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死亡フラグはへし折るもの

 ツッコミどころの多い予知だったけれど。

 ヴェルは、私が危険な目に遭うのが耐えられなかったらしい。

 私の手を握ったまま動かない。

「ねえ、ヴェル」

 スミレ色の瞳が涙でにじんでいる。ヴェルは何かを言おうとしたけど、喉を詰まらせたように言葉が出ない。

「あれがもし現実になったとしても、私が助からないとは限らないから」

 とはいえ、教授がああなってしまうのは、私としても辛い。

 あの人が普通の人間ではないのは予想できていたし、いずれ再生するとは言っても、教授に負担をかけてしまうのは嫌だ。

「あれは、私が調子に乗ったせいだと思うの。だから、状況は改善できるわ」

 予知の中で私が手にしていた魔術杖は、あの隠しダンジョンに封じられていたものだ。そして、本来の使用適合者は、ルジェロさん。最強装備というやつだ。

 経緯は分からないけど、私はあのダンジョンでルジェロさんの最強装備を手に入れて、舞い上がったに違いない。これさえあれば、隠しボスにも攻撃が通る。そう過信した。

 どうしてあんな場所にドレス姿で向かったのかも謎だし、今まで自分で作った道具やみんなで作った物を持っていないのも謎だけど。敗因は、武器があれだけしかなかったせいじゃないだろうか。

 そして、あの場にはヴェルの姿もなかった。きっとどこかで行動を分断されている。ヴェルだけ置いて私とテトラが隠しボスに挑むなんて、ほかに選択肢がない状況だったのだ。

 その状態でも相打ちまで持ち込めるなら、道具と人員さえ揃えば、攻略できる。

 ヴェルは声を震わせて言う。

「どうして君は、そこまで落ち着いていられるの」

「貴方が代わりに心配してくれるから」

「それにしたって……」

「きっとね、逆なら私は物凄く取り乱すと思うの」

 ヴェルが酷い目に遭うような光景がもし見えたなら。私は、今のヴェルよりも錯乱している。泣き喚くかもしれない。

「新月祭の頃に気付いたの。私にとっての優先順位は、自分が一番じゃないんだって」

「そんな……」

 だからなおのこと、ヴェルとの合流より先に隠しボスとの戦闘になった状況に納得がいかない。超常的な手段であの場所に放り込まれたとしか思えなかった。

 ゆっくりとヴェルの手を離し、スミレ色の瞳を見上げる。

 魔術師名をもらってからずっとこの色は隠されていたけど、私はこっちの方が好き。

 初めてヴェルと会話した時から、この瞳を見るのが好きだった。

 腕を伸ばして、相手の首にしがみつく。

 このまま開き直ってしまうことに決めた。死ぬかもしれないのは、みんな同じ。

「不謹慎だけど、貴方が私のことを心配してくれるのは、とても嬉しいの」

 心配をかけてばかりだけど、ヴェルがいてくれるおかげで、私に不安はない。


 ヴェルが落ち着くのを待っていたけど、その前に朝が来る。

「うーん……」

 疲労感がある。やっぱり、占術は体力も消耗するのだ。眠っているようでいて眠っていないせいか。

 のっそり起き上がると、枕元にいたアエスがピョコピョコ跳ねて膝の上に乗った。今日は静かだ。

 頭を撫でると、アエスはいつになく弱々しい声で鳴いた。悲しんでいるかのよう。

 この子にも、私たちが視た光景が届いたのだろうか。

 予知の中のアエスは、飛んでいる途中で力尽きたかのように、翼を広げたまま動かなかった。私が死にかけるとこの子にも影響が出てしまうのだろう。

 身支度を済ませて所持品の確認をしていると、部屋の隅にいた白い鹿が寄ってくる。

 そういや、予知には守護獣であるこの鹿の姿もなかったっけ。

 安全確保のために用意したモノを、ほぼ持ち込めない状況に追い込まれたのか。

 アエスを肩に乗せ部屋の扉を開けると、ヴェルが立っていた。目が充血している。結局、泣かせてしまったようだ。

「……おはよう、ヴェル」

 配置替えをしてもらうとか言ってたから、ヴェルがナクシャ王子から離れても問題ないんだっけ。


 ヴェルを促して、王宮西の庭に来た。

 前に私が壊した東屋は、完全に解体されていた。野ざらしになったベンチに二人で座る。空気を読んだのか、鹿は私たちから距離を置いた位置から動かない。

 ようやく落ち着いたのか、ヴェルが口を開く。

「……あと一年……」

「え?」

「テトラが教授に助けを求めることができるのは、十五歳になるまで」

「……」

「だから、あれは、一年以内に起きること。状況が先送りになってしまえば、解決できなくなるかもしれない」

 確かに、助けを求められない状態であんな目に遭えば、私は助からない。

「今から対策を取れば大丈夫。みんなにも相談できれば、きっと……」

 私の楽観的な言葉に、ヴェルは言葉を潜めて返す。

「君に占術が可能な話は、できるだけ伏せた方がいい」

「シド様が把握しているから、隠さなくても同じだと思うけれど」

「ここにいる間はともかく。アストロジア王国に戻った後でそれが知れ渡ったら、面倒なことになるよ」

 ……シルヴァスタ家のゴタゴタか……。本家の姫であるシシーリアが跡を継がないなら、分家のシデリテスが本家入りするという話なら私も聞いている。そこに私が巻き込まれることなんてあるだろうか。

 ヴェルは空を仰ぐようにしてため息をついた。

「……思い返してみたら、あの場所の奥に、何か変な生物がいたような……」

 私のことに気を取られていて、隠しボスは眼中になかったらしい。

 そういえば、アストロジア王国にはまだ牛がいなかった……。ユロス・エゼルではゴーレム管理の農場地で放牧されているけど、アストロジア王国の人には未知の生物みたいなものだ。

「ロバっぽい頭の怪物が死んでいるように見えたわ」

 私の雑な形容を聞きつつ、ヴェルは考え込む。

「赤い岩に囲まれた土地に、赤い怪物……。そんな話がどこかであったような気がする」

 異界の王の伝承も、曖昧にしか公開されていない。詳しく知っているかもしれないのは、

「……シド様やソリュ様に報告してみる?」

「確かに王族の方が情報を持っているかもしれない」

 私が知っていては不自然なことも、あの人たちなら。

 と、そこで、子供たちの声が聞こえた。

「せんせー!」

「ゲルダ先生ー!」

 振り向くと、ナイジェルとトロンがこちらに向かって走ってくる。

 二人は私たちの前で立ち止まると、ぴょんぴょんと跳ねた。

「朝ごはん、できたよう!」

「サスキアが、先生たちも一緒にって」

 そう言われては仕方ない。

「わざわざ呼びに来てくれて、ありがとうございます」

 ヴェルを連れて、食堂まで向かうことにした。

 先行して歩く二人を見て、ヴェルが小声で聞く。

「あの子たちが、北東の街で捕まっていた子供?」

「そう。あと一人、レガルスという子もいるんだけど、あの子は人見知りが強いみたいで、まだ打ち解けてくれないの」

 説明しながら食堂に入る。

 ナイジェルとトロンは、食堂の隅にいるレガルス目指して駆けていく。

 それを見届けて、サスキアが私とヴェルのところへやってくる。

「お邪魔かもしれないと思ったけど、食事は可能なうちに済ませておいた方がいいと思って」

「いえ、ありがとうございます、サスキア」

 彼女の言う通り。まともにご飯が食べられない状況になる可能性は、まだ残っているのだ。



 最近のヴェルは、知らない人が作った料理も少しずつ食べられるようになったようだ。ジャータカ王国で集団行動をするようになってから、テトラがこっそりとヴェルに料理を届けていたようだけど、最近はテトラも自分の担当場所から抜け出すことが減っている。

 朝食のスープとパンを食べ終え、みんなで後片付け。

 それから、洗濯と掃除。

 一息ついた後で、子供たちには読み書きと計算を教えることになった。

 いくつか果物を用意して、その名前を覚えて書けるようになったら、オヤツとして果物を食べてもいい。

 それを繰り返し、食べて安全な食材についても覚えてもらう。

 合間合間に社会制度の基礎のような説明をして、食べ物を得る手段の延長として読み書きと計算が必要だと理解してもらえたようだ。

 この調子なら、このままこの王宮もとい寺院で雇ってもらえるかもしれないし、アストロジア王国で暮らすことになってもどうにかなりそうだ。


 三人は魔術にも興味があるという。調べたら魔術の素養はレガルスしか持っていないけど、今なら人工の魔石も少しは余っている。

 ヴェルが三人に魔術の基礎を説明してくれるというので、私は予知で見た夢についてソリュへ相談しに行くことにした。

 未来視のことだからシデリテスに相談したかったのに、ヴェルからシド様には近づかないでほしいと言われてしまった。何故……。あの人の方が私よりも非力そうだし、話をすると言っても護衛は引かないだろうから、二人きりにはならないはずなのに。

 とにかく、ソリュの元へ行く。

 ソリュは人払いをして、私の話を聞いてくれた。

「……赤い岩石で覆われた土地とは。曖昧で候補も多かろうけどね。巨大な異形と言われたら、始祖王アストロジアに封じられた異界の王ぐらいだろう。北の大陸では魔物も生まれはするけど、力を持つほど育てば妖精との縄張り争いになり対消滅してしまう。南の国家群はユロス・エゼルの管理下だから、魔物の発生しない環境として整備されている。そう考えていくと、対象は一つ。北の大陸に封じられた、界砕の王だろう。妖花族の居住区を越えた先に、封印地があるという」

 特定が早いなあ。データベースかな。

「……今から一年以内に、私がそこへ到達できるとは思えないのですけど」

 この国の問題がまだ解決していないのに、他の人を差し置いて、あるいは出し抜いて、私に勇者役ができるのかという話だ。

 シジルがラスボスの力を使って空間を越えてくるのであれば、それに私とテトラがまきこまれて北の大陸へ渡ることになるのだろうか。

 ソリュは表情を変えることなく、じっとこちらを見る。何かを探られているようだ。

「舞燈の王が君のことを気にかけていた件からして、君にも何かあるのだろうけれど。それは、私には明かしてはもらえないのだろう?」

 ゲーム世界とその外側についてなんて、説明したところで信じてもらえないだろうし。うまい例えがあればいいんだけど。

 答えられない私に、ソリュは特に気分を害するでもなく淡々と言う。

「こちらとしては、君が何を抱えていようが、頼むことは変わらない」

 これから先、人員を三つに分けて行動するのだという。

 一つは、先代のジャータカ王、つまりナクシャ王子のおじいさんに会いに行く組。

 もう一つは、南東の街へ向かう組。

 そして、念のためにここに残ってジャータカ王国の様子を確認する組。

「シドは全体の指揮を執るためにここに残る。私は殿下とグレアム嬢の護衛のために東の寺院へ向かう。そのとき、南東の街へ向かう人員を束ねる役目を、君に任せたいのさ」

「……何故、騎士のみなさんではなく、私なのですか?」

 急な話だ。

「確かに、集団戦闘を行うのであれば指揮官は騎士の方がいい。けれど、必要なことは戦いだけではないからね。王族である我々を除けば、ここに来ている者の中で一番上の階級であるのは、君なんだよ」

 私は魔術師としてしか行動できないのに。

 貴族としての役割をここで課せられるなんて。

 ソリュは説明を続ける。

「おそらく、南東の街では集団戦は必要ない。小者との小競り合いにはなるかもしれないが、問題はその後。街を仕切る者と対面して、我々がジャータカ王国で行なってきたことが正当なものであると、説明しなくてはならない。新たな王にはこの国を立て直す覚悟があるので受け入れて協力してほしいと、交渉する役目が必要だ」

 それは、ナクシャ王子に直接任せられないと……。

 だからといって、私に代理の交渉役が務まるだろうか。

「見ようによっては、他国の人間がこの国を都合よく掌握したいだけとしか映らないからね。アストロジア王国の王族と貴族がこの国を傀儡化するつもりはないと、はっきり宣言しておく必要がある。それなりの立場の者から」

「それは、私でなければなりませんか」

 私の問いに、ソリュは苦笑したようにふっと息をつく。

「君がこのままここに残って、シドの代わりにアストロジア家の行いを見届けるのであれば、それでも構わないけれど」

「……どういうことですか」

「いやなに、そろそろアストロジア家も、これまで先延ばしにしてきた案件を片付ける覚悟をしたというわけさ」

 はっきりとは説明してくれない。お互い様か。

「ここに残るよりは、君が南東の街へ向かった方が面倒は少ないと請け合うよ」



 厄介なことになった。

 あの街の管理権限を握っているであろうミルディンに、王宮の制圧を含めたあれこれが正当なものだと、納得させないといけない。

 その交渉のために、公爵の娘という立場を利用するのも気が重くなる。

 貴族らしいことをした経験のない私が、ミルディンと交渉か……。

 無能な権力者認定をされたら命を狙われる。

 ミルディンは庶民出身の主人公君にもあれこれ要求してきたから、街の運営に口を挟む相手にはとても厳しい。

 でも、ミルディンを味方につけられれば、得るものは大きい。

 彼は貴重な魔術素材も集めている。何なら、王宮にあったはずの物を回収したのがミルディンである可能性もある。交渉してそれらを買うことができれば、ラスボスに通用する武器が作れるかもしれない。


 数日かけて、南東の街へ向かう準備をする。その合間に、子供たちと一緒にサイモン指導の鍛錬を受けた。大規模戦闘がないと言われても、念には念を入れてとっさに動けるようにする。

 そして、手持ちの道具も、今まで作ってきた物を一通り揃えて持ち歩けるようにした。

 下準備に協力してくれる人たちが、交渉役としてある程度は身なりを整えてほしいと言うので、魔術師の格好で行くのは諦めたのだけど。

 用意されてきた衣装を見て仰天した。

 白いアフタヌーンドレス。

 予知の中で、死にかけていた私が着ていたものだ。

「それはやめてください!」

 思わず叫んでしまった私に、衣装を用意してきた女性は残念そうな顔をする。

「周りの士気が上がりそうですのにー?」

 私の死亡率も上がるのですが?

 交渉の場に相応しい礼装ではあるのだろうけど。その格好では、用意した道具を装備できず、丸腰なのと何も変わらない。

「いざというときに戦えそうな格好でお願いします!」

「護衛の皆さんが側にいるので平気だと思いますよ?」

 いや、周りの顔を立てていかにもお飾りらしく猫を被っている場合ではない。きっと、それも原因でミルディンの不興を買って、隠しダンジョンに放り込まれる羽目になったのだ。

 ミルディンがシジルと組んでいる確証はないけど、予知で視た情報の辻褄合わせとして、そう考えるのが自然だ。

「騎士の方たちのように、いざというときに動ける格好がいいんです」

「分かりました、そこまで仰るなら……」

 良かった。

 これなら、予知で見た光景ほど、酷い展開にはならないはず。

 あとは、テトラやヴェルと分断されなければ問題ない。

次はノイアちゃんと学院の騒動、その次にタリスの話を済ませてやっと例の魔術師の話になる予定です。

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