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相対


 私とイライザさんがそれぞれ別の地域へと向かう日がきた。

 南東の街へ向かう人員を三つの部隊に分ける。

 偵察役のサスキアとサイモンの組と、その二人に異常が起きたときに駆けつけて援護する組、そして私とその護衛役の組。

 そこまでは良かったのだけど。

 予想外なことに、守護獣の白鹿が私の居る馬車に同乗してきた。

 今まであれこれ気を利かせてくれたのに、馬と並走するサービスはないのか……。それとも、道中が危険だから側にいるという意味か。

 判断に困ったけど、私と一緒に乗る予定だった二人にはもう一つの馬車に移ってもらった。

 なので、私の乗る馬車には、私とヴェルとテトラの三人に加えてアエスと白鹿というメンバーになった。私としては慣れない人に気を遣わなくて済むけど、車内に鹿がいると狭い……。どういう絵面だ。



 部隊ごとに時間差で出発した後、私は先行で向かった組からの報告を聞いてぐったりする羽目になった。

 街から街までの距離があるため、中間地点に宿のような休息所が設けられている。そこはこの国が傾いて以後、小悪党たちに占拠されていた。

 事前調査によると、この地区の休息所を占拠しているのは人数にして十人ほど。魔術も使えなければ暗殺技能もない、組織の下っ端である。彼らは街道を通る人が減って以後、生活に困窮していた。組織から使い捨てにされていることにも気付かず、略奪で生きる以外の手を考えることもない。

 そのため、サスキアたちの仕掛けにあっさり引っかかって全滅してしまう。

 彼らがカモになりそうな行商人だと思って近づいた荷馬車は、暗殺者と諜報員による仕込みで、例の魔獣殺しのお酒が積んであった。

 商人のフリをしたサスキアは、無力な民間人を装って震えながら言ったのだとか。

「これだけは奪わないでください、やっと手に入った貴重なお酒で」

 演技用のこの小話にはまだ続きがあったけど、小悪党たちは最後まで聞いてくれなかった。お酒と聞いて目の色を変え、我先にと奪い合って飲んでしまったのだ。

 酔いが回って全員が倒れた後、仕掛け人のサスキアは白々しくつぶやいたらしい。

「だから奪わないでと言ったのに」

 まんじゅう怖い、というにはエグいやり口だ。禁止事項に逆らうと牙を剥く怪異のよう。

 使い魔を通じて私にその報告を届けたサスキアは、あっけらかんと言った。

「あのお酒、人間が飲むと心臓がすぐに止まってしまうようですよ」

 ……その人体実験は要らなかった。

 サスキアは、イライザさんたちに助け出されて以後から、自分が汚れ役を負うことを受け入れてしまっている人だ。悪人なんて勝手に干上がらせておけばいいと考える私とは違い、禍根を絶つための手段を選ばない。

 その苛烈さは、ミルディンに通じるものがある。

 おそらく彼女は、イライザさんとナクシャ王子に悪党の処罰で手間を取らせたくないのだ。それで相手を自滅へと追い込む手段を選ぶ。

 悪党は勝手に滅びたのでこの国は何もせずとも助かりました、なんて言って通すのはとても苦しい。でも、何の影響も受けなかったことにするのは、悪事を自慢したい連中への報復である。

 そういう意味で、休息所に落書きされた小悪党たちのシンボルマークは、私が着く頃には消されていた。

 昔は行き倒れが絶えない地域だったため、休息所の近くには無縁墓地がある。哀れな小悪党の死体は、サイモンが良心に従ってそこに葬ったという。

 これで綺麗さっぱり元どおり、ということになった。なってしまった。



 先行組の取った手段により戦闘もなく、二日かけて目的の街まで到達した。

 相変わらず天気は良い。日が昇り切るにはまだ時間があるので、軽く冷えるような半端な気温だ。

 街を越えた先、ユロス・エゼルとの国境沿いに、青い燐光を放つ魔術障壁がそびえている。メートル法で考えると高さ300メートルはあるだろうか。エッフェル塔や東京タワーぐらいだ。人どころか小型の鳥には越えられない。魔術師であろうと、ユロス・エゼルへ不法入国することは無理だと感じさせる威圧感がある。

 それが視界に収まる立地のこの街は、ジャータカ王国内のどの街よりも整然としていた。

 ユロス・エゼル産の青い建材を使った四角い屋根の民家が並ぶ。

 あの軍国ユロス・エゼルは、この星で一番文明が進歩した国だ。参考元は地球の未来予想図。近代や現代よりも魔術で発展した世界。

 対して、アストロジア王国は魔術で近代レベルまで発展した後、衰退している。

 ジャータカ王国は魔術を失ってから発展が止まり、近代のレベルに届かない。

 ここに居れば、国家の文化レベルの差が露骨に実感できるから、街の人たちがジャータカの王族に頼らず、隣国の力にすり寄って生きる手段を選ぶのは自然だった。

 はたして、街の人たちは新しい王を信用してくれるだろうか。

 そうでなくてもアストロジア王国から来た貴族がジャータカ王国の王子を次の王にという話を持ってくるのが異常な事態なのだ。警戒はされるだろう。

 街の責任者に会えたとしても、戦闘準備が万全な私が追い返されない保証はない。

 髪と瞳の色を元に戻し、髪を後ろで編み込んで一つにまとめ、騎士の礼装に似た格好で魔剣を下げ、小道具をあれこれ収納した皮のベストを上着の下に隠している。暴力で解決しにきたのかと疑われそうな状態だ。


 王からの使者らしい装いに着替えたサスキアとサイモンは、また私より先に街へ入る。

 二人が街の責任者に私の訪問を告げて会談を申し込む間、私たちは外から街の様子を探っていた。

 一見したところ、静かで穏やか。

 昼前で街人は仕事中なのか、通りを歩いている人は少ないけれど、怪しげな団体に占拠されているような緊張も感じられない。

 魔術結界がないにも関わらず妖魔が湧くような隙も感じられないので、そこだけが魔術のない国において不自然だ。


 私の隣にはヴェルとテトラがいて、白い鹿は数歩離れた位置にいる。アエスは相変わらずナイフを背負ってヴェルの肩の上で待機。

 これからの対応について考えていると、テトラが大仰に溜め息をついた。

「なんか、騒がしい。普通じゃない感じ」

「僕の方は何も感じとれないから、植物の話?」

 ヴェルの問いかけにうなずいて、テトラは首を左右に揺らす。

「多分、植物っぽいんだけど、変なんだ。わっさわっさ数がいて、鳴き声があっちこっちに移動してる。街を囲う塀の内側にいるっぽい」

 その言葉に、例の巨大ハエ取り草を思い出す。

「自力で動く種類の植物……」

 北の大陸の魔物にもその手の種族はいた。ミルディンが育てている。

 街の責任者が誰にせよ、ここにミルディンがいるのは確実になった。

「……あれが沢山いるのは流石に」

 ヴェルもあのハエ取り草を連想したのか、嫌そうに眉がきゅっと寄った。

「や、あれほど大きくない、と思う。代わりに数が多いんだ。なんか、伝令ごっこっぽい感じで、似た言葉がずっと波みたいに流れていくんだ」

「伝令?」

 テトラの言うことを信用するなら、この街で戦闘回避は難しいな……。

 ゲーム中でもミルディンから植物系の魔物をけしかけられたっけ。

 街を守る魔術なしで妖魔が居ないのは、ミルディンの育てている魔物の餌になっているからだろう。発生したての妖魔が植物系の魔物の餌にちょうどいいのは、あのハエ取り草で確認済みだ。


 サスキアとサイモンが戻ってきた。

 街の責任者は、今日このまま私と会談してくれるという。

 急な訪問だというのに、文句も言わず受け入れてくれるとは。向こうにとってこちらの素性調査は必要がない? 数日待たされる覚悟はしていたのに。どう捉えればいいのだろう。罠?

 怪しいから今日はいいですとも言えないので、私達はそのまま街に入る。

 テトラの言う、街の塀に沿って飼われているっぽい植物が監視道具かもしれないので、そこからは誰も雑談しない。生物の視点を借りる魔術の想定が抜けていた。

 今まで魔獣を散々けしかけられていたので、北の人間は尖兵や白兵戦の駒として魔獣を利用しているのだと思っていたけど、それ以外の用途でも研究していたのかも。


 案内人に従い、街の奥にある角ばったお屋敷に辿り着く。

 出迎えてくれた街の責任者はイシャン・ダッタと名乗り、人当たりのいい笑顔で礼をする。

 ジャータカ王国の民らしく、褐色の肌をしている。年齢は四十代から五十代くらいだろうか。整った身なりをしているけれど、それはこの国の伝統衣装ではなく、ユロス・エゼルの技術で織られた紺のスーツに赤いネクタイに、つま先の細い革靴。この世界で現代的な衣装を見るのはこれが初めてだ。

 屋敷までの案内人や彼の格好と仕草を見る限り、この街の人にはジャータカ王国に属している意識がもうないのだ。

 となると、ナクシャ王子を支えるよう頼んでも効果が薄いかもしれない。


 一度は屋内に入ったのに、そこから更に庭へと案内された。

 これは、やっぱり怪しい。

 広い庭は、高低差があるいくつもの区間に分けられている。迷路みたいだ。

 おそらく、途中で人員を分断するための仕掛けがある。

 私の前を歩くテトラが落ち着きなくあちこちを見回す。植物の声がうるさいのかもしれない。隣にいるヴェルも、ずっと警戒している。アエスが私の肩へ移動したから、何かを察知したようだ。……鹿は……屋敷に入るときに止められたので置いてきている。


 背の高い木々が並ぶ区画の歩道に踏み込んだとき、視界が揺らいだ。

 植物たちが息を吐くようにして霧を発生させているのだと気づいたとき、私の足元のタイルが急に上昇し始めた。

「ゲルダリア!」

 私を呼ぶヴェルの声が下方へと消え、空を切る音がする。

 植物の根で押し上げられているのであろう石のタイルは、霧のせいでどこまで上昇しているのかわからない。

 飛び降りても良かったけど、アエスがまだ警戒音を上げていない。

 なら、殺意を向けられてはいないのだ。

 私と話をしたいだけなら、こっちも無闇に爆弾を使うつもりはないし。


 やがて、木の根のような物が伸びて足場を形成。

 私の立っている場所に新しい階層ができた。

 霧が晴れた先に人影が見える。

 

 軽く結われたピンク色の長い髪に、オレンジ色の明るい瞳。

 この街の要人のように、軍国製の黒いスーツと黒い革靴。

 身長はテトラより少し高いくらい。

 ゲームで見かけた高圧的な構えも笑顔もなく。

 少年と呼べる容姿のミルディンがそこにいた。



「初めまして、贄の姫」

 唐突なその挨拶に面食らう。

 動揺している場合じゃない。

 私がまず確認すべきことは。

「貴方は誰ですか?」

 多少きつめに問いかける。


 さて。

 ここから、交渉は成立するだろうか。

 気を抜くと殺される。


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