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幕間34/生け贄を捧げる国

 従者達は、僕とお父様を馬車の側に残し、調査を開始する。

 僕も姉さんから調査に使えそうな魔術は教わっているけど、しゃしゃり出て邪魔するわけにもいかない。ある程度は本職に任せ、護身のため警戒しておく。

 しばらくして、路地から右手方向へ逸れた草むらに、木箱が四つ転がっているのが見つかった。どれも内側から外へ向かって弾けたかのように妙な壊れ方をしている。

 それを魔術で調べた護衛たちは顔をしかめ、何かを相談しあう。

 離れた場所で待つ僕とお父様に、執事経由で調査報告が届く。

「現在は全て中身が空になっていますが、刻印を使い魔術で封じた形跡があるそうです」

「そのような魔術があるのですね」

 僕の言葉に、執事は不安げに答える。

「通常は積荷に刻印魔術を使う機会はないようです。封じが必要なものを入れていたにしては、周囲に中身らしき物が見当たらないので、彼らは警戒を続けています」

「魔術をかけられた状態で運ばれる物なんて、冷凍された食物か保護が必要な壊れ物くらいでしたね」

 僕の確認に、お父様もうなずいた。

「刻印の形状はどのような物なんだ?」

 お父様の問いかけに、執事は表情を曇らせたまま答える。

「箱ごと壊れているため、円状の図形が描かれている以外は分からないようです」

 推測するには情報が足りない。とはいえ、不審物が運ばれていたのは確かだろう。

 やがて、更に東に進んだ先で、怯えたように震える馬が発見された。

 湖のほとりでぐるぐると歩きまわっていたらしい。

 この地域は昔は山だったけど、アーノルド王子の魔術でえぐり取られ、山は消えてしまった。くぼんだ地盤は長年かけて水を溜め 湖として再生し、今ではロロノミア家の管理地になっている。

 湖の対岸に、保養地としての施設があったはず。

 馬を保護した護衛たちによると、蹄鉄を落としたのはこの発見された馬で、地面にはそれ以外の馬の足跡も残っているという。そして、その足跡は、湖畔の館に向かっているようだとも。

 報告を受けたお父様の判断は早かった。

 救援の狼煙を受けてやってくるであろう騎士団への伝言は使い魔に任せ、このまま全員で湖畔の館へ向かう。馬たちも置いては行けないから同行させることが決まった。


 混乱していた馬を落ち着かせて蹄鉄を付け直し、一人の護衛が単騎で先行する。僕たちは再度 馬車に乗り込んで、その後から舗装された道を行く。

 車内でお父様に問いかける。

「よろしいのですか? ロロノミア家の管理する地区で起きたことに踏み込んでも」

「事件性がないと言い切れない以上、放っておけないだろう」

「これが事件であるなら、何者かが危険物の輸送や密売をしているのでしょうね」

 昨今の情勢を考えるまでもなく、王族へ向けられる不当な悪意は珍しいものではない。

「危機物が我が家に贈られない保証がない以上は、あれが何であるのか把握しておきたい」

 お父様がそう懸念するのも仕方ない。悪意に晒される可能性があるのは王族に限らないし、我が家に危険物を贈られて真っ先に被害に遭うのは、館で働く者たちかもしれないのだ。

 内側から外側へ向かって壊れた木箱。燃えた形跡は無いようだから、火薬が入っていたわけではないのだろう。なら、空気の膨張を利用した爆発物か。

 けれど、それにより被害を受けた人や物の痕跡は残っていなかった。うまく逃げたということだろうか。見つかった馬も、怪我はなかった。

 何であれ、僕がすべきはお父様と自分の身を守ること。

 ただ、どの魔術を使うかが問題だ。僕の技量では複数の魔術を同時に発動させられない。



 先行する護衛が、後続の馬車に停車の合図を送る。

 前方で異常を見つけたようだ。

 車窓から視覚強化の術で様子を窺う。

 館を目前にして、黒い靄のような物が揺らめいている。僕がそう確認できた段階で、こちらの馬車にいる護衛が先行する護衛と合流し、靄へ魔術攻撃を始めた。

「あれは妖魔ですね」

 離れた距離にいても、あのまとわりつくような不快さは感じられた。

 お父様は状況をある程度 察し、嘆息する。

「導きの王による儀式が半日早ければ、ことが起きる前に解決したのだろうが」

 始祖王の加護が十全であれば、この国で異形種は存在できない。

 護衛たちが妖魔を燃やすのを見届けながら、お父様は言う。

「封じの刻印を使って木箱に入れられていたのは、おそらくあれだろう」

「妖魔を輸送しようとした者がいると?」

「輸送が目的とは断定できないが、木箱が壊れた場に居合わせた者が妖魔に追われ、あの館に逃げ込んだのだろう」

「あの館は今の時期は関係者以外に開かれていないのですよね?」

「ああ。おそらくロロノミア家の関係者がここへ向かう道中で襲われたのだろう」

 館の側で馬が二匹怯えて震えている。妖魔は人を狙うから、馬だけは無事のようだ。

「数が合いません。今彼らが退治しているのは二体。木箱は四つ。館へ逃げ込んでも妖魔を振り切れていないのでは」

 思わず車外に出ようとした僕を、お父様は腕を強く掴んで引き止めた。

「だからと言って、タリス。お前が出る必要はない」

 ……今まで、お父様がこうも強引な行動に出たことはない。

「何故ですか。妖魔退治であれば、僕だって可能です」

 我が子を危機に晒したくないにしても、極端な反応だ。

「先程の話も関係しているんだ、タリス」

「どれのことですか」

「始祖王以前の時代の話だ」

 お父様は、悲壮な表情で告げる。


「古い時代の我が家は、贄を差し出す役割を課せられていた」


 ……贄?

 唐突なその話に、呆気にとられる。

 黙ってしまった僕に、お父様は更に言う。

「贄役に選ばれたのは、異形種を引き寄せやすい体質に起因している。だからタリス。お前は、あれらを過剰に招きよせてしまう」


 だから、夏に。


『贄の鳥』


 あの言葉は、そういう意味か。

 そうなのであれば。

「なおさらです。僕が囮になれば、妖魔の意識を反らせるかもしれません」

 始祖王の加護が修復されて異形が消滅するのと、妖魔に憑かれた人間が力尽きることの、どちらが先かなんて考えている場合ではない。

 姉さんから届いた白い陶器のお守りを、お父様に差し出す。

「……これは?」

「姉さんからのお守りです」

 その言葉に、お父様は僕の腕から手を離し、それを受け取る。

「お父様はここに居てください。僕は護衛たちとあの館へ向かいます」

 それだけ言って小箱を抱え、車外へ飛び出す。

「タリス!」

 後続の馬車には、戦闘力が高いくせにそれを隠している執事が二人いるから、お父様の安全確保はどうにかなるだろう。


 僕が馬車から離れたことで、消滅寸前の妖魔たちがこちらに反応した。

 己の身が朽ちていくにもかかわらず、妖魔は僕を目指して動こうとする。

 まるで火の中へ飛び込む虫のような様で、哀れさを覚えた。

 鈍く動きながら、黒い靄は散り散りに消えていく。


 たどり着いた館には鍵がかかっていない。

 護衛二人も僕を連れて中へ入るのをためらうけれど、時間がないと言って押し切った。

 探知の魔術で人の気配を探る。上階に反応があったので、入ってすぐの広間から階段を上がる。

 上階へ逃げ続けては最終的に追い詰められてしまうけれど、ここに来た誰かは、そう気付けるほどの余裕がないようだ。追う側は妖魔だけだろうか。

 僕が一歩一歩階段を上がる度に、上階からのざわめきが大きくなる。

 どうやら妖魔が僕に気付いたようだ。

 程なくして、階段を上がりきる先、三階の廊下に妖魔が姿を現した。目と口の数が一つづつ。なら、大した強さではないし知能も低い。でも一匹だけ。もう一匹はどこだ。

 知能が高い妖魔は、僕がやってきたところで標的を変えはしないか……。

「先を急ぎたいのですが、あれの側は通り抜けられますか」

 僕の無茶な質問に、護衛は即座に返す。

「奥にいる強力な妖魔を倒す前に、目の前のモノを確実に仕留める方が安全です」

 挟撃を警戒しているのか。

「僕が雑魚の相手をするので、貴方たちはその間に強力な魔術の準備をお願いします」

 その判断に護衛たちはうなずいた。立ち位置こそ僕の前に出たままだけど。

 姉さんから渡された小箱を握り、深く息を吸って意識を集中。

 風の術は斜めに走って妖魔の目を切り裂き、そのまま相手を分解するように渦を描いて吹き抜けた。

 金属を軋ませるような悲鳴が上がるのを無視し、三人でその横を通り過ぎる。

「最後の妖魔反応は最奥の左手側からです」

 説明する護衛は走りながら剣を構え、もう一人は退魔の術がようやく完成する。

「我々はこのまま突撃しますが、タリス様は状況が確認できるまで入室を控えてください」

「はい」


 躊躇わずに扉を開け、護衛二人は中へ駆け込む。

 二人が妖魔を確認し術を発動するまでは一瞬だった。

 白い閃光が妖魔を二重に覆い、悲鳴と金属の焼き焦げる臭いが辺りに満ちる。

 どうやらここは執務室のようで、部屋の両側に本棚があり、正面奥に掃き出し窓を背にした作業机がある。机の上では、魔術結界が張られている。

 妖魔はその結界を越えられずにいたようだ。

 そして、机の向こう側に、結界を張ったのであろう人達の姿があった。

 ロロノミア家の姫二人。姉妹であるクラレット様とフラン様だ。二人は乗馬服姿で、護衛や従者を連れていないようだ。

 フラン様は刺突剣を手にして様子を窺っていて、その背後でクラレット様が震えながらフラン様にしがみついている。

 我が家の護衛二人は、妖魔を消滅させて周囲を確認した後、姫二人に問いかける。

「こちらが見つけた馬は三頭。乗り手の数が、合わないようですが?」

 妖魔入りの木箱を積んでいたであろう、馬の乗り手。

 思わず僕はやってきた廊下を見回した。でも、不審なモノは見当たらない。

 姫たちを警戒する護衛の態度に、フラン様はようやく結界を解いて口を開く。

「主を守る職務に忠実な方々が、我々の言葉を信じてくださるかはわかりませんが。それ(・・)は人と妖魔の混成体だったので、こちらで退治しました。私の想定が甘いせいで、完全に妖魔を退治しきれず、無関係な方々を巻き込む結果となってしまいましたが」

 ……妖魔憑きに、正しい状況認識は行えない。僕が身をもって経験したことだ。

 慌てて駆けて隣の部屋へ行き、窓を開ける。外に待機しているお父様たちの様子を確認するけれど、異常はないようだ。なら、今の言葉は信じてもいいだろう。


 護衛二人は、衰弱しているクラレット様を寝台のある部屋へ運び、僕とフラン様はその後に続く。

「何が起きたか、聞かせてもらってもかまいませんか?」

 僕の問いに、フラン様は素直にうなずいた。

「話せば長くなりますけど、要約すれば、お姉様と私が功を焦ったせいで、妖魔を従える組織に利用されてしまったのです」

 アストロジアの第一王子との婚姻が王族外の女性に決まって以後、クラレット様とフラン様は、必死だったのだという。

「私たちにとって、シルヴァスタのシシーリア様が妹と従兄弟に占術の能力で負けて荒れていることは、他人ごとではなかった。お姉様と私も何か実績を上げなくては、ロロノミア家の爪弾き者とされてしまいかねない。その焦燥感に追われながら管理地の帳簿をつけていた中で、お姉様は不審な積荷の輸送記録を見つけました。今思えば、それ自体が罠だったのですけれど」

 クラレット様は、フラン様以外に誰かを頼ることができず、それはフラン様も同じだった。そのため、管理地へ出入りする輸送業者の不正を暴く計画も、二人で立てたのだとか。

「おそらく、お姉様はあの段階で妖魔に憑かれていたのでしょう。視野が狭まっていることに、私は気付けずにいた。二人なら事件を解決して、王族という立場に恥じない仕事ができると思い上がって……」

 彼女たちが馬に乗って積荷を追ううちに、人に化けていた妖魔は正体を現した。

 途中から追う側と追われる側が逆転し、彼女たちはこの保養地へ逃げ込んだ。

 そうして追い詰められつつも、フラン様の魔術で、人と妖魔の混成生物は退治した。

「屋内で行動が制限されるのは人型の妖魔も同じですから、狭い通路で一対一で向かい合えばどうにかなりました。それでも、妖魔に憑かれて弱るお姉様を連れてはそれ以上戦えない。そのため、後は始祖王の加護が修復される夕暮れまで、結界に閉じこもって粘るつもりでした」


 そこまで聞いたところで、この館に来る前に呼んでおいた騎士団がやっと到着し、外が賑やかになる。

「では、ここに踏み込んだ我々は、余計なことをしてしまいましたね。申し訳ありません」

 彼女たちが導きの王の戴冠を知った上で行動に移したなら、多少無謀でも勝機はあったのだ。

 僕の謝罪に、フラン様は首を横に振る。

「いいえ。どのみち無理があったのです。初めから、家人に適切な知恵を借りるなり協力を仰ぐなりできていれば、もっとうまく解決したはず。私も、お姉様も、家人に対して疑心暗鬼になり過ぎて、正常な判断力を失くしていました」

 それについては、彼女たちが置かれた状況にも原因があるだろう。今のロロノミア家は、身内に対して厳しすぎる。



 後始末は騎士団やロロノミア家に任せ、僕と護衛二人はお父様の元へ戻る。

 顛末を説明し、お父様は眉を寄せた。

「妖魔の輸送を行った元締めについてはこれから調査が必要か……」

「その件も問題ですが、ひとまずは我が家で待たせたままの客人に会いましょう」

 我が家へ戻るまでの間に、お父様から古い時代の話を聞いた。

 そして、お父様は泣くようにしてぼやく。

「我が家の人間は異形種に狙われやすいのだから、ゲルダリアをジャータカ王国には送らないでくれと、ロロノミア家に懇願したのだが……聞き入れられなかった」

「どうせ、集団行動が前提の作戦なのだから、姉さん一人だけが危険な目に遭うわけではないし、一人だけ被害に遭うなら、それは作戦を無視して行動するような無能だとでも言われたのでしょう?」

「ああ、その通りだよ……」

「きっと、姉さんは妖魔程度で危機に陥ったりはしませんよ。個人でどうにかしきれないことだけ、支えが必要です」

 僕の言葉に、お父様は俯いた。

「そう、だな……私は、過保護すぎると言われた」

 そこについては、否定しづらい。


 我が家へ着く頃には、日が傾いていた。

 僕とお父様が客間へ着き、客人である貴族や連れの妖精猫たちと顔合わせを済ませたところで、例の時間になった。

 王城のある北の方角から金色の光が駆け抜け、国中を覆っていく。

 導きの王による、始祖王の加護の再生だ。

 窓の外から差し込むまぶしい光。

 これでしばらくは、この国が異形に悩まされることはない。そう安堵したところで、妖精猫たちが騒ぎ出す。


「酷いな」

「酷い魔術だ」


 急に機嫌が悪くなった妖精猫に、ルジェロが慌ててなだめるように言う。

「急にどうしたんだい、スシュルタもイージウムも」


「だって、酷いぞ この魔術」

「使い手が魂を燃やしている」


 ……魂を、燃やす?

 疑問に思う間にも、妖精猫たちは怒ったように続ける。


「この国は、王様を犠牲にするのか」

「邪神に生け贄を捧げた次は、王様を殺すのか」

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