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魔術師の決闘



 私との距離は2メートルぐらいだろうか。互いにそれ以上は近づかず向かい合う。

 ミルディンは私が睨め付けても、当然ながら動じない。

「失礼いたしました。私はこの街の顧問魔術師のミルディンと申します」

 名乗って礼をする仕草はこなされている。長いまつ毛と爪が目立つ。

 こんな殺風景なところでなければ、受ける印象は違っただろうに。

 足場を形成する樹木はまだ伸び続けているのか、音を立てて葉を増やしつつ揺れる。成長自在の植物で空中に密室を用意するなんて。何から魔力を借りれば可能なのか。

「私は街の責任者の方とお話をするために訪れたのですが」

「その認識で間違っていませんよ」

 愛想なくミルディンは言葉を返す。

 ナルシストぶって大袈裟な仕草で相手を威圧する処世術は、まだ身につけていないようだ。成長途中で身長や肩幅が足りない今は、ゲーム中と同じように振舞っても迫力が出ないからか。

 顧問魔術師を自称しておいて、街の責任者も同時に自分であると宣言したけど、イシャンさんはどういう扱いなのだろう。洗脳されたり操られているようには感じなかった。

「このような場所も趣きはありますけど、強引なお招きですね」

 とりあえず無礼をとがめてみたけど、どうせ帰してもらえないだろう。英国的皮肉とか京都的嫌味は、この世界の人にも通じるだろうか。

 私の態度が予想と違ったのか、ミルディンは若干目を細めた。

「おや、ここより侘しい場所に招かれたことでもおありで?」

 白々しい言葉だ。

 こちらの陣営がこの国で何を見たのか、知らないはずないだろうに。

「ええ、廃墟と化した街や死者の折り重なった王宮地下などよりは、よほどこちらの方が居心地が良いです」

 この場の空気自体は清浄に感じる。目の前にいる相手は信用ならないけど。

「……それはそれは」

 ミルディンは表情を変えずに雑な相槌を打つ。

 おそらく首都や王宮のあの惨状はミルディンの差し金ではない。それでも、私はミルディンをあの集団と同類とみなした発言をしておく。

 向こうは会話の主導権を握る気がないのか、私の様子をうかがっている。なら先に聞きたいことを聞いてしまおう。

「どこでこちらについて把握されたのかは存じませんけど、私を贄の姫と呼ぶ理由をお聞きしても?」

 どっかの誰かと間違えられているのでは。

 ミルディンは、はぐらかすこともなくあっさり喋る。

「貴方のその明るい緑の髪は贄の家系。かつてアストロジア王国が邪神に殉じる魔境であった時期に、隠されていた一族でしょう」

 へーそうなのかー。

 ……。

 私も知らない私の設定を、何で当人より先に掴んでいるんだ。

 他の国では、創世神話が伏せられていないから、ゲーム上では没になったアストロジア王国の過去も知られているのか。

 初耳だけど、知っていたふりをしておく方が良さそうだ。

「古い時代の話を持ち出して、貴方はどうしたいのです?」

 私の質問に、ミルディンは表情を変えずに問い返す。

「歴史を蒸し返す人間はどこにでもいますし、妖精族は時間感覚が我々とは違います。当時のことを知る者に過去の役割を強要された場合、貴方はその役目を受け入れられますか?」

 脅しかな?

 その話を公にされたくないならミルディンに従えとか?

 古来からありがちな、犠牲の要求。それは戯曲の夜叉ヶ池のように、世界中で悲劇として語られる。娯楽として人気があるのだ。

 私は、無力な一般人に邪悪な選択をさせるのが好きじゃない。

 だから、

「生け贄を要求する側に問題があるのですから、それを退治するか黙らせるかを選びます」

 しっぺい太郎の伝承みたいに。

 ミルディンも、生け贄を要求するような異形なんて嫌っているだろうに。わざわざこんな問いかけをするのは私を試しているのだろう。

 この人が他人を試さないと生き残れなかったタイプの経歴なのは知っているけど、いい気はしない。

 癪に障ったから、追加で言う。

「アストロジア王国は、邪神を祀った過去を忘れました。始祖王の計らいで。それを覆す者こそ、私にとって最大の敵です」

 ミルディンはそれを聞いても顔色を変えない。畳み掛けるように続ける。

「では、邪神に迎合し王や貴族を贄に差し出して生き延びようとする者が現れたら、貴方の敵として処分しますか?」

 邪神だけ潰してもキリがないって話をしたい?

 あるいは、非常時の一般人に冷静さは期待できないという話?

「対話が可能であればそうしますが、相互理解が不可能であれば相応の対処はします」

 扇動された集団の手に負えなさは、地球上の歴史で把握している。

 何にせよ、現状ではifの想定でしかない。犠牲者を出すのがどの界隈になろうが最終的にはただの生存競争の話になってしまう。


 ……ミルディンの目的は何だろう。

 私との会話なのか、あるいはこれは時間稼ぎで、イシャンさんのほうが何かをやらかす予定なのか。

 私の肩の上のアエスはまだ何も反応しない。なら、ヴェルも無事だろう。

 足場になっている樹木は、もう成長を止めたのか静かだ。

「このようなところに私を招いたのは、それを問うためですか?」

「はい」

 率直な返答。

 趣味が悪いと言ってやりたいけど、煽られているならまともに相手をしない方がいいのだろう。

「場所と状況次第では、私ももっと和やかにお話しできたのですけど。このようなところで語る言葉に、本音が含まれるかなど不確かでしょうに」

 そう言っておくと、ミルディンはふっと笑った。

「それもそうでしたね。この状況で、貴方にまともな対話を望むこちらが間違っている」

 認めておきながら、帰すつもりもなさそう。

「私をここに呼んだ理由は、本当にそれだけですか?」

「貴方が懐柔できそうであれば、そうしようと思いました」

 それ即答するのか……。私のことを騙しやすい箱入りのお嬢様だと思っていた?

 私を懐柔して、ミルディンに何の得があるのか。

 生け贄役と言えば、シジルとツユースカだけど……。

 あの二人の代わりに私を利用するとか?

 念のために確認するか。

「北の大陸には、ミルディンという名の魔術師の伝承があるそうですね?」

 サスキアから北の大陸の話はいくつも聞いているし、ゲーム中でもミルディンという名前が伝承からの借り物であるのは説明されていた。この人の本来の名前は別にある。

「それがどうかしましたか?」

「北の大陸の魔術師であろう貴方が、邪神の生け贄とこうやってこの国で会う理由を考えていました」

「……」

 ミルディンの表情から笑みが消える。構わずに続けた。

「我らが始祖王アストロジアは、北の大陸で異界の王を二人封印しました。噂では、その異界の王を目覚めさせるために生け贄が必要なのだそうですね?」

 ミルディンは答えない。

「貴方は、私を生け贄として利用するつもりですか?」

 強く問い詰めると、ミルディンは感情を乱されたかのように濁して返す。

「………いいえ、決して、そのようなことは」

 外道扱いされたのが我慢できないのか、ミルディンは余裕を失くして視線を逸らす。

「ならば何故、私はこの場に連れてこられたのですか?」

 じっと睨み続けると、ミルディンは観念したかのように溜め息をついた。

「貴方を甘く見ていたことは謝罪します。このような場へ連れ込んだことも」

「私を生け贄として使うつもりがないなら、何故あのような質問を?」

 ミルディンは、感情を律するように無表情で答える。

「貴方を、見捨てるか、匿うか、決めるために」

「それは、どういう……」

 私の言葉は、再度メキメキと音を立て伸び始めた樹木にかき消される。

「時間です。貴方はこのままここにいてください」

 一方的に言葉を残しミルディンは身を翻して去って行く。

「待って!」

 腕を伸ばすけど間に合わない。

「私と共にこの街へ入った人たちは、無事でいるのですか⁉︎」

 叫ぶけど、枝や幹が伸びて行動範囲も視界も狭まっていく。



 最初より窮屈な空間で閉じ込められることになった。

 結局、ミルディンとうまく交渉を付けて敵にせず味方にせずというのは浅はかな考えだったようだ。

 こんなことなら、ミルディンとぐだぐだ会話せずに、RPGらしく交渉という名の決闘でも吹っかけておけば良かったんだろうか。

 決闘に負ければゲームオーバー、すなわち死ではあるけど。

 ミルディンが嘘をつかないのはゲーム中のやり取りで知っている。

 ただ、私とミルディンは初対面だから、この状況で彼の言葉を素直に信用するのは不自然だ。それで私はずっとミルディンを疑う姿勢を崩さなかったけど、話が遠回りになってしまった。

 考えてみれば、シジルが刺礫の王(ラスボス)の力を吸収する予知が実現するなら、生け贄は必要ない。

「見捨てるか、匿うか、か……」

 ミルディンは、街の善良な一般市民を小悪党から隔離したのと同じように、私のことも何かから離しておくつもりかもしれない。

 なら、見捨てられていた場合はどうなる?

 ヴェルと二人で視たあの予知みたいに、隠しボスがいるダンジョンに放り込まれている?

 それを望むのは誰だろう。

 肩に手を伸ばし、アエスの頭を撫でる。

「ねえ、ヴェルたちは無事?」

「ピュイッ」

 元気のいい返事。

 悪意に敏感なこの子が、ミルディンには全く反応しなかったし、今も何故か呑気だ。

 誓約の術でヴェルの居場所を探る。

 ちょうどこの空間の下にいるようだ。私がここに閉じ込められてから、ヴェルたちも動いていない? あるいは私をここから出す手段を探しているのか。

 どうにかしてヴェルたちと合流しよう。

 魔剣を抜いて壁になっている枝に突き立てる。植物を傷つけるのは好きじゃないけど仕方ない。

 絡み合う枝を吹き飛ばすと、どこかから別の枝がいくつも伸びて、すぐに埋められた。

 修復が速い。

 ここを爆弾で吹き飛ばしたら下にいる人たちが危ないし、私ごと燃えかねないからどうしようか……。

 座り込み、足元の樹木をコツコツと叩いて言う。

「私は爆弾を持っているんですけど、燃やされたくなかったらここから出してください」

 テトラと違って私は植物と会話できないけど、こっちからの言葉は届くはず。

 数秒置いて木々がざわめく。

 やっぱり私の言っていることは理解できるようだ。

「ピィッ」

 アエスが短く鳴くので振り返ると、絡まる枝の隙間から、小さな影が揺れるのが見えた。

 人の形をした根菜が跳ねてやってくる。

 あれは、ゲーム中で何度も見た。

 マンドレイクだ。

 名前をマンドラゴラと間違われ訂正が不可能な勢いで世間に誤認識され続けて幾星霜なマンドレイクだ。

 鳴き声で私を気絶させるつもりか。

 慌てて陶器の筒に入ったお酒を取り出し栓を抜いた。そのままマンドレイクめがけて投げつける。

「ギギッ?」

 頭から魔獣殺しのお酒を浴び、マンドレイクの動きが鈍る。

 やがて、土気色の根菜は お酒に酔って ぐでんと倒れた。

 様子をうかがいつつ近くと、マンドレイクの頭に紫色の花が咲く。

 ……素材として欲しいな。むしってもいいかな。

 花を採取し水晶の筒にしまう。

 脱出のついでに、泥酔するマンドレイクも頭の葉をひっつかんで連れて行くことにした。

 マンドレイクがやってきた隙間をのぞく。

 ここから這い出すには狭い。

 また魔獣殺しのお酒を出して、樹木に垂らす。

 じわじわとそれが浸透し、今まできつく絡まっていた枝や幹がずるりと緩んだ。

 その隙間から脱出する。



 木の幹を滑り降りると、元の庭に出た。

 相変わらず霧に囲まれたまま。

 ヴェルやテトラたちは、気絶しているのか地面にうつ伏せに倒れている。

 慌てて駆け寄って、ヴェルの様子を見る。

 脈に異常はないし、怪我もなさそう。眠っているだけのようだ。近くに倒れているテトラからも、健やかな寝息が聞こえてくる。

「暴れられても困りますので、彼らの行動は封じさせてもらいました」

 背後からの声に振り返ると、数メートル先にミルディンがいた。

「何故こんなことを?」

 よくよく見渡せば、イシャンさんたちこの街の人々も同じように倒れていた。

「説明するのが手間なので、貴方も含めて全員に一定時間 眠ってもらいます」

 ミルディンの背後から大量のマンドレイクが飛び出してざわつく。

 テトラが言っていたのはこの声かもしれない。

 慌てて立ち上がり、音叉を出した。

 叫ぼうとするマンドレイクたちより先に鋼を打ち鳴らす。

 響いた音を風に乗せ拡散し、吐き出された鳴き声を跳ね返した。

 私の行動にマンドレイクたちがギョッとしたけど、油断はしない。

 負けじと奮闘するマンドレイクに対抗し、ハンドベルも鳴らす。

 金属音と魔物の合唱がぶつかって反響する。

 空気の振動でマンドレイクたちが揺れた。

 賑やかに音が暴れているのに、眠らされている人たちは目覚める様子もない。聴覚からの人体支配以外にも仕掛けがあるのか。

 仕掛けらしいものといえば霧だけど、霧を晴らす手段は爆弾しかない。

 でも、これだけの霧では爆発させる前に湿気に負ける。

 あれこれ考えるうちにふと気付く。

 この状況でもアエスは大人しい。

 あのマンドレイクたちにも、ミルディンにも、私を傷つける意図はないのか。

 それでも、強制的に眠らされようとしている理由に説明がないのでは、抵抗するしかない。


 ふいに、マンドレイクたちが退いた。

 それに合わせ、私も音と風の魔術を止める。

 大技が来るのかと構えて魔剣に触れたところで、庭を囲う樹木も地面に潜っていく。

 急に静かになった。

 呆れているのか、ミルディンは覇気なく言う。

「吹けば飛びそうな(なり)に反して豪胆なお方ですね」

 魔法少女みたいなカラーリングの人に、容姿について言及されたくない……。成長が完了していない今の年齢であれば、ミルディンも女装とか似合いそうなのに。

 そもそもこれは、私に行動する猶予を与えたミルディンの対処ミスなのだ。私を他の人たちと同時に眠らせておけば済んだのだから。

「貴方に悪意がないのは、私の守護獣の反応から察しています。けれど、貴方の目的が分からないままでは同調もできません」

 言いながら、ミルディンの様子を確認する。

 霧に紛れて表情が見えにくいけど、疲弊しているようだ。霧の発生や植物の操作で力を使っているせいか。

「……悪意がない?」

「そうです」

 放っておいたら風邪をひくような状態で人を転がしておくのも、悪意からではない。この状況の方が霧の外より安全だということ。

 私の指摘に、ミルディンは片手で顔を覆い、くぐもった声で問う。

「……それを見透かしておられながら、こちらの要求は受け入れていただけない……。貴方は、盲目的に生きることがお嫌いですか」

「嫌いというよりは怖いのです」

 ゲーム中のミルディンは、現実を直視できない権力者を嫌悪していたはず。

 私と向かい合っている彼は、まだそこまで権力者に潔癖な理想を押し付けてはいないのだろうか。

 それとも、私のことを権力者ではなく、お飾りの鳥頭だと思って同情的なのか。

 甘く見ていたって言われたしな……。

 じんわりと霧が濃くなる中で、ミルディンはこちらに視線を戻す。不機嫌そうな目付き。

「分かりました。そう仰るのであれば、こちらの事情を明かしましょう。ただし、その後にも貴方の協力を得られないとなれば、加減することはありませんが」



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