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「俺、戦いが終わったらこの子と結婚するんだ」

 イライザさんはにっこりと笑う。

「こういったことは長期的な計画と段取りが必要ですから、今のうちから協力をお願いすることにしました」

 ナクシャ王子が王位を継ぐ際のお披露目はいつか行う必要があるので、その際にも私が彼女たちに協力する予定でいること。イライザさんは私をダシにして、アストロジア王国の貴族とジャータカ王国の貴族の交流機会を設けたいこと。

 社交と外交の計画を聞かされ、ヴェルは遠慮がちに質問する。

「……それで、何故僕にまで話を?」

イライザさんは私の手を取り、誓約の花を見せる。

「私には魔術の素養はありませんけれど、魔術に詳しい上流貴族であれば、ゲルダ先生の手の甲にある花の意味も理解できるのでしょう? なら、催事の折にゲルダ先生を一人にはせず、ディー先生にゲルダ先生を支えていただきませんと」

 その主張に、ヴェルは言葉を詰まらせる。構わず彼女は話し続ける。

「そうでなくとも、ゲルダ先生の本来の立場を利用してしまえば、妙な輩も寄ってきてしまいます。この国にいるうちに、ゲルダ先生の連れ合いがディー先生であると周知してしまいましょう」

 ……逃げ道を潰されている。



 彼女が言うには、ソーレント家で月蝕の術の使い手を囲った方が、アストロジア家へ揺さぶりをかけたい貴族への牽制になる。だから、私がヴェルと恋仲になったところで問題はないとのこと。

 このままヴェルの立場を曖昧にしておくと、アストロジア王国に帰った後で、ヴェルはどこかの貴族から娘を婚約者として押し付けられかねないそうだ。

 それは嫌だ。

 ものすごく嫌だ。

 会ったことのない貴族への嫌悪感が膨れ上がる。もしそんな提案の現場に遭遇しようものなら、貴族の方を杖で殴り倒してしまうかもしれない。

 だからこそ今のうちに手を打っておこう、というイライザさんの提案にすぐ同意した。

 彼女は語る。

「月蝕の術の使い手が当代ではアストロジア家の脅威になり得なくても、子供の世代であれば変わるかもしれない。アストロジア家に対して有利な立ち位置を得るのが自分の代でなくてもいいから、今のうちに自分の家系に月蝕の術使いを取り込んでしまおう。そう考える貴族はいるの。地位と娘を与えて、ディーを言いなりにさせたいのね」

 ……気の長いことだ。鬼に笑われてしまえ。

 とはいえ、貴族が刹那主義だったり未来の備えをしない人間ばかりでは国が滅ぶ。そういう意味では、数代先まで見越して お家存続を考えるのは当然なのか……。

 それはそれとして疑問がある。

「盾の街の管理者は、同族をまとめる立場であっても権力は何も与えられなかった。それなのに、ヴェル……ディーに爵位を与えるような縁組が許されるものなの?」

 アストロジア家だけじゃなく、その家の親族とか夫人の実家も納得するだろうか。

 私の言葉に、イライザさんはにんまり笑う。

「ロロノミア家が秘めの庭を通して阻止させたがっているし、どっかで妨害は入るでしょうね。そんなときに公爵家の娘である貴方がディーと恋仲であると発覚すれば、ロロノミア家には都合が良いと思うわ。だって、ソーレント家はロロノミア家に忠実だもの。ロロノミア家の当主がアストロジア家と上手くやっている間は、国の脅威にならない。公爵が月蝕の術使いを確保したら、下位貴族への牽制になるし」

 そういう考え方もあるのか。

 都合よくことが運ぶとは思えないけど、やるしかない。

 でも。

 ヴェルはどう思うだろう。

 今まで私と一緒にいてくれたのは、私が魔術師だからであって、お嬢様だからではない。



 イライザさんから怒涛の王国再建計画を聞かされた後、私はヴェルと庭に向かう。

 アエスは私とヴェルが一緒なのが嬉しいのか、ヴェルの肩の上で機嫌よく鳴いている。

 人のいない方角へ向かい、幾何学模様を描く水路に囲われた場所で立ち止まった。周りに誰もいないのを確認し、遠目に白い鹿が待機していることに気付く。相変わらず気遣いのできる守護獣だ。

「ここなら静かそうね」

「……うん」

 今は襲撃の心配も薄いし、多少は王宮の風景を楽しんでもいいだろう。殺伐とした思い出ばかりではもったいない。

 イライザさんの話を聞いていた間、ヴェルはずっと眉を寄せていたけど、今は落ち着いたようだ。溜息をついて言う。

「いつかは君に話さないといけないことだったし、もう伏せておけないかな」

「私、誓約の術についてはソリュ様やシド様から聞かせてもらったの」

 若干 恨みがましげな言い方になってしまった。

「ごめん。あのときは花が咲いた実感が湧かなかったから」

 ヴェルは右手を軽くかざし、手の甲の花を見る。

「誓約を提案しておきながら、僕は花が咲くとは思っていなかった。テトラにはそんなはずないって言われたけど。実際に花が咲いたときも、見たものが信じられなかった。

望み過ぎて、妄想と現実の区別がつかなくなったんじゃないかって」

 ……そうだったのか。

 ヴェルがそこまで悩んでいたのに、気づけなかった私も鈍い……。

「君の側に居られるなら、関係性は何でもいいと思っていたんだ。最低限の繋がりさえできればと、誓約を提案した。予想に反して花が咲いたことは嬉しかったけど、僕が相手では君の家族が納得しないだろうから。曖昧にしておける間は、そうしておきたかった」

「納得しないなんて、そんな……」

 ……いや、タリスからは誓約を破棄するように要求されたっけ……。

 言葉を濁す私に、ヴェルは無理に笑顔を作る。

「君の家族はまだ生きているからね。話し合うぐらいはしてもいいんだ。それで、君が僕を選ぶか家族を選ぶか決めても」

 それは建前だろう。ヴェルは強張ったように右手を握る。

 私はこれ以上、ヴェルに喪失感を与えたくない。離れたくもない。

「仮に家族に認めてもらえなくても、私は貴方と一緒にいるから」

 この先もヴェルと一緒にいたい。自分の気持ちを自覚するのが遅かったせいで、恋人になるとか結婚については考えてなかったけど、学院で周りから勝手に夫婦扱いされても嫌ではなかった。あの噂をずっと放置してしまったのは、私にとっては何も問題ないことだったからだ。

「……花が咲いた以上、君はそう言ってくれると思った。でも、僕が原因で家族と不仲にしたくはないんだ」

 ヴェルは、もう望んでも家族の誰にも会うことができない。

 だから私に配慮してくれる。

「私とヴェルが一緒になることが実家に都合よくなるように、どうにか家族や周囲を丸めこむわ」

「君の家族は、政争のために君を利用できる人たちかな」

 ……それを言われると……。

 家族が私の居場所を伏せてくれていたから、私は秘めの庭で穏やかに暮らしていけたのだ。対外的に居場所を知られていたら、ヴェルのようにどこかの貴族がやってきて、困らされていた可能性はある。

「私は家族に不義理なことはもうしたくないけど、貴方と離されるようなら最終手段は考えるから」

 テトラの両親から、二人が駆け落ちした時の話を何度か聞いたことがある。いざとなれば、それを参考にするのもありだろう。

 とはいえ。

「もし私の家族がすんなり納得してくれたなら、ヴェルは私と一緒に貴族の真似事をしてくれる?」

「……それは……」

 私の両親がヴェルに対して否定的かどうかはまだわからないのだ。前向きな想定もしておきたい。タリスについてはどうにか説得する方法を考えるとして。

「貴族らしい生活を送る気にはなれないけど、穏便にことを済ませるには、私は一度 家に帰らないといけない。そのときに一人では行きたくないの」

 このままずっと、私に巻き込まれてほしい。

 ヴェルを日向においておくためにも、イライザさんを支えるためにも、必要なことだ。

 使える物は何でも使えと唆したのは、ロロノミア家の次期当主だし。私の行いが王族貴族の関係性に影響するなら、フェンがどうにかすればいい。

 しばらくヴェルはこちらを見つめて瞬きを繰り返していた。

 あと一押しがいるだろうか。正直にいこう。

「私は貴族らしい振る舞いができないから、それを誤魔化すのに協力してほしいの」

 ……んん、こうじゃないな……。事実だし本心ではあるんだけど。

 口説くのってどういう文言が無難なんだっけ……?


 悩んでいると、ヴェルは屈み込む。

 私を抱きすくめて顔を寄せ、囁く。


「君がそう望むなら、僕はそれに応えるだけ」


 その言葉に思わず抱きしめ返す。


 感情が乱れて、言葉が出ない。


 愛とか恋とかいった言葉に慣れていないから、私はこんな状況でも気の利いたことが言えないけれど、ヴェルはそんな私に合わせてくれる。


 ゲームのヒロインに言ったセリフと、私にかけてくれた言葉はまるで違う。

 なのに、ヴェルが私を想ってくれていることは理解できて、顔が熱くなる。


 嬉しいけど、今はまともにヴェルの顔を見られそうにない。






 二人で屋内に戻ると、テトラが待っていた。

 私たちに向かって呆れたように言う。

「色々遅いんだよ、二人して」

 その言葉にヴェルは苦笑して返す。

「ごめん。散々迷惑かけたね」

「ホントになー」

 それから三人で、これからの計画の最終調整を行う。

 三人揃って無事に生き残る。その目標は、今までもこれからも変わらない。


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