発見、死亡フラグ!
シェアワールド
薬と爆弾を作り、魔術も鍛えて、魔獣を退治。そのサイクルを繰り返してきた。
好奇心でジョンさんとヴェルヴェディノの武器作りの手伝いもした。
作物を傷つけずに害虫だけ退治する魔術も完成したので、研究発表の場で公開した。
秘めの庭にいるみんなの知恵を借りて、薬と武器との量産がうまくいくようになった。
その結果、王国の偉い人たちがそれを活かして、農村の疫病感染率を下げたり土地の開拓に成功したりしたらしい。
そのことで、王国からの感謝の品が私にも送られてきたことには驚いた。
でも、悪い気分ではない。
みんなの研究だけじゃなく、私の研究も役に立っている。
良い傾向だ。
この調子でここの生活を続けていけば、私のせいで爵位剥奪される公爵家は存在しなくなるだろう。
ついでに不幸なことも減らせたら。そう思うのは都合よすぎかな。
ここにいる人達は、年齢や出身を気にせずに私を迎えてくれたのだ。これからも貢献することで恩を返したい。
最近、成長期なのかヴェルヴェディノの身長が伸びるのが速い。
急激に成長するためか、全身の関節が痛いらしくて、ここのところのヴェルヴェディノはしかめっつらをしていることが多い。ぐったりしているようにも見える。
エルドル教授の講義の後、隣の席のヴェルヴェディノを見ると、案の定 疲れた顔をしていた。
みんなが講義室から次々と去っていく中で、ヴェルヴェディノは立とうともしない。
私は思わず声をかける。
「大丈夫? 成長痛にも効く薬が作れたらいいんだけど」
今のところ、そんな薬の開発はできていない。
私が心配して言うと、ヴェルヴェディノは首を横に振る。そして、かすれた声で返事をする。
「これは一過性のもので心配要らないって、ジョンさんが言ってたから。大丈夫だよ」
「そう? でも、何かあったら言ってね。最近は良い食材が届くから、おやつぐらいなら作って持ってこられるもの。いっぱい食べて眠れば嫌なこととか忘れると思うから」
「……ありがとうゲルダリア」
どうにもそっけない。
具合が悪い相手に無理に声をかけても迷惑かもしれないので、私は自分の研究室に戻る。
消化によくて栄養もあって、更に持ち運びのしやすい食べ物について、ラーラさんに相談してみようかな。
気付けば、この施設に来てからもう4年も経っている。
その間に、私の身長も伸びて順調に成長したと言える。
けど、ヴェルヴェディノに身長を抜かされることになるとは。
前世での私の従兄弟もそうだったけど。いつの間にか長身になっていて、子供の頃の面影は全く無い状態に育っていた。
何だか残念だ。
弟のタリスも、今頃は背が伸びて苦しんだりしているんだろうか。
前世の友人が好きだったゲーム。
あの世界のタリスは、主人公であるノイアちゃんよりも背が高かったようだけど。
あのキャラ絵を思い出す限りだと、タリスは子供っぽさが残ったまま成長するみたいだ。
元気にしているだろうか。
タリスだけでなく、両親や、屋敷で働くみんなも。
この施設に来た時に着ていた服はもう着られなくなったけど、今でもあのふかふかの毛布は大事に使っている。
ここに来てから、家族に手紙を書いてもいいのかどうか迷って、結局止めていた。
家名を捨てると宣言してしまった以上、半端者が公爵家とつながっていては、家のみんなが変に噂されかねない。
長女がいなくなってしまった件を、お父様は対外的にどう説明していたのだろうか。
家を出てから魔術師としての日常を楽しんではいるけど、そこはずっと心配している。
魔術の研究をしながら、一部順調じゃない分野があることを思い出す。
私の風の魔術は、回復と防御に特化していて、どうも攻撃向きではないらしい。
いじめっこゲソちゃんなのに、攻撃魔術が苦手なんてどういうこと。
納得いかなくて教授に相談したら、それは私の心の問題ではないかと言われた。
私がそんなに攻撃向きの性格をしていないのではないかと。
そんな馬鹿な。
調合素材欲しさに延々と魔獣を狩り続ける自信があるのに。
そう言うと、教授は、
「君のそれは、他人のためにやっていることだからでしょうね」
なんて過大評価なことを言う。
確かに、最初はテトラやラーラさんのために薬を作ろうと思ったし、ヴェルヴェディノやジョンさんに会ったとき、魔獣のせいで悲しい思いをする人達のために強い武器が必要だとも思ったけど。
私は元々、素材集めが趣味だ。
前世でも散々そういうゲームで遊んで、容赦無くモンスターは退治してきた。
だから、私の素材狩りの執念がもっと攻撃魔術の威力として発揮されてもいいのに。
裏庭の隅で、風の攻撃魔術の訓練をする。
余計な雑草を刈る訓練として風の魔術を使うと、このときはしっかりザックリと切りつけることができる。
でも、魔獣相手だとうまくいかない。
貧乏性が過ぎて、素材を痛めないように無意識に配慮しているのかも。
無理矢理に何でもかんでも使いまわそうというモッタイナイ精神のせいかもしれない。
刈った雑草を風で吹き飛ばして麻袋に詰めて、あとで燻すために畑の隅の倉庫に入れる。
そんなことをしていると、テトラがやって来た。
「ゲルダリア、今日はもう畑仕事は終わり?」
ラーラさん譲りのふわふわした赤毛を揺らし、テトラは資料本を見せる。
「今日の教授の説明が難しくてよく分からなかったから、ゲルダリアの時間さえよければ、教えてほしいことがあるんだ」
栄養剤とか、ジョンさんが狩りで持って帰ってくるお肉のおかげで、テトラは健康的に育った。
今となっては、ラーラさんが心配して落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「今からでも大丈夫よ」
そう答えて、テトラと二人で畑の隅のベンチに座って本を開く。
テトラの疑問に答え終えたところで、テトラがこちらをじっと見ていることに気付く。
「もしかして、分かりにくかった?」
エルドル教授の説明でも分かりにくいことを、私が説明してもうまく理解できないかもしれない。
そう思ったけど、テトラはそれを無視して言う。
「……最近、ゲルダリアとヴェルヴェディノは、仲悪いの?」
唐突だ。何だってまたそんなことを。
「そういうことはないと思うけど。ヴェルヴェディノの具合が良くないだけで」
急激に身長が伸びる痛みというのは、私には想像しても理解が及ばない。
ただ、体中が日常的に痛いのでは、他人に愛想よくするだけの余裕もないんじゃないかと思う。
私の言葉が何故か不服だったようで、テトラはむくれた。
「ゲルダリアは、具合の悪い人を放っておけないもんね」
それはそうだ。人としてというよりは、前世のときから、体の弱い妹の相手をしてきたから。
そのときからずっと、私は体の弱い人や、具合を悪くしている人を放っておけないみたいだ。
テトラは本を抱えると立ち上がる。そして。
「説明ありがとうゲルダリア。分からないことがあったら、また教えてくれると嬉しいな」
ぶっきらぼうにそれだけ言って、去っていく。
どうしたんだろう。
私は何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。
それとも、テトラも反抗期なんだろうか?
私の二つ歳下だし、そんな時期かもしれない。
テトラはこの施設で魔術の勉強をするようになってから、歳が近い私やヴェルヴェディノによく声をかけてくれた。
本人にとっては魔術の勉強のために話しやすい相手を探していただけだろうけど。
そろそろ、会話相手が私やヴェルヴェディノだけでは不満なのかもしれない。
反抗期がやってきたなら、大人なんてみんな汚えぜ、とか、この世界で信用できるのは自分だけだ、とか考え出す頃かもしれないし。
ヴェルヴェディノの具合の悪さを、かまってほしさに演技しているだけだと勘違いしている可能性もある。
もしそうなら、そこは数年後に本人も体験することだろうから放っておいてもいいかな。
なんて考えながら、去っていくテトラをぼんやりと見送る。
そして、あの赤いふわふわした髪に黒いローブの格好をどこかで見たのを思い出す。
確か、あれはもっと大人だった。でも、成長してきて、顔立ちと目つきがよく似てきた。
赤い髪の、テトラと名乗る魔術師。
どこで見たんだろう。
前世のことを思い出そうとして、ぼんやりする。
私がよく遊んだのは、RPG。
この乙女ゲームの世界である『王立アストロジア学院』と同じ制作会社が出したRPGに、そんな名前のキャラが、居た。
そうだ。
プレイヤーの心をバキベキへし折っていくシリアスどころかダークファンタジーの域なRPG。
キラナヴェーダという名前の鬱ゲー。
そのゲームで、主人公君が序盤で出会うのだ。
その舞台の世界は、イシャエヴァという王国。
海を越えた南に隣国ジャータカがある。温暖な気候の、南国。
テトラという魔術師は、ジャータカ王国を経由してイシャエヴァへやってきた、と言っていた。
主人公の少年は、自分の先祖が住んでいた郷へ向かう途中、港街で財布を落とす。
そこで、行商目的で訪れたテトラという赤髪の魔術師に助けられて、宿代を借りる。
街で日雇いの仕事を受けた主人公君が、テトラにお金を返そうと相手を探すと。
別行動している間にテトラは、街を襲いに来た魔術師が操るモンスターに負けて、主人公君が戻ってきたときには既に食べられてしまっていた……。
食べ……られ……て……。
何で殺した! 言え!
それ以外に言いようがないし、実際に主人公君が似たような台詞を叫んだ気がする。
「て、テトラァアアァアアアァァアア!」
我慢できずに私も叫ぶ。
数年後にテトラが他の国に旅立ちたいとか言い出したりしたら、死亡フラグが待っている可能性がある。
世界観を社内で使いまわすゲーム会社があるらしい。
スピンオフとかシェアワールドとか言うと聞こえはいいけど。
いや、いや、それこそ偶然かもしれない。
いくら乙女ゲーの世界と鬱系RPGの世界をシェアするゲーム会社があったところで、今私がいるこの世界と重なるなんてことは……。
そうだ、この国の魔術師の考える魔術の属性相関と、あのRPGの世界の属性相関は違うのだ。
急いで書庫に行く。
そして、世界地図を取り出す。
アストロジア王国のはるか東に、ジャータカ王国がある。
ジャータカ王国の周囲は海。海を越えた北に……。
あった。あの鬱系RPGの舞台の国名が。イシャエヴァ王国。
その国に関する情報も書庫で探すと、あの鬱ゲーの中で見た交易の品が載っている。
硝子でできた瓶や壷に杯。それがあの国で作られる有名な品で、諸外国に高く売られている。
硝子作りに適した砂は、この国では取れない。爆弾にはなるけど。
ゲーム中でテトラは、交易品の市場調査に来たのだと言っていた。仕える貴族が欲しがるからと。
誰だその貴族は……。
そこまで詳しい話は出てこなかったけど、命じた貴族がいるなら止めさせたい。
……我が家の誰かじゃないだろうな……。
どうしよう。
あのゲームと違う点は、魔術の属性相関だけ。
もしかしたら、地域ごとに違う魔術体系があるのかもしれないし、あるいはこれから魔術の研究が進んで、最終的に魔術の属性相関があの鬱ゲーの中のもので統一されるのかもしれない。
あと、魔獣は私が暮らすこの国では、自然発生の産物だと思っている。何故か突然に湧いて出るのだと。
でも、あの鬱ゲー世界によると、そうではない。
通常の生き物を捕まえて、魔術でおかしくして異変を起こして産みだしている。
鬱ゲー世界の主人公君は、最終的にそのモンスター製造者を古代文明の遺産の剣で倒すという話だった。
北の極点にある、翡翠のような魔法石で作られた古代の遺跡。
主人公君がそこで超古代魔法をぶっ放したことで、ラスダンは当然のように崩壊する。
そして流れる、悲しげなBGMとスタッフロール。
そこに至るまでの間に、何人ものモブや仲間が犠牲になった。
死亡フラグを折れない仲間が数人いる。
あんまりだ。
プレイヤーの私も主人公君と一緒になって泣いていた。
ラスダンである遺跡から出たところで、青い海を背景にして待っていたヒロインちゃんに癒されるというエンディング。
ヒロインちゃんも無事で良かったよね。
もっと酷いゲームだとヒロインちゃんも主人公君も助からないまま世界は平和になるという終わりを迎えるから。更に酷いゲームだと誰も助からない。
キラナヴェーダの結末を思い出してうっかり泣いていると、声をかけられた。
「……どうしたの、ゲルダリア。交易の本を読んで泣くとか、何があったの……」
とても困惑している。
そりゃそうだ。
顔を上げると、ヴェルヴェディノがいた。声変わりのせいで誰だか分からなかった。
何から話せばいいものか。
とりあえず、落ち着かないと。
ぽつぽつと、話す。
私自身が情報を整理するためにも。
「ときどき、変な夢を視るんだけど、どうもそれが、未来のことみたいで」
やっぱりそんな嘘をつくところから始まる。
「テトラが、貴族の誰かに頼まれて交易品の市場調査に行くんだけど、そこで魔獣に襲われて、帰ってこないの。どうせ夢だと思いたかったんだけど。一応、夢の中で見た交易品について調べていたの。そしたら、夢で視たこれがそのまま載ってたから」
まだ確証が足りないから、それだけしか言わないほうがよさそう。
この世界の魔獣が人為的に生まれている可能性は、私が明かすことじゃない。それは鬱ゲー主人公君の役目だ。
ひとまずは、テトラの死亡フラグを折りたい。
でも、あまり余計なことを言ってかまうと、反抗期のテトラには逃げられてしまうかも。
どうしよう。
そう考えていると、静かに話を聞いてくれたヴェルヴェディノは真剣な顔で言う。
「……未来を視るのは、元々シルヴァスタ家が得意とすること」
「そうなの?」
「うん。王族御三家のシルヴァスタは、占いなどで未来を予見して国を導くのが役目。本来は王族と国全体のために使われる力だけど……」
ヴェルヴェディノの言わんとすることがなんとなく分かった。
魔術の研究で良い成果を出せば、王国の偉い人から、要望を聞いてもらえることがある。
シルヴァスタの人に正確な未来予知をお願いできる、かもしれない。
「……頑張って、研究する……シルヴァスタの人に、テトラの未来を占ってもらえるように」
流石にテトラも、占いが得意な王族から『お前死ぬんじゃね?』って言われたら素直に話を受け入れるだろうし。
私が慌ててテトラに余計なことを言うよりは、効果があるだろう。
ヴェルヴェディノはいつも私の話をちゃんと聞いてくれる。そして、
「僕も、協力するよ」
今回もそんな気遣いをしてくれた。
「でも、まだ体が痛むんじゃ……」
「もう落ち着いてきたから、平気だよ」
平気そうには見えなかったけど、あまり心配しすぎてもヴェルヴェディノに悪いかもしれない。
「……そう? なら……」
様子をみながら、協力してもらうことにした。
私は前よりも高度な薬と爆弾の開発研究。
ヴェルヴェディノは、討伐が難しい魔獣を退治可能な武器の研究。
それを互いに協力しあいながら根気よく続けて、一年後には、王族の使いの人達から頑張りを認めてもらえた。
私とヴェルヴェディノは、予定していた通り、シルヴァスタ家の占いを私的にお願いできないかと頼んだ。
私的な要求を王族に届けるのは不敬だと怒られる可能性も考えていたけど、偉い人達は一応シルヴァスタ家の王族にかけあってくれるらしい。
数日して、王都から手紙が届く。
シルヴァスタの家の、シャニア姫が私達の望む未来を占ってくれるそう。
姫には事前に、テトラという名の魔術師の未来を視てほしいとは伝えてあるけど、本人へは、テトラが死ぬかどうかの未来を確認しに行くんだとは言えなかったので。
テトラには、私達三人が魔術師としてどういう未来を迎えるのかを姫に聞きに行くのだと伝えた。
するとテトラは面白がった。
「占い? それも、魔術の一種なんだよね? 行く! 聞きにいく! 王族の魔術、見たい!」
好奇心をむき出しに言うテトラ。
きっと、私とヴェルヴェディノが姫に占いを頼んだのも、魔術研究の一環からだと思っているのだろう。
ちょっと罪悪感。
でも、私の心配が杞憂で終わる可能性もある。
後はシャニア姫に面会しても失礼のないようにする準備だけ。みすぼらしくない格好をして、いつもの杖は置いていく。
さて、姫の未来視だと、テトラの未来はどういうものが映るんだろう。
私としては、友人の好きな乙女ゲームの世界と、私が遊んだあの鬱系RPGの世界が重複していないことを願うばかりだ。