隠しボスとラスボスの共闘計画
倒れている人たちをそのままに、ミルディンは説明を始めた。
「貴方の仰る通り、私は北の大陸出身であり、現在ジャータカ王国を混乱させている組織と係わりがあります。その上でこの街の管理をしているのは、資金と魔術素材の確保のため。他のモノに任せては貴重な資源を台無しにされかねないゆえ、私が全て管理しております」
この人の行動理念が支配欲でないことは知っている。
資源管理にホワイト労働が必要だと理解しているミルディンが、街を潰すことはない。
王宮や首都に派遣されたのがミルディンであれば、あんな無残なことにはならなかった。
とはいえ。
ミルディンにとって、ジャータカ王は許せない種類の人間だっただろうし、そこに従う人間も圧政者側扱いだ。あの地域に派遣されたとしても、王様を助けることはないだろう。
「魔術を失くした国の中枢よりも、文化水準の高いあの国から物資を得られるこの地域の方が、貴方の組織には重要度が高いのですね」
「その通りです。北の大陸において、魔術素材になり得る物の大半は妖精族の居住区にあります。彼らと交渉可能な人材をこちらの組織に組み込むよりも、この街にいてユロス・エゼルからの輸入を行う方が手間が少ないのですよ」
確かに、あの大陸の元統治者だった種族の妖精は、人の国を建国して以来、グリンジオ家の人間以外とは会おうとしないし、ルジェロさんが不審な魔術師集団のために働くとは思えない。
ルジェロさんはまだアストロジア王国にいるのだろうか。ゲームでの話だと、そろそろお城で住み込み労働が始まる時期なんだけど。医術師は貴重。
ミルディンがここにいる事情までは納得した。
問題はこの街を霧で覆う理由だ。
「私の所属組織は、一部の構成員の死亡後に混迷を極めました。魔術の探求をするモノと、己の能力誇示を優先するものに分かれて派閥が形成されたのです」
……魔術探求者っていうか、マッドサイエンティスト系というか。
「魔術の探求側は、今以上の力を得るために魔力源の確保に躍起になりましたが、それをもう一派に利用されました。集めた資源を勝手に持ち出され、この国を支配する道具に利用されてしまったのです」
不機嫌そうな声色。
アストロジア王国の人間がジャータカ王宮を制圧しようが、北東の街から召喚道具を回収しようが止めなかったのは、ミルディンの都合に適うからだろう。
「研究結果を奪われた側は、より強力な道具の確保を目指しました。そして、触れてはならないものに手を出したのです」
嫌な予感しかしない。聞きたくないけど相槌を打つ流れなので聞く。
「触れてはならないものとは?」
「命を担保にして魔術を使う方法です」
「生け贄を利用することですか?」
私の問いかけに、ミルディンは俯いた。
「おそらく最初はそのつもりだったのでしょう。けれど、派閥の代表者が用意した生け贄は、意思を持って反抗したのです。それにより指揮系統が入れ替わって、計画は各構成員ごとに分散してしまいました」
RPGの敵役にありがちな、魔王を資源化する計画……。それを目論む人間たちが協力を止め、それぞれ勝手に動き出したのか。
「元より協調性のない者の集いですから、不思議はありませんが。そこで私の目的の邪魔になる要因は排除していくことに決めました」
そういう事情があってもなくても、ミルディンは自己判断で組織の人員を闇に葬っている。うっかりジト目で聞いてしまう。
「貴方は、純粋に魔術の研究を行いたいのですか?」
冷めた目をしてミルディンは答える。
「純粋な研究というものがどういった目的を抱えて行うことかは存じませんが。他者に害されないための魔術を会得したいものですね」
……道楽で研究してんじゃねーぞ、とでも言いたげだ。
王族という支援者付きで魔術研究ができるアストロジア王国の魔術師も、ミルディンからしたら甘ちゃんに見えて嫌悪対象かもしれない。
黙った私に、彼は説明を続けた。
「生け贄に反抗され、別の手段を探したモノは、市井の人間を操ることを考えました。けれどそれも、もう一派の介入と杜撰な行動により破綻しました。人を操る魔術を見破られ、先手を打たれてしまったのです」
それは、私がルジェロさんとの交渉で情報を渡した件が影響している?
ルジェロさんはうまく対策をしてくれたのだ。
ひっそりと安堵していると、ミルディンはとんでもないことを言う。
「その後、人を操れないならば代わりに、と、妖精の自我を無視して使役する手段を見つけてしまった者がいます」
あの詐欺師かな……。
「妖精と言っても、種族差は大きいものです。人に軽度の悪さをするだけのものから、魔法を扱うものまで。あの連中は、妖精族の中でも一番厄介な種族に手を出してしまった」
「……まさか」
「そう。神の子孫、ディナ・シーを捕らえて実験に使ってしまったのです」
私がルジェロさんに精神操作を防ぐ術を伝えたことが、こんな事態を引き起こすなんて。
北の大陸は、昔は神の子孫である妖精族、ディナ・シーが統治していて、国名は常若の国だった。
地球人が知る、ケルトの伝承からの引用である。
ディナ・シーたちは人と同じような体躯をしており、黒い装束に身を包んでいる。
魔法を使い知性も高く、統治者であるのも当然な高貴さを備えた種族だ。
我らが始祖王アストロジアと駆け落ちした妖精姫も、ディナ・シー族。
ルジェロさんの実家が懇意にしているのも同じ。
そのディナ・シー族からも犠牲を出してしまったのか……。
一体どうやって捕まえたんだろう。
人の国が建国された後、常若の国は別の次元に引っ越して、ディナ・シーも大半はそちらに隠れた。会える機会は限られている。
ミルディンは声を抑えて続ける。
「魔法を扱えるディナ・シーの力は強大です。人がそのような物を御せるはずもなく、何重にも酷い結果を招いてしまいました。異界の王を取り込むための儀式で暴走し、逆に異界の王に取り込まれてしまうことになったのです」
RPGの悪役の、目的と真逆の結果を出す展開はこの世界だと避けられないのか……。
不意に予知を思い出し、聞いた。
「異界の王は北の大陸に二人いたはずですが、まさかどちらも目覚めてしまったのですか?」
「いいえ。こちらの派閥で行った実験はうまくいき、刺礫の王は無力化できました。目覚めてしまったのは界砕の王のみ。とはいえ、それが問題なのです」
どうやらシジルの方は予知どおりらしい。
「それが、この街にいる貴方に影響するのですか」
「はい」
目覚めた界砕の王は、自分の手駒を集めているそうだ。
人であれ妖精であれ、魔物であれ。操ることが可能な相手を全て従え、完全に復活するための準備をさせている。
北の大陸で手下集めが上手くいき調子に乗って、次策として第二の拠点を作ることを目論んだのだとか。ジャータカ王国の南東、つまりユロス・エゼル共和国を狙える位置に。
あの軍国を狙いつつ、前段階としてミルディンのいる派閥も取り込もうとしているらしい。
「ディナ・シーが使う門の魔法で、距離のある空間同士をつなぐことができます。それにより、この街の端には今、北の大陸とつながる門が設置されているのです」
危険度の高い事案が進行している……。
「その門は、この街から界砕の王の元まで直通なのですか」
「直、とまではいきませんが、それなりに近くへ通じています」
なるほど。それで私がミルディンとの交渉に失敗したら、あの隠しダンジョンへ放り出されるというわけだ。
ミルディンは一度息を深く吐いた。
「ここからが話の本題になります。ユロス・エゼルとの取引きで物資と資金を得て潤うこの街は、界砕の王から搾取対象として狙われかねません。それを防ぐため、私は北の大陸から使者がやってくる時だけ街の一部を霧で隠しています。彼らが現状で把握できているのは、この街の廃棄処分場のみ。この街は私が実験に使い潰し、ユロス・エゼルからは幻影が見えるだけという話にしてあります。そのため、貴方たちにもその話に乗っていただきたいのですよ」
廃棄処分場というのは、おそらくあれだ。おクスリで幻覚漬けにした小悪党を飼い殺す、隔離区。さながら退廃の街である。
そこには触れずにおくとして。
「では、この街が新しいジャータカ王に協力すると宣言しては、この街の実態を貴方の敵対派閥に悟られかねないのですね。私は、貴方に騙されたふりをしなくてはならない」
あと、まだ霧で覆われているということは、門から使者の出入りする時間が今なのか。
「その通りです」
ミルディンが街の人たちを守ろうとしているのはゲームどおりとして。
肝心なことを確認しなくては。
「事情は把握いたしました。現段階では、貴方の提案を受け入れます」
私の言葉に、ミルディンは眉を顰める。
「現段階では?」
「貴方は、この街を異界の王から隠し通すだけですか? それとも、寝首を掻くための用意をした上で決行時期を探っているのですか?」
異界の王が完全復活してしまえば、街を隠すのが難しくなると理解しているはず。ミルディンがそれに備えているなら手段を知りたいし、こちらも協力もできるかもしれない。
ミルディンは黙考し、警戒するように私を見据える。
信用できない人間とは関わらずに、全部一人で解決するつもりだろうか。
……私も情報を出すというか、全部白状する頃合いかな。
腹の探り合いは私には向いていない。
「実は我々は、この国の王宮を解放するまで、始祖王の友人である舞燈の王と行動を共にしていました。彼女が言うには、ユロス・エゼルで封じられた影苛の王も目覚めていて、我々の行動を覗き見しているとのこと。それを防ぐために、舞燈の王は単身であの軍国へ向かってしまいました。私は、彼女が時間を稼いでくれる間に対抗手段を用意して、悪意ある異界の王を再封印するか、あるいは完全に討伐するかを行わなくてはなりません。けれど、対抗手段を探す伝手がありません。そのため、そちらの条件を呑む代わりに情報を得たいのです」
正直、私が出せるものなんてほとんどない。私の知るゲーム情報がミルディンにとって価値のあるものかは不明だし、取引としては私が不利。お金で解決できるなら私のお給料は無しでもいいけど……。
私の言葉に、ややあってミルディンはうなずいた。
「影苛の王まで目覚めているのは把握できておりませんでした。界砕の王がこの街を第二拠点にしようと目論むのは、ここから禍虐の王への呼びかけを行い、手を組む計画を立てているからです。けれど、そこに影苛の王まで加わってしまえば、手に負えなくなります」
「では……」
「私の派閥にはこの国を荒らす理由もありませんし、そろそろ組織を分割してあちらの目的を妨害する予定でしたから。貴方があれらに抵抗するつもりでしたら、情報提供ぐらいはしましょう」
これは、交渉に成功したと思っていいのかな。
協力するけどお前の命を奪わないとは言っていない、という感じで、背後を見せた瞬間に攻撃される可能性はある……。
相手の精神を殺して身体だけ利用するのは慣れているだろうし。
緊張する私に、ミルディンは肩をすくめる。
「貴方に対して打った手は全て失敗に終わりました。これ以上こちらから仕掛ける余裕はありませんよ」
言いながら、ミルディンは背後を振り返る。
釣られてそちらを見ると、霧の中から白い鹿が悠然と歩いてやってきた。
そのまま鹿はマンドレイクの群れの横を素通りし、私の元へ。
アエスが不満げに鳴く。
ミルディンは、白鹿が私に寄り添うのを見て言う。
「事前にこちらで貴方の身柄を確保しようと試みましたが、その鹿にことごとく邪魔されてしまいました。貴方のために守護獣を用意した人間の意志には敵いませんね」
……この街にくるとき鹿が馬車に乗り込んできたのはそういうことか……。
「我々の陣営には、ミルディン、貴方の手先が潜り込んでいたのですね」
「手先というより、協力者です。この国の人間の中にも、次に王になる者をまだ信用していない者は多いですから」
妙に納得できてしまって困る……。
そして、ミルディンは私が忘れたかった話に触れた。
「休息所の顛末も痛快でしたね。あの容赦の無さには感動しました」
そこで皮肉に満ちた綺麗な笑顔をしないでほしい……。胃にくる。
あれはサスキアの独断であって私の指示ではないけど、責任者は私だから、そういうことになるのだろう。
ミルディンは、霧を晴らす時間が来たら今度こそ話し合いのために正当な場を用意すると約束してくれた。
街の人や私の大事な人達も交えて異界の王への対策会議ができるなら、多少は前進だろうか。
一息ついて、白い鹿とアエスの頭を撫でる。この子達がいてくれて良かった。
それから、地面に倒れたままのヴェルとテトラの様子を確認した。
スヤスヤと規則正しい寝息が聞こえる。
この二人も私も、あらゆる魔術への耐性はつけてきたけど、まだ足りない。
ミルディンから情報や素材を分けてもらえたら、急いで必要な道具を作ってしまわないと。