遅れに遅れた情報共有
北東の街から回収された巨大な黒曜石の鏡と蛍石が、王宮跡地な寺院に運ばれてくる。
解析したついでに、悪用できないよう封じの術がかけられていた。
戦利品としてこちらの陣営の魔術道具に転用するのかと思ったけど、シデリテスとソリュは強力な魔術開発を渋っている。理由としては、南の軍国から警戒されるような攻撃魔術を作るのは利点より損が多いとのこと。
魔術兵器を作る手段や理論は調べても、実践するのは状況に合わせるそうだ。殺傷力が高いものは非公開で済ませられるならその方がいい。
そういった話も含め、会議の席で色々と説明を受ける。
研究施設で合成されていた魔獣とは違い、召喚で呼ばれた魔獣は生殖機能があるので、見つけ次第駆除が必要だそうだ。この世界で繁殖されては生態系が壊れてしまうから。
そういえば、蒸溜所に行ったときにテトラとヴェルが魔獣を調べて変な反応してたけど、あれはそういうことか……。
王宮の襲撃に来た魔獣は、陸上戦用の魔術で陥没させた地面の下に埋めてしまったし、鳥類の魔獣は雌雄なんて見ても分からないから気付かなかった。
これから外に向かう時は、討ちもらした魔獣がいないかもよく確認しなくては。
南東の街へ向かう準備は整った。
その前に、イライザさんと二人で話がしたいと駄目元でお願いしたら、どうにか機会を用意してもらえた。
そんなわけで、執務室にはイライザさんと私だけ。守護獣の鹿二匹には部屋の扉の前で待機してもらったし、アエスはヴェルに預けてきた。イライザさんと離れたがらないナクシャ王子は、イデオンが別棟まで引きずっていってくれた。ガーティさんは……隣室にいたりして。聞き耳を立てられているかも。
魔術で部屋全体に結界を張り、防音処理をする。
それからお茶を入れて、簡素な焼き菓子を皿に盛って出した。
私の動きを眺めながらイライザさんは席に着き、口を開く。
「お話とはなんでしょう、ゲルダ先生」
緊張しているかのように、力がこもった声。
「もう面倒ごとは全部、確認しておこうと思ったんです」
本当に死ぬ前に。死なないために。
「面倒ごと、ですか?」
すっとぼけている場合ではない。どう打ち明けるのが無難だろう。
イライザさんの向かいに座り、一口お茶を飲む。南東の街へ向かえば、ティータイムを楽しめないどころか、イライザさんと話す機会がなくなってしまう。
深く息を吸って、切り出す。
「私は、本来は魔術師という“役割”ではないし、貴方も妖魔狩りを指揮する“役割”ではないはず、という話の確認です」
私たちが乙女ゲームの設定から逸脱している件を、やんわりと述べる。
イライザさんは、瞬きを繰り返す。そして呟く。
「……魔女。魔法使い」
「はい?」
この話の切り出し方は失敗だったかな、と思ったところで、彼女は私を真っ直ぐに見つめて言う。
「貴方は、最初から魔法使いが好きだったでしょう?」
「最初から?」
「最初に私と知り合ったときから。SNSで」
SNSで、知り合った?
ああ、いろいろすっ飛ばしてきちゃったな。
もう取り繕わなくていいのは把握した。
ゲーム内に輪廻する云々は、今の彼女にとって話の焦点ではなさそうだ。
「ごめんなさい、私は死ぬ前のことをあまり思い出せないの。死んだ原因も」
私の言葉に、目の前の彼女は堰を切ったように話し始める。
「貴方は、魔法使いが好きで、あの子は名探偵が好きで、私は乙女ゲームが好きだったけど、三人で知り合ったきっかけは、別のジャンルなの。主人公選択型の、ノベルゲーム」
……思い出せない。
彼女は、私たちが前世で知り合い同士だったと疑っていない。
そう判断した要素はどこに。
「三人で遊びに行ったの。私は二人と直接会うのはあれが初めてだったけど、貴方たち二人は何度か会ったことがあるって言ってた。ボードゲームとかやってたって。私もSNSで仲間に入れてもらうようになってしばらくして、一緒に聖地巡礼をしようって話になって……」
「聖地巡礼……」
旅行に行った、ような記憶はある。
ぼんやりする私に、彼女は言う。
「あちこち回ってホテルに泊まった後、私は二人に自分の好きなゲームの話を聞いてもらった。それから、あの子が、私たちを……」
「あの子?」
「あの子も、最初は私たちと一緒に行きたいって言ったけど、未成年だから泊りがけの旅行は諦めてもらった。……探偵好きな子が、あの子は危ないからリアルで会わない方がいいって言ったのもあって……」
繊細なガラス細工が崩れて、カケラだけ寄せ集めるのに似た感覚。
記憶を徐々に繋ぎ合わせ、彼女のことを思い出す。
顔と名前は思い出せないけど、楽しい旅だった。
列車で目的地まで向かう中、三人であのノベルゲームで題材にされた わらべ歌や数え唄を暗唱して。
目的の街に着いたら、三人で はしゃいであちこちに寄って写真を撮ったり、ゲーム内で登場した喫茶店に寄ったりして、最後は本屋に。
「私はRPGの設定資料集を買って、貴方は乙女ゲーの画集を買ってたっけ」
もう一人は、推理小説の新刊を。都会は発売日に本が本屋に並んでいいね、田舎は数日遅れだ なんて、お登りさん全開な会話をしたっけ。
イライザさんは声を震わせる。
吐き出すように言う。
「その後。私たちは、三人とも殺された」
……殺された?
記憶も実感もない。
あんなにも満ち足りた思い出の後に、酷い事件が起きるなんて。
彼女は話を続ける。
「三人一緒に仮想空間で殺されて、気づいたら私はイライザになっていた。しばらくは、この状況は私が一人で視ている夢だとも思った。けど、私とイライザは分離されないまま」
彼女は死んでからこの世界で記憶が戻るまで、一続きの時間感覚で、転生しているとは判断しなかったのか……。
憑依なのか転生なのかなんて、魂と肉体の結びつきを可視化する手段でもない限りは断定できないか。なら、私がゲルダリアとして受肉しているのかも、怪しい?
「……貴方は、私たちが殺されたことをずっと覚えていたの?」
「そう。三人で同じ目に遭わされたから、この世界に入り込んだのは私だけじゃないのかも、って考えはしたの。でも、一緒に殺された二人とこの世界で再会できるのかは分からなかったから、ひとまず私はイライザとしてやりたいように行動したの」
……死んだ直前の記憶は戻ってこないけど、三人で会話した内容は思い出せた。
この人は、キャラ全員が不幸を回避する手段を考えてるとか言ってたっけ。
私が本来のゲルダリアとは違う行動に出たせいで、ナクシャ王子は学院への入学を一度拒否されている。
私が呑気に魔術師として行動する間、彼女はどれだけ苦労したのだろう。
「この世界で目覚めてから、死んだ原因も状況も思い出せるのに、私たちが元の世界でどういう名前だったのかだけは思い出せなくて。相手が知り合いかどうか確認するには、好きだった物の話題を出すしか手段がないの」
確かに、自分の名前も二人の名前も思い出せない。
もう元の世界との繋がりが切れているからなのか、それとも他に理由があるのか。
イライザさんはティーカップを両手で押さえ、強張った顔つきで言う。
「もしこの世界で三人揃って再会できても、私だけしかこの世界に来る前のことを覚えていないなら意味はない。殺されたことを思い出させても苦しめるだけだから。でも……」
眉尻を下げ、私を見つめる。泣きそうな顔。
「同じ記憶を共有できる相手はほしい。私が知らないゲーム情報も」
そこからは、互いの過去話とゲームの内容の確認になった。
王立アストロジア学院という乙女ゲームは、元々はキラナヴェーダというRPGの初期構想で用意された設定を流用している。そのため、これらのゲームの舞台は同じ星の中にある。
そこまでは、私にも実感できたこと。問題は……。
「現段階で、RPGサイドと乙女ゲーサイドの登場キャラが入り混じってしまっているから、もうキラナヴェーダの内容どおりには展開しないと思う。舞燈の王の話を信じるなら、予定より数年早くラスボスと隠しボスが動き出しているの。北の大陸でも、南の国でも」
私の言葉に、彼女は考え込む。
そういえば、アストロジア王国の伝承に残る異界の王8人のうち半分がラスボスと隠しボスなら、残りの4人の役割は何だったんだろう。敵ではなさそうだけど。
没設定かな。そうならそうで、設定資料集に載っていても良さそうだけど……。
ああ、キラナヴェーダ2の設定資料集は、読めていないのか。買った日に私は殺されているから。そう考えると凄く悔しい。
今更、私たちを殺した相手をどうこうできないから余計に。
イライザさんは、力を込めて不安に耐えるかのように問う。
「どうすればいい? 解決策はあるの?」
「ラスボスを倒せる武器を見つけるか作るかしないとなんだけど、素材が特殊で入手が難しいから、これから南東の街で確保できないか賭けているの」
「イライザである私に、できることはある?」
「ナクシャ王子が真っ当な王様になるように、発破かけてもらえるかな……。これから私が南東の街で会う予定の人は、おそらくRPG側のキャラなんだけど、為政者が無能だと判断したら、躊躇わずに殺すタイプのキャラだから」
これが現段階で一番重要かもしれない。
「う……分かった、頑張ってみる……」
実際にミルディンに会うまで、どんな考えをしているかは分からない。若い今の方が、ゲーム中より過激な思考をしている可能性がある。
「もし南東の街で素材が手に入らなかったら、直接ラスダンまで行って武器を拾って殴りに行くしか、解決策がないっぽいんだ……」
「元のゲームの主人公たちは?」
「今の時間軸じゃまだ、故郷を離れる理由がない子と、軍学校で指導されてる立場の子だから、すぐにラスボス討伐を目指してもらうのは無理かな」
イライザさんは一呼吸置いて言う。
「ガーティたちを捕まえようとした変態を退治した今なら、敵は少ないんじゃないの?」
「そこはかなり大きいけど、まだ倒さないとまずい変態は残ってるんだよね……」
「えっ、アレ以外にもいるの?」
残念ながら、変態はあれだけではない。
ゲームファンから、キラナヴェーダ三大変態とか呼ばれた一角がまだ残っている。
「妖精を騙してる詐欺師のケリーが面倒くさいかな」
「詐欺師?」
「いたずら妖精のカイを連れ回してる魔術師がいるの。あの詐欺師は生け贄役の女の子に執着してて気持ち悪いんだよね」
ツユースカが北の大陸にいるうちは、こっちにやって来ないだろうけど。
「RPGってなんでそんなに変態が多いの?」
「いや、ゲームによるとしか……」
乙女ゲームだって主人公がストーカー被害に遭うこと結構あるよね?
三大変態のあとの一人は黒幕だったモルスだけど、トレマイドの言うことが本当なら、もう殺されているんだろう。
あと、味方なのに出会い方が酷い戦闘狂とかいるし。あの侍は、下手したら敵になりかねない。
イライザさんは考え込みつつ言う。
「話してくれてありがと。貴方は、これから先のことを知った上でちゃんと対策を考えてくれているんだ。私にできることがあれば、これからも協力するから」
「うん、こっちこそありがとう」
彼女はほっとしたように微笑んだ。
「……貴方は、ゲルダリアとして馴染んでるね。もともと相性が良かったんだと思う」
そう言われるのは、意外だった。
「そう、なの? 私は、王立アストロジア学院の内容は大雑把にしか把握していないから、結局ゲルダリアがどういうキャラだったのか、正確には知らなくて」
私の反応に、彼女は苦笑する。
「もしかして、タリスのルートについてはゲームの序盤までしか知らない?」
「うん」
「なら、詳細は言わない方がいいかな。ただ、本来のゲルダリアは、優しい子だから」
……どういうことだろう。暴走ブラコン姉さんじゃないのか。
困惑する私とは違い、彼女は静かに笑うだけ。
さて。ここまで判明したなら、あと必要な確認は。
同じことを考えたのか、イライザさんが口にする。
「私たちと一緒に死んだかもしれない、もう一人のあの子の行方はどこだろう。この世界に来たのが私だけじゃなくて、貴方も同じだったなら、三人ともこの世界にいて不思議はないよね」
あの子だけ助かって、元の世界に残っている可能性も無くはないけど……。
「本来とは違う展開が起きているキャラで極端なのは、ノイアちゃんとソラリスかな」
「……ソラリス?」
ああそうか、彼女はソラリスの身の上を聞いていない。
「ソラリスは本来はラスターだったんだけど、最初の暗殺任務に失敗して商人に引き取られて、その後に魔術属性が変わって別人みたいになってるんだ」
「そんなことが……。探してもラスターだけ居ないはずだわ……何周目だとかは関係なかったんだ」
「そこは分からないけど……」
この世界がどこまでゲームシステムと連動しているかなんて、調べる手段はない。
考え込むイライザさんに、前から気になっていたことを打ち明ける。
「ノイアちゃんは、姿と名前が変わった今の私と、タリスが姉弟だと知っていた。その理由を本人に聞きそびれていたんだけど、ノイアちゃんがもしあの子だったら、ゲームの内容は軽く知っているから、不思議はないかなって」
ゲームのコミュニティで知り合って、何度か一緒に遊んだあの子。
ダイス運が極端で、どんなシステムのTRPGで遊んでも、物語に翻弄される主人公っぽさがあった。役割を演じることも上手い。
攻略対象に対して消極的な理由も、あの子なら納得できる。
「……言われてみると、あの子も普段から敬語だったね。ノイアと類似点が多い」
ここで彼女と話せば話すほど、後悔が募る。
「こんなことなら、学院にいるうちに打ち明けておけば良かった。私は死ぬ直前の記憶がないから、この世界をゲームの中だと知る人が友人である可能性は考えてなかった」
自分と同じ立場の人に出会ったら、ゲームシナリオを破壊したことで糾弾される可能性を心配していた。
乙女ゲームのファンにとって、ゲルダリアがディーと関わることは許せないかもしれないなんて不安がっていた。
そのためらいのせいで、今更こうやって落ち込んでいる。
「それは、もう仕方ないと思う」
イライザさんはティーカップに視線を落とす。
「私だって、もっと早く貴方と話をしたかったけど、うまく機会が作れなかったから」
「……学院で、三人一緒にいたのに」
「ノイアがあの子だと、私が気付けなかったのもあるし。ここがゲームの世界だなんて説明して狂人扱いされても困るでしょ」
「そう思ったのが原因で、今まですれ違ってきたのが悔しい……」
私の表情に、イライザさんはふっと息を吐いて言う。
「きっと、学院にいるうちに情報共有ができていても、問題ごとが山積みなのは変わらないから、どのみち結果は今と同じだったかも」
「そうだね……」
突然、思い出したようにイライザさんは手を叩く。
「そうだ、大事なことを話しておかないと」
彼女は真剣な表情に戻って言う。
「もしディーが月蝕の術を使うことになったら、貴方に止めてほしいの」