とゲルダリアも一緒に三人で事件に巻き込まれるって話になるのかな……」

「そういえば……」

 三人一緒なら、テトラの死亡フラグを折れるのかもしれない。

 アーノルド王子がヴェルヴェディノに迷惑をかけるかもしれない、という件だけ分からない。

 ヴェルヴェディノが、どこかでアーノルド王子と遭遇するということだろうか。

 あと、私達三人は、またいずれシャニア姫と会うかもしれないとも。

 これ以上、私が王族の人に望むことはそんなにないんだけど……。

 食料状況さえ改善してくれれば、それで充分。

 魔術師として生活すれば、乙女ゲームの世界のゲソちゃんとして面倒ごとを起こさずに済むと思っていた。

 でも、私が何かをやらかすつもりがなくても、面倒ごとのほうからこちらへやってくるようだ。

 そんな上手い具合にはいかないか。

 姫の占いを信じるなら、テトラも私もヴェルヴェディノも、今までみたいに協力し合いながら生活していけばいいのだ。

 心配しすぎなくても良いかもしれない。

 ヴェルヴェディノが続ける。

「テトラがジャータカ王国に引っ越さなくて良かった。ゲルダリアの薬のおかげで健康になったから、移住する予定を取りやめたらしいよ」

「そうなの?」

「うん。ラーラさんが前に言ってた。テトラの具合が良くないままだったら、ジャータカ王国に引っ越すつもりでいたって」

「それは初耳だわ」

「そのおかげで、僕達三人は命拾いするかもしれないんだ」

 そう言って、ヴェルヴェディノは苦笑する。

「……あ、そっか……」

 私がテトラの薬を作って、具合の良くなったテトラがここでの生活を続けて。

 それで私がテトラの死亡フラグに気付いて。

 ヴェルヴェディノの協力のおかげで、シャニア姫から占いを聞くことができて。

 それで、三人一緒なら、事件に巻き込まれても解決できると教えてもらえた。

 凄い偶然だ。

 シャニア姫の、『周りを想うことが困難を切り開く鍵になる』という話はこういうことかもしれない。

「三人で協力しあえば大丈夫、なら……」

 今までどおり。

 テトラも、落ち着けばそこに気付くはず。

 なんだかほっとして、ヴェルヴェディノに言った。

「シャニア姫に、お礼がしたいの。何か作れたらいいんだけど、私は薬と爆弾しか作れないし。装飾品のようなものって、できるかな」

「うん。素材なら揃ってるから、三人でシャニア姫に何か用意しよう」



 しばらくして、テトラは教授のおかげで落ち着きを取り戻して、いつも通り元気になって帰って来た。

 シャニア姫へのお礼に装飾品を作る計画をしていると話すと、テトラも乗ってくる。

 三人でしばらく、シャニア姫に似合う装飾は何かについて話し合った。

 繊細なもののほうが姫に似合う、と提案した私と、変な形をしているほうが面白いというテトラと。

 見た目の話はおいて、装飾品に施す魔術式は厄除けにするのか能力上昇の効果のあるモノにするのかと考えるヴェルヴェディノと。

 三人してそれぞれ違う発想と素材を出して話し合う。

 最終的に、解呪の術を施した銀の護身用短剣が仕上がった。

「え、何で剣なの? かわいくない!」

 思わずそう言った私に、テトラが反論する。

「だって、お姫様が喜ぶものなんて、もう既に一杯持ってるでしょ、お姫様なんだからさ」

 それは確かに。

 貴族王族への贈り物なんて山のようにあるだろうから、きらびやかな飾り物なんて、シャニア姫も沢山持っているだろう。

 シャニア姫自身が、豪奢なもので着飾る趣味をしていなさそうでもある。

 とはいえ、占術のシルヴァスタ家の姫に、剣とは。武のアストロジア家に贈るんじゃあるまいし。

 私達のやりとりを聞きかねたヴェルヴェディノが言う。

「ここからまだ形状の調整が可能だから、ゲルダリアが思う形状に直そうか。そのほうが、見栄えがよくなるだろうし」

 ……私が爆弾を作って贈るよりはいいか……。

 小柄な人でも握りやすく、インテリアにもできそうなデザインにした。

 これなら、魔除けみたいな扱いで飾っておける。

 なんなら、シャニア姫の護衛の人に使ってもらえばいい。

 姫のお付きの人達から受け取り拒否される可能性も考えたけど、シャニア姫には一応届いたようで、『大事にします』という一言を丁寧に砕いた文章での手紙が送られてきた。


 優しいお姫様。

 いつかまた会う機会には、私達が解決しないといけない困難とやらが、終わった後だといいんだけど。

 どうかシャニア姫を巻き込みませんように。



 それからまたしばらく、三人でいつも通り研究と魔術強化訓練と魔獣退治のサイクルを繰り返す日常に戻る。

 そして、ある夜ふと思い出す。


 テトラが早々に死んでしまうあの鬱ゲーには続編があった。

 国内を歩いて北上するだけの一作目とは違い、二作目では最終的に全世界を移動できるようになる。

 あの惑星の地図を思い出して気付く。

 あの世界では。

 アストロジア王国の位置に、何もない。

 更地だ。


 ……王国が、滅亡している。



 シャニア姫の言う、『貴方達は、三人揃ってようやくこの国の未来を照らす』というのは、まさかそれに関係しているんだろうか。

あと数話ほどゲルダリア視点の話とヴェルヴェディノ視点の話を挟んで、そこからやっと乙女ゲームの主人公、ノイアちゃんの登場になります。


王国滅亡にまつわる話は、ノイアちゃんが登場する回で理由が分かるはずです。

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